大変長らくお待たせいたしました。新たな章、中枢編へと参ります。
今回は11,200字ほど
よろしければどうぞ!!
第63話 号外
夜が明けたな……。
つい先程まで世界は暗黒に覆われていたはずだが、時間の経過と共に青みが増してゆき、12時間越しで再び白みに溢れつつあった。
船はアクアラグナの真っ只中。横揺れ、縦揺れが収まる気配は微塵もなく、むしろ増していく一方でしかない。真っ白な大波は易々と舷側を越えて襲い掛かって来る。
吹き荒ぶ風は悪魔そのものであり、まったく以て容赦することなく俺たちの身体へと、船のマストへと叩きつけて来る。船尾甲板は覆いがあるだけ幾分ましではあるが、慰め程度の意味合いしか持ち合わせてはいない。風は定まることなくひっきりなしに向きを変えてゆき、前方から塊として吹き寄せて来ること多々。
海図台にしがみついていなければ立っていることもままならない状況だ。脇に目を向けてみれば砂時計の砂がそろそろ終わりを迎えつつある。3時間が終了し鐘を鳴らす頃合いであるが、今はスクランブルの当直シフトであるためあまり意味を成してはいないだろう。
一体俺は甲板に何時間立ち続けているのだろうか? 正直三日三晩でもおかしくなさそうである。胃に何かを入れた記憶も乏しいので定かではないが……。少なくともここのところ自分の船室に戻った記憶がない。
今こうして船は荒波を何とか掻き分けつつ進んでいるわけであるから、俺たちの航海は結果だけ見れば順調なのかもしれない。だが口が裂けても順調などと言える状況ではないというのが俺たちの実感である。
やはりロッコの存在は偉大であった。あいつが居るのと居ないのとでは俺たちの精神状態に雲泥の差が出てくるのかもしれない。さらにはベポまで動けない状態となれば尚更である。こういう状況を想定してのアーロンであったはずなのだが、奴とローはいまだに一心同体の状態だ。つまりは奴を甲板に配置するにはローも共にとしなければならない。
だがあいつは甲板下にてこそ必要な存在である。なぜならアクアラグナに入っての三日三晩で既に負傷者が出てきてしまっている。ゆえにあいつは医務室にて己の職務を全うしなければならないのだが、それと同時に甲板下には大量の海水が流れ込んでいるはずであり、目一杯船員を充てて排水に取り組まねばならない。とはいえ排水の指揮のみで誰かを割く余裕などもちろんあるわけなどない。よってポンプ室の指揮も執らせる必要がある。
となれば、ローとアーロンの枷を切り離すのかということになるのだが、リスクを天秤にかけてやつらは甲板下にそのまま配置ということになった。何とか俺たちでやるしかない。ゆえに俺が船室に戻るわけにはいかない。
ジャヤでの一件も何とか片付けることが出来たのだ。あれに比べれば嵐の中を甲板で立ち続けるぐらいはわけないはずである。出航して最初の新聞にて俺たちは公に四商海へとなったことが再確認出来た。であれば新任の四商海がアクアラグナにて全滅となってしまっては冗談にもならないであろう。
「総帥、少しは寝た方がいいですよ」
先程よりこうやってカールは心配そうにこちらを見詰めながら何度も声を掛けてくれるわけだが、まだ寝るわけにはいかない。まあそれでも気持ちは有り難いので何とか口角を上げて、
「カール、大丈夫だ」
返事をしてみるが、当のカールが大丈夫そうではない。海図台を離れようとしたところへ猛烈な風が襲い掛かったようで、ギリギリ両手を伸ばして吹き飛ばされないよう踏み止まっている。
「……お前こそっ、……大丈夫かーっ」
風の勢いは凄まじく、張り上げなければ声をまともに出せそうにない状況だ。
「……総帥っ、目の下に大きなっ……くま作ってる人に言われたくなーいっ!!」
全身で海図台にしがみつくのにやっとな状況だというのにカールはどうやら笑っているようであり、俺はと言うと本当に三日三晩ここに居続けているのかもしれない。
カールが言う通りに寝た方がいいんだろうな。眠気という感覚がどこかへ行ってしまっているが、目の前にフカフカのベッドを用意されれば倒れ込んでしまう予感はある。
