ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第66話 食堂車に肉はあるか?

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

汽笛の音が乗り場に鳴り響いている。

 

その音色がどこか哀愁を帯びていると感じてしまうのはなんでだろうか?

 

「急げ、もう出るぞ!!」

 

ローが振り返りながら急ぐように促してくるが、発車間際のギリギリで何とか切符を手に入れようとしているこっちの身にもなって欲しいものだ。

 

「何でもいいから早く頂戴」

 

「二等でも構いませんか?」

 

「ええ」

 

汽笛の音色に混じって別れを告げ合う声も聞こえてくる。乗り場には出発を見送りに来ている人たちもいるのだ。哀愁を感じてしまうのはそのせいかもしれないとひとり合点(がてん)して、駅員が用意してくれた切符3枚をひったくるようにして掴み取り私も走りだす。

 

窓の向こう側にいるのであろう相手に向かって手を振っている人たちを掻き分けて駆けだすのは大変だけど、蒸気が吹き上がる音はさっきよりも大きくなっているし、その間隔も狭まっているような気がする。横目に入る車輪は今にも動き出しそうだ。

 

また一際大きく汽笛の音が鳴り響き渡る。

 

一両先の車両乗降口でローが待ってくれている。

 

なんで一両先なのよと悪態を吐きたくなるが、手前の車両はどうやら一等車みたい。ということはローがいるのは二等車の乗降口ということになるのか。そういうどうにも勘が良いところが癪に障って来るが……。

 

 

 

―――バリバリッ―――

 

 

 

蒸気が吹き上がる音、話し声に入り混じってこの場には似つかわしくない乾いた何かを砕き割る音が耳に飛び込んできて、思わず視線を向けたところには……。

 

一等車と思われる車両乗降口の手摺(てすり)に腕を掛けている人物。立ち襟が特徴的な煌めいて見える真っ白なジャケットを腰あたりで真っ青なスカーフで巻いていて、造花なのか胸元には色鮮やかな青い薔薇(ばら)がポケットから覗き出ている。乗降口の天井に頭をぶつけてしまいそうな背は優に3mを超えていそうで、浅黒い肌にスキンヘッド、そして丸サングラスの色もまた青い。瞳を覗き見ることは出来ないけれど明らかに視線は私に向けられている気がしてならず、男の掌の中では何かの殻が潰されていた。

 

あれは……胡桃(クルミ)??……。

 

目にした顔と衣装、胸ポケットの青い薔薇を頭の中で反芻(はんすう)しながら二等車乗降口までのあと少しを駆けてゆく。

 

私は猛烈な速度で脳内検索を掛けてゆく。どこかで見たことがある。

 

多分手配書だわ。私の得意分野のひとつ。

 

最近の手配書ではないはず。……ベルガー島時代に見た手配書だ。

 

脳内検索は過去へ過去へと遡ってゆき、

 

ヒット。

 

 

“海坊主” チリペッパー・クンサー 懸賞金 4億6000万ベリー

 

でもこの懸賞金額には元が付いてくる。

 

なぜなら私の記憶が正しければ海坊主という男は“青い薔薇協会(ブルーローズ)”のドラッグ部門を担っているやつだったはず。

 

そして“青い薔薇協会(ブルーローズ)”は王下四商海の一角だ。中枢と新世界に深く根を張るときく。

 

頭の中で警報が鳴り始めている。

 

こんな偶然はあるだろうか?

 

ウォーターセブンに着いて早々、新聞の号外を目にして、内容は目的の人物の暗殺未遂事件と世界を揺るがす大事件。更なる情報を得ようと現地へ向かおうとする列車に別の四商海幹部が乗り込んでいるのだ。

 

筋書きとして出来過ぎているように思われてならない。

 

直前にビビから(もたら)された情報のこともある。

 

何が起こっているんだろう??

 

一体何が??

