ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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みなさま、いつも読んで頂きましてありがとうございます。

今回は6500字程。

短いですが、よろしければどうぞ!!


第58話 ヒナ(いかり)、……字足らず

偉大なる航路(グランドライン)” バナロ島

 

 

(わたくし)たちはここで何をやっているのだろうか?

 

 

島の一部がある男によってどす黒い闇に覆われてしまった中で、黄昏の過ぎ去ったこの場所には本物の闇が迫りつつある。いや、そうとも言い切れない。なぜなら島の一部が別の男によって燃え盛る炎に覆われてしまってもいるから。

 

島の象徴とも言われているらしいバナナ岩が破壊されているのであろう音が絶え間なく聞こえてきているし、それによって生み出された砂塵が風に舞うことで辺りに砂埃を引き起こしているのかもしれない。立ち込める臭いは何かが燃えているものであり、ハンカチを取り出したくなるような状況と表現出来るだろう。

 

ただ私の場合はこの状況に対して無性にビールを飲みたい欲求しか湧いてはこないが……。少なくとも今目の前で6杯目をジョッキに注がれれば急角度の傾きにて飲み干す自信はある。ヒナ、切望だけど……。

 

そうも言ってはいられない。

 

私が直面していること。私たちが直面していること。

 

ヒナ、驚愕そのものである世界傘協会会長と、ヒナ、屈辱を(もたら)された相手である五老星の諜報員。

 

互いに情報を扱う者、駆使する者として情報交換をしようということになったはず。怪奇と謎と疑問に満ち満ちた自己紹介のあとで。

 

そうであったはずなのだが、どこをどう間違って今に至っているのか。ヒナ、困惑……。

 

傘……、

 

かさ……、

 

カサ……、

 

傘が……、

 

………………。

 

全く以て思いつかないのだけれど……。

 

私が今必死になって考えていること。それは有ろうことかダジャレ。傘を使ったダジャレ。

 

どうしてこんなことになったのかしら。ヒナ、困惑を通り越して、ヒナ、絶望だわ。

 

この世界には希望も何も無いのよ。向こうで闇と炎がせめぎ合っているのだもの。

 

 

いや、違う。

 

希望も何も無いものにしたのは闇と炎のせめぎ合いなんかではなくて、あそこにいる優男。傘屋の屋上で傘を片手に準備しているあの男。

 

世界傘協会会長でドンキホーテファミリーの“コラソン”で情報屋だと名乗ったあの男は情報交換に条件を付けてきたのだ。

 

傘を使ってダジャレを言わなければ交換は出来ないと。

 

その言葉を耳にした時の私は一瞬思考停止に陥ってしまった。いや、一瞬ではなくて数瞬、数秒、数分間と言ってもいいかもしれない。

 

それ程までに突き抜けていた、斜め上まで突き抜けていた条件であった。

 

なぜなら、私の人生にダジャレなどと言うものが入り込む余地はなかったから。

 

本来であれば一笑に付すべき条件であり、そんなことをしようものが居たなら軽蔑してしまう。ヒナ、軽蔑ね。

 

そう、そんな条件などのまなければいいだけの話なのだ。情報交換? 何それ美味しいのかしらで済む話なのだが、そうも言ってられない。

 

私の身は海軍本部情報部監察付准将であり、その仕事は情報収集であるのだから。任務遂行のためにダジャレが必要であるならば私はダジャレを生みださなければならない。ヒナ、自嘲に陥ろうともだ。

 

勿論、だからと言って諸手を挙げて取り組めるものではない。とはいえ、任務は任務である。

 

私はスモーカー君とは違う。彼のように上官に対してクソ食らえと言って任務を放り出したりはしないのだ。任務は任務。上官の命に背くわけにはいかない。モネ少将が私に命じられた内容。バナロ島での情報収集が私の任務である。確かにその通りだ。疑問を挟み込む余地など無い。ヒナ、絶対なのである。

 

だが、果たして世界傘協会会長は私の上官であろうか? 否である。そもそもに私は世界傘協会の会員ではないし、更には傘を持つことさえないのが私である。

 

ならば、ダジャレなどと……、……と、頭を(よぎ)る考えはあるがそうも出来ないのが私という人間でもある。ダジャレを言わなければここから先の情報収集はままならないであろう。傘のダジャレという条件に関しては世界傘協会会長は断固として譲れない部分であるらしい。あの奇妙に過ぎるお辞儀の鋭角も鋭角に過ぎる角度からしてそれは分かるというもの。

