ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第75話 ヒナ、疼痛……かもしれない

サン・ファルドタワー前大乱闘事件の発生から少々時は遡る。

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 外洋 ブルー=パープルライン

 

 

―――起きなさい―――

 

 

誰かに促されるようにして私は目を覚ました。私はどうやら眠ってしまっていたようだ。

 

セントポプラへと向かう海列車内、私たちが座る窓辺の席にはいつの間にか西日が差すようになっていた。私を眠りから呼び覚ました誰かというのはこの柔らかな陽の光なのかもしれない。

 

私たちが列車に乗ったのは昼前であり、少しの時間は歓談に耽っていたと記憶しているけど、そのあと直ぐに眠りに就いたようだ。だとすれば結構な時間眠っていたという計算になる。

 

対面に座るカール君もカルーも眠っていた。二人ともさも気持ち良さそうに寝息を立てている。カール君の周りには薄らと膜のようなものが見て取れて、多分能力を使って自分の周りを音が一切しない静寂空間にしているのだと思われる。この子は最近隙あらば自分の能力を使おうと考えているようで、これも練習の一環なのかもしれない。

 

カルーはカルーで私の隣に脚を投げ出すようにして眠っていた。何とも寝心地が良さそうで思わず頭をペチンと叩きたくなってしまう。

 

安らかな光景に私の頬は緩んでしまい、カートを押して移動してくる売り子さんから眠気覚ましに紅茶をもらい、そして二人の為に毛布を貸してもらった。幸せそうな寝顔の二人にそっと掛けてあげる。そしてゆっくりとティーカップに口を付け、芳しい香りと味に身を委ねてゆく。

 

少しの間だけ、この瞬間を噛み締めていたい……。

 

私は眠りの間、夢を見ていた。

 

それは何だかとても現実感を伴っているように感じられるものだった。それは私の望郷の念が見させたのかアラバスタの夢だった。

 

夢の中での私は完全に目には見えぬ傍観者であり、私が夢の中で出来ることはただ目の前を流れていく光景の数々を眺め続けることだけであった。

 

夢の中のアラバスタは平穏だった。

 

アルバーナでの人々は元気で楽しそうに笑い合っていた。パパはテラコッタさんに大浴場を覗かないようにと叱られていた。海軍の女情報将官が出入りして微笑みを振りまいていた。ナノハナの港は活気に満ち溢れていた。チャカ率いる護衛隊の面々は襲撃して来た海賊を見事に追い払っていた。エルマルでは町が再興を始めていた。動き出し始めた海水淡水化装置が緑の消えた町に少しづつ緑を齎し始めていた。ユバを訪れる交易隊商の流れが止まることはなく、レインベースで回転するスロットの点滅が消えることも無かった。

 

でも、タマリスクには死の影が忍び寄りつつあった。

 

ジョーカーの息が掛かっているコーヒーショップの拡大が止まることは無かった。ドラッグは確実にタマリスク全体を侵食していた。病魔のようにして宿りつつあった。人々は通りを歩いてはいない。市場で買い物をしてるわけでもない。酒場で談笑してるわけでもない。……人々は闇のようなコーヒーショップの裏側で破滅的な快楽に身を委ねていた。

 

リーダーがいた。

 

イガラムがいた。

 

二人が怒鳴りあっていた。

 

「既に死人が出始めてる。俺たちだけで立ち直らせるのも限度ってもんがある。今奴らをここから叩きださないと取り返しが付かなくなるぞっ!!!!」

 

「コーザ、落ち着けっ!!! 我らがここにいることにより何とかタマリスクで抑え込めているのだ」

 

「それも限界は近いんだっ!! カトレアの裏の連中は既にドラッグが生み出す暴利に気付き始めてる。カトレアまで運び屋の流れが出来てしまえばナノハナまでは一瞬だぞっ!!! そうなってからでは遅いんだっ!!!!」

 

「コブラ様の言葉を思い出せ。根を絶たなければ意味はないのだ。今ここにいる奴らを叩きだせたとしても、それによって更なる奴らの侵食を呼び起こすことになる。今の我らに根を絶つ力は無い。それはお前も良く分かっていることだろう」

 

「…………分かってる、そんなことは分かってる。……みんなの苦しみの声が痛すぎる。……いっそ楽にしてやった方がいいんじゃねぇかと頭に過ってしまうことがある」

 