 

 

 

そんな思いとは裏腹にして、

 

二等車乗降口に辿り着いた私は早速にもローに対して変わらずの悪態を吐いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前を横切ってまた誰かが車両に乗り込んでいく。

 

汽笛の音が再び鳴り響いている。

 

出発は近いだろう。

 

ボスは先に入っていると残して既に車内へと乗り込んでいる。

 

ジョゼフィーヌさんはまだ乗り場にいて、あれは切符を買ってんだろうな。

 

急げと声を掛けたが、あのひと睨みを見るにあとでどやされることとなるに違いない。

 

出発目前で買える席となりゃ二等車だろうと当たりをつけて俺はこの場にいるが……。

 

そのことさえもどやされることになるかもしれねぇな。

 

既に挨拶に近いようなやり取りではあるのでどうということもねぇが。

 

 

乗降口周りには人だかりが出来ており、口々に別れの挨拶を掛けあっているのが聞こえてくるが、それに混じって聞こえてくるのはさっきの新聞号外の内容についてだ。

 

ガレーラ屋はウォーターセブンの市長でもあるらしく、余程慕われているらしかった。漏れ聞こえてくるのは無事を祈る内容ばかりである。

 

まあ確かに俺たちにとっても無事でいてもらわねぇと困る。でなければ船の新造発注どころでは無くなっちまうからな。この計画を進めないと俺たちの道筋にかなりの暗雲が立ち込めてきやがるってもんだ。

 

それでなくとも世界の情勢には暗雲が立ち込めて来てやがるってのにな。

 

火拳屋が海軍に捕縛されたこの前の事件だけでも十分に大事件だったのだ。政府はやつをインペルダウンへと連行することだろう。そこに加えてのヒナさんからもたらされた情報である。

 

政府は火拳屋を処刑することを決定したというものだった。インペルダウン投獄だけでも十分に嵐を呼ぶ可能性があったが、公開処刑によってそれは確定した。

 

間違いなく戦争が起こると。

 

だがどうだ。

 

新聞号外によってそれはさらに混沌としたものになってしまった。火拳屋の身柄はZと呼ばれる革命軍急進派組織によって奪われたらしい。そいつらの狙いはどこにあるのか? さっぱり分からねぇが前代未聞の出来事が起きつつあるのは間違いねぇ。

 

問題は今起きてることがこれだけじゃねぇってことだ。

 

ビビによれば、ジョーカーがこの島に居るらしい。いや、正確にはジョーカーの声を能力で聞いたってことらしいから居るかどうかを断定は出来ない。アラバスタでやつの分身という存在を目にしてしまったからには……。

 

とはいえ、ジョーカーと思われるやつはニコ屋に対してサン・ファルド、セントポプラの名を口にしたという。それにドラッグ“ヘブン”……。

 

 

一体どうなっていくのか??

 

 

 

―――「ご乗車頂きましてありがとうございます。()()()()()()()()様でございますね。客席へとご案内致します」―――

 

背後から聞こえてくる乗務員らしいものの言葉が聞こえてきたところで、思わず俺は振り返らざるを得なくなる。聞き流してしまいそうな内容ではあるが、その名前には反応せざるを得なかった。

 

素晴らしい(マーヴェラス)!! 流石は海列車の一等車だ。イェーッッ!! 最高の席に案内してくれよ」

 

“祭り屋”フェスタは生きてやがったっていうのか……。

 

黒い燕尾服を身に纏った乗務員にエスコートされているのは紫色のコートを羽織り、左足だけを露出し、黒髪は爆発してやがる男。

 

容姿を目にしたことはねぇが名前を呼ばれてる以上はそうなんだろう。

 

やつは死んだと聞いちゃあいるが……。

 

きな臭いものを感じずにはいられない。何せやつにはもうひとつの呼び名が存在している。“祭り屋”フェスタは裏の世界では“戦争屋”と呼ばれていたのだ。戦争を請け負うジェルマとはまた違う。戦争を興行として創りだす故の呼び名。

 

そんなやつがこの海列車に乗り込んでやがる。

 

 

一等車への入口扉の奥へと消えていく姿を見送ったあとに再度振り返った時にはジョゼフィーヌさんは目の前にいて。

 