だがまだ倒れ込むわけにはいかない。泥のように眠るのはまだお預けである。なぜなら、アクアラグナに突入してからというもの嫌な予感しかしていないからだ。
このアクアラグナの中でも船の舵はまだ利いている。舵輪の真ん中にピーターが立ち、両側にそれぞれ屈強な男が付いており、それぞれがロープで自らを舵輪と縛りつけているという念の入れようだ。
中甲板は辛うじて見分けられるが何ともひどい有様である。両舷側から流れ込んでくる大量の海水によってまるでプールだ。そんな中でも船員たちはロープを離すまいと必死そうに立ち働いていた。
舷側通路ではクラハドールが指揮を執っているが、どうやら抜き足を以てして右から左へ左から右へと両舷側通路を行ったり来たりと指揮を執っているようだ。メインマストはいまだ健在。しっかりと目の前に聳え立っているのが見える。
船首は見えはしないがジョゼフィーヌにビビ、そしてカルーがいるはずだ。波を遮るものが何ひとつとして存在しないそこは地獄絵図の様相を呈していることが想像出来る。心なしか時折喧騒が聞こえるような気がするが、襲い掛かって来る大波に対して絶叫を上げているのかもしれない。
オーバンは甲板下だろうか。多分にキッチンで朝食を作っているのではないか。狙撃手だけあってあいつの目は利くので今までならメインマストのてっぺんにて見張りをさせるところだが、今の俺たちにはペルがいる。奴が居れば上空から全てを見ることが出来るわけであるから偵察にはもってこいだ。
そして今この時もペルは上空を飛んでいるはずであり、俺の中でずっと燻り続けている懸念事項もそれである。アクアラグナの上空からは一体何が見えるのか? とんでもないものが見えてはいないだろうか?
ペルには小電伝虫を渡している。奴の飛行高度ぐらいであれば十分に通話可能なのだが生憎アクアラグナが生み出した暴風が邪魔をしてまともな通話は一切出来なかった。それがまた不安を煽るわけだ。
不意に、
「正面―っ!!! 波窪っ!!! 深いっ!! しっかりつかまれーーっ!!!!!」
船首よりジョゼフィーヌのよく通る大音声が響いてくる。
思わず俺もつかまれーっと復唱しながら海図台に精一杯しがみつくのだが、船体は前のめりになるようにして、海に滝があるのならばその滝に突っ込んでいくようにして、深く落ち込んでいくのが分かる。
一瞬にして己の体勢は崩れ、海図台の上で一回転しながらそのまま甲板に背から叩きつけられ、それでもなお船体が船首側に大きく傾いているのが分かり、あっという間に靴底が船尾甲板前端手摺を踏んでいた。
おいおい、どこまで落ちる……。
心の中で疑問を浮かべながらも周囲に視線をやり、カールも前端手摺で踏み止まっていることを確認し、ピーター達はロープで縛りつけておいたお陰か舵輪に乗っかるような形で無事であることが見て取れた。
そして、
轟音を伴った衝撃と共に船体の落下が止まり、俺たちは再び船尾甲板へと投げ出され、息つく暇もないまま立ち上がってみれば……。
瞬間的に大波による揺れが収まっており、視界が開けて船首まで見渡すことが出来、3本のマストが何とか無事であること、そしてジョゼフィーヌの誉れ高い勇姿を眺めることが出来た。
と共に胸ポケットの小電伝虫がまるで虫の知らせのようにして振動。
~「総帥殿、特大の大波が集まって来ていますっ!!! この一点に全てですっ!!!!」~
大当たりだ。
俺の悪い予感というものは本当によく当たる。
視線を船首の先にやれば、大波が見る見るうちにその高さを増しているのが分かり、背後の船尾窓の先でも大波は一気に高さを増してきておりその高さは優にメインマストのてっぺんを超えそうな勢いだ。
俺の脳内をけたたましい警報が鳴り響いてゆく。
生き残るために、この絶体絶命の窮地から逃れるために残された時間は何分あるだろうか、否何秒だろうか。
「ペル、状況は?」
~「まだ集まって来ていますっ!!」~
状況は悪化の一途だ。
大波の高さは見るからに有り得ない高さに達しようとしており、まさに天まで届こうかという勢いで尚もその高さを増している。
どうする?
どこへ進む?
どこに逃げ場が存在する?