「我らみんな思いは一緒だ。今は耐える。それしかない。耐えて助け、耐えて守り、耐えて力を蓄え、耐えて来る日に備える。我らはひとつ。……ビビ様を信じるのだ」

 

「……ビビ」

 

脳内で再生されていく本当かどうかも分からないそれでも不思議と現実感が伴い過ぎている光景と声に私は打ちのめされてしまう。

 

心が震え、体の震えが止まらない。

 

有らん限りの大きさで『大丈夫』と叫んでやりたかったが、海列車に佇む私ではそれは叶わないこと。

 

座席の上で膝を折り曲げ、打ち震える自らを抱きしめてやることしか出来ない。

 

祖国に居る皆を想って涙を流すことしか出来ない。

 

陽が沈んでゆく。

 

陽が沈めば世界は闇夜となってしまう。

 

長い夜が始まってしまう。

 

夜明けを願わずにはいられない。望まずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜明けを齎すのは私。この私が必ず祖国に夜明けを届けて見せる。

 

顔を上げる。

 

涙を拭いとる。

 

沈みゆく夕陽をしっかりと睨みつけてやる。

 

 

ジョーカー、絶対にぶっとばしてやるっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “水と霧の都” ウォーターセブン

 

 

駅という場所はあらゆる人々が交差するところ。どこかへ向かう人がいる一方でどこかからやって来る人がいる。2種類の人々がこの駅という場所で交差する。

 

そして人々が交差する場所には集まって来るものがある。情報だ。ここで交わされてゆく無数の会話にはありとあらゆる情報が含まれていて、それを丹念に拾ってゆくだけで情報収集というものは粗方済んでしまう。

 

最近、ガレーラの1番ドックの職長たちの姿を見掛けない。

 

島の裏町向こうに1隻海賊船が停まってる。

 

白クマの姿をした生き物が宿屋に入ってくのを見た。最初仮面かと思ったが多分違う。あれは白クマそのものだ。

 

どれも有用な情報だ。だが私が本当に求めている情報ではない。本当に求める情報を手に入れるにはどうすればいいのか。そこで情報屋という存在の出番となる。彼らは情報を売り買いすることで生計を立てている。どんな情報が誰にとって価値が有るものなのか。それを十分に分かっている彼らは的確な範囲と深さで情報を(もたら)してくれる。

まさにヒナ、垂涎な存在なのだ。

 

私がこのブルーステーションの荘厳な柱周りに据えられたベンチに腰をおろして、タバコの煙に耽りながら待つ相手もそれ。その情報屋はアラバスタ近海時代から頼りにしていた存在であり、中枢行きを視野に入れてからは徐々に集める情報の範囲を中枢寄りにシフトするように指示を出していた間柄。

 

情報屋とは普段は紙とドロップボックスを使ってやり取りするものであり、直接会って情報を受け取ることは余程でない限りはやらないことである。だが余程のことが起きた。海軍本部は風雲急を告げており、私自身も追わねばならないことを抱えている。ゆえに時間がない。リスクを承知で会わざるを得ないのだ。

 

駅の壁面に取り付けられた時計にて時刻を確認してみれば、時間はそろそろ。

 

来た。

 

気配を感じる。

 

「あんたから会いてぇなんて言うから動揺しちまったぜ。とうとう決心してくれたのか。おいらとの結婚を」

 

その気配は私の隣に臆面もなく座ろうとしたが、緊縛(ロック)して叩きだし、何とか90度離れた左側面のベンチに座らせた。まったく、腕は良いのだが度を超えた女好きが玉に疵なのがこの情報屋だ。

 

「もしそうなったら人生に絶望するわ、ヒナ絶望。アブサロム、あなたも相変わらずね。スリラーバークでは麦わらの一味にコテンパンにやられたって聞いているけど。こんなことをする元気は残ってるのね。……取り敢えず姿を見せなさい。姿を隠している意味はあまりないと思うけれど……」

 

情報屋という職業がこの男にとって副業であることは分かっていた。本業は海賊稼業だ。七武海ゲッコー・モリアに付いている。ただ副業にしてもこの男が集めてくる情報には価値があった。それくらいのプロ根性は持ち合わせているらしい。とはいえ、ついこの間本業の方で問題が発生したばかり。少しだけ心配もしていた。ほんの少しだけだが……。

 