「ねぇ、ロー、取り敢えず色々むかつくから往復ビンタするけどいい??」

 

「いいわけねぇだろうがっっっ!!!!」

 

なんだ? なんなんだ? するけどいいって……。

 

 

案の定なやりとりをする破目になっている。

 

 

瞬間で沸き立った怒りとは裏腹にして、突然の暗闇に灯された明かりのような安堵感がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に乗っているとローに伝えて海列車の車両に足を踏み入れてみれば、天井近くから吊るされたランタンのオレンジ光に照らされて鏡板で装飾された車内通路を左右両側に見て取れた。左側が二等車であり右側が一等車だ。一等車へと続く扉前には燕尾服姿の乗務員が(うやうや)しくも会釈を返してくれている。

 

俺たちの席は二等車になるだろう。出発の間際で一等車に空きがあるとは到底思えない。乗り場を見渡した時に沢山の見送り客がいたことからもこのシャボンディ行きに乗る人間は結構な人数とみていいだろう。

 

シャボンディで起きた暗殺未遂事件はそれこそウォータセブン内を駆け巡ったに違いないのだ。

 

とはいえ初めて乗る海列車、一等車がどういう感じなのかは非常に興味があるが……。

 

色つきガラスで透かしの入った扉越しに中の様子に目を凝らしてみれば、

 

 

 

―――通路途中でお辞儀をしている客のひとり、そのお辞儀は直立不動にして深く、深く、そして()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

 

 

っておい、あの仕草はどこかで見たことがなかったか??

 

 

 

忘れるはずがない。忘れられるはずがない。あのタリタリしたやつを……。

 

タリ・デ・ヴァスコ。

 

なぜ海列車に乗っているのだ。なぜウォーターセブンに居るのだ。なぜ今この時にシャボンディに向かおうとしているのだ。よりにもよって海列車に乗って……。

 

やつが今にも振り返って、あの独特のお辞儀を俺に対して披露してきそうで怖くなり、(きびす)を返して二等車の車内へと入って行った。

 

見てはいけないものを見てしまったような気がしてならない。

 

 

 

 

 

さて、

 

この状況はどう捉えればいいだろうか?

 

 

おっつけ現れたローとジョゼフィーヌの話を総合して見えてくること。

 

この海列車内にきな臭い奴らが複数乗り込んできている。

 

 

これは偶々偶然の出来事に過ぎないのだろうか?

 

偶然に過ぎないのであるから、こんなことにかまけてないでさっさと通路をゆく売り子から美味そうなコーヒーでも受け取って席について芳しい香りに鼻腔をくすぐらせるままにするべきなのだろうか。

 

 

否、断じて偶然ということは有り得ない。この世に起こる出来事を偶然で片付けるわけにはいかない。この世のすべては繋がっていて、連関していて、必然の下に起こりゆくのだ。

 

ゆえに、

 

ドラッグを一手に取り仕切る王下四商海の幹部と今もなお世界に隠然と名が轟いている裏興行主、そしてドンキホーテファミリーの最高幹部にして情報屋がひとつところに揃い踏みしていることには必ず理由があるはずなのだ。

 

さらに言えば、ビビが言っていた内容だ。繋げて考えないわけにはいかないだろう。

 

ドフラミンゴとニコ・ロビンの糸はまだ切れておらず、奴らはこの中枢全体を舞台にしてどでかいヤマを仕掛けているのかもしれない。

 

シャボンディでの暗殺未遂事件が奴らによるものなのだとしたら、その先に一体何を想い描いているのか。しかもサン・ファルドとセントポプラでも取引があると言ったらしい。

 

そのどちらかに“ヘブン”が関係しているのか?

 

否、待てよ……、

 

“ヘブン”の元締めはバナロ島のルチアーノ・ファミリーという話だった。“ヘブン”がマリージョアに流通しているとして、流している奴らはどいつだ? ルチアーノファミリーなのか? 

 

流通先はマリージョア、天竜人がいる政府の中枢も中枢だ。ルチアーノファミリーは五大ファミリーとは言え“西の海(ウエストブルー)で猛威を振るっていた奴らに過ぎない。

 

であるならば、最後の流通を担っているのが“青い薔薇協会(ブルーローズ)”の奴らってことではないのか。

 

ルチアーノが斃れ、生産元締めの頭に空白が生じた。

 

流通を握る組織の幹部と新たな流通先を切り拓いていてブツを欲している別組織の幹部に裏興行主がひとつの列車に乗り合わせている。

 

その別組織のトップが直ぐ近くに居て、別のヤマを準備している。

 

そいつはガレーラのトップに暗殺を仕掛けた。

 

一方で処刑が決まっていた白ひげ海賊団2番隊隊長が革命軍急進派に身柄を押さえられた。世界政府海軍本部と四皇による対決の構図に横槍が入ったようなものだ。

 

これ全部が水面下で繋がっているとしたらどうなる?

 

誰が裏で糸を引いている?

 

誰がこの全てを把握したうえでヤマを仕掛けている?

 

分からない。正直誰であったとしても決して不思議ではない。

 

 

くそ、やられたな……。

 

どこのどいつかは分からないが確実に裏で糸を引いている奴らがいる。そしてその奴らはこの規模でヤマを仕掛けて来ているが、何よりも問題なのは俺たちが直接的にはそのヤマに繋がってないということだ。そのどでかいヤマに繋がってさえいない。まだ傍から眺めているに過ぎない。まだ俺たちはそのレベルでしかない。

 

ヤマのど真ん中に居るぐらいにならなければダメだ。更にはこの規模でヤマを仕掛けられるようにならなければダメだ。世界を巻きこむヤマに対して裏で糸を引くぐらいにならなければ到底中枢の中枢に手を掛けることは出来ない。

 

 

だがまずは、

この列車に乗り合わせている奴らだ。奴らは偶然乗り合わせているのか?

 

否、そんな偶然は存在していない。

 

奴らはみな一等車に入って行っている。だが一等車に入っていった人間は他にも存在していた。人目がある場所で集まれば何の意味もないはず。一等車の作りは二等車とそうは変わらない。扉越しに覗き見る限りは席の豪華さに違いがあるぐらいであり、真ん中に通路が伸びていてその両側に席が配置されているのは変わりないのだ。

 

 

「ありがとう! はい、兄さん。取り敢えずコーヒーは貰っておこうよ、ね。ロー、喜びなさい、緑茶があるわよ」

 

長い思考の探検行にすうっと入り込んでくるように言葉を挟んできたジョゼフィーヌからカップを受け取ったところではたと気付き、

 

「海列車に食堂車は付いているのか?」

 

売り子に質問を浴びせていた。

 

「はい、ございますよ。一等車の奥、最後尾に連結されております。背面が全面ガラス張りとなっておりましてそれはもう素晴らしい景色が眺められますよ♪ 自慢の絶景でございます」

 

朗らかに受け答えしてくれた売り子に礼を述べて、そういうことかと合点がいった。

 

やつら、その食堂車で……。

 

そこで若干売り子が表情を陰らせて、

 

「ただ~~、残念ながら本日は完全貸切となってございます。申し訳ございません……」

 

謝罪の言葉を投げ掛けてくれる。

 

つまりはそういうことだろう。

 

 

 

そこへ一際大きな汽笛の音が響いてくる。

 

「当列車は発車致します。座席にお座り下さい」

 

先程の陰りを帯びた声音をすっかり引っ込めて、朗らかな笑みとともに言葉を受け取った俺たちはこの車両はほぼほぼ席が埋まっていると見てとって次の車両へと向かうべく扉を引き開けた。

 

 

 

「なぁ、ナミー、肉はねぇのかなー?」

 

「はぁ、もうあんたにはほんと呆れるわ。なんでこんな時に食べる気が起きてんのよ」

 

少しだけ懐かしい声色と共に前方の座席に見えたのはあの麦わらたちだった。

 