クラハドールが己の持ち場を離れてこちらへとすっ飛んで来ている。奴と視線を交わすが、瞳の中に俺を満足させるような解答があるようには見受けられない。
絶望が押し寄せようとしている。いまだ嘗てない程の絶望という二文字が俺の胸中を覆い尽くそうとしている。
「“フォール”だ……」
ピーターから漏れてきた絶望を表す単語。
こいつが“フォール”か……。
周りを取り囲むようにして圧倒的存在を誇る大波の高さはいよいよ以てして己の胸中を抉り潰すような恐ろしさに達しつつある。
希望があるようには見えない。
起死回生の一手があるようには到底思えない。
それでも、
こいつらを失うわけにはいかない。
死なせるわけにはいかない。
この場所で。
断じて。
背負うものがあり、
手を伸ばして掴まねばならないものがある。
心を決めた瞬間、脳内に感じるものがあった。
“Room”を使ったな……。
と同時に眼前にはローとアーロンが枷で繋がれたそのままの状態で現れ出でる。
ただひとつ違っているのはローが“
眼は真っ直ぐに俺を見据え、唇は真一文字。
そこに見えるのは、
覚悟だ。
瞬時に全てを悟り、
「お前たち、……何とか踏ん張れ」
ローとアーロンの代わりに甲板下へと移動したピーターが抜けて手薄になっている舵を受け持つ連中に声を掛け、
頷く。
同じように瞳を真っ直ぐに見据えて……。
結末がどうなろうとも、
取った決断がどちらに転ぼうとも、
全てを受け入れる覚悟が今このとき必要だ。
信じる……。
それしかない。
どれだけ信じることが難しい相手であったとしても、
今このときは、
何が何でも、
全身全霊にて、
まずは信じる。
「頼む」
俺が口にしなければならない言葉はこの一言だけなはずだ。
瞬間、“
「帆を張れ。全部だ!!!」
数秒でしかない時間が永遠に感じられたほんの空白を次への行動へと繋がる言葉にて打ち消したアーロンは既に両手をもってして舵を掴んでいた。
分からない。
まだ分かりはしないが、感じる。
先に微かでも光があることを感じずにはいられない。
纏う空気感がそれを語っている。
「総員!! 操帆員は直ちに
その微かな光を頼りにして俺は声を張り上げていた。ローの姿は既に船尾甲板になく、メインマストをクラハドールと共に一斉によじ登っている姿が見て取れたのを確認して、カールが真上によじ登っていく姿も確認して、俺もまた船尾甲板に存在するミズンマストの展帆に助勢すべく跳躍する。
「下等種族に操舵は百年早ぇ!! さっさと帆を張りに行かねぇかぁーーっ!!!」
最初のフォアヤードに着地しながら巻き収められた帆を解き放ってるところへ下から張り上げる声がし、操舵にいた連中が一斉によじ登って来るのを確認出来る。
「アーロン!!!」
無駄なことは発しない。
俺たちは奴を信じた。
微かでも光があるのならば、
そこへ向かって動き出しているのならば、
これで通じるはずだ。
奴は鋭く尖った自身の歯を覗かせて、口角を上げて見せ、
「“フォール”が天災だと? シャハハハハハ、笑わせんじゃねぇ!! “フォール”は魚人からすりゃ遊び場だぁっ!!! 下等種族どもーっ!!!! ありったけの風が必要になる。ひとつとして逃すわけにはいかねぇ。ただ一点、……“ポイントゼロ”は存在する」
言い放ってみせた。
通じるものが確かに存在する。
確かに光がこの先に存在している気がする。
信じたことに対する答えは確かに存在している。
下からよじ登って来た操帆員たちが一気に抜けていき、頭上のトプスルヤード、更に上のトゲルンヤードへと向かっていく。前方のメインマスト、さらにその先のフォアマストでも同じように操帆員が一斉に展帆へと取り掛かっており、凄まじいスピードで巻き収められていた帆が広げられていく。
瞬間的に超特大の大波にて周囲を囲まれているせいか、先程まで吹き荒んでいた風が少しばかり収まっている。
そして、風をしっかりと受け止めて本来の役割を全うしようとはためき始めた全ての帆たち。俺たち全員の手によって船にはまた命が吹き込まれたのだ。と同時にアーロンの腕が猛スピードで細かい連続した動きを見せ始め、舵が利き出した船体小刻みな動きでそれに応えてゆく。アーロンが左右に動かしている舵輪のひとつひとつがしっかりと帆が受け取る風と連動し船がまるで意のままに荒れ狂う海へとその航跡を刻みつけてゆく。