 

ゆえに私は覚悟を決めなければならないようだ。

 

まあ、一発目を回避出来たわけであるから、それだけでも良しとしなければならない。考える時間はまだあるのだから。

 

如何にも自分は紳士ですよという顔をしてレディファーストを薦めてきた時にはヒナ、乱心も乱心であったが、会長の名を立ててなどと殊勝な言葉を吐き出してみることで事なきを得た。私ながら随分と大人になったものだ。以前の私ならば否応なくロックを掛けていたところである。

 

 

それにしても、なぜあの男はあのように自然体でいられるのだろうか? 会長としての成せる業なのだろうか。とはいえ見習いたくもないが……。

 

もうひとつ、奇妙な眼鏡を掛けたこの男だ。情報交換の条件を出されても眉ひとつ動かすことなく何の感情も見せずに了承の言葉を口にしていたのである。それでこそ諜報員というものなのかもしれない。

 

少しだけ悔しい。私もまだまだ精進が足らないということだろうか。

 

 

何にせよ、世界傘協会会長自らによる渾身の傘ダジャレが始まりそうだ。傘を持って構える姿は堂に入ったものであり、砂埃を背後に湛えながら妙な風格さえ感じられる。

 

正しい反応なのかどうか定かではないが私は今固唾をのんでいる。優男は傘を前に構えて見せ、

 

「この傘、万能や。……ん、嵩張んのう」

 

力強くも爆発するような勢いで傘を開いてみれば、八方へ飛び跳ねたように生地が想像以上に広がっていった。

 

辺りには一瞬の静寂も共に広がってゆくが、直ぐにも静かな笑いが湧き起こっていく。眼鏡の男である。爆笑ではないがさも可笑しそうに笑っているのだ。私はといえば驚きを通り越して唖然、ヒナ唖然であった。

 

今のダジャレに笑う要素があっただろうか? もう私には分からない世界だ。確かに嵩張りそうな形状だ。傘は万能なのに嵩張ると、確かになるほど、……笑うところなのだろうか? ただ傘屋の屋上からこちらを見下ろしているタリ・デ・ヴァスコはドヤ顔なのである。

 

私は何とか笑おうとしてみたがどうしても笑うことは出来ずに頷きを見せるのが精一杯であった。そして、

 

「ターリ―!!!!」

 

の掛け声とともにあのお辞儀で締め括る。一体涼しい顔して何言っているのだろうか、気は確かなのだろうか。心底そんな思いが喉からあふれ出てきそうであったがそれを押し留めて、代わりに私は拍手という反応で返して見せた。

 

「傘の相反する二面性を的確に抉りだした鋭角な前衛感に溢れていた。まさに博愛……」

 

………………本当に意味が分からない。

 

だがこれは私も何か気の利いたコメントを出さなければならないのだろうか。オーガーの言葉が気が利いていたとはまったく思わないが……。

 

「傘……、傘愛が滲み出ていたわね」

 

何とか辛うじて言葉を紡ぎ出すことに成功し、

 

「お気に召して頂けたようターリて、感無量ターリ―!!!!」

 

傘屋屋上から歓喜の言葉が飛び出してくるが、私には茶番にしか思えない。

 

とはいえこれは情報交換が懸かった任務である。優男が掌を顎の下に遣りながら深いお辞儀をしたあとには、

 

「では、……オーガーさんにお尋ねしターリ。あなたの船長、黒ひげが狙っているものは何でターリか?」

 

柔らかい微笑を湛えながら顔を上げ、五老星の諜報員に対して問い掛けている。それは表情とは裏腹の言葉尻とはまったく裏腹の厳しい声を帯びており、既に綺麗に畳まれている傘が心なしか黒く硬化しているように思えなくもない。

 

どうしようもないダジャレの裏側に研ぎ澄まされた拳を秘めながら動き回るのが情報戦の世界というものなのかもしれない。

 

「あなたのダジャレは確かに素晴らしかったが……。だからと言ってそれを私が素直に答えるとでも……?」

 

対するオーガーも声音には一切の感情を含ませてはおらず、手に持つ狙撃銃にて自らの肩を一定間隔で叩く乾いた音が妙に耳に残ってくる。

 

そして、

 

辺りを漂っていた砂埃さえもがまるで突然意思を持ち始めたようにして渦を描き始めてゆく。

 

「確かに……。私は“コラソン”。私の背後には若がいる。対峙する相手にくれてやるような情報でないのは確か……。ですがあなたは同時に“ブリアード”でもある。その名はある五老星の(いぬ)の名であると世界の裏側では実しやかに囁かれている。そして、あなたが忠誠を誓う方向はそちらのはずだ。ゆえに、明かす価値があターリては……?」

 

「……互いのためになると、……そういうわけか」

 

「ええ、それとも……、“ブリアード”のご主人の名でも教えて下さいまターリてか? 五老星にはそれぞれコードネームが存在すると聞いておりまターリて……、それが知れるだけでも世界の裏側では宝のような価値を持ちまターリ……」

 

タリ・デ・ヴァスコの最後の問い掛けは余程核心を衝くものであるのか、等間隔で音を作り出していたオーガーの狙撃銃がぴたりと止まり、黒く硬化されていくように見える。一方で傘屋屋上より降り注ぐタリ・デ・ヴァスコの眼光もまた鋭さを増してゆき、二人をそれぞれに包み込むようにして渦を描いていた砂埃が互いに激突するようにしてぶつかった。そのぶつかりは確かに盛大なる音を発生させて。ただ、両者は互いに無言を貫いたままで。

 

目は口ほどに物を言うとそういうことだろうか? 

 

五老星のコードネーム……。そんなものが……。

 

海軍に所属して随分になるがそんなことは聞いたことがない。秘中の秘、そのようなものかもしれない。

ただそこで不意に、

 

「……フフフ、まあいいでしょう。ところでヒナ准将、あなたの出身は(ノース)ですか?」

 

質問の矛先が私へと向いてきたのである。

 

私の内心は突然の方向転換に、予想を超えてこちらの核心へと深く突っ込んでくる言葉の刃に動揺していたのは確かだが、それは億尾にも出ていないと思いたい。でなければ、この先到底情報部監察などという任務を担うことなど出来ないであろう。ハットの目となり耳となってマリージョアを動き回ることなど叶わないであろう。それはヒナ屈辱、以外の何物でもない。

 

「ええ、そうよ。それが何か?」

 

だから何でもないことを聞かれたとばかりに応じてみれば、

 

「ベルガー島という島があるのをご存知ターリか? 何でもついこの前に大規模な森林火災があっターリとか……。ベルガー同盟が解散して久しく無人島に近い状態であったという話ですが複数の建物の焼け跡が見つかったそうターリてね……。何があっターリか……」

 

核心ギリギリを抉って削るようにして言葉を畳みかけてくるのだ。

 

「懐かしいわ、ベルガー島。そんな島もそう言えばあったわね。ヒナ。望郷ってところかしら。でも残念ながら私の出身はその島ではないの。そう、何があったのかしらね」

 

それでも私は心を軋まされるような言葉の刃に対して微笑と優しい口調で抗って見せ、苦味に溢れた情報戦のデビューを飾る。

 

 

その後、オーガーによるダジャレの披露があった。

 

こいつが披露した内容。

 

重ならない傘なら無い。

 

どうだろうか? よく分からないがとにかく言い切ったのは確か。静かに淡々とでも言い切って見せた。とはいえ私はまたもや到底笑うことなど出来なかったが……。

 

そもそもにダジャレというものは笑うものではないのかもしれない。タリ・デ・ヴァスコは大爆笑していたがそんなことは知らない。ヒナ、忘却である。

 

オーガーからの問い掛け。

 

ドンキホーテファミリーの取引に関すること。“酒鉄鉱(きてっこう)”をどこから掘り出しているのか。

 

これはタリ・デ・ヴァスコに向けたもの。ドンキホーテファミリーと四皇カイドウに繋がりがあることは私も把握している。五老星なら言わずもがなであろう。ただ両者を繋いでいるものは何か? そこが重要なポイントだ。“酒鉄鉱(きてっこう)とは何だろうか? 掘り出していると表現したのであるから鉱石と推察出来るが果たして……。

 

結局、両者の間は再び睨みあいに終始し、それ以上の情報は出てこなかった。

 

私に対してはネルソン商会をどこまで把握しているのかという質問。特に“脚本家”についてオーガーは興味津津な様子であったが私から答えることはないし答えるはずもない。

 

ただ問題なのはこいつらがどこまで私たちネルソン商会を把握しているのかということだ。且つ、注目されている。これが一番に問題かもしれない。心してかからなければ足元には思わぬ落とし穴がぱっくりと口を開けて待っていることになりかねないであろう。

