「ハヤブサ、あんたはビビのところに戻っても良かったんだぞ。じゃねぇとあいつにはカールとカルーしか付いてないことになる」
「いいえ。今回はビビ様にきつく言われております。副総帥殿の側を離れるなと」
海列車内でも何度か交わしたやり取りではあったが、ここサン・ファルドに到着してもハヤブサから返ってくる答えが変わることはない。
「すげぇな、マジで仮面ばっかりだ」
傍らでは鼻屋が周りを見渡しながら感嘆の声を上げている。
確かにこの島には仮面姿の連中しか存在しないかの如く、仮面で溢れかえっている。
フルフェイスの髑髏。真っ白な能面の周りを鮮やかな羽根飾りで着飾ったもの。目元だけを覆った簡易なものまでバラエティに富んでいるが、素顔を晒してるやつがまったくと言っていいほどいない。
海列車の中からしてこんな状態であった。乗務員や駅務員からしてちゃんと目元を隠しているという念の入れようだ。カーニバルの町は伊達ではない。
「こうも仮面ばかりでは我々が逆に浮いてしまいますね」
「そうだな」
丁度駅構内には仮面屋がずらりと並んでる。というわけで、俺たちもめいめい仮面を選んでみた。
シルクハットを被る俺たちはフルフェイスを選ぶわけにはいかなかったので、顔面だけを覆うものであったり、目元を覆うものだけにしておいたが、鼻屋が被っていた仮面には驚きを通り越して呆れさせるものがあった。
炎なのか太陽なのか黄色いうねりが左右と上に向けて、顔面には斜めに青い筋が入り、描かれた口髭も青い。そして目、鼻、口は空いているわけだが目はゴーグル、鼻は鼻屋のそれである。つまりは、
「何だ、それ」
と言いたくなるが、
「私の名はそげキング」
と返ってくる。
「何言ってやがる。鼻屋じゃねぇか。その鼻は何も変わっちゃいねぇ」
包帯を巻いてる長い鼻が鼻屋であることの何よりもの証。
「ウソップ君。そのような仮面を一体どこで。どこにも見当たらなかったが……。まさかウソップ君、それは自ら持参した仮面なのか?」
意味不明なことを言い出した鼻屋に対して至極尤もなことを浴びせてやるが、
「そげきーの島でー 生まれたおーれーは――――――――――」
何やら歌いだした。どうやらこれを無理矢理通すつもりらしい。まったく面倒くせぇ野郎だ。
「分かった。分かった。お前はそげ屋。これでいいか?」
「仕方ありませんね。そげキングということにしておきましょう」
「よろしい。ところで君たち、私に聞きたいことはないかね? そげきの島ってどこにあるの? とか」
とんだ茶番だが付き合ってやるしかない。じゃねぇと歌がエンドレスの様相だった。だが下手に出れば付け上がるのが世の習いだ。面倒くせぇ野郎がさらに面倒くせぇことを言ってきやがったので、
「興味ねぇが聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
ハードルを上げてやった。そげ屋の口元が若干引きつってるように見えたが、
「それはね。君の心の中さ」
答えを言ってきた。
「で?」
そんな歯の浮いたような答えでは俺の反応が1文字を超えることなどない。
「で、じゃねぇよ、このすっとこどっこいっ!!! そげきの王様を敬えってんだ」
「そげキング殿、そんなに怒っては君の中のそげきの島が曇って見えなくなってしまうぞ」
「おめぇも、どさくさに紛れて何ちょっと上手いこと言ってんだ。このやろー」
つまりはそげ屋は鼻屋であり、鼻屋は鼻屋でしかなかったが、そげ屋と呼んでやることにした。じゃねぇと面倒くさそうなので。
駅前には海が一面に広がっていた。海列車内から見えた景色からしてこの島の形状が少し変わってるのは分かった。最初に視線を奪われたのは一際目立ってるタワー。そのタワーはまるで海の真ん中に建ってるように見えたのだ。タワーの両側に島がそれぞれ存在しているように見えた。海列車はサン・ファルドに向かってるはずだがどういうことなのかさっぱりな状況。それでも海列車は吸い込まれるようにしてその海の真ん中に建ってそうなタワーへと向かっていた。