どこまで高くなってゆくのかと言うほどの大波は今やもう空までも覆い尽くそうかという具合まで達してしまっている。最頂点はどうやら近そうだ。そろそろ次の瞬間には一気に海面へと流れ落ちて来るに違いない。
その瞬間は1秒先か、はたまた2秒先か……。
「ここしかねぇ……。ポイントゼロだ」
アーロンは上空を一心不乱に眺めまわしており、最適のポイントをどうやら探り当てたようだ。そのポイントゼロが何を意味しているのか。そこに到達すれば、そこを見出すことが出来た後に何が待ち受けているのかは分からないが、俺たちはひとまず信じるだけである。そこからしか始めることは出来ない。
やがて、
終わりと始まりは突然にしてやって来る。
増し続けていた大波はその動きを止めて、
今になって重力という存在を思い出したかのようにして一気に、本当に一気にして海面へと駆け下るように流れ込んできた。
「下等種族どもーっ!!! 死にたくなきゃ、俺が言う通りに動けーっ!!!!」
アーロンの雄叫びのような声が船上に響き渡り、対して船員たちからは野次やら罵詈雑言やら意味を成していない言葉の数々によって答えが返されてゆく。今にも真上に降り注ごうかとする超特大の大波を前にしてまともな精神状態でいられないのは確かだろう。何かしら叫びださなければやってられないようなそんな状況だ。
「ポイントゼロは“フォール”の最初の落下点だ。それと同時に船体を波に揚げていく。さらに二波目、三波目、落下してくる波に乗り続けていくしかねぇんだ。そらっ、来るぞーーーっ!!!!!」
ようやく合点がいった。微かな光のその先が
とはいえ至難の業であることは間違いなさそうだ。肝心要なのは最初であろう。最初の落下点予測が完璧であり正確無比に捉えていなければ始めることもままならずに木端微塵となる。たとえ最初の波に上手く乗れたとしてもその先の波に乗り続けるためには波と風の動きを読み続けて舵と帆の微調整を繰り返さなければならない。しかもそれをひとつでも外すわけにはいかないというわけだ。外せばこれまた木端微塵となる。
考えれば考えるほどに絶望しか生み出さないような内容であるが、不思議と胸中が絶望の黒に染まりゆくことはない。微かでも見える希望の光はかくも大きく偉大と、そういうことだろうか……。
「お前たちっ!!!!!!!」
気付けば自然と声を張り上げていた。
上に居るカールに視線を合わせる。メインマストにいるローとクラハドールに視線を合わせる。何とか視認できるジョゼフィーヌ、ビビ、カルーに視線を送る。下で舵輪を構えるアーロンを睨みつけてやる。
皆一様にして正装を着てはいるがひどい有様だ。当然ながらシルクハットなど被ってなどいない。だが俺は敢えてずっと被り続けていた。これが大きな意味を持つだろう。それだけで意は伝わるはずだ。
シルクハットの
必ず大波のその向こう側へ乗り越えてゆくと。
絶望に見えるかもしれないその先にある微かな光を絶対に掴みに行くのだと。
俺たちのシンボルであるこの漆黒のシルクハットに誓い合う。
そして、
大波の急降下は真っ逆さまに海面へと、
俺たちの眼前へと、
寸分違うことなく落ちて来るのだ。
それはつまり、
俺たちの船がいる場所が紛れもなく“ポイントゼロ”であるということであり、
「各
スタートがばっちり決まったということである。
俺たちの船は風を受けて、
舵を利かせて、
船体を大きく傾けながらも、
一つ目の大波に乗ってゆく。
「フォアマスト!!! トゲルンヤード、縮帆っ!!!」
帆の展縮さえも微調整してゆきながら、
俺たちの船は二つ目の大波に乗ってゆく。
そして三つ目の大波へ……。
四つ目の大波へ……。
五つ目……。
こうして俺たちの船の航跡は螺旋を描いてゆくのだ。
まるで大波に突然築き上げられた螺旋階段をひとつずつ登ってゆくようにして、
俺たちはひとつ、
またひとつと、
大波を乗り越えてゆく。
いつしか時間の感覚が分からなくなってくる。
何十時間も経っているのかもしれない。
だが一瞬の出来事のようにも感じてしまう。
それは何とも夢見心地で、
本当に夢のようで、
その先にあるはずの微かな光は確かな光へと変わりゆく。
信じる……。
ひとまず信じる……。
結果がどう転ぼうとも、
すべてを受け入れるという覚悟……。
その先にしか光は現れないのかもしれない。
俺たちはゆく。
大波のその先へ……。
「仕方ねぇ。てめぇら下等種族どもの水先案内人になってやる。“フォール”は抜けさせてやる。越えていこうぜ!!!」
ああ、そうだな。越えていこうぜ!!!!!!!