「ん……」

 

「あ……」

 

「お……」

 

よりによってもよりによって、俺たち三人とも思わず言葉として出かかってしまったように、脳内に浮かんだ言葉は同じであると思う。

 

 

 

おいおい、マジかよ……。

 

 

 

 

 

海原を往く列車行は快適そのものだ。波の動きに連動して揺れる線路を進むらしく、当然ながら車内も揺れはするがこの揺れがまた何とも心地いいのだ。何も考える必要などないのであればこの揺らぎに身も心も委ねてしまって眠りに落ちてしまうのも素晴らしいだろうが……。

 

そんなことが出来るわけもない。

 

最初に麦わらから発せられた言葉は、黒いやつじゃねぇか、なぁ、肉持ってねぇかなぁ、だった。久しぶりに再会した相手に対して掛ける言葉としては全く以てして相応しくない言葉だ。

 

俺は肉屋と思われていたんだろうか? と真剣に悩みだしてしまいそうではないか。

 

俺たちは決して望んでいたわけではないのだが、ほかに空いている席がないということでやむなく麦わらたちの向かいの席に腰を下ろすしかなかった。

 

 

否、問題はそういうことではないのだ。断じてそういうことではない。

 

俺たちはこんなところに座って久しぶりに会った奴から肉談議を聞いている場合ではないのだ。俺たちは一刻も早く食堂車に行かなければならない。

 

この中枢水面下で起こりつつあるヤマの取っ掛かりが直ぐ目の前で繰り広げられようとしている時なのだ。

 

だと言うのに肉を連呼するこいつを見る限り、食堂車という単語を出した途端に俺たちと一緒についてくるに違いない。こんな先がどうなるかまったくもって読めないやつをその場に居合わせさせるわけにはいかない。断固として御免だ。

 

そもそもこいつも肉を連呼している場合ではないだろうに。あの号外は目にしているはずなのだ。火拳のエースはアラバスタにて麦わらのことを弟だと言っていたではないか。兄の行方がどうなるか分からない状況でよくもまあという感じだがアラバスタでの大飯喰らいっぷりを思うにさもありなんではある。

 

「あー、ダメだぁぁ、リンゴじゃ力が出ねぇ……」

 

先程の売り子からリンゴを買ったってことなのだろうが、彼女はリンゴなど持っていただろうか? ドリンクしか持ち合わせていなかったような気がするが……。

 

まさかこいつが全部食い尽くしたってことじゃないだろうな。

 

「ねぇ、リンゴ食べてたんなら芯が残ってないとおかしいと思うんだけど、一体何個食べてたの?」

 

「……30個よ」

 

ジョゼフィーヌからの質問に対する傍らのオレンジ髪の女の答えに俺たちは一瞬固まってしまう。

 

「……マジで」

 

「ええ、しかも一瞬よ、一瞬。ほんとに手品みたいに一瞬で無くなったんだから」

 

道理であの売り子がドリンクしか持ち合わせてなかったわけだ。こいつが全部食い尽くしてしまったに違いない。相変わらずとんでもない大飯喰らいだな、まったく。

 

「……緑茶を貰ってくる」

 

呆れたようにして黙して語らず湯呑の中身を飲み続けるを貫いていたローが堪らずといった具合に席を立ちあがり移動しようとする。一瞬だけ右腕を左手の指で指し示しながら目配せしてきたのを見て頷いてみせる。

 

ローの右腕の袖は何かをはめているように盛り上がっているがそこには携帯用の黒電伝虫を付けているのだ。車両の客室外に出て盗聴を試みてみるってことだろう。この状況で取れる策としてはナイスだな。

 

 

窓外に目を向けてみれば一面に青く水平線が広がっており、雲の切れ間からは太陽が顔を出してきていて、遠くの水面にキラキラと光の乱反射を眺めることが出来る。海列車は走り続けており車窓は移り変わっていっているはずだが、大きな変化はなくただただゆっくりと変わっていくので、今自分がどこにいるのか分からなくなってしまうような何とも不思議な感覚がある。

 

「お前たちも見たのだろう、号外は?」

 

口をいっぱいにしておくものが無いからなのか手持無沙汰げに身体を揺らして落ち着きのない麦わらに対して問い掛けてみるも、

 

「ええ見たわよ。だから海列車に乗ってるんじゃない」

 

答えを返してきたのはナミと呼ばれるオレンジ髪の女。彼女の顔をよくよく覗いてみれば、目の周りが真っ赤に腫れたようになっていた。

 

直前のビビからの小電伝虫では麦わらの一味に出会ったことはあまり触れられていなかった。だがついこの前まで共に船に乗っていた間柄だ。積もる話もあったことだろう。

 

こいつらも何かあったのか? 号外の裏面とはまた別のことだろうか。

 

「では号外の裏面も見たということだな。火拳のエースについても……」

 

「知ってるわ。そもそもルフィはビブルカードだって持ってるし」

 

「……火拳のエースの?」

 

「そうよ。ちょっと小さくなってるから心配だけど……」

 

ビブルカードを持っているとはおそれいった。もしかしたらアラバスタで受け取ったのかもしれないな。

 

「エースは大丈夫だ。強ぇからな」

 

動きをぴたりと止め、真っ直ぐにこちらを見据えながら飛び出してきた麦わらの言葉は確信に満ちたような力強さがあった。

 

この前の出会いからどれ程が経っているだろうか。大して時間が空いているとはいえないはずだ。それでも遠い昔のように感じられてしまう。

 

俺たちにも色々あった。

 

アラバスタの頃とは立場が変わった。

 

島を二つ挟んで地獄の中をひた走ってきた。

 

 

それはこいつらも同じなのかもしれない。

 

空島にも行ったのだろう。

 

この海に戻ってからも乗り越えてきたものがあるのだろう。

 

その全てがこいつの真っ直ぐな視線に表れていた。

 

懸賞金 2億ベリー

 

麦わらに対して新たに設定された懸賞金の額だ。何をやらかしたのかは知らないが額が倍に跳ね上がったってことは政府からすればまた碌でもないことをしでかしたに違いない。

 

確か緑髪の剣士も同じく上がっていたはずだ。額は9000万。

 

 

ローが扉を開けてこちらへと戻ってくる様子が目に入る。首を左右に振っていることからして盗聴は出来なかったのだろう。多分に盗聴防止の対策が施されている。やつらが一堂に会するわけであるからそれは当然だ。

 

やはり食堂車に直接乗り込まなければならないか……。

 

 

 

やるべきことに想いを巡らしているところへ、目の前の麦わらが再び俺の方を見詰めていることに気付いたが、

 

「……そうかぁぁ、ししし、()()()があんのかぁぁ」

 

満面の笑顔にしてそう言ってきたのだ。

 

おいっ!!! 今何て言った、こいつは??

 

食堂車と抜かしてきたではないか。先程まで肉、肉と連呼するばかりで食堂車の食の字さえ一切出してはいなかったやつがだ。俺たちもそんな話題は一切振ってはいやしない。自ら墓穴を掘るような真似はしない。

 

どういうことだろうか?

 

 

―――――――――――――、

 

 

こいつまさか……。

 

 

気になって意識的に見聞色を働かせてみたところ、驚愕すべき事実に気付いてしまった。

 

 

麦わらのルフィに気配を感じないのだ。目の前に存在しているのに気配をまったく感じ取ることが出来ない。さっきからジョゼフィーヌが言葉少なだったのは何かしら気付いていたことがあったのだろうか。

 

とにもかくにも、こいつは見聞色のマイナスだ。覇気を使ってるってことになるが……。

 

「おまえ……、覇気って知っているか?」

 

面倒な事を省いて単刀直入に聞いてみることにしたが、

 

「…………??? ハキ……??? 何だそれ? 食堂車にあんのか? もしかしてそれ、美味ぇのかぁぁ???」

 

求めていた答えが返ってくることはなくて、己の腹を満たすであろうものを想像してのキラキラした眼差しを向けられるだけであった。

 

「待て待て、落ち着け。……いいだろう、食堂車に行こうじゃないか。そこにはおまえが望むものがあるだろうよ」

 

俺は諦めの境地に達してしまい降参の白旗を掲げざるを得なかった。

 

こいつの口ぶりからするに見聞色のマイナスは無意識だ。覇気という概念をまだ知らないらしい。だが気配を一切感じないのは確かであり、これは紛れもなく見聞色のマイナス“縮地”の領域だ。

 

それにだ。食堂車の件は俺の感情を読み取ったのではないのか?

 

見聞色を極めていけば相手の感情や考えていることまで読み取ることが出来るという。

 

 

見掛けない間に何を経験したのか知らないが、無意識のところで見聞色の覇気が覚醒している。

 

 

こいつは末恐ろしいぞ……。

 

 

 

「失礼致します。トラファルガー・ロー様でございますね。クラハドール様から連絡が来てございます。電伝虫室へいらして下さい」

 

想いを払いのけるようにして背後から声がし、振り返ってみれば燕尾服姿の乗務員が恭しくもローに向かって一礼をしていた。

 

 

クラハドールから?? 

 

どうやら何かが動き出したようだ。

 

であるならば、俺も動き出す頃合いだろう。

 

 

食堂車へ……。

 

 

 

 

 

そして今、

 

 

俺は食堂車の前に立っている。

 

 

だが、

 

 

入口に貸切とプレートが掛けられているはずの扉が無いのはどういうわけか?

 

 

おい、麦わらぁぁぁっっっ!!!!!!!

 

 

俺はそうやって叫んでもいいはずだ。

 

 

 

 

 

やつは一等車の途中にて何を思ったのか、食堂車から漂ってくる紛れもない肉の香りに我慢が出来なくなったのか、有ろうことか一気に腕をゴムのようにして伸ばし一等車客室扉に手を掛けると、

 

「肉だぁぁーっっっ!!!」

 

雄叫びをあげながら全ての扉諸共無かったことにして吹き飛んでいってしまったのだ。

 

救い難い大飯喰らいのバカゴム野郎ではないか、まったく。

 

 

 

「襲撃だーっっ!!」

 

「一体どこからだ?」

 

「くそっ、俺の渾身のスープがメチャメチャじゃねぇかぁぁっっっ!!!」

 

「おいっ、誰か倒れてるぞ」

 

「こいつが襲撃者か」

 

「おい、おまえ、生きてるか??」

 

「おいっ、ここにあったステーキが全部無くなってやがるぞ、いつの間に」

 

「くそっ、こいつ手と口だけが動いてやがるぞ」

 

 

 

諸々お察しするが、俺は知らない。

 

食堂車に肉はあるか? 取り敢えず、ああ、あったな……。

 

 

テーブル席の向こう側にあると思われる調理場から漏れてくる叫び声と煙を対岸の火事ということにしてしまって、俺は手前のテーブル席を占めている3人の人物に視線を合わせていく。

 

最後に合わせたその見知った顔のそいつがゆっくりと立ち上がり、顎の下に掌を合わせて深くお辞儀をしてきた。

 

「ターリ―!!!! ……おやおや、ネルソン・ハットさん、あなたをご招待しターリた覚えは無いんですが……」

 

傘を手にしながら取り澄ましたように挨拶してきたそいつには、

 

「生憎、扉が開いていたから入ってみた。どうやら豪勢な食事会のようだな。とはいえ、あの様子だ。先に話をしないか、……“ヘブン”の話をしようじゃないか」

 

取り繕うことなく本題を叩きつけてやるまでだ。

 

 

ヤマに繋がってないなら自ら繋げるまでだ。

 

 

伊達に地獄を突き進んできたわけではない。

 

 

 

ハロー、中枢、自己紹介をさせてくれないか、

 

 

 

俺たちが黒い商人、ネルソン商会だっ!!!!!!!

 

 

 

 

 


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