これより始めます。
怒涛の戦闘描写。
第78話 一撃
「
突然のようにして仮面越しでも分かるような涙を大量に流し始めたニコ・ロビンの連れは流した涙を有ろうことか変化させ、それはみるみるうちに赤黒く変色してゆき、熱された鉄の如き様相。そのまま床へと落ちゆく鉄と化した涙はその女が履くヒールをコーティングしていった。
能力者か……、
と知覚する間もなく、
「
己の見聞色に従ってアイスバーグと女の直線上に何とかして体を入れていく。
女の身のこなしはすこぶる速かった。
加えての鉄の鱗でコーティングされたような靴による蹴り。
多分にヒールに最大限の力が叩き込まれていたに違いない。
「へー、黄金なのね。……フフッ、でも我慢しなくていいのよ。痛かったはず」
仮面越しでも想像出来るような笑顔。
ワンピースの裾を跳ね上げるようにして覗かせた魅惑的過ぎる脚線美。
だが女の言う通りで腹で受け止めた蹴りの重みは強烈な痛みを引き起こしていた。
覇気は
鉄に黄金ならばとの判断はどうやら裏目だった。
血を流すほどではないが若干足元が揺らいだのも確か。
この女、かなり出来る。
あの衣装から想像するにフラメンコを
ならばタンