お待たせ致しました。今回は7,800字ほど。
よろしければどうぞ!!
所狭しと建ち並ぶ石造りの
間を縫うようにして張り巡らされている水路。
脇の街路にはオープンカフェになっているレストランで人々が談笑しながら料理に舌鼓を打ち、物売りたちは威勢の良い声で自らの商売に励んでいる。
ゆらゆらと建物の合間から立ち昇ってゆく蒸気。
賑やかな喧騒と水路を薄靄のようにして霧が包み込む。
水と霧の都と呼ばれるだけはある風景が目の前に広がっている。
私たちは死を覚悟させるような荒波を何とか乗り越えてこのウォーターセブンにやっとの思いで辿り着いた。やっとの思いと言うのは文字通り、いいえ文字以上にやっとの思いであって、それはそれは筆舌に尽くし難いもの。正直、死んでいてもおかしくはなかったけれど、またこうして
だからこそこの島を視認した時の思いは何物にも代え難いものがあった。感無量と言ってもいいかもしれない。多分みんな泣いていたと思う。
大噴水は遠目に眺めてみても、今この時のように見上げてみても実に美しいものであり、私は直ぐにこの島を気に入ってしまった。
しかもジョゼフィーヌさんからはいつもより5倍の給金を貰っている。他のみんなは一様にして
側ではペルとカール君もまたヤガラブルに乗っているが、向こうは水水まんじゅうに感嘆の声を漏らしているようだ。
美しい光景とみんなの笑顔、この流れゆく水路のように私の中にも幸せという二文字が流れ込んで来ているような気がして、私の口角もまた自然と上がってゆく。
「カルー、楽しいね!」
思いを分かち合いたくて後ろを振り返ってみれば、当のカルーは両の足を前に投げ出し、瑞々しさ溢れんばかりの水水ハクサイを羽根で器用にも高く摘み上げながら大口を開けていた。
「カルーったら……、お行儀が悪いわよ!」
私自身もたまにやっていることなので、口にする資格があるとは言えないが、私の姿もペルからすればこんな風に見えてしまうのかもしれない。確かにお行儀が良いとは言えない仕草である。
「…………クエ~~~、……クエ?」
そんな私の心中などお構いなしのようにして、まるで両の頬っぺたを落としそうな表情を見せた後に不思議そうに返事を返してくるカルーに対して私の口角はまた上がってゆくのだ。
しょうがないな~と思いながらも、水水ハクサイもまたそんなにも美味しいものなのかと興味が湧いてきて、私も思わずそれを高く摘み上げて溢れ出る滴と共に口の中へと落としてゆく。何だろう、この甘み……、癖になりそう。
「ビビ様っ!! それではカルーと同じ! ミイラ取りがミイラになってどうするのです」
幸せの味が口いっぱいに広がっていたところへ入り込んできたペルの言葉に対し、条件反射で反論しようとしてしまうが、口の中がいっぱいであったことに寸でのところで気付いて何とか睨みつけてみる。
「カール君っ!! 君もいい加減諦めたらどうなんだ」
でも睨みつけてみたペルは私に顔を向けながらもその手は別の方向に振り上げられていて、先ではカール君が口を開けながら何とか水水マンジュウを上に掲げようと必死にもがいていた。ペルの手によって押さえつけられながら。
その光景は何ともペルらしくて、私はとうとう我慢出来ずに吹き出してしまうしかない。
ぷっ……、ふふふ♪♪
私の吹き出し具合に血相を変えているペル、その一瞬の油断を見逃さずに押さえつける手を振り解いて水水マンジュウを高く掲げることに成功してそのまま口の中へと放り込んでゆくカール君。直ぐにも表情を切り替えて窘めに入ってるペル。うんうん頷いて見せながらも私への視線をにんまり笑顔で挟んでくるカール君。
何気ないこの日常。これこそがやっぱり幸せだと噛み締めずにはいられない。
ひとつひとつ言い含めるようにしてカール君に優しく説いているペルが祖国への文通の段取りを手配していたことをこの島上陸後に知らされた。ペルは満面の笑顔で私が密かに書き溜めておいた手紙を受け取って、代わりにどこかで受け取ったらしいパパの宛名が入った封書を渡してくれたのだ。
私が認めた手紙。正直内容には自信が無い。祖国に関連するような情報はまだ乏しいなりにも奮闘している様子を伝えているつもりだけれど、内心では抱えている心配と不安が滲み出てはいないかと気が気ではない。
それにパパからの文面を見る限り、祖国の状況は芳しくないようだ。
イガラムがタマリスクを離れることはない。離れられる状況ではない。チャカに加えてリーダーまでもが定期的に入らなければならない。状況は悪化の一方であり、