近付いてみてそのタワーが島と島とを繋ぐ1本線のような陸地の丁度真ん中に存在してるのが見て取れ、島と島に分かれてるのもそれ全体でひとつの島を形成してることが分かってきた。
海列車の駅はタワーの真横であり、駅を下りれば左右には1本道。その向こう側には海しか存在していない。
海風が心地良く、見上げればそこにはそそり立つタワーが見え、ダンスフェスティバルという幟も視界に飛び込んでくる。
「なぁ、展望台がありそうだぜ。行ってみねぇか」
そげ屋は観光気分丸出しだが正直それどころではない。駅に近付いてから強い気配が一向に消えることなく存在してる。
1本道の手摺。
スキンヘッドに真っ青な衣装の人間がこちらへと振り返る。
“
シャボンディ行きの海列車に居た海坊主屋だ。
変わらず丸サングラスを掛けており表情は窺い知れないが、これは俺たちを待ってたってことだろう。
良い兆候とは言えないが。
「辛いな、お前たちが最後だ。サン・ファルドへようこそ」
ボスから話には聞いてる。海坊主屋は辛さを前面に押し出してくると。正直意味が分からなかったが納得だ。
「は? 何言ってんだおっさん、辛くねェだろ」
それでも既にそげ屋スタイルを捨ててしまってるそげ屋には通用しなかったようだ。そこに突っ込みどころがあれば口に出して容赦なく突っ込むそげ屋には。
「そげキング殿、これはこの方のご挨拶だ。丁重にな」
「まじか。……失礼、そげきの島から来ましたそげキングです。許して下さい」
ハヤブサ共々全てを台無しにしてしまってるが面倒くせぇのでスル―だ。
「ぴりりか、丁重な挨拶痛み入る。俺は
相手の正体が分かって震えと共に固まってるそげ屋。
何固まってやがる。自分から聞きだすしかなかった質問が自然と向こうから飛び出して来たんだ。むしろ狂喜乱舞する状況のはずだが。
「それはあなたの心の中にあります」
俺たちが待ち望んでた答えが放たれた。
そして、
「辛いな……」
「いやだから辛くねぇだろ、おっさん」
見事な形で幕切れてゆく。
そげ屋、勉強になる。
海坊主屋からは一枚の地図を渡された。そこにはサン・ファルドの全景が描かれており、150億ベリーの借金と引き換えになる俺たちの取り分が示されてた。
サン・ファルドは4つの扇形の陸地とそれを結ぶ1本道から成ってるようだ。海列車内から2つに分かれてるように見えたがその奥でさらに2つに分かれてたということらしい。何とも4分割には適し過ぎてる島ではある。
俺たちの取り分は南東側のいち扇。北西、北東、南西、南東に分かれた内のひとつ南東島ってわけらしい。
そして耳を疑うことに南東島は肉の産地らしい。
おいおい、ヘブンはどこへ行ったと心の中で突っ込みを入れたが、それは北西と北東の話だと言う。場所によってこれだけ違いがあるのであれば分け方には異議を唱えたいところだったが、早い者勝ちでお前たちが最後だったとにべもなく撥ねつけられた。
海坊主屋の用はそれだけということであったが、土地勘のまったくない俺たちからすればそれだけでは困るので何とか質問をぶつけてみて分かったことは、
この島がカーニバルの島と呼ばれるように年中通して“
ぐらいであった。つまりは何も知らないよりはまし程度のもの。
用は済んだとばかりに海坊主屋は1本道を北方向へと消えていき、取り残された俺たちの前には教えられたこの島のかつての
それは猛々しくも拳を突き上げており、翻すマントにはFと大きく刻まれていた。そういえばFの形をした仮面を見掛けることが不思議でならなかったがどうやらそういうことらしい。
「かっこいいな、これ」
