ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第67話 うねりだした痛み

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 外洋 ブルー=レッドライン

 

 

海列車は走り続けている。

 

 

海の真ん中を、波間に揺られながらも走り続けている。

 

 

海は船で渡るものだという考えしか持ち合わせていない人間からすれば実に不思議な感覚だ。

 

 

窓の外に広がる海模様は決して穏やかとも言えないが、そんなことは物ともせずに列車は駆け抜けてゆき、車窓は刻々と移り変わってゆく。

 

 

時折汽笛が鳴り響き、その哀愁漂う音色に少しだけ心を揺さぶられるような感じがしてしまう。

 

 

 

兄さんは麦わらを連れて食堂車に行ってしまった。ローもクラハドールから連絡が入ったとかで、海列車に用意されてるという電伝虫室に行ったみたい。

 

つまり私たちは今、女二人して座席に向かいあっているような状況だ。

 

正直言って、何だか気まずい……。

 

 

と思っていたが、

 

「私、忘れてませんからね。アラバスタで()()()()()()()()()()()()()()()()1()0()()()()()

 

兄さんに連れられて麦わらが席を立った直後にオレンジ髪のナミとか言う眼前の女から飛び出してきた言葉は宣戦布告そのものだった。先程までやれやれといった表情をしていて、子供を(たしな)めるような口調でやってはいけないことを麦わらに念押ししていたというのにだ。

 

忘れていたのは私の方だった。次に会った時には目に物を見せることを心の中で誓っていたことを。

 

何だか気まずい? 前言撤回だわ。私の心は直ぐにでも戦闘態勢となり、フフンとでも口に出しそうな表情の小娘をしっかりと睨みつけてやる。

 

「あらそう……。そういえば今朝方ベリーを数えてみたら1()3()()あったかしらね。もちろん、()()()()なんだけど……」

 

売り言葉には買い言葉というのはこの世の真理だ。何とも気だるげに、さも何でもない事かのように言葉を投げつけてやる。

 

小娘は瞬間に青筋が見えるほどにイラッとした表情を見せるも、

 

「……へー、()()()()が13億も抱えてどうしようって言うんですかねー。……だって、ことわざでも言うじゃない? ()()()()()()()には10億ベリーを持たせよって」

 

不敵な笑みを浮かべながらいけしゃあしゃあとそうのたまうのだ。

 

一体どこのことわざよっ!!!!!

 

へーそう、そういう角度でもう来るわけね。

 

「あら、世界には素晴らしい格言があるものねぇ。それはそうよね。だって若くて可愛い娘は直ぐにでも()()させちゃうって聞くし……。もしかしてあんたもヤバいんじゃない? あと1()()()()()とか??」

 

たっぷりとそれはそれは嫌味を詰め込んで言葉を放つが……、

 

 

あ……、ダメ……、ちょっと言い過ぎたかも……。

 

 

オレンジ髪の娘が一瞬だけ淋しげな、何とも悲しげな表情を見せたのだ。ただそれは本当に一瞬だけで直ぐに表情は戻り、こちらを睨みつけて来ているが無理矢理感は否めない。

 

心のどの琴線に触れたのかは分からないけれど、どうやら痛むところを突いてしまったらしい。

 

私としたことが……、怒りに身を任せて若い娘を傷つけてしまうなんてね……。大人の女がやることではない、全く以てして。

 

 

ふぅ……、

 

「すいません!! コーヒー二つ下さい!! あと蜂蜜もあれば」

 

通り掛かる売り子さんに注文をして、二つのカップに蜂蜜を少しだけ入れて渡してあげる。

 

「ごめんなさいね、言い過ぎたわ。はい、仲直り♪」

 

カップを渋々受け取った目の前の娘は何だか恥ずかしげで、それがちょっと可愛い。

 

あ~あ、やっぱり若さには勝てないのかな~。

 

そう思いながら飲んでみた蜂蜜入りのコーヒーはやっぱりとても美味しい♪

 

香りが上品でとても癒される。

 

ナミも同じ思いのようで何とも幸せそうな表情をしている。

 

ああそうか、ナミって呼んであげなきゃね。

 