“
美しい島というのは世界に
大森林の中に複雑に絡み合ってツリーハウスが点在していた静寂の島サイレントフォレスト。
砂の王国 サンディアイランド アラバスタ。
見渡す限りの白が広がる塩田の島 ソリティアイランド。
フラッグガ―ランドを行き来するカラフルな傘に彩られたキューカ島。
ひとつひとつを脳裡に浮かべていくだけでも実に素晴らしいものである。
だが、ようやくにして辿り着いたこの島もまた実に美しい島だ。“水の都”ウォーターセブン。かつてそう呼ばれていた島が今は“水と霧の都”とそう呼ばれている。ウォーターセブンのシンボルと言えば遠目からでも直ぐにそれと分かる大噴水であろう。島の丁度真ん中にあるように思われるそれは上を見上げれば今も威風堂々としてそこに存在している。そこから水が何本も放射状に滝のようにして流れてゆく様は見事というほかない。そして存在感を誇示するようにして建っている巨大クレーンによってこの島が造船の町であることを思い起こさせてくれるのだ。その姿は産業都市そのものであり、今まで見てきた島とはまったく違うものである。そもそもにウォーターセブンは既に島ではない。正確には浮島であり、海に浮いているのだ。一見して直ぐに分かるようなものではないのだが、確かに移動可能らしい。
ただ、ここに霧の都という要素が加わって来たのは立ち昇る蒸気によって常日頃霧を形成するようになったから。そう、ウォーターセブンはいつしか蒸気機関の町ともなっているらしい。確かに遠目から眺める立ち昇る蒸気と巨大噴水のコントラストは得も言われぬ美しさであった。
ウォーターセブンをここまでにしたのは間違いなくガレーラカンパニーであろう。俺たちと同じく
果たしてガレーラのトップであるアイスバーグという奴はどんなやつなのだろうか? 非常に興味が湧く人物ではある。
「ボス、粗方手続きは終わったようだぜ」
ひとり考えに耽っていたところをローの声掛けによって現実へと揺り戻されてゆく。ローとアーロンの一心同体な状態に見慣れていたせいかローが背後に何も背負っていない状態は何とも違和感があるが、“フォール”の一件で俺たちは奴を信じてみることにしたわけだ。俺たちを下等種族呼ばわりする点は何も変わってはいないが、少しだけ奴が心を開き始めたような気がしてそのままにしている。
さておき、どうやら俺は係留された船体を背にしながら時間を潰していたようだ。体を起こし、改めて漆黒の船体を見上げてみれば、アクアラグナによる影響か素人目にも傷みは激しいように見て取れる。正直言って“フォール”を抜け出せたのは奇跡に近い。アーロンがいなければ俺たちは間違いなくあそこで終わっていたに違いない。しかも“フォール”を抜けたからといってアクアラグナから抜け出せたわけではなかった。
「兄さん、停泊の許可はスムーズにいったわ。やっぱり四商海になっただけあるわね。完全なるVIP待遇よ。停泊料も勿論タダ。みんなには休暇を取らせたわ。あれだけ頑張ってくれたもんね。給金も5倍増しにしてあげた」
俺はジョゼフィーヌの言葉に耳を疑った。給金5倍増しだと?! 一体どの口がそんなことを言っているのだ。あのケチでどうしようもないジョゼフィーヌの言葉とは到底思えなかった。何せローが唖然とした顔をしており、顔は何かを言いたそうであるが言葉に出来ない様子だ。俺もまた我が妹の顔をまじまじと見つめ返すしかなかった。
「何よ? 二人とも何か言いたげね。あれだけ頑張ったんだから5倍増しぐらい当然じゃない。でも、不思議なのよね~。みんなあんまり嬉しそうじゃないのよ。なんかすんごい疑わしげで渋々受け取っていったのよね。何でだろ……」
俺たち二人は心の中で同じ思いであったに違いない。
それはそうだろうと。5倍増しの給金など裏があるようにしか思えないからだ。船員たちは今度は一体何を背負わされることになるのかと訝ったに違いない。
「ほらロー、あんたにもあげるわ、5倍増しの給金よ」
深く考えるのを止めたらしいジョゼフィーヌは思い出したように大袋の中からベリー札を取り出してローに渡そうとする。直ぐに反応できないローが恐る恐るといった態で受け取っていく。こんな風に思っていることを気付かれでもしたらそれこそ更に碌でもないことが待っているに違いないわけで、俺はその様子をひやひやしながら眺めることしか出来なかった。