「つれねぇな、あんたは。おいらは実は傷心の身なんだぜ。折角運命の相手が現れたと思ったら逃げられちまってよ。そんなおいらを少しぐらい癒してくれてもいいじゃねぇか」

 

私の言葉を素直に聞き入れたのかアブサロムは姿を露わにした。この男はスケスケの実を食べた透明人間。情報を集めるには打ってつけの能力を持っていた。ただそれをしばしば間違った方向へと使ってしまうのもまた玉に疵ではある。例えば女性の着替えを覗き見するような方向に。

 

それにしても運命の相手とは。

 

「フフフフ、笑いが止まらないわ。ヒナ、笑止。あなた一体何人の運命の相手が居るって言うのよ。この間も紙には運命の相手が見つかったって書いてあったわよね」

 

「ひでぇな。今回は本気だったんだぜ。式まで挙げて、誓いのキスまでいく寸前だったんだ。あんな女神、そうはいねぇってのに」

 

「そう。それは災難だったわね。少しだけ笑ったことを反省してあげるわ、ヒナ反省。……でも、そんな運命の相手が現れたっていうのに、終われば直ぐに私へと切り替えられるわけなの? やっぱり軽蔑してしまうわ、ヒナ軽蔑」

 

「そう言うなって。俺の中ではあんたと出会った時からあんたが一番だったんだぜ。だからな、あんたは俺とけっこぶっっ…………」

 

こんな軽薄な男には最後まで言わせずに緊縛(ロック)してやるに限る。

 

「バカ言ってないでさっさと本題を話しなさい。私には時間が無いの」

 

締めあげて状況を理解させた上で本題へと入ってゆく。アブサロムもまた慣れたもので直ぐさま居住まいを正して声音も切り替えてゆく。

 

「……あんたからの依頼を聞いて直ぐに情報を集めといたぜ。ていうか、そもそも最近のこの辺りはきな臭いもんが漂ってやがったんだ。水面下でやべぇ奴らが動き回ってることは直ぐにでも気付く。だからそこの情報はしっかりと追ってたんだぜ」

 

「あなたが有能なのは分かっているから、早く教えなさい」

 

「あんたも相変わらずせっかちだな。物事には順序ってもんがあるってのに。まあいい。そんなに知りたきゃ教えてやるよ。有能なおいらからのとっておきの情報を」

 

居住まいを正して切り替えても長続きしないのもまたこの男の玉に疵なところ。そんなときにすべきことは何か。猿もおだてれば木に登る。アブサロムもおだてれば情報を吐き出す。先人はこの世の真理をよく分かっているものだ。

 

アブサロムが齎してくれた情報。

 

Zの集結場所がサン・ファルドであること。この海域を回ってる商船の話を聞いて回って妙な船団の話が出回っていたと言う。海図と付き合わせてみれば針路を窺い知ることは可能であり、それがサン・ファルドということらしい。確定情報ではなく推測が多分に混じっているが筋は通っている。

 

それに、Zの故郷がサン・ファルドであるということ。そんなことは聞いたこともないが、もしそれが本当ならば故郷に帰って戦いを挑むということになる。それが意味することは何か。

 

最期と決めている……。

 

のかもしれない。もしそうなら仁義を重んじていたあの人らしいといえばらしい。だがそれでは負け戦に挑むようなものではないか。それはそれでかっこ良すぎるがあの人が勝算もないことを始めるだろうか。

 

否、そんなことはしない。ならば必ず勝算があるはず。そもそも船団を組んでいるとはいえ、それは海軍も同じこと。戦力だけで考えれば勝ち目があるとは到底言えない。海軍には元帥もいて大将もいて数限りない将官と将校に兵がいる。七武海に四商海まで召集する可能性がある。白ひげには複数の幹部がいて傘下の海賊たちも多い。かたやZにどれだけの戦力が存在するというのか。そこのところをアブサロムにぶつけてみれば、

 

「……だよな。ガキでもそんなことは分かりそうなもんだ。だからその辺りも調べておいたぜ。初めに言っとくが、これは突拍子もねぇしぶったまげるような話だ。あんた、四商海の青い薔薇協会(ブルーローズ)は知ってるよな。それに祭り屋フェスタって名も聞いたことはあるはずだ。そしてドンキホーテファミリー。こいつらが企んでやがる計画がある。いや正確にはこいつらじゃねぇな。こいつらそれぞれがだ。計画の名は“海の細道(ブルートンネル)”」

 