「美味しいでしょ、これ? ……ジョゼフィーヌって呼んでちょうだい。ね、ナミ♪」

 

それに対する答えはぱっと花が咲いたかのような満面の笑顔だった。

 

「うん、とっても美味しい♪♪」

 

「良かった! それで、……何があったの、ナミ??」

 

 

 

そこからの私はナミの姉だった。

 

私はもっぱら聞き役で、カップを片手に相槌を打ち、一緒に悲しみに暮れてあげて、一緒に励まし合ったのだ。

 

常に男共が乗る船に居るのだ。直近ではロビンがいて姉の様な存在だったみたいだけど、そのロビンも居なくなってしまったらしい。仲間たちに普段は話せないこともあるのだろう。その気持ちは大いによく分かる。私もビビが現れてどれだけ救われていることだろうか。今は同じ船に乗っていることを伝えてあげると、え~私もそっちに乗りたいって言われてしまった。きっと妹のように思ってたに違いない。私もそんな風に思ってるし。

 

ビビって可愛いもんね。

 

こんな悲喜交々(ひきこもごも)の話に耳を傾けている中でも一際印象深かった話がある。

 

それは仲間同士で決闘をしたという話。目の周りの赤い腫れはきっとそれが原因なのだろう。私も思わず貰い泣きをしていたのだから。自分に置き換えて考えてみれば涙を流さずにはいられない。

 

「……あいつね、……あいつ、……重いって言ったのよ。……ルフィのあんな言葉初めて聞いたわ」

 

涙を拭いながらそう言うのだ。

 

「あいつのあんなに弱ってるとこなんて初めて見たわ。……でも、だからっ!! 私もあいつのために強くならなきゃって思ったの。ウソップは絶対戻って来るんだからっ!!」

 

鼻水を啜りながらそう言って、笑顔を向けて来るのだ。

 

本当に笑顔が似合う娘……。

 

何だかとても眩しくて、涙のおかげで丁度いい具合かもしれない。

 

そしてちょっとだけ羨ましい。私にもこんな気持ちになっていた時があったのだろうか? 過ぎ去りし日々はもう戻っては来なくて。30代という言葉が何だかとても沁みて来る。

 

過去の在りし日に思いを馳せながら私も同じように鼻水を啜っていると、通路を往来している乗務員の姿がどうにも忙しないことに気付く。それも一人ではない。二人、三人と行ったり来たりを繰り返してゆくのだ。

 

「食堂車で襲撃があった。麦わら帽子を被った男で肉を片っ端から口に入れていっているらしい」

 

「入口の扉は全壊だ。見るも無残だったよ。麦わらの男は金はあるから、肉をくれと繰り返している」

 

「とてもそうは見えないんだが、本人は1億ベリーを持っていると言い張るんだよ」

 

何とも不穏な会話が漏れ聞こえて来る。

 

「もうっ!!! あんのバカッ!!!!」

 

怒声を響かせて本気で怒っている様に見えるナミは表情とは裏腹に何だか楽しそうだった。

 

 

やっぱり羨ましい、ちょっとだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電伝虫室は一等車を入ってすぐのところ、丁度客室を前にした控えのように小じんまりと仕切られた部屋になっていた。中はプライベート空間のようにして窓のない部屋となっていて、天井隅のランプに照らされて安楽椅子とテーブルが据えられ、その上には電伝虫が鎮座していた。

 

姿は眼鏡を掛けており、確かにこれはクラハドールと言える。

 

海列車内の電伝虫に直接連絡を寄越してくるなどよっぽどのことだろう。緊急事態なんじゃねぇかと思わずにはいられない。しかもボスではなくて、俺に用があるときた。それがより事の重大性を暗示してる気がして否が応でも緊張感が高まってくる。

 

当然ながらここは海列車内、盗聴の可能性は極めて高いため盗聴防止用の白電伝虫を取り出しておき、電伝虫にくっつけてやる。

 

フ……、やはりクラハドールだな……。

 

電伝虫の眼鏡が一定間隔でずり上がってゆくのだ。多分今頃シャボンディにいるんだろうが、そこでの様子が想像出来るってもんだな。

 

準備を整え終わり、受話器を上げれば、

 

~「……俺だ。……大丈夫か?」~

 

