ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第74話 喧騒の中にある静寂

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

「実は君たちに言ってないことがあった。私は島に入ってはいけない病なんだ……」

 

ガレーラ屋に対し俺たちが敵ではないことをひとまず説明し終えたところで、そげ屋が改まったように口にした言葉。

 

「ウソップ、バカ言ってねぇでそのふざけた仮面をさっさと外せ」

 

「……ゾロ君と言ったか。さっきから言ってるが私はウソップ君ではない。ウソップ君の親友だ。親友なら彼と同じ病に掛かるというものだ」

 

何を言い出すのかと思えば、本当に面倒くせぇな。ゾロ屋の言う通りだ。ただ、こんな面倒くせぇことは仲間内同士で何とかして貰いたいところだが。

 

取り敢えずそげ屋には言っておく必要がある。医者としての真っ当な意見を。

 

「俺は医者だ。お前の病気を俺は治療出来るかもしれねぇ。方法はふたつ。今直ぐオペオペの能力を発動してお前の身体を真っ二つに切断し、海に叩き落とす。それでダメならお前の心臓を掴み取って握り潰す。さあどっちだ? 選べ」

 

「選べるかぁっ!!! 治療する気ゼロじゃねぇかこのヤブ医者め。医者なら病人に接する態度ってもんがあるだろうが」

 

「ご高説何よりだが、病人なら医者の言うことは素直に聞くもんだ。治療しねぇという選択肢もあるが……」

 

仮病を使う人間には時に思い知らせてやる必要がある。ゆえに鬼哭(きこく)を抜き放って切っ先を首筋にあてがってやれば、

 

「はい、すいませんでした」

 

白旗掲げての平謝りが返って来る。これこそ患者としてのあるべき姿だ。

 

「ゾロ君、彼はそげキング殿。我々もここではそれを通している。彼の気持ちも汲み取ってやらねば……。それに君もどうやら迷子だった様子。我々と出くわしたことは救いになったと思うのだが」

 

ハヤブサはハヤブサでゾロ屋にこの茶番劇を何とかして維持してるところを台無しにするなと説いてるが、包み隠さないその説明が逆に全てを台無しにしてるかもしれねぇ事に気付いてるかどうか甚だ疑問だ。

 

ゾロ屋はゾロ屋でハヤブサの物言いに難しい表情を浮かべながら耳を傾けてる様子だったが、迷子という単語が出た瞬間に顔を引き攣らせてやがる。どうやらこのワードはこいつの弱点らしい。収穫だな。

 

「おれは迷子になった覚えはねぇし、救われた気にもなってねぇ」

 

「ゾロ君。やせ我慢はいかんな」

 

「そげキング殿の言うとおり」

 

「認めろ」

 

ゾロ屋の反論に対し俺たち3人揃って畳み掛けるようにして迫っていけば、ゾロ屋は歯を食いしばってこちらを見据え、

 

「おまえがそげキングなのは分かった。それはいい。……だが迷子は絶対に認めねぇ。俺は迷子じゃねぇ。宿に戻ろうとしたら知らねぇ島に居ただけだ」

 

ゾロ屋、それを迷子って言うんだと3人口を揃えて言ってやりたかったところだが、口にするだけ無駄のようにも思えて来て俺たちは押し黙るしかなかった。

 

ゾロ屋は断固として己の非を認めようとはしなかったが、鼻屋がそげ屋であることについては受け入れただけ良しとしようではないか。誰がどう考えようともこいつが迷子であることは明白なことではあるが、人間自分のことはよく分かってないことが大抵だ。

 

 

 

面倒くせぇやり取りはひと段落した。海水パンツ野郎の商談らしきものは巨大樹の枝の上で未だに続いている。俺たちは奴から少し離れた露店の軒先、まるで休憩スペースのように不揃いな丸太椅子に腰を下ろしてるわけだが、露店の男からは邪魔だと言わんばかりの視線が何度も送られて来ている。その露店商が取り扱ってるものは食べれる木らしく、焼いた木をスライスしたものをウッドステーキと銘打って試食販売しているが売れ行きは芳しくなさそうだ。まあ確かに見た目はただの炭にしか見えない。売れ行きの悪さを俺たちのせいにしてもらっても困るんだが。

 

俺としてはここに居ても埒が明かないわけで、立ち上がってガレーラ屋のところへ向かってみれば、

 

 

「終わったか? 随分と不毛なやり取りを見せてもらったな。お前らがもしガレーラの船大工なら拳骨一発で解決してやるところだがな。まあその分お前らが言ってることに嘘が無さそうなことは何となく分かった」

