ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第61話 『ロマネ・ゴールド』

偉大なる航路(グランドライン)” ジャヤ島 東端

 

宵闇の訪れと共に幕を開けたダンスタイムは終わりを告げた。ダンスの相手はそれなりに満足してくれた人たちと全く満足はしてないけど去らざるを得なかった人たちに分かれてしまうことだろう。万人に対して楽しめる内容となったかは怪しいところと言わざるを得ない。少なくとも私は十分楽しめたのだが……。

 

 

ローを人身御供(ひとみごくう)に捧げる誓いと引き換えにカールを取り戻した私たちは月光が照らす海にピーターの舵取りで一度船を出し、島の東端へとやって来ていた。

 

夜もいい時間。カールも戻って来たわけであり、食事をしたいところだ。それにここは既に私たちの島である。出来れば全員上陸して盛大にといきたい。とはいえ、私たちが停船していたモックタウンの街は誰かさんのお陰で今や辺り一面マグマと溶岩と焼け野原の世界。ある意味見晴らしは最高であるが、とてもじゃないけど楽しく食事をする場所ではなくなってしまった。運良くトロピカルホテルは災禍を免れているが今はホテルで食事という気分でもない。

 

そこで栗頭の居た場所だと閃いて事ここに至るわけだが、びっくりなのはいつの間にやらお猿さんがいっぱいいたこと。どうやら栗頭のおじさんは彼らお猿さんたちのボスということらしい。言われてみればボスらしく、栗頭も何とも猿顔。私たちはおやっさんに何をしたといきなり喧嘩腰にて迫られたが、兄さんがロマンの一言を口にした途端に和やかな雰囲気となり打ち解けてしまった。

 

喧嘩腰のお猿さんを手懐けられるのであればロマンも捨てたもんじゃないかもしれない。ちっともお金にはならないけれど……。

 

まあそれでも彼らのお陰で準備はあっという間に終わった。私たちの船員に倍するお猿さんたちである。船内食堂から大量の丸テーブルと椅子を運び出し、食料を陸に揚げて、勿論ピアノも忘れずに。

 

数時間前の戦いの余波などすっかり消えて、気分はパーティーそのもの。

 

そこへオーバンが用意したのは何と蕎麦(そば)。大鍋で盛大に茹であげて、魚介の香り漂う出汁(だし)がたっぷり入った器に放り込まれれば、具材は自由。より取り見取り。豪快に焼いた肉を薄切りにしたものをのせてもいいし、卵を割って入れてもいいし、煮込んだキノコとあわせてもよし。蕎麦パーティーというわけ。

 

各テーブルのランタンに火が灯されてゆき、仄かなオレンジの海が出来あがって、湯気立ち上るどんぶりにお箸を添えてカールを囲む会はスタートした。

 

 

 

「カール、戻ってこれてほんま良かったなー。べっぴんの姉ちゃんに連れて行かれとったんやって? で、べっぴんの姉ちゃんと何しとったんや?」

 

新たに茹であがった蕎麦をどんぶりによそいながらオーバンがカールへと話を向けている。新たな蕎麦はお猿さんたちにひったくるようにして奪われてゆき、オーバンの手が止まることはない。

 

「……何してたって、微笑みあってたんですよ。他には特に何も……、沢山お喋りしてたわけでもないし、ご飯をご馳走になったわけでもないですしね」

 

私たちが囲む卓にて蕎麦を(すす)ったあとに何でもない事のように返事をするカール。

 

「微笑みあってたってカール、あんたそれ意味分かって言ってんの? 言葉だけだと恋人同士の絵面しか想像出来ないんだけど」

 

蕎麦を啜り終えた私も思わずカールに対して言葉を挟んでゆく。12のガキが何でもない事のように話していい内容ではない。生意気が過ぎるのだ。

 

「ジョゼフィーヌさん、カール君にもそれぐらいもう分かるわよ。だって……膝枕について興味津津なんだもん。微笑みあうことくらい……」

 

少し刺激が足りないのかビビは蕎麦に香辛料を振りかけながらそうのたまってくる。少しだけ恥ずかしそうにしながら頬を赤らめてもいる。

 