「オーバンはアーロンを連れて海列車に乗って行っちゃったわ。美食の町プッチに行くんだって。ベポはホテルを取って休ませてるし、ビビはペルとカールを連れて島を回って来るって、私たちも行きましょう。あ、そう言えばクラハドールは?」
「先に行かせた。一応執事だからな」
さて俺たちもそろそろ行かなくては。この島をじっくり見て回りたいのは山々だがその前にガレーラへと挨拶に出向かなくてはならない。四商海がいる島に別の四商海が上陸するのだ。いらぬ波風を立たせないためにも必要な事であろう。それに俺たちはガレーラに対して新造船の発注もしなければならない。彼らの造船所も覗いてみたいし、何より蒸気機関の深淵にも興味がある。
「行こうか」
桟橋をあとにしようと視線の先に建つ大噴水を見据えながら歩を進めたところで、
「号外だよ~~~~~!!! 号外、号外イ!!!」
大量の紙束を抱えた新聞の売り子らしき男が声を張り上げながらやって来るところに出くわした。
条件反射でそれを手に取ってみる。号外と言うからには余程のことが起きたに違いない。
見出しに躍り出ていた文字は、
『アイスバーグ市長に暗殺の魔の手』とあった。
おい、おいおいおいおい……。どういうことだ? 今これから挨拶に出向こうとしていた相手が暗殺未遂などと。
俺の眼は直ぐさまに下に続いている活字を読み進めていく。
アイスバーグ市長は海列車延伸計画着工のためにシャボンディに存在するガレーラカンパニーの事務所に滞在中であったらしいが、今朝方に部屋で血塗れで倒れているところを発見されたという。未だに
これは挨拶どころの話ではなくなってきたな。どうしたものか……。
更に情報は無いかと思い裏面へと返してみれば、更にとんでもない記事が載っていた。
『火拳のエースはどこへ消えた?!』と見出しが載っており、裏面全体に対して薄らとZの文字がまるで透かしを入れるようにして大書されている。
火拳のエースを護送中の海軍船が襲撃を受けて火拳のエースを攫われたとある。
大将赤犬からの必殺の攻撃目前で助かった真の理由はのちほどにヒナから連絡を受けて把握している。ということはその直後に奴は襲撃によって攫われたということになる。
相手は誰なのか? 何せ大将赤犬自ら護送中を襲って奪い取った奴らである。尋常ではないだろう。
Z。
この大書されたZがそれか。
革命軍急進派? 革命軍に派閥があるということらしい。そいつらがZを名乗ったと書かれているが……。
Z自らの投書によりこの記事は書かれているとある。どうやらこのZの大書も先方の意向を反映させているのかもしれない。
そして、
Zのトップは元海軍大将“
これは大事件も大事件だ。正直表面が霞んでしまうような内容。だがここはウォーターセブン、熟慮の末にこれを裏面に持ってきたということだろうか。
それにしても投書でもなければこんなことは公にされなかったはずだろう。政府がこんな失態を自ら世に明かすわけがない。それを見越しての投書だろうか。
この先の推移が正直読めないが、最悪四商海召集という可能性が有り得る。
「ボス……」
「兄さん……」
同じように号外記事に目を通していたローとジョゼフィーヌがこちらを窺って来る。
これからどうするのか。
アイスバーグはウォーターセブンにはいない。もっと情報を集める必要がある。
桟橋の向こうには荘厳な建物が見て取れ、ブルーステーションと記されている。あれは海列車の駅ということだろう。
「シャボンディ、レッドステーション行き、間もなく発車致します!! ご乗車の方はお急ぎ下さい!!!」
こんな時には人智を超えた何かによって手繰り寄せられる運命の糸のようなものが存在しているのかもしれない。
どうやら考えている場合では無さそうだ。
「乗るぞ。行くしかない」
短くそう告げて俺たちは走り出した。
発車が近いことを告げるように鳴る海列車の汽笛の音がこの先を暗示しているようでならない。
そして、
「号外だよ~~~~~!!! 号外、号外イ!!!」
新聞売りの叫びが繰り返されてゆくのが遠のいていく。
中枢……、また再びのどでかいヤマが始まろうとしているのかもしれない。
読んで頂きましてありがとうございます。
また色々と始まって参ります。
ご指摘、ご感想、よろしければ是非に!!