 

葉巻を吹かせながらやれやれといった表情を浮かべながらガレーラ屋は言葉を放ってきた。

 

「ああ、自覚してる。少しは信用してもらえたようで何よりだ。……それで、俺たちが取り敢えずは敵ではないと認識して貰えたところでひとつ聞いておきたい。なぜあの男を護衛してる?」

 

「……アイスバーグさんから頼まれたことだ。内容を教えられているがそれをお前らに話すかどうかはまた別の話……」

 

葉巻の煙の先を見詰めつつガレーラ屋が口を開いた内容は想像の域を超えてくることは無かった。機密の内容を明かすほど俺たちをまだ信用はしてねぇってことだろう。ならばこっちから口を開かせてやればいい。

 

「古代兵器プルトンが関係してる。違うか?」

 

「……どこでそれを……」

 

口角を上げて抜き放つように投じた言葉への反応は目を見開くようにしてこちらを睨みつけてくるという想定内のもの。

 

「俺たちも四商海だ。それなりに情報は仕入れてる。その反応は正解ってことでいいよな。もうこの際だ。知ってることは話して貰うぞ」

 

ガレーラ屋は苦虫を噛み潰したような表情を暫し続けたのちに、

 

「……いいだろう。あいつはフランキ―って名なんだが――――――」

 

海水パンツ野郎とガレーラが抱えてるものについて説明を始めた。

 

フランキーはウォーターセブンの裏町を取り仕切る奴らしく船の解体で生計を立ててるが実のところはガレーラの社長の弟弟子にあたり面倒を見てる存在だという。その弟弟子にガレーラの社長が託したものが古代兵器プルトンの設計図。大昔のガレーラの連中が作りだした巨大戦艦がプルトンであり、そのあまりにも強大過ぎる戦力に危惧を覚えた連中は万が一の抵抗勢力となれるようプルトンの設計図を描き残し代々引き継いで来たらしい。

 

現ガレーラの社長も当然それを引き継いでたが、自分の身に及ぶ危険を感じ取って信頼出来る人間に託したってわけだ。古代兵器を狙う者は多い。政府、ジョーカー、クロコダイル……、それぞれが虎視眈々と狙ってやがる代物だ。もちろん俺たちも例外ではない。世界を渡ってゆく上で切り札となるものは掴んでおくに越したことはない。ここでその野望まで露わにするつもりはないが。

 

ガレーラの連中とは友好関係を結んでおいた方がいいのは確か。船を発注することになるわけだしな。ただそれとこれとは別の話。俺たちは俺たちの利害を追求してく必要がある。その利害の範疇に古代兵器プルトンは含まれる。それが目の前に転がり込んで来た暁には俺たちは躊躇なくそれを掴みにいくだろう。牙は仮面の下で研いでおくもんだ。

 

さてここで俺たちはどうするべきだろうか?

 

ジョーカーがサン・ファルドでの取引と口にしたからにはあいつが持つプルトンの設計図を狙ってるはずだ。ウォーターセブンという勝手知ったる庭を飛び出してきたこの好機を奴らが逃すはずがない。

 

当然ながら狙ってるのはジョーカーだけではない。政府も誰かしらをここに送り込んでる可能性は高い。

 

ならばそこからは守ってやる必要がある。

 

ただ守ったあとには、守ってゆく過程において機会が訪れれば、

 

俺たちは更なる設計図のコピーを作りだす。プルトンの設計図にコピーが存在することとなれば俺たちはまたひとつ切り札を手に入れることが出来る。

 

ガレーラの連中に話を通す必要はない。俺たちは四商海同士。

 

テーブルの上で握手を交わしながら、その下で互いに相手を蹴りあう世界であることは十分分かってるつもりだ。

 

 

 

 

ガレーラ屋が説明をしてる間にそげ屋とゾロ屋、そしてハヤブサがとうとう露店商から食べれる木を直接薦められ始めていた。ハヤブサは何とか穏便に断ろうと四苦八苦してたが、あとの二人は露骨に顔を顰めてやがる。

 

「ところで、そもそもあいつはなんでサン・ファルドにやって来たんだ? あの商談らしいのは何を話してる?」

 

ガレーラ屋は俺の質問に答える前に自分のジャケットに挿し込んでる新たな葉巻を取り出して火を点け、ひとしきり煙を吹かせたのちに、

 