「だってジョゼフィーヌ会計士、キレイなお姉さんが微笑んでくれたら僕も微笑み返してあげないと、大事なことでしょ?」

 

「ほーう……、言うようになったやんけ、カール! 一体誰に教わったんやろな、そんなこと」

 

まったくだわ。

 

オーバンの言葉に同意を覚えながらもまたひと啜り、そしてどんぶりを傾けてお出汁をひと啜り。夜の肌寒さにはこの少し熱いぐらいが丁度いい。元気が湧いてくるような感じがする。

 

あちらこちらから聞こえて来る一心不乱に蕎麦を啜る音。ある意味幸せの音色だと思う。

 

辺りを俯瞰(ふかん)で眺めながらまたひと啜りして余韻に浸っていると、

 

「それでカール、膝枕とは何だと思う?」

 

どんぶりに山盛りできのこをのせているため取り敢えずきのこばっかり食べて、いまだ蕎麦をひと啜りもしていない兄さんが会話に加わってきた。

 

「ちょっと兄さん、カールにするような質問じゃないわよ」

 

子供の良き模範たる大人としてやんわり嗜めてやる。食事中に子供にする質問としては実に相応しくない内容なのだから。

 

けれどカールはカールでひと啜りという間を置いたあとで、

 

「……うーん、……太股の柔らかさ……かな」

 

呟くように一言。これはこれで子供が発言していい内容ではない。全く以て。

 

「……真理だな」

 

「どういう意味よ!!」

 

ぼそっと呟き返したローに対してはしっかりと突っ込んでおく。大人の最後の砦として守らねばならないものがある。

 

卓を囲む男たちが皆一様にして頷きを見せているが、それくらいで崩れてしまう私ではない。砦とはそう簡単には崩れないからこその砦である。

 

12のガキに太股の柔らかさを語る資格を与えてはならないのだ。それは良き大人としての務めであるはず。もちろん私自身太股の柔らかさに関して言えば自信はある。真っ白でふくよかな私のそれを枕とすればそれはもう極楽浄土への(いざな)いとなるだろう。だがそこには幾許(いくばく)かの恥じらいが必要だ。その恥じらいにこそ男心はくすぐられる……って私はおっさんかっ!!

 

とにかく、こういうことは公に話すことではないのだ。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。ジョゼフィーヌ会計士には頼みませんから。だって、太股柔らかくて気持ち良くても頭の上からうるさく何か言われたら台無しです」

 

は?

 

私の体内で飼い馴らしている瞬間湯沸かし器が文字通り瞬間で沸点に達してゆく。

 

じゃあ誰なら頼むのかしらねー。

 

「カール……、もう一回あの箱に入っとく?」

 

私の口は勝手に言葉を紡ぎだし、隣のテーブルに用意されている棺桶のような箱を指差していた。それはカールを囲む会ということであの箱を再現してみようということになって作り上げた代物。大工仕事は得意ではないが我ながら良く出来ていると思う。

 

なぜこれを再現する必要があったかって、それはカールがどうやって箱から出てきたかに起因する。私たちは泣きながら登場する感動の再会シーンを予想していたのだ。だが箱を開けてみれば有ろうことかカールは熟睡中であり、飛び出してきた寝言はビビ王女の膝枕……であった。

 

これが当てつけに過ぎないことは理解している。ただ、この厳しくも育て上げてきたつもりである親心に近い何かに一瞬で(ひび)が入ったような感覚に陥ってしまったのだ。そんな仕打ちをした度し難いバカにはお灸をすえてやる必要がある。

 

まったく、それでも私は愛されたいのだというこの気持ち。なぜ分かってくれないのだろうか。キューカ島で会ったどこかの爺様の心境が今になって沁みてくる。私は爺様ほど(こじ)らせてはいないと思うけれど……。

 

「クーエー」

 

恐る恐るといった風にカルーが私を覗きこみどんぶりを差し出してきた。もしかしたら慰めようとしてくれているのかもしれない。新しい蕎麦でも食べて元気を出したらってことだろうか。最近になってこのカルガモは意外と人の感情の機微に聡いのかもしれないと思い始めている。

 

「ありがとうね」

 

って受け取ったそのどんぶりは空だった。

 

は?