低く、くぐもった声が聞こえてきた。名前を名乗らず、余計な言葉を取っ払って、盗聴対策はどうかと聞いているに違いない。実にあいつらしい用心深さであり、声音は奴そのものだ。

 

「ああ、問題ない」

 

~「……よし。……レフトだ」~

 

レフトというのは俺たちの間だけで取り決めた電伝虫会話用の名前のこと。

 

「OK。こちらはライトだ」

 

奴が言葉に乗せて伝えようとしてる意図を汲み取って返事する。

 

レフトはボスの左腕と言う意味で、俺は右腕という意味でライトとしている。何とも恥ずかしいので絶対に俺たちの中だけにとどめておきたい暗号名だが、クラハドールの奴は真剣だった。そして、この暗号名で始めるということは、事は緊急ってことであり、会話を全て暗号で行うという意味だった。

 

~「……シャボン玉を吹いてたら()()()()の友人に会った。船のすぐそばだ」~

 

どうやらシャボンディでガレーラの事務所を張ってたらジョーカーの奴らの誰かに出会ったらしい。奴らの顔を全部は把握しきれてねぇはずだが、それでもそうだと言い切るってなら、能力を使ったってことなんだろう。 

 

ジョーカーの暗号が出たことで俺の緊張感はさらに高まってゆくが、

 

「それは良かったな」

 

もっともらしい会話に聞こえるように相槌の言葉を入れこむことに成功する。

 

~「……だったら引き返せ。荷物持ちに連絡しろ」~

 

荷物持ちとはハヤブサの暗号名だ。やつはずっとビビの荷物持ちみたいなもんだろってことでそう決まった。これもおおっぴらに使うには忍びない名前なのでここだけのものにしておくべきものだが、クラハドールの奴は実に真剣だった。

 

いや、考えるべきはそういうことじゃねぇ。引き返す。こっちの方だ。 一体どういうことだろうか? 怪しいやつに能力を使ってたら、そいつはジョーカーと関係していて、やべぇ事案に辿り着いたってことなのか?

 

「どういうことだ?」

 

俺は質問せざるを得ない。

 

~「木と踊り子がきな臭い。もしかしたら飯屋もな」~

 

返ってきた答えを言葉通りに捉えれば意味不明の内容だが、全部島に置き換えればセント・ポプラとサン・ファルドに、プッチってことだろう。ビビから聞いた話と符合する。ジョーカーと思しき声はセント・ポプラとサン・ファルドにて取引の予定があると言ったらしいしな。クラハドールによればプッチも怪しいということか。

 

何にせよジョーカーが絡むであろう取引に近付けってことなんだろう。セント・ポプラにはビビが向かうと言っていた。プッチには丁度料理長が行っていたはず。てことは俺の行先はサン・ファルドってことになるな。

 

「俺は踊り子と踊ればいいのか? どんな踊り子だ?」

 

~「ああ、そうだ。海水パンツを探せ」~

 

…………………、何言ってやがるんだこいつ。

 

いや、よく考えてみよう。これは暗号での会話だ。海水パンツにも何かしらの意味があるんだろう。……とはいえ連想されるものは何もねぇがな……。

 

「海水パンツって何だ?」

 

~「海水パンツは海水パンツだ。……行けば分かる」~

 

クラハドールからの返事に考えても無駄であることを悟り、俺はこっちの状況を説明することにした。だがクラハドールは特に驚く様子も無い。大方ジョーカーの奴らの誰かっていうのは全体像を把握している奴なんだろう。そこから想像できたと、そんなところか。

 

まあいい。俺たちの参謀がこのヤマについて全体像を大方把握してるってのは大事なことだ。中枢に入ってあらゆることが加速度的に起こっている。俺たちにとっては今に始まったことではないとも言えるがそれでもだ。

 

「それでだ。仮に海水パンツを探しだしたとして、それは何を意味するものだ?」

 

サン・ファルドの取引とは一体何につながるものなのか。その核心部分を予め知っているのであれば聞いておきたい。

 

~「………………………」~

 

クラハドールからの返事は沈黙。余程のことなんだろうか。一体……。

 

~「…………、プルトン」~

 

っておい、それこそ暗号にして包むべき内容じゃねぇのか。いや、もう包みようがねぇってことか。

 

 

コン、コン、コン。

 

 

!!!