「世界には宝樹アダムと呼ばれる船大工からすれば憧れの樹が存在する。ゴール・D・ロジャーの船にも使われたって話だ。それが出回ってるらしくてな。当然めちゃくちゃ値は張るんだが大金をどこかで拾ったと言ってやがった。羨ましい話だぜ。そんな大金が落ちていれば俺も直ぐに借金をチャラに出来るんだが。まあいい、ついでに俺たちの分の交渉もして貰っている。アイスバーグさんから予算が下りたんでな」

 

経緯を語ってゆく。

 

「その大金ってのは幾らだ?」

 

「2億ベリーだそうだ。運のいい奴だぜ」

 

それは多分に拾ったんではなく奪ったんだろうな。隣で有無を言わさず木のステーキを食わされそうになってる奴らから。そげ屋の話と符合するじゃねぇか。奴らには悪いがこの話は当分脇に置いといた方が良さそうだ。今話せば更に面倒くせぇ展開になりかねない。

 

「商談が終わったようだ」

 

ガレーラ屋の言葉通り、海水パンツ野郎が巨大樹の枝上から下りて来ようとしてる。

 

「あとで俺たちを紹介してくれ」

 

そう言い残して露店商から離れられずにいそうなハヤブサたちのところへと移動する。

 

「君も食べてみるといい。結構いけるぞ」

 

「ああ、この苦味がいい」

 

「副総帥殿、騙されたと思ってひとまずどうぞ」

 

だが離れられずにいると思って来てみれば、離れ難くなってるの間違いであった。3人とも既に試食を終えたようですっかり見た目は炭にしか見えない木のステーキとやらを絶賛してる。

 

そして無理矢理口に入れさせられてみれば、確かに苦い。だが悪くない苦味だ。むしろいけるかもしれない。こいつは見た目で損してる代物ってわけか。売り方に問題があるのかもしれねぇな。

 

「なぁ、あんた、俺たちは酒を作ってるんだが、こいつはその酒と一緒に薦めた方がいいかもな。今度持って来てやるよ。一緒に商売をしようじゃねぇか」

 

これは主食というよりも珍味に近い。つまりは酒の肴だ。

 

それにしても、どこに商売の種が転がってるか分からねぇもんだな。

 

 

 

 

 

「パウリー!!! 今週のおれぁスーパーだぜーっ!!!! てめぇらの分もちゃんと手に入れてきてやったからなぁって、アウ!! 誰だそいつらはヨウッ!!」

 

海水パンツ野郎は無駄にうるさい奴だった。一通り紹介をされ紹介を受けたが気になってしょうがない。こいつはなんでさっさとマントを羽織らねぇのか。なんで海水パンツをこれ見よがしに公衆の面前に晒し続けてやがるのか。

 

「何なんだこの変態は」

 

「ゾロ君、君の意見には同意するが言葉を選びたまえ。ウソップ君ならこう言うだろうがね。変態じゃねぇかっ!!!! と」

 

「二人とも、フランキー殿に向かって失礼ですよ。この方はただ卑猥なだけなのですから」

 

3人が取り繕うことなく、取り繕おうとしながら取り繕えずに俺の思いを代弁してくれたお陰で沈黙を守り通してたが、心の中では叫んでいた。

 

この変態野郎がっ!!!!!

 

と。

 

だが当の本人に悪びれる様子など微塵も無く、罵詈雑言の嵐に怒りだす様子も無く、むしろまるで褒められてるかのような照れ臭いような表情をして、

 

「オイオイオイッ!!! 俺はそんなに変態かよっ!!! 最高の褒め言葉じゃねぇかっ!!! スーパー!!!!!」

 

俺たちは一人残らず唖然としてたに違いない。世界にはまだ俺たちの知らねぇ価値観が存在してるらしい。変態という罵りが褒め言葉になるとは世界は広い。同情と憐憫の思いこそすれど尊敬の念は露ほども起きはしないが。まあそれでも感嘆の念はあるか。

 

「分かった、分かった、変態野郎。取り敢えずマントを羽織れ」

 

幾らこいつの価値観に感嘆の念を覚えようとも、周りの連中には嫌悪の念しかないであろう。見せるべきでないもんは隠すべきである。

 

「ふざけんじゃねぇっ!!! そんな紳士野郎みたいなことが出来るかっ!!! おれぁもうマントは止めだ。こんなのは変態じゃねぇ。アウ!!! 男の一張羅は外に晒してこその一張羅だろうがっ!!!!!」

 

もう俺は知らん。変態の考えることなど理解出来るはずもねぇ。

 

「フランキー、お前の好きにしろ。それで、宝樹を運ぶ手筈はどんな風になってる?」

 