 

っていうか私に蕎麦のお代りを頼んでるってただそれだけなの? こんのっ黄色いカルガモがぁーっ!!!

 

どうやらオーバンの大鍋には大行列が出来ているのを見て取ったカルーは私に頼めば直ぐに蕎麦を貰えるのではないかと思ったみたい。

 

まったく、カルガモにそんな風に思われる私って一体何? っていうかカルガモって蕎麦食べられるんだっけ?

 

 

 

 

「ジョゼフィーヌ、そのどんぶりこっちに寄越せ。カルガモが蕎麦食うとは大したもんやで。あーそれからな、カールをいじめたるんはやめとけやめとけ。どうせ寝てまうんがオチやろ。……ん、待てよ……、もう一回あの箱入ったら今度はローの何と引き換えるんや? 女装デビューか? ……ええかもな。こら、赤飯多めに用意せなあかんか」

 

私の少しだけ傷ついた感情など関係なくオーバンの声は私に飛び込んでくる。

 

そして、オーバンの発言と同時に噎せ返って蕎麦を喉に詰まらせている様子のロー。

 

「オーバンったらいいアイデアじゃない。それ採用!」

 

こうなったらアレだわ。ローをだしに使ってささくれ立った感情を少しだけ和らげることにしよう。

 

「ローさんなら似合ってしまいそうで何だか怖い……」

 

「ロー副総帥がキレイなお姉さんに……」

 

「副総帥殿、心中お察し致します……」

 

「一心同体であろうと俺は断じてやらんがな……」

 

「トラファルガー、両刀使いもまたデビューには必要なことかもな……」

 

「それこそまた、真理だな……。ローに!!」

 

みんなして言いたい放題言った挙句の果てに、兄さんが水の入ったグラスを掲げて見せた。それと同時にみんなも一斉にグラスを掲げてゆく。当然ながら私もグラスを掲げてみる。意地悪な笑みを浮かべながら。

 

「いつの間に俺を囲む会に変わってんだ? そんな期待の眼差しを向けられても俺は断じてやらん!! 絶対にだ!!」

 

「……嫌よ嫌よも好きのうちってね」

 

「絶対にとか言うもんちゃうぞ、ロー。それは結局最後には振りになってまうんやで」

 

「ローさん、少し楽しみにしておきますね」

 

「副総帥殿に合掌!!」

 

ペルのひと声と共にみんなで手を合わせての合掌。そしてひと啜り。私もまた意地悪な笑みを浮かべながら合掌、そしてひと啜り。

 

「……ねぇ、ロー、なんか弾いてよ」

 

タイミング的には最悪だと思う。言われた当の本人もあまりいい顔はしていない。そりゃあそうでしょうとも。あんたたちの枷による繋がりはまだ続いてるもんね。それでもあんたは弾いてくれるんでしょう。だってこの会はカールを囲む会だもんね。

 

渋々ながらも立ち上がって、背後にくっ付いているアーロンを引き摺るようにして丸テーブル群の中央に置かれたピアノへ移動して鍵盤をひとつ叩き、私たちは拍手。背後で一応じっとしている魚人のことは気にしない。

 

ローの指先が叩かれることで紡ぎだされる音の連なりは和やかさを醸し出し、みんなのひと啜りにも拍車が掛かる。

 

響き渡るピアノ音……。

 

ただ只管に蕎麦を啜る音……。

 

笑い声……。

 

 

喜怒哀楽の喜と楽がいっぱいに詰め込まれた空間。

 

やっぱり幸せの音色だ。

 

 

「総帥、やっぱり楽しいね。みんなといると」

 

「ああ、そうだな」

 

カールがぽつんと呟いた言葉が全てを言い表していた。

 

そして、

 

「カールに!」

 

兄さんが片手に持つどんぶりを少し掲げて見せる。みんなも一斉にどんぶりを掲げて見せる。ローも間奏を挟むかのようにして手近のどんぶりを掲げて見せる。特設ベッドにて全身麻痺に近いベポも何とかしてどんぶりを掲げて見せる。もちろん私もどんぶりを掲げて見せる。心から幸せな笑みを浮かべながら。

 

ピアノが奏でる音楽と蕎麦、そして笑顔と共に夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつらはな、絵本のファンだ。勝手に入り込んできて引っかき回しやがるがああいう一途なバカには救われるのさ、分かるか?」

 

仄かな灯りに照らされたクリケットからの問い掛けに軽く頷きを返し、温めたホットウイスキーを口にする。グラスに浸されたシナモンスティックからの香りが鼻腔をくすぐり、温められたウイスキーがじんわりと体内を巡っていく。

 

蕎麦とピアノによるカールを囲む会は日をまたいだ辺りでお開きとなり、今は大人だけの嗜みの時間だ。最後にはテキーラに走ってしまうどうしようもない酔っ払いも既にいない。

 

焚き火台の上でゆっくりと揺らめかせている炎がパチパチと薪とじゃれあっている様を眺めながら俺たちは思い思いの飲み物片手に囲んでいる。

 

「人間誰しも頭の中を空っぽにする瞬間は必要だな。じゃないとやってられなくなる」

 

自らの思いを口にしてみたあとに、煙草を取り出して火を点ける。紫煙を燻らしまたグラスを一杯。

 

たまらない。

 

眼前ではああそうだなと言わんばかりに頷いて見せたクリケットが火ばさみで薪を動かして火の調節をしている。

 

「やってらんねぇのは俺の方だぜ、ボス」

 

米の酒を熱燗にしてキュイーっとやっているローが吐き出すようにして出した言葉。

 

ああ、そうだろうな。

 

心中察してやらないこともないが、決まったものは仕方がない。

 

「だとしても後悔はしてないはずだ。取れる選択肢は他に無かったんだからな」

 

俺の言葉を酒と一緒に飲み下すようにしてローはまた盃を傾けてゆく。

 

「ああ、だからこそだ」

 

いろんな感情を内包したかのような一言を呟いてまた盃を傾けてゆくロー。背後には相も変わらずアーロンを枷で繋いでいる。当のそいつはこんな場所であるにも関わらず寝ているが。否、眠らされていると言った方が正しいか。奴の前には飲み掛けのマグが置かれたままである。

 

実は先程までは起きていたのであるが、挟んでくる言葉が煩かったようで痺れを切らしたローが麻酔薬を一針というわけだ。

 

「ホストデビューか、……ロマンだな」

 

焚き火の調節を終えて俺と同じく煙草を銜えながらクリケットが笑みを浮かべて言葉を挟む。

 

「他人事だと思いやがって……」

 

「何言ってる。世の女子(おなご)たちに夢を売ろうってんだろうが。それをロマンと言わずして何と言う。まあ夢を売るのは並大抵じゃあいかねぇだろうが……、男は海賊になるか監獄に入るか女を泣かせるかしねぇと一人前とは言えねぇんだ。いっぺん泣かせて来るんだな」

 

そう言ってウイスキーを瓶ごと傾けてゆくクリケット。

 

俺たちは呆気に取られるしかない。その物言いに、その豪快さに。

 

確かにクリケットの言う通りかもしれない。とはいえ俺はごめんだが。悪い、ロー、俺は正直他人事だ。

 

それよりも、カールを取り戻す引き換えがローのホストデビューで済んだことの方が俺には問題だ。はっきり言って解せない。奴らは今回かなり大掛かりな仕掛けを施してきたのだ。新聞報道を強引に捻じ込んできて念波妨害を実施し、大将赤犬とBHを動かしてきた。それだけ本気だったはずだ。であるのになぜ引っ込める。どうして手打ちにすることを呑んできたのだろうか。

 

「ロー、お前は今回のCP0の動きをどう思う? 俺には全く以て理解不能なんだが……」

 

ローの盃を傾けるピッチの速さが気になりだしたので少し話の方向性を変えるべく水を向けてみる。こいつはロマンを語るような奴じゃないしな。

 

少し目が据わり始めているローは俺ではなくてクラハドールに視線を向けて、

 