 

 

扉をノックする音が聞こえてくる。

 

 

話してた内容が内容だけに一瞬肝を冷やしてしまい、思わず背後を振り返ってしまう。

 

この部屋は防音が施されているように見受けられる。

 

ゆえに、立ち上がって少しだけ扉を開く。

 

「何だ?」

 

「申し訳ありません。ネルソン商会様宛のコールがございまして……、相手様を考えるにお取次しないわけには参りませんで……」

 

どうやら乗務員のようだ。

 

別の電伝虫だと……。一体どこのどいつだろうか。

 

「分かった。直ぐ行く」

 

やけに寝癖がピンと立ってやがるその乗務員に向かってそう答えておくことにする。

 

~「どうやら邪魔が入ったようだな。そろそろ切り上げよう。……忙しくなるぞ」~

 

忙しくなる? 俺たちは既に十分忙しくなってると言えるがどういうことだろうか?

 

~「最後にひとつだけ警告しておく。……二人だけになると()()()()()()()()()()()()()。標的は完全に貴様だ。覚悟だけはしておけ」~

 

「……そうか。分かった。じゃあな」

 

短く最後の通話を終えて受話器を戻す。電伝虫の表情はいつものあいつのように不敵な表情を浮かべているわけではない。言葉の後半部分は暗号というには程遠い。

 

マジの警告だ。

 

ジョーカーは今回取引に俺が現れると踏んでいる。そして俺を殺すつもりでいる。最大限の警戒をしなければならない。

 

 

だがそれがどうした。

 

 

そんなことは百も承知だ。

 

 

俺たちはアラバスタで実質やつに宣戦布告をした。

 

 

やつは俺たちを殺したい。

 

 

俺を殺したい。

 

 

そりゃそうだろう。

 

 

それだけのことをジョーカーのやつにはしてやった。

 

 

脳裡にはやつのサングラスが浮かんでくる。

 

 

笑い声まで木霊してきやがる。

 

 

そうじゃねぇんだ。

 

 

そうじゃねぇ。

 

 

ジョーカーが俺を殺したいんじゃねぇ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

脳内で急速に膨張してくる怒気を何とか鎮めて立ち上がり、ドアノブにゆっくりと手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ヘブン”の話をしようという俺からの澄んだ水面への一石はどんな効果をもたらすか。

 

向こうで一石どころではないモノを投じてある意味修羅場と化してしまっている奴がいるが俺には関係ない。食い意地張ってるバカはこの際無視を決め込むに限る。

 

俺が意識を向けなければならない相手の1人目は右側手前の席を占めていたタリ・デ・ヴァスコ。傘を片手に立ちあがってこちらへと振り返ったままもう一度あのお辞儀を見せたあとに、

 

「ネルソン・ハットさん……、さすがの地獄耳ですね。良い情報をお持ちターリて、……若様がぶち殺したくなるわけターリ―!!!!」

 

上目遣いで鋭い眼光を浴びせながら言葉の刃を飛ばしてくる。

 

2人目は左側手前の席を占めていたブエナ・フェスタと思しき人物。座ったままこちらを振り返ることもなくワイングラスを手にしている。

 

ヤックックッ(クソだな)! 目の前はうるせぇし、てめぇは誰だ? ……頼むからこいつを飲み干す間に消えてくれ。……………だがこいつは、……マーヴェラス(素晴らしい)!!」

 

さっさと帰れと吐き捨てるように言ってから、アフロ頭のそいつはワイングラスを傾けたのちに感激するような叫び(シャウト)を見せている。

 

3人目は左側奥の席をこちら側へと向かって占めていたスキンヘッドに青サングラスの男。青い薔薇協会(ブルーローズ)の幹部という話だったか。

 

「…………(から)いな」

 

??