世界を簡単に揺るがしかねない話が飛び出してきた。

 

天竜人向けのドラッグを扱っているのが“青い薔薇協会(ブルーローズ)”という四商海。

 

この四商海が取り仕切ってるドラッグ “ヘブン”の生産島であるサン・ファルドを巡って、ギルド・テゾーロの代理人となってる祭り屋フェスタとドンキホーテファミリーが横槍を入れた。そうなれば当然ながら仁義なき戦いが始まるはずであるが、互いに弱みを握りあっていることから等分での島を分割という話になってくる。互いにそれなりに利が存在して手打ちとしては理想的な落としどころ。良くある話と言ってしまえば良くある話ではある。

 

だが、これには裏があるという話。

 

島の分割には金銭のやり取りが発生する。それは“青い薔薇協会(ブルーローズ)”へと流れてゆく。その金銭が消えゆく先は何か。

 

それが“海の細道(ブルートンネル)”。

 

サン・ファルドは中枢の中で正義のトライアングルに最も近い位置に存在する。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”はかなり前からこの計画を進めてきた。サン・ファルドからインペルダウンまで海中トンネルを通す計画を。

 

何の為にか。

 

彼女たちには四商海となっても未だ尚インペルダウンレベル6に囚われたままでいる幹部がいる。アップル・バベッジ。機械(マシン)の天才を救い出すために。世界に恐怖の混沌を呼び起こすために。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”会長 プラム・D・バイロンとは狂気に取り憑かれた女である。

 

この計画を嗅ぎつけたのが祭り屋フェスタとドフラミンゴ。

 

祭り屋が本当に繋がっている相手はZ。“青い薔薇協会(ブルーローズ)”に流す金銭を都合するためだけに目的を偽ってギルド・テゾーロに近付いた。フェスタの真の目的はZを衝き動かしてこの世界で特大の“祭り”を始めること。

 

ドフラミンゴの目的は世界を終わらせること。これはその手始めに過ぎない。

 

 

 

本当に突拍子もなかった。ヒナ、愕然である。悪い冗談だと笑い飛ばす類の話であった。ヒナ、一笑である。それでも筋は通っているように思われた。この計画の端緒がアップル・バベッジにあるのであれば。その男は天才だった。危険すぎる天才だった。故に政府は四商海となったことで本来であれば恩赦が下りるはずのその男を頑として野に放とうとはしなかった。

 

Zの勝算とはこれか。インペルダウンレベル6の住人が世に放たれれば戦いの戦況は一変するだろう。だがあの人はこんな戦い方を望んでいるのだろうか。毒を以て毒を制するような戦い方を。それだけ本気であり覚悟を持って臨んでいるということなのだろうか。

 

私はしばらく言葉を発することが出来なかった。思考は目まぐるしい勢いで加速してゆき、無数の疑問が言葉として生まれ続けているが、それを口に出して発するということが出来ないでいた。それだけアブサロムが調べ上げた内容は衝撃的だった。

 

「……だがこの話には続きがあってな……」

 

まだ続きがあるのか。私は次にどんな情報が(もたら)されようともそうは驚きはしない自信が生まれつつあった。

 

「こいつらの最終的な妥結会合がここからシャボンディ行きの海列車内で開かれたらしいんだが、その土壇場で割り込んで来た連中がいる。どこの連中だと思う? それがついこの前に四商海入りしたネルソン商会の奴らだ。つまりはこの計画は土壇場になって変更されたわけだな。サン・ファルドは3分割じゃなくて4分割となった。ネルソン商会も金銭を“青い薔薇協会(ブルーローズ)”に流し込んだ。計画に加わったってことだ」

 

私の自信は見事に打ち砕かれてしまった。そんな話は一切聞いていない。そんなはずがない。四商海となったこのタイミングでそんな計画に肩入れするなど論外にも程がある。

 