「俺もそう変わらねぇ。これでカールが戻って来るとは正直思っちゃいなかった。ただ……引っ掛かることはある。クラハドール、お前どこまで筋書きを組み立ててんだ?」

 

言葉を放つ。まあこいつに聞くのが一番なのは確かだ。今回の一連の流れを組み立てていったのはこいつの仕業なのだから。だが最後の最後相手がどう出て来るかは出たとこ勝負だった。最悪のところ俺たちは四商海入りを捨てることを考慮にも入れていた。先々の計算を全て捨てることになってしまうが致し方ないと覚悟していた。制御しきれていない覇王色をあの瞬間に出せたのはその覚悟があったからだろう。故に分からないのだ。奴らの行動は……。

 

「トラファルガー、貴様が引っ掛かってることは貴様自身の能力じゃねぇのか? ……オペオペの最上の業“不老手術”……」

 

クラハドールは芳しい香りを立てているコーヒーマグを手にして眼鏡をくいと上げた後に答えて見せる。

 

「ああそうだ。奴らはあの瞬間標的を俺に切り替えたのかもしれねぇって考えはある。むしろそれしか浮かばねぇ。だがカールを本気で取りに来てたのも確かだ」

 

ローの表情からしてかなり酒が入って来ているが口調は真剣そのものであり、それに応えるようにしてクラハドールは再び眼鏡をくいと上げて見せる。俺には眼鏡の奥がキラリと一瞬光ったように見えた。

 

「……いいか、よく聞け。こいつはあくまで仮説、俺の想像上の話だ。あの小僧が持つナギナギの能力(ちから)を奴らが欲しているのは確かだろう。そこで貴様と同じようにナギナギにも最上の業が存在すると仮定するとだ、奴らは今回ナギナギとオペオペを天秤に掛けたとも取れる。そして最終的に奴らはオペオペを選択した。かなり回りくどいやり方だがな。だがなぜ奴らはオペオペを選択したのか。奴らの筋書きは明らかにナギナギだった。つまりは土壇場で何かが変わったってことだろう。それは何か?」

 

一旦言葉を切ったクラハドールはゆっくりとした動作でコーヒーマグを傾けてゆく。焚き火台からは火の粉が爆ぜる音がする。先を促したい俺たちは誰一人として口を挟もうとはしない。夜気は鋭さを増してきているはずだが不思議と寒さは感じない。

 

そして、

 

「俺たちの周りで起こった出来事を当て嵌めてみればいい。俺たちの何が変わったのか? ……アレムケル・ロッコだ。奴が動き出したこと。奴が動き出したことで何かが変わった。今回の奴らと奴が同じ立場なのか、それとも違う立場なのか。共に動いているのか敵対しているのか、それは分からない、現時点ではな。だがこの仮説は非常に興味深い」

 

「……それで、クラハドール、お前の仮説の確度はどれぐらいだ?」

 

再びのクラハドールから齎される話の内容に対して俺は間髪入れずして問い掛けをしてゆけば、

 

「……7割」

 

予想以上の答えが返ってきたことに呆然としてしまう。

 

「あの女は正直得体が知れない。歓楽街の女王、CP0、二つの顔を持っているがどちらが表でどちらが裏なのかそれさえもはっきり言ってしまえば分かりはしない。俺はあそこでモヤモヤの最大限を行使していた。それでも分かることは少ない。つまりはそれだけ危険な相手ということだ。トリガーヤードは一度政府がバスターコールで更地にした後に作られた街。そこを根拠地にしてる女だぞ。あの女が世界の最深部に繋がっている可能性は高い」

 

世界の最深部……、更にはそこにロッコが絡んでいるか……。

 

あいつは一体何者なのだろうか。長年間近で共に過ごしてきたというのに微塵もそんな気配を感じてこなかったのはどういうことなのだろうか。

 

闇だ。どこまでも漆黒に塗りつぶされた闇が俺たちの前には立ちはだかっている。

 

「行くしかないな。その……世界の最深部とやらに……」

 

「ああ、分かってる。俺たちにはそれしか選択肢が無いことはな」

 