 

辛いと言ったか? どういう意味だろうか? そいつはそう一言呟いたあとに服装と同色の真っ青なアタッシェケース二つを両手に持ちながら立ち上がり、奴のすぐ背後に見えるカウンター内へ入り込むと、琥珀色の液体が入った瓶を一気に傾けていた。

 

その液体は確かに辛そうだが……。だから何だと言うんだ。

 

 

まあいい、つまりはこいつら全員の総意として俺はお呼びじゃないってことだろう。

 

だがそんなことは関係ない。呼ばれて来たのではないのだからな。

 

そうであれば俺がすることは決まっている。タリ・デ・ヴァスコとブエナ・フェスタを無視して空いている右側奥の席に座ってやるまでだ。

 

さらに向こうでうんめぇーという本能の叫びと陶器やらガラスやらが大量に割れる音に大勢の怒号が聞こえてくるがもちろん俺にそんなことは関係ない。

 

「バナロの守護者(ガーディアン)、ルチアーノが死んだ……。やつを潰した奴らがいる。ルチアーノはドラッグを作っていた。大量にだ。奴が作るモノは“ヘブン”と呼ばれていた。そしてそれはマリージョアへと流れ込んでいる。……ここにいる全員が利害関係者だよな?」

 

席に腰を下ろした俺は更なる一石を投じていく。

 

「……あなたもそうだっターリと?」

 

「……否、俺はたった今からそうなった」

 

背後のタリタリしたしたやつから飛んできた皮肉を受け流して俺はテーブル上に両足を投げ出してゆく。去るつもりは毛頭ないという合図だ。

 

 

 

 

 

場を沈黙が支配していく。俺たちに限定した話ではあるが……。

 

 

 

 

 

「……新任の四商海も俺の“祭り”に加わりてぇか……」

 

 

 

 

 

沈黙を破った祭り屋の一言。

 

そうだ。

 

俺たちはお前たちがどうしてここに集まっているのかを知っているぞ。

 

否、厳密には知ってはいないが薄々は勘づいているのだ。

 

さあ、聞かせろよ。

 

お前たちのヤマを俺に聞かせろよ。

 

 

 

 

 

「……ピリリか。……用件を言え」

 

 

 

 

 

さっきから何なんだこいつは。何がピリリかだ。確かにこの状況はピリリとしているかもしれないが……。

 

そんなことよりもだ。こいつは同意したな。俺がこの場に居る状態で話を進めることに同意した。

 

ここからだ。

 

 

そもそもこいつらの関係性はどうなっている?

 

多分に話を持ってきたのはピリリとしたこいつじゃない。フェスタかヴァスコのどちらかだ。ピリリとしたやつは取引相手を潰されて交渉に応じざるを得ない。そんなところか……。とはいえだ。ヴァスコは何となく分かるがフェスタは何の思惑でここにいるんだろうか? こいつは一体……。

 

 

……黙れ、黙れ。金があるからって食堂車を襲って肉を食うやつがどこにいるというのだ。頬を引っ張れ、腕を引っ張れ、伸びてんぞーっと怒号がうるさい。カウンターのさらに向こう側で……。

 

 

「祭り屋が祭りをやる。……サン・ファルドを売ってくれ」

 

 

俺はうるさい向こう側から思わず顔だけ振り返り祭り屋を見ずにはいられなかった。

 

サン・ファルド……、島を買い取る、そう言ったのかこいつは。

 

用件は用件でも中々斜め上に行った用件だ。

 

正攻法で“ヘブン”の利権を寄越せ、利権のパーセンテージの話し合いになるものだとてっきり思っていたが……。

 

それに、どうやら話を持ち込んで来たのは祭り屋のようだな。サン・ファルドの島ごと寄越せと来たか。多分にサン・ファルドが“ヘブン”の生産地なんだろう。ヒナの情報ではバナロ島に栽培地は無いということだった。“ヘブン”は別の島で作りだされていたってことだ。

 

サン・ファルド……。中枢域内であり、海列車を使えばシャボンディまで繋がる。否、待てよ。海列車を使うとなると当然ガレーラも間に入れる必要があるだろう。ガレーラの当事者はここにはいない。暗殺未遂でそれどころでは……。

 

 

まさか、繋がっているのか?? ガレーラの暗殺未遂……。

 

 

 

「……ターリ―!!!!!! ブエナ・フェスタさん、どうやら祭り屋のでかい花火が打ち上がるようですね。感銘を受けましターリ―!!!」

 