もちろんそんなことは書かれてはいない。パパの文面はとても穏やかで私の身を案ずる心配に満ちている。けれど、それを文字通り受け取ることなどは出来ないのだ。状況が芳しくないことは想像できる。切迫感に溢れている走り書きはそれを如実に物語っている。
不安はある。
心配もする。
でもだからこそ、この何気ない日常が愛おしいのだ。
だからこそ、私の口角は上がってゆく。
やらなければならないことは沢山ある。
まずはこの服を何とかしなければならない。カルーにも新しい服を用意してあげなければならない。
ネルソン商会には正装着用の義務が存在している。それは漆黒のスーツにシルクハットという装いであり、私たちのような砂漠の民では常識である真っ白な装いとは正反対のもの。
日に日に鋭くなってゆく総帥さんの私たちに対する視線、カルーに対する視線、墨と太筆を念入りに確認している様子を見るにつれて、是が非でも漆黒の装いをここウォーターセブンで手に入れなければ黄色いカルーに明日はないことを実感した。
買い物にはジョゼフィーヌさんも付き合うと言って聞かなかったが、あの人が一緒だとスカートの丈がどこまで短くなるのか分かったものではないので丁重にお断りした。
女はスカートの丈の長さに覚悟のほどが表れると聞いたことがある。私にはまだジョゼフィーヌさんほどの覚悟は無いのだろう。私もまだまだね……。精進が足らないのかもしれない。何の精進をしなければならないのかはよく分からないのだけれど……。
はぁ……、
スカートの丈の短さに思いを巡らすのは止めよう。想像しているだけで何だか目が眩しくなってきそうだもん。
他にもやらなければならないことはあるのだ。
積荷のひとつである
ということは、あの海列車に乗って行かなければならないということだ。
楽しみね……。海の上を汽車で走るとはどんな感じだろうか。
海列車の乗り心地具合に思いを馳せながら、ニ―ニ―とせがんでくるどうしようもないヤガラブルに水水肉を食べさせてやりつつ、私たちは水と霧の都の奥へと進んでゆく。
これならカルーが墨で塗りつぶされるかもしれないという不安からは解放されることだろう。
私たちは裏町商店街の奥の奥まで入り組んだ水路をヤガラブルで抜けたあとに石畳の街路に降り立ち、能力でこの島の人々が交わす言葉を拾って検討した結果、このひっそりと隠れ家のように佇む仕立屋にお邪魔した。
満足ゆくまで店内にて吟味して店をあとにした私たちの装いは漆黒そのもの。ペルは正統派スーツを選択し、私はスーツの下にホットパンツを選択し、カルーにはチョッキを着せてみた。もちろんちゃんと頭の上にはシルクハットをのせている。これで私たちもれっきとしたネルソン商会の構成員だ。
カール君も嬉しそうに微笑んでいる。ホットパンツとミニスカートの違いについて熱心に質問を浴びせてきた時にはどうなることかと思ったものだが……。答えに窮する私に対してカール君はこれでもかと口角泡を飛ばしてきたものだからお茶を濁すのに随分と苦労した。最終的にカール君の中で両者に大した違いなどなくて趣向の違いでしかないという結論に至ったよう。見えそうで見えないギリギリに惹かれてしまうのか、揺れる身体の曲線美に心踊らされてしまうのか、だって……。
……、もっと私がしっかりしないといけないんだわ。カール君のこの先が思いやられてならない。
そこへ、
懐かしい響きをした声が私の脳内に突然入り込んできたのだ。
~「ロビン、どこ行ったんだろうな――――……。おれやっぱり本気で何か怒らせたのかな~~……」~
~「バカ……、んなわけねぇだろ」~
私のモシモシの能力は意識することでオンオフを切り替えられるようになっている。オフ状態の今は何も聞こえてはこないはずなのに……。
近い……、橋の上だわ……。
ドキドキする胸の鼓動を感じながら振り返ってみれば、懐かしい二人の姿が石造りのアーチ橋を渡っている様子が見て取れる。
「わーお! トナカイさんに
「クエーッ、クエーッッ、クエー-ッッ!!!」
「ビビ様……、彼らですね……」
紛れもなくそう……。
「ええ。サンジさん……、トニ―君……」
私たちの声に橋上の二人も気付いたようで、
「ビビちゃん?! ……ビビちゃんじゃねぇか!!! 何でこの島に……」
「え……? ほんとだ、ビビだ! カルーもいるし、カールまでいるじゃないか。それに、おまえはあの時の……、生きてたんだな……」
本当に懐かしい声で呼び掛けてくれるのだ。両手を大きく振り上げながらこちらへと駆け寄って来てくれるのだ。
嬉しかった。左腕の×印が消えてしまうことなど無かった。
「あ~~ビビちゃん、さっきまでの俺の胸騒ぎは胸の高鳴りの間違いだったんだね~~♥ 水の流れに流され流されて、あ~~これは運命だね、ビビちゃん♥」