「……あんたの疑問は尤もだな。何で分かったかって? そりゃ、あんたの顔に書いてるからだ。今のは正直情報将官としては失格だな。まあいい。話を戻してやる。……普通に考えれば当然ながらネルソン商会が計画に加担する意味はねぇ。四商海に入った途端に政府に牙を向けるなんざ狂ってるとしか思えねぇ。つまりはこれにも裏があるってわけだ。考えてみろ、サン・ファルドは3分割するにはどう考えたところでひとつ分余計だ。あの島は4つの扇に分かれてるからな。奴らもそこは悩みどころだったはずだ。もしかしたら最後までもうひと組を引き入れようと動いてたのかもしれねぇ。だがそれは向こうからやって来たわけだ。そこで奴らは考えた。敢えて表向きの話で通そうと。“海の細道(ブルートンネル)”については黙っていようと。まあ本当のところネルソン商会がどこまで把握したうえで割り込んでったのかまでは分からねぇがな。ただ奴らはそう考えたわけだ。分かるか? 奴ら生贄を用意したんだよ。計画が最後の最後で頓挫しちまった場合に全ての責任を擦り付ける相手をだ。多分にネルソン商会の奴らには“海の細道(ブルートンネル)”の出入り口がある扇を分割してんだろう」

 

有り得ることだ。少なくともこの計画をハットたちが把握していた可能性は限りなくゼロに近い。

 

嵌められた。

 

私たちは今、絶体絶命の窮地に陥りつつある。

 

 

 

だが、

 

正確には計画はまだ始まっていない。Zによる戦いが幕を開け、その趨勢(すうせい)がどう転がってゆくかによって変わってくる。今この段階で知れたことを僥倖だと考えるべきだ。まだ手を打てる段階なのだから。

 

「アブサロム、本当に良い情報をありがとう。助かったわ。時間が無い。直ぐにでも発たないといけない」

 

「あんたはほんとにせっかちだ。居ても経ってもいられねぇってか。まだ話は終わってねぇんだぜ。セントポプラで会合がある。Zの副官っていうアインって女と、相手はドフラミンゴって話だ」

 

「あぁ、今日のあんたはほんとに分かりやすいな。これであんたの行先が変わってくるだろう。もひとつおまけに付け加えといてやるが、アラバスタの王女がセントポプラ行きの海列車に乗るのを見掛けたって情報も入ってる」

 

え?

 

アブサロムが最後に一言付け加えた意味は何だろうか?

 

私は驚きの驚きに輪を掛けた驚きに包まれつつあった。ヒナ、愕然である。

 

この男は一体どこまで気付いているのか?

 

「……最後は合格点だ。いいポーカーフェイスだな。それを続けることが出来ればばれることはねぇ」

 

私は思わず立ち上がろうとしていたがその衝動を鉄の意志で抑えつけて、瞬間的に顔の表情を消していた。アブサロムがしっかりとこちらを見据えていることが分かっていたから。

 

「いつから?」

 

もう逃げも隠れも出来はしなかった。事ここに至ってはほぼ知られていると見た方がいい。

 

「最初に出会った時からだ。……って言いたいところだが、北の海(ノース)のベルガー島で大火災のニュースが新聞に載った頃からだな。そこからあんたの指示は少しづつ変わりだした。文字には時として人の感情が乗ってしまう時がある。あんたの文字から見えてくる感情は少しづつ変わってたぜ」

 

私はこの男に最大の弱みを握られてしまったことになるのだろうか。今ここでこの場で消してしまった方がいいのだろうか。

 

「だがおいらがここでこんな話をしたってことは察してほしいもんだ。おいらはあんたのこの情報をどうにかしようとは思っちゃいねぇよ。その気ならとっくの昔にあんたはこの世にはいねぇだろ。おいらはこれでもあんたを応援してんだぜ。あんたの覚悟を尊敬してんだぜ。あんたの本当の狙いはマリージョアにある。そこにとんでもねぇ謎が潜んでる。辿り着いて解き明かさねぇといけねぇ謎がな。あんたがほんとに会わねぇといけねぇ相手はバイロンだ。奴をつつけば見えてくるもんがある」

 

私には息を吐く暇もなかった。

 

アブサロムは既に立ち上がっていた。別れを告げようとしていた。

 

「おいらのほんとの本業がどっちにあるのか、あんた知ってたか? ……とっくの昔にあんたの情報屋がおいらの本業だぜ。だからまた連絡をくれ。あんたのために何とかして情報は集めて見せる。…………それと会ったら言っといてくれ、()()()()()()()()によ。もしもあんたに何かあったらおいらは決闘を申し込む用意があるってな。最後にこれだけは言わせてくれよ。……昇進おめでとう。じゃあな」

 

彼はそんな捨て台詞を残して駅を後にしていった。

 

大噴水と立ち込める霧が私の視界を覆っていた。

 

今私の中を駆け巡る感情は何か?

 

 

 

ヒナ、疼痛……かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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