そげ屋がファルド像のFマントに羨望の眼差しを向けてるが気は確かかと俺は問いたい。横で何とも言えない表情をしてるハヤブサこそ俺たちの最後の砦だ。
さて、俺は生存率1%というホーキンス屋からの碌でもない占い結果を突きつけられてるが、俺たちがこの島でやらなければならないことは決まってる。
クラハドールは海水パンツを探せと言いやがった。これを文字通り捉えるのかはさておき探さなければ何も始まらない。はっきり言ってあてもない。仮面屋を一通りのぞいて海水パンツの仮面を探してみたがそんなものは無かった。当たり前だ。そんなものがあれば作ったやつの神経を疑うほかない。
ひとまずは俺たちの取り分である南東島へ行ってみるしかないだろう。肉の産地というからには視察をしておくに越したことはない。俺たちの本分は商人だ。取り扱える商品が増えることは大歓迎である。
南東島は申し分なかった。150億に見合うかどうかは置いといて、良い買い物であったことは認めてもいいだろう。適度な丘陵地帯には一面に牧場が広がり、たっぷりと肥えた肉牛が放牧されていた。
コールの内容を全て把握してるわけではないが、天竜人相手にも行けるかもしれない。
シャボンディ行きの海列車を後にする時に電伝虫は手に入れてきたが、今のところコールは直接受けてはいない。一旦はボスのところへと1本化されてる。俺たちそれぞれが受けるのは全員の番号を奴らに伝えて即応体勢を整えてからになるだろう。正直気は進まないが。既にシャボンディ行きの海列車内でのやり取りだけで俺とすれば懲り懲りだ。コールの受付要員を用意したいところではある。
まあいい。コールに思いを馳せても碌なことはない。
俺たちは海水パンツを探さなければならない。
というわけで南東島の視察を終えた俺たちは隣の南西島へと来ている。当然南東島でも海水パンツは探し回っていたが牧場から海水パンツを探し出すのは無理難題というものだった。勿論木材の闇市が広がるという南西島に来たからといってそれが変わるもんでも無さそうだが、手当たり次第に行くしかないだろう。
「すげぇな、あの樹。空島で見たようなでかさだ」
「心奪われますね」
二人がそう口にするのも無理はない。南西島は足を踏み入れる前からして森の様相を呈してたが、踏み入れた途端に気付いた。森に見えていたそれが巨大な1本の樹であることを。それは縦に長く伸びた樹ではない。横に末広がりに伸びた樹であった。高さは何でもない高さであったが幹の太さは尋常ではなかった。そして枝は放射状に広がってる。
闇市はその巨大樹を囲むようにして建ち並んでいた。ここがなぜ正規の市場でないのかはそこらじゅうで交わされてる商談に耳を澄ませてれば想像が付く。どうやら正規の木材市場は隣島のセント・ポプラにあるらしい。島の名になってる通りポプラの一大産地ということだが、正規のルートでは取引出来ない品が存在するものだ。例えば俺たちが手に入れた
海坊主屋から渡された地図によれば南西島を取ったのはターリ―屋、つまりはジョーカーってことになる。きな臭いものを感じずにはいられない。と同時にホーキンス屋の占い結果が脳裡を過る。
だがその前に海水パンツだ。
「なぁ、アレ……」
俺の思考を遮ってくるそげ屋の声に反応して、奴が指差す方向へと視線を向けてみる。末広がりの巨大樹。その無数に広がりを見せる枝のひとつで何やら商談をしてるらしい連中、一人の仮面はオレンジ色の三つの尖がりがあり、傍に畳んで垂らされてるマントは青色で星が描かれてる。そして何よりもそいつは、
紛れもなく海水パンツを履いていた。
紛れもなくかどうかは何とも言えないかもしれない。あれがただのパンツである可能性もあるが、遠目から見てもあれは海水パンツであろうし、もし仮にパンツであるならばとんでもない変態野郎ってことになる。いや、海水パンツであっても十分変態野郎か。