立ちはだかる現実を脳内で精一杯咀嚼(そしゃく)して言葉として吐き出してみれば、灰を求めて手は勝手に新しい煙草を取り出していき、その先端から紫煙を燻らせてゆく。

 

「……悪いな。碌でもないことを聞かせてしまった。忘れてくれ」

 

この場にはクリケットも居たことを(ようや)くにして気付き、すまない気持ちを言葉にしてみる。

 

「それがおめぇらのロマンか……。……気にするな、そんな話は右から左に限る。フフフ……、まったくあいつらとはえらい違いだな。空に指針を奪われた奴らとは……」

 

「生憎、永久指針(エターナルポース)で航海してるものでね」

 

「そうか、行先は決まってんだな……」

 

「ああ、“中枢”に入る」

 

最後に挟んできたローの言葉にクリケットはニヤリと笑みを浮かべ、

 

「最短コースを行くつもりか……。この時期なら丁度ぶつかるなアクア・ラグナに」

 

問うような視線を俺たちへ向けてくるが、

 

「知ってる。その為のこいつでもある」

 

ローが百も承知だと言うように背後で眠らされているアーロンを指差しながら頷いて、不敵な笑みを見せる。

 

「先の海を知ってるようだが……」

 

「ああ、赤い大陸(レッドライン)の先までは知らないがな。まあ、逆走した口だ。おめぇら、命を賭けた方がいいぞ。当然そのつもりだろうが……」

 

クラハドールの問い掛けに対して笑顔を見せたままクリケットは言葉を続けてくる。

 

「勿論、そのつもりだ」

 

この場の全員を代表するようにして言葉を紡ぎ出せば、

 

「フフフ、だろうとも。……それでおめぇら、この島はどうするつもりだ? おめぇらの島になったんだろう?」

 

笑顔と共に真っ直ぐ見詰め返してきた後に話の矛先は変わっていった。

 

「俺たちの根拠地にするつもりだ。ここで銃火器を作るつもりでいたんだが、あんたにその酒を見せられて少し気が変わった。酒造りが恋しいものでね。酒を造るには水が命だ。銃火器とは相容れないよな」

 

「その通り。この島の水は最高だ。武器商人やろうってんならそれは他の島でやった方がいいな」

 

「ボス、そもそもだが銃火器作るってのに材料がねぇだろう。確かに木材には事欠かねぇだろうが、鉄がない」

 

「それもあったな。確かにロー、お前の言う通りだ。先に鉄の調達先を探さないといけない」

 

「“中枢”だな。どこかしらにルートはあるはずだ」

 

商売の話に花を咲かせ、

 

「それでだ、あんた、しばらくはこの島にいるか?」

 

そして問う。

 

「留守番させようってのか? 俺たち猿山連合軍は次のロマンが見つかればそこへ行っちまうんだぜ。……だが確かに愛着もある。……まったく、とんでもねぇ野郎どもだな、いいだろう。しばらくは居といてやる。見届けなきゃならねぇ奴もいるしな、酒でも作りながらやっとくぜ」

 

「その酒だが、量産体制で頼む」

 

「何だと、何言ってやがる。コツコツ造ってきた自家用の酒だぞ」

 

「ああ先刻承知だが、俺たちは商人だ。都合を付けるから蒸留所にしてくれ」

 

「ふざけた野郎どもだぜ。これだから商人って奴らは……。くそったれめ、まあいい。俺たちも海賊だ。海賊の言葉に二言はねぇ。引き受けてやるよ」

 

 

こうして俺たちにとって第二の蒸留化計画は夜が明けるまで続いていった。

 

 

酒の名は『ロマネ・ゴールド』。

 

 

俺たちのロマンを詰め込むつもりだ。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

中枢へと参りましょう。

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ジョゼフィーヌの誉れ高い勇姿とはどんな姿だと思われますか?

  • 勿論の漆黒の正装、スーツ姿はミニスカート
  • 赤犬副官テルを見て密かに嵌まってる鎧兜姿
  • 素晴らしきランジェリー姿、色は情熱の赤
  • まさかの全裸、ある意味勇姿

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