「え……!!! 胸騒ぎが胸の高鳴りに……!!! 大変だ、サンジ!!! 診察しよう!!!」
「いや、だから病気じゃねぇっつってんだろ!!」
そしてサンジさんはやっぱりサンジさんで、トニ―君はやっぱりトニ―君で。
「ふふふ、久しぶりねサンジさん、トニ―君!!」
私は自然と笑っていた。
「でもどうしたんだい、ビビちゃん? もしかして……俺に会いたくて……♥♥♥」
激しい突っ込みから直ぐに真顔に戻って、再びメロリンメロリンと締まりのない顔へと変化して勝手に妄想の世界に入ってしまっているサンジさん。
「プリンスとプリンセスの偶然の出会い。確かに運命ですね」
「おう、レインベースの時のチビか。分かってんじゃねぇか」
「ビビ様の前だぞ、君っ!! その頭の中の妄想を消し去りなさい!!」
「クエーッ!! クエーーッッ!!!」
「あんた、あの時の……、生きてたんだな」
「ビビ、ごめんよ。サンジは相変わらずなんだよ。でもビビとカールが一緒にいるってことはどういうことなんだ?? ……あ、もしかしてネルソン商会の船に乗ってるのか?」
そう聞かれることは分かり切っていた。再び国を出た以上はどこかでまた出会うことになることは想定していたけれど、まさかこの島で会うことになろうとは思いもよらなかった。正直後ろめたさでいっぱいであって、あまり答えたくないけれど……。
「ええ、そうなの。 ごめんなさい、私は残るって言ってたのに……」
ばつの悪い気持ちがどうしても私の視線を下へ下へと追いやってしまい、自然と俯き加減になってしまう。
「何言ってんだよ、ビビちゃん!! 気にすることはねぇ、顔を上げなよ!! 何があったのかは知らないが余程のことがあったんだろ。俺たちも今色々あってよ!!」
「そうだぞ、ビビ!! 俺たち仲間だろ!! それに、すげぇよ!! ネルソン商会って
私の思い悩みなど何でもないことのように、軽く吹き飛ばしてくれる。私のことを
でも、私は気付いてしまう。色々あったのところで二人が瞬間的に目配せをしたことを。色々は色々、でも決して軽くない。私は直ぐにそこに気付いてしまった。でも二人は私にいらぬ心配をさせないように話さないことに決めた。今の目配せはそういう意味かもしれない。
「そうです。僕たちはすごいんです。でもチョッパー船医、空の島に行って来たんですよね。お化け海流に乗って行ったって、総帥が言ってました。そっちの方がすんごいですよ~~」
「ウ……うるせぇな!!! そんなに褒められても嬉しくなんかねぇぞ、このやろうがっ!!!」
「嬉しそうですね」
「クーエ」
「それにしてもよく知ってんな! 俺たちが空島に行ってたってこと。もしかしてビビちゃん……♥♥」
「もしかしてなど何もないっ!! 我らの総帥殿は君たちをえらく気に入っている。ただそれだけのことだっ!!」
再び、相変わらずのトニー君らしさ、サンジさんらしさに苦笑してしまいながらも、私は思案する。
このまま二人の優しさに乗り掛かってしまえばいいと……。
「ほんと、みんなの方がすごいわ。私も見たの。“
なんて思えるはずがなくて、私は自然と左腕を掲げて見せていたし、最後は叫んでいた。そこからは二人から色々を包み隠さず教えてもらった。
2億ベリーのこと。
ウソップさんのこと。
ニコ・ロビン、ミス・オールサンデーのこと。
色々はほんとに色々で。決して軽くはなくて……。
そして、私が抱えることになった色々も包み隠さず伝えてみた。
「ビビちゃん、ごめんよ。俺たちが間違ってたよな」
サンジさんが面目ないという風に謝ってくれる。私に心配させたくないという気持ちは痛いほどに分かる。
「ビビ、ごめん。俺たち、ロビンが心配なんだ。……そうだ! ビビなら能力でロビンの声を聞けないかな? ロビンが何か話してたら声を聞けるんだろ??」
涙目になりながら藁にもすがるような思いでいるように思われるトニー君にこんなことを尋ねられれば応えないわけにはいかなくて。
私はモシモシのスイッチを完全にオンにする。
――――
能力をウォーターセブン全域を包み込むようにして拡散させ、まだ馴染みがあるミス・オールサンデーの声に耳を澄ましてゆく。声を拾える可能性は正直限りなく低いと言わざるを得なくて、ギャンブルに近いものがあるが万にひとつでも可能性が無いわけではない。みんなはそういうことを実現してきたわけだし、私はそんなみんなの一員だったし、仲間である。
だからお願い…………、
~「わけない……わ」~
祈りが届いたのかどうかは分からないけれど、拾った声の中には確かに聞き覚えのある声が含まれていた。
~「―――――当然お前も町中から消される身になったがな、ロビン」~
え? ん?