助け船はガレーラ屋が出してくれた。さすがはこいつの護衛をしてるだけある。変態の相手はガレーラ屋に任せておくのが良さそうだ。俺たちではいつまで経っても話が噛みあって来そうにない。

 

「そげ屋にゾロ屋、お前たちはどうする? やべぇ連中がこの変態野郎が持ってるもんを狙ってるって話だ。俺たちはこいつらに付くが」

 

ならばまずは話が噛みあいそうな奴らに話をしておくべきだろう。

 

「危うく濡れ衣を着せられるところだったんだ。今更敵対する気はねぇよ。そげキング、おまえは?」

 

「ゾロ君の言う通り。私も長いものには巻かれてたい主義でね」

 

やはりこうでなくてはならない。話は噛みあってこそである。

 

 

だが話が平行線を辿りそうな相手は他にもいるもんだ。

 

気配を感じる。ごく僅かではあるが。

 

奴の見聞色はあの時より更に上がってそうだ。

 

 

居る。この島に……カク屋が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは南西島を直ぐ様あとにしてきた。変態野郎の商談とやらは決着し、荷は海列車に積み込まれる算段が付いてると聞く。ならばこの島にもう用は無い。あとは海列車の到着を待ちおさらばするだけである。

 

というわけで、扇から海上の1本道を辿ってサン・ファルドの真ん中にあるタワーへと戻って来たのだが、これは逃避行であった。

 

なぜなら、カク屋の微弱な気配はぴったりと背後から一定間隔で付いて来ていたからだ。

 

そして到着したタワーではタワーの付け根部分、ダンスホールの屋上から独演会が行われていた。通行人の話ではDJスクラッチメンによるストリートパフォーマンスらしい。

 

1本道は人が溢れかえっている。身動きは取れるが視界は良好とは言えない。この場でやべぇ連中とぶつかることになれば碌でもない結果が待っていそうだが……。

 

既にハヤブサは鳥の姿となって空にいる。上空から偵察を行ってくれていた。

 

この場に留まる者とすれ違ってゆく者が交差してる。皆が皆仮面を被っており、その彩りに溢れた仮面が行き交う様子はまるでパレードが移動してゆくようだ。

 

どこに危険が潜んでるかは己の勘を頼りにし、己の見聞色をひたすら研ぎ澄ましておくしか探る術は存在していない。

 

喧騒が辺りを包みこみ、上空から大音量の音楽が降りてきて喧騒に拍車を掛け、表情の見えない無数の顔が行き交う様は否が応でも緊張感を孕んでくる。

 

目に耳に飛び込んでくる喧騒は見えない静寂となって俺たちに襲い掛かってくる。

 

「ガレーラ屋、お前がロープ使いで覇気使いであることは分かった。で、あの変態野郎は戦えんのか?」

 

迸り続ける極度の緊張状態を適度な状態に(ほぐ)すべく会話を試みてみる。

 

「ああ、フランキーは頑丈な奴だ。昔に重傷を負ったらしくてな、自分で身体を改造しちまってる。つまりは改造人間(サイボーグ)ってわけだ。体内に鋼鉄やら武器を仕込んでそれで戦う」

 

なるほど、道理で体型が異形なわけだ。あの歪に膨らんだ両腕には仕込んだ武器があるってことか。

 

「襲って来る奴らは強いんだろうな」

 

「安心しろ。掛け値なしに強い奴らが現れる。お前の想像を超えて来る奴らがな」

 

腕に巻くバンダナを解いて頭へと巻き直したゾロ屋は不敵な笑みを浮かべており、既に臨戦態勢は十分だ。

 

こいつも強い剣士なんだろうが相手は覇気使いの手練れがやって来ることは間違いない。そうなれば苦戦は明らかだが果たして……。

 

 

微弱だった気配はここへ来て急速に強い気配へと変わりゆき、

 

~「来ます」~

 

ハヤブサからも小電伝虫より情報が齎されてくる。

 

「ああ、知ってる」

 

そうとだけ返答し、喧騒の中にある静寂へと足を踏み入れて来たやつ、カク屋は髑髏のフルフェイスを被った姿で1本道の手摺上へと降り立った。

 

「顔見知りがおるのう。話が早く済みそうじゃわい」

 

不思議と懐かしくなってしまう声音。再会はサイレントフォレスト以来となる。そして再会が意味するものは再戦ということにもなる。

 

奴は髑髏の仮面を背後の海へと捨て去り、

 

「のう、パウリー」

 

一声掛けてくる。ガレーラ屋に対して。

 

どういうことだ? 