タリ・デ・ヴァスコも感極まっているが果たして、

 

「……あとから来るな。話にならん。アレを売るのは部門全てを売るに同じ。我らの創業部門だぞ」

 

ピリリが来るわけか。あとから。こいつはアレだ。大した辛み人生に満ち溢れているのだろう。伊達にチリペッパーは名乗ってないってことか。

 

今も琥珀色の液体を一気に傾けているではないか。あれは相当にピリリときて、

 

「……でしタリ、祭り屋とは裏興行主。裏方に徹して誰かの為にお膳立てをするのが本筋。あなたはもしかして代理ターリでは? ルチアーノを潰しターリは黄金帝という情報を掴んでますが」

 

辛いな……、って俺も言ってしまいそうだな。

 

そうだ。ルチアーノを潰したのはテゾーロってやつだった。新世界にて黄金を握っているやつだ。フェスタがテゾーロの代理人だとすればますます利害関係は一致する。

 

マーヴェラス(いい読みだぜ)!! イェ―ッッ!!! 確かに俺は黄金帝の代理人だ。やつはマリージョアを狙ってる。天竜人の首根っこを押さえるつもりだ。祭りの仕込みとしちゃあいいもんだろーうっ!! 裏興行主としてはこいつは纏めねぇといけない案件ってわけだ……。……先方は“ヘブン”の上がり自体は今まで通り払うと言ってる」

 

何だと。

 

「……辛いな。何が狙いだ?」

 

辛いか? むしろ甘くないか。島はもらうが生み出される利益は今まで通りと言ってる。……、

 

辛いな。ああ、クセになりそうだなこれは。

 

「やつは天竜人の首根っこさえ押さえることが出来ればいい。やつの目的はカネじゃねぇってことだ。サン・ファルドを買う。“ヘブン”の上がりは全て渡す。…………100億の用意がある」

 

!!!

 

心の中で感嘆符を思い描かずにはいられない。そんな額だ。俺たちとは取引の桁が違いすぎる。黄金帝という二つ名の言葉通りってところか。とはいえ島をまるごと買おうってことだ。額としてはこんなものなのかもしれない。

 

それにしてもだ。俺たちからすればどう考えても無理な額だが……。

 

「……痺れるな。サン・ファルドは我らが女史の血と汗の結晶。……400億だ」

 

相当痺れてるな。あくまで売る気はないってことか。これで買う気があるなら俺たちにはついていけない世界だ。

 

さて、祭り屋はどうする?

 

「……その青い薔薇をヤードでよく見掛ける。万国(トットランド)じゃもっとだ。青い薔薇協会(ブルーローズ)の本丸は機械(マシン)部門にある。それこそがあんたの会長の血と汗の結晶じゃねぇのか? 黄金帝は投資にも力を入れてるようだぜ。手を引けばどうなるか……」

 

「……(はげ)しいな。貴様らから受け取ってるものなどない……」

 

脅しか、はったりか。

 

「そう思うのは自由だが。なんなら確認してみるといい」

 

フェスタがニヤリと笑っている。はったりだとしたら相当なものだ……。

 

「……ピリリか。確認せずともよい。はったりではなさそうだな。だが貴様ら四商海を辛く見てないか? 我らに掛かれば天上金の拠出を5倍に引き上げさせる工作、造作もないが」

 

脅しには脅しか。辛くは見られてないのだろうが、こいつ自体は随分と辛いらしいな。掌に胡桃を持った途端に乾いた音を立てて潰している。

 

長年四商海を続けていれば天上金を裏から操作することも出来るってことだろうか。とんでもないな。

 

 

「ターリ―! いいですね。これでこそ取引ターリて、ならば私共も噛ませて頂きターリ―!!! 200億でどうでしょうか。あと、3分割というのは」

 

辛みたっぷりなやつとフェスタのやり取りを静観していたヴァスコが図ったかのようにして言葉を挟み込んでいる。

 

 

 

 

場が静まる。

 

互いに目線だけでやり取りしているのか。

 

そう言えば向こう側までやけに静かだな。麦わらが降参してしまったのだろうか。否、うめぇとは言っているか。

 

それにしても何だ。何なんだ。何をやり取りしている。

 

こいつらで3分割するってことなのか?