~「―――――そうね」~
ミス・オールサンデーが居ることは確定。でもその話し相手は一体誰だろうか?
~「フフフ、だが一時的なもんだ。大切なのは……、この後……!!! CP9の奴らに会ってねぇだろうな?!」~
この笑い声……!!!
忘れもしない!!!
忘れるわけがない!!!!!!!!
あいつだ……。
~「ええ、もちろん」~
~「奴らは先を越されて慌てふためいてやがるだろうが、気を抜くな。奴らを引き付けておくにはお前の存在が必要だ。フフフフフ、お前を
~「そう……。それで、ジョーカー……あなたは?」~
笑い声、サングラス……。
忘れはしない。忘れることなんて出来やしない。あいつが、ジョーカーが……近くに居る……。
~「フフフ、俺か……。サン・ファルド、セントポプラ……それぞれに取引があるが、アラバスタで許し損ねた奴がいる。……なぁ、ロビン、処刑はやはり“鉛玉”に限るとそう思わねぇか……」~
「クエー?? クエ、クエーッ!!」
「ビビ様、顔色が悪いようですが如何されましたか」
「ペルさん、多分ビビ会計士補佐は怒ってる気がするよ……」
「おい、ビビちゃん、どうしたんだ? 何か聞こえたのか??」
「ビビ、もしかしてロビンか? ロビンが居たのか?」
「うん! 居たわ。声が聞こえた。トニ―君、もう大丈夫よ」
怒りで打ち震わせていた拳を無理矢理解き放って、口角を精一杯上げてそう答えてみる。内心はどうであろうとも……。
二人はミス・オールサンデーが見つかったことに安堵しており、涙していて、私に感謝の言葉を繰り返してくれている。私はミス・オールサンデーがシャボンディ諸島のガレーラカンパニーに再度向かうことを伝えて、私も協力したいから一緒に行くと言ったところで……。
「……ビビちゃん、そりゃダメだ。また両手に力が入っちまってるぜ! 何を聞いてしまったのかは知らねぇが、ビビちゃんにはビビちゃんのやるべきことがあるんだろ。俺たちはその気持ちだけで十分さ!!」
「サンジ!! 何言ってんだよ、ビビが一緒に行きたいって言ってん……」
「バカ! ほら、行くぞ、チョッパー!! シャボンディ行きの海列車が何本あんのか分からねぇだろ、間に合わずにロビンちゃんに会えねぇかもしれねぇだろうが!!」
「え、分かった! 行くよ。じゃあな、ビビ! また、会おうな!!!」
私は遠ざかってゆく二人に向けて手を振り上げ、口角を上げて見送った。何とか……。
サンジさんには敵わないな……。
ジョーカーは最後にこう
~「……なぁ、ビビ王女、聞いてんだろ。お前たちがこの島に来てるのは分かってる。フフフフフ、フッフッフッ、アラバスタを留守にしてていいのか? 最近俺たちは“ヘブン”を手に入れた。コラソンに手配させてアラバスタにも持ち込むつもりだ。フフフフフ、この意味、分かるよな?? フッフッフッフッフッ……」~
「ビビ様……」
「クエー」
「……何かあったんですよね……」
二人を見送った私たちには伸しかかるものが存在する。いいえ、ネルソン商会に伸しかかるものが存在している。
「ペル、小電伝虫をお願い。総帥さんに緊急連絡が必要だわ。それから、私たちはセントポプラに向かう!!」
祖国は守る。守って見せる。
絶対に!!!
でも、
その前に守るべきものが私にはある。
気付けば私は自分の手が痛いほどに小電伝虫を握り締めていた……。
読んで頂きましてありがとうございます。
今回の章は先に宣言しておきます。
詰め込んでいくと。ありったけを詰め込んでいきます。これでもかと。
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