 

隣で立ち尽くすガレーラ屋の表情は驚きに満ち満ちている。

 

「……カク、ここで何してる……」

 

何とか絞り出して見せた言葉。

 

「解り切ったことを聞くんじゃな。古代兵器プルトンの設計図、そいつが持っておるんじゃろう。パウリー、すまんがワシは政府の人間じゃ。速やかにこっちへ渡すんじゃな」

 

望んだ答えが返って来たのかはその表情から窺い知ることは出来ない。言葉にならねぇ感情に雁字搦めとなってるのかもしれない。

 

だがそれでも、

 

「てめぇ、一昨日一緒に飲んだラムは何だったんだぁぁっ!!!!!!!」

 

ありったけの感情を言葉にした。

 

「ああ、一昨日のラムは美味かったな。最高じゃった」

 

電伝虫が鳴る。俺のではない。どうやらガレーラ屋も持ってたようだ。

 

相手はガレーラの社長だろうか。

 

「ええ。アイスバーグさん、信じたくねぇが目の前にいるのはカクです」

 

そして、間を挟むことなく今度は俺の電伝虫が鳴りだしてゆく。

 

相手はボスであり、俺が伝えることは最悪に面倒くせぇ状態であることをクラハドールに知らせて欲しいことであり、その原因の存在が何かってことである。ただそげ屋の存在を知らせようとしたところでゾロ屋が俺の肩を掴んで来て視線を合わせ、左右に首を振る。

 

よって俺が最後にボスへと伝えるべきことはもう一人の相手。気配を感じずとも奴が居そうなことは俺の勘が語ってた。俺の脳内ではけたたましい警報が鳴り続けてた。

 

ターリ―屋もいると。

 

 

瞬間だった。

 

 

脳内で名前を口にした瞬間、気配は現れた。

 

 

背後、

 

 

辺りの喧騒、ごった返す人の波などまるで関係ないと言わんばかりに奴の存在は際立っていた。

 

 

目元だけを覆う仮面にて、

 

 

傘を片手に、

 

 

シルクハットを掲げたのち、

 

 

とても優雅に、

 

 

それはそれはとても優雅に、

 

 

奴は手の甲を頬へ鋭角に寄せながら深いお辞儀をして見せた。

 

 

「ターリ―! トラファルガー…………ローさん、傘は愛しておられますか?」

 

 

舞台であれば役者は揃いつつあった。俺たちが待ち構える喧騒だが静寂に包まれた世界へ敵役が一人、また一人と現れてきた。

 

だが足りない。

 

俺の危惧するところ、

 

最も懸念してる事項は何か、

 

ホーキンス屋に碌でもない占い結果を突きつけられて最初に脳裡へと浮かんだやつはどいつか、

 

 

 

ジョーカー

 

 

 

生存率1%たらしめるものが居るとすればそれは奴しかいない。奴以外には有り得ない。

 

必ず現れるであろうジョーカーはどこに居るのか?

 

「ドフラミンゴさんですか? ()()はそんなに若のことが知りターリですか? いやこれは失礼しタリ、()()()()()は若がぶち殺しターリんでした。……それよりも、セントポプラは大丈夫でしょうか。ビビさんいらっターリて、カールさんだけでしょう?」

 

俺の感情の動きを正確に読み取ってるような口ぶりよりも、瞬間に湧き起こった言葉に出来ねぇようなどうしようもない感情を制御することで俺は精一杯だった。ただ、そんな俺の渦巻くどす黒い感情なんかよりも、セントポプラの方が更に気掛かりであり、俺は無言で電伝虫を手に取っていた。

 

 

応答がない。

 

 

何十回かと思われたじれったいぐらいのコール音が終わって、

 

~「……ローさん、ごめんなさい。直ぐに出れなくて……。ちょっと取り込み中で、能力で会話を聞いてるの。……ローさん、ジョーカーが居るわ。この島に。会話の相手はZの女副官らし…………」~

 

ビビの言葉が耳に流れ込んで来たが、それは途中でぷつりと途切れてしまい、無情にも音は消えてしまった。

 

ジョーカーがセントポプラに居る?

 

Zの女副官?

 

何が起こってる?

 

一体何が起こってる?

 

 

ターリ―屋の慇懃無礼を顔で表現したような笑顔を見る気にはなれず、俺は思わず振り返って海を眺めてみるしかなかった。

 

 

 

 

やけに……、船が多くなってきやがったな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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