 

 

 

 

 

「若様はこうおっしゃいましターリ。鳥カゴを用意すると」

 

 

 

 

 

 

ヴァスコは畳み掛けてきた。七武海らしく圧倒的な武力を以てして脅しに入っている。“鳥カゴ”を使ってもいいのかとそう言って来ている。やつがそれを使えば生存者ゼロの空間を作り出せる。

 

これは落ちるぞ。落とし所に落ちていくぞ。

 

フェスタ、ヴァスコ、つまりはテゾーロ、ドフラミンゴでそれぞれ200億、青い薔薇協会(ブルーローズ)も入れてサン・ファルドを3分割か。

 

問題は俺たちだ。俺たちがここでどうするのかだ。

 

一体どうする?

 

現状俺たちの資産は10億あれば御の字だろう。それが総計400億のヤマに首を突っ込もうとしている。どう逆立ちしようとも首が回らなくなる。

 

なら降りるのか? 俺たちにはまだ到底無理だと言って尻尾巻いて降りるしかないのか?

 

認めたくない。

 

認めたくない現実だ。

 

だが……、軽はずみな選択は一巻の終わりを意味する。規模にして最低でも20倍の開きがある。

 

どうする?

 

どうするんだ??

 

 

 

 

 

グッ、

 

 

 

 

ググッ、

 

 

 

 

 

グググッ……。

 

 

 

 

 

何だ?

 

 

 

 

 

痛む。

 

 

 

 

全くと言っていいほど痛みなど伴わなかった場所が痛む。

 

 

 

 

直後以来……。

 

 

 

 

 

頬の傷が痛む。

 

 

 

 

 

何だ?

 

 

 

 

 

何だっていうんだ。

 

 

 

 

 

物を考えられない。

 

 

 

 

 

頬からさらに脳へと抉ってくるような痛みだ。

 

 

 

 

 

おい、

 

 

 

 

 

おい、

 

 

 

 

 

意識が…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢から覚めたようだった。

 

 

夢などまったく見ていないと言うのに。

 

 

俺はまだ海列車の食堂車にいる。

 

 

目の前のカウンター内には変わらずスキンヘッドで青サングラスの男がいる。

 

 

後ろにはヴァスコとフェスタもいるのだろう。

 

 

眼前の男は自らのアタッシェケースをカウンター上に二つとも広げている。

 

 

ひとつは電伝虫か?

 

 

否、何か見たことのないものが取り付けられている。

 

 

小さめの木槌を使ってモグラ叩きをしている。

 

 

規則的だ。

 

 

モグラ叩きというものは規則的だっただろうか?

 

 

……どうでもいいな。

 

 

「……痺れるな、デンシン完了だ」

 

 

デンシンとは?

 

 

深紅のカードに削りだし、

 

 

印字?

 

 

数字が入っている。

 

 

「……辛いが、ネルソン商会、150億ベリー。間違いないな」

 

 

カネを、150億ベリーという途方もない金額のカネをあの一枚にしているのか?

 

 

カネを容易に扱う技術。

 

 

機械(マシン)技術、青い薔薇協会(ブルーローズ)の本丸。

 

 

否、待て……、

 

 

200億はどうした。50億少なくなってないか?

 

 

!!!!

 

 

おいおい、()()()()()()と言わなかったか??????

 

 

 

 

 

「待てっ!!!」

 

俺は瞬間で立ち上がり連発銃を取り出していた。

 

「……辛いな、何の真似だ。契約は済んだ。深紅の電心決済(スライス)で貴様は我らが共同協会長(パートナー)である闇金王から150億ベリーを調達してサン・ファルドの4分の1を手に入れる。そういう契約だ。刻印登録も終えている」

 

くそっ、言葉の意味は痛すぎるほどに分かり切っているのだが、頭がどうにも回らない。せめて(つら)いと言え。(から)くないだろ。

 

つまりアレか。

 

闇金に150億借金して俺たちはサン・ファルドの4分の1を手に入れると。そういうことか。

 

一体どうしてそうなった??