 

それでも大した問題ではない。問題はもっと別にある。

 

そう、私もダジャレを言わなければならないということだ。しかもあの傘屋の屋上で。

 

傘屋の屋上からは島のもう片方で繰り広げられている激戦の様子を見て取ることが出来た。闇と炎の戦いはどうやら佳境を迎えつつあるようだが、そんなものは何ひとつとして私の慰めとはならない。

 

私は今、ヒナ、緊張の状態であり、許されるのであればヒナ、死亡と有らん限りに叫び出したいのであるが、それが許されるはずもない。

 

ゆえに私にはダジャレを言葉にして口にするしか選択肢は残っておらず、

 

「傘無いの? でも貸さないわよ」

 

と言ってみた。最後に少しだけ微笑みを添えて。多分に私自身は耳まで真っ赤になっていることだろう。恥ずかしい。ヒナ、羞恥も羞恥。

 

眼下にいる二人の反応が気になるところであるが、それを直視出来そうもない。

 

二人とも到底可笑しくもない内容に対して笑っていたわけであるから私のものにも同じような反応が返って来るものと半ば期待していた。

 

静寂は一瞬のものであり、その後には大爆笑、とはいかなくても何がしかの笑いが起こるものと考えていたのだが、それは全くと言っていいほどに湧きあがってはこずなのだ。

 

そして、笑う代わりに二人はただ親指を上げて見せるのである。

 

「ターリ―!!!」

 

「……駄作だ。だが、良い。その恥じらいが」

 

一体あいつらが口にしたものと何が違うのだろうかと、大して変わらないではないかと心底思ってしまい、そのままロックを掛けてやろうかと本気で考えたが寸でのところで思いとどまり、私も羞恥の褒美として問い掛けをしてみることにする。

 

トリガーヤード事件とは何か?

 

そして、ロー君と“脚本家”が仮設を立てている内容を少しばかりオブラートに包んでみた上でぶつけてみた。

 

返ってきた答えは無かった。ただ両者共に眼光は鋭さの先に至っているほどに鋭いもので、一瞬ではあるが意識が飛びかけたような気さえしたのである。

 

目は口ほどに物を言う。その通りであろう。

 

知る必要のないこと。何者かがひた隠しにしてきたもの。秘中の秘であることは確かだ。ならば、この先にて調べ上げればいい。

 

 

 

だが、

 

「ヒナ准将、あなたにひとつ有益なプレゼントを差し上げましょう。そろそろ海楼石の手錠が必要になる頃合いだ。その意味はお分かりでしょう。オーガーさん、筋書きは出来ているのでしょう。火拳のエースを手中に収めることが叶いますよ。ねぇ……、かの火拳のエースですよ。白ひげ海賊団2番隊隊長であり、………………ゴール・D・ロジャーの息子……。この意味が分かりますか? だからね、ヒナ准将、こちらの電伝虫から秘匿念波を使用することをプレゼント差し上げまターリ」

 

タリ・デ・ヴァスコが最後に口にした内容は、

 

「ここより近く、ジャヤ島には大将赤犬が出張っターリて、要請をすればいい。火拳のエースを連行する準備が出来ターリとね。あなたもご存じでしょう。妨害念波の存在を……。電伝虫の宛先はCP0ターリてね」

 

特大の重要性を持っており、私は傘を開いて傘屋屋上から文字通り跳んで見せて、タリ・デ・ヴァスコより電伝虫を受け取った。

 

この1本の通話がハット達には起死回生の一手になるという確信があったから。

 

 

 

 

 

さて、特大の上には超特大というものが存在する。超特大の何かは最後の最後にやってくるものらしい。

 

「ヒナ嬢、傘無いの……、痺れたぜ。ウーイェ―――」

 

「アーイェ―――、貸さないわよ……、最高だぜ、ヒナ嬢」

 

 

……言葉に出来ない。それはそれは、ヒナ(いかり)、……字足らず。

 

足らないのであれば、禁縛(ロック)しなければ。

 

 

 

(わたくし)の心を通り過ぎるものも全て禁縛(ロック)されるのだから……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

ご感想頂きましてありがとうございます。

ただ今更ながら気付いたわけでして、

書くしかないと。

なので、とにもかくにも今は続きを書くと。

今後ともよろしくお願い致します!!

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