「ああ、そげ屋、よく見つけたな。お手柄だ」
とにもかくにも初めての有力な手掛かりだ。
さて、どうしたもんか。ひとまず海水パンツを履いてそれを露出させてるやつは見つけた。ただ見つけたあいつをどうするのかが問題だ。そもそもあいつは一体どこの誰なのか、サン・ファルドの木材闇市で何をやってるのか、知らなければならないことは山ほどある。
しかもクラハドールはこうも言ってた。古代兵器プルトンに関係すると。プルトンと木材闇市は関係しそうな気もするが、何とも言えない。少なくともプルトンと海水パンツには関係があるようには思えない。
「副総帥殿、他にもあちらを窺っている者がいるようです。歩き回っておりますが確かに視線が何度もあちらへと向いています」
ハヤブサが囁くようにして齎してくれた情報によって一気にきな臭さが増してくる。
「俺たちも動き回るぞ。そいつが俺たちの存在に気付く可能性もある。そげ屋、しっかり付いて来いよ。こんなところで迷子はごめんだ」
動くことを伝え、ハヤブサが目線で教えてくれたやつへと目を凝らしてみる。
歪な格子柄のマントに身を包み、フルフェイスの仮面。口元から煙が出てるように見えるのは銜えタバコをしてるのか。
葉巻……。
確かに間隔を開けてあの海水パンツ野郎へと視線を向けてる。監視してるのか。
前方の葉巻野郎に合わせて動き出していたところへ、ふとそげ屋が側にいないことに気付き振り返ってみればやつは立ち止まってやがる。
身ぶりでこっちへ来いと伝え、
「おい、迷子はごめんだと言ったばかりだろ」
文句のひとつでも並べてみれば、
「ゾロだ。ゾロがいる」
そんな言葉が返ってきた。
わけが分からず、そげ屋の視線を辿ってゆけば、緑髪、緑腹巻き、腰に3本刀、麦わら屋の一味にいた剣士が仮面も付けずにこちらへと歩いて来ていた。
おいおい、どうなってやがる。
そげ屋の様子を見る限りあの剣士がこの島にいるはずはないんだろう。だがそうであればなぜあの剣士は今あそこで歩いてやがるんだ。
「副総帥殿、これは奇想天外な考えですが……、彼には迷子癖があると聞きます。もしかするとですが、彼はその迷子でここに居る可能性もあるかもしれません。どうでしょう、そげキング殿」
こんなとんでもねぇ展開になってる時でもハヤブサは何とも律儀だ。しっかりと新たな名でそげ屋を呼んでやってる。そんなハヤブサの律儀さに感心しながらも、こいつが言った奇想天外な考えを慮ってみる。
そんなことが有り得るだろうか。麦わら屋の連中はウォーターセブンに船を留めてるはずだ。ということはウォーターセブンで迷子になってサン・ファルドに居るってことになる。
普通に考えればそれは有り得ないことだ。だが相手はあの麦わら屋の一味である。常識は通用しない。つまりはやつは迷子かもしれない。
なんて面倒くせぇ展開なんだ。
盛大にため息をつきたいところだが、そうもいかない。
ひとまずはやつがこちらに気付いてるかどうか。そこが問題だ。気付いてなければ一旦は後回しでいいだろう。
「そげ屋、何とかやり過ごすぞ。その鼻、何とか引っ込めろ」
「無茶言うな。どこに引っ込めんだよ」
迷子になって別の島を彷徨ってるようなやつだ。俺たちにそう簡単に気付くとは思えねぇが、そげ屋の鼻もまた非常識この上ねぇ長さ。最悪、俺とハヤブサでそげ屋の盾になるしかないだろうか。
そこへ、
咄嗟に見聞色にて動きを感知した時には遅かった。
「“ロープアクション” “ボーラインノット”」
俺たち3人纏めてロープを手首に縛られて一気に引き寄せられてしまった。
ロープには確かに覇気が纏われてやがる。
「お前らか、アイスバーグさんが言ってたフランキ―を狙って現れる奴らってのは」
まあいいだろう。
これで面倒くせぇことを全部省けるかもしれねぇ。