 

「俺たちの譲歩を無駄にするのか? イェ―ッッ!! 借金生活じゃねぇか」

 

「ネルソン・ハットさん、私共の()()()の存在を仄めかされたら……、折れないわけにはいきません、ターリ―!!!」

 

俺は何を口走った?

 

覚えていない。

 

覚えていないのだ。

 

何がどうなっている??

 

俺は知らない。

 

知らないものはどうする?

 

 

無かったことにするしか……。

 

 

俺は連発銃を向け……、

 

 

 

「……ピリリか、それにモノを言わせるなら仕方ない」

 

 

 

え?

 

 

胡桃を掴んだままのやつの左拳が瞬間に突きだされ、

 

 

動けない。

 

 

俺は動けない。

 

 

動こうとしても動けない。

 

 

何だ?

 

 

何が起こっている?

 

 

時が止まっているように思われる。

 

 

カウンターの向こうが止まっている。

 

 

周りの一切が止まっている。

 

 

否、

 

 

ヴァスコは止まっていない。

 

 

フェスタも止まっていない。

 

 

クンサーとやらも止まっていない!!

 

 

だが俺は止まっている。

 

 

 

「……辛いな、初めてか? 中枢をどこだと思っている? まあいい、契約は成立した。助言しといてやる。そろそろ“コール”が鳴り止まなくなる頃だ。四商海の本質は天上金の奪い合いに他ならない。奴ら、辛いのは確かだが金払いだけはすこぶるいい。貴様らが7家を都合することはかなりのインパクトがある。正直、周りは激辛だ。誰の決定か知らねぇが貴様らはいきなり相当な利権を手にするってことだ。だがそれも、“コール”の連続に応えられればの話だがな」

 

「……ピリリか、サービスだ。悪魔の実と思ってるか? 違う。これは貴様らにとって新たなる概念“ベクトル”。また会おう、スクエアでな」

 

口角を上げた。

 

 

初めて口角を上げた。

 

 

自信しかない笑み。

 

 

やつは左の拳に収まった胡桃を叩き潰して掌を広げて見せ、

 

 

瞬間、

 

 

俺は後方へ吹き飛ばされた。

 

 

成すすべもなく。

 

 

何も出来ず。

 

 

ただ睨みつけることしか出来ない。

 

 

奴らは上へと消えていく。

 

 

海列車の上へ。

 

 

ここから消える算段でもあるのか。

 

 

ああ、辛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起き上った場所。

 

海列車は変わらず走り続けている。

 

前へと進み続けている。

 

だが、1等車と食堂車は既に列車とは言えない状況。

 

見るも無残だ。

 

だというのに、

 

俺の隣にはあっけらかんとした麦わらが居るのだ。

 

今の今までどこに居たのだお前は。

 

 

「なんか、ピザみてぇな話しだったな」

 

肉を食い尽くしたのかピザを載せた皿を持ってこの大飯喰らいはそう抜かすのだ。

 

まあ言い得て妙ではある。確かにピザだ。俺たちは4分の1の分け前。

 

「でも俺だったら全部食うけどな」

 

そう言って麦わらのバカはまるで手品のようにして目の前の綺麗な円形のピザを一瞬にして無きものとしてしまったのだ。

 

お前ってやつは……、………………。

 

 

 

!!

 

 

まさか……。

 

 

 

そして、

 

「ボス、無事か。いや、それどころじゃねぇんだ。あんたもこっちに来てくれ。さっきから止まらねぇ」

 

ようやく見つけたかのようにして現れたローがいきなり電伝虫を渡してきた。

 

コール。

 

眼前のいやらしさを感じてしまう目つき。

 

そういうことか。

 

 

 

~「わちきだえ、タバコを買って来るんだえ」~

 

 

 

どこのわちきだーーっっ!!!!!!!

 

 

 

喉元まで出かかったその言葉を俺は何とか押し留めることには成功した。

 

 

 

地獄の業火を抜ける一本道。

 

 

 

そいつはこれまでも変わりはしなかった。

 

 

 

ただひとつだけ変わったことがある。

 

 

 

頬の傷からうねりだした鈍い痛みが消えやしない。

 

 

 

それが何を意味するのか。

 

 

 

俺にはまだ見当もついてはいなかった。

 

 

 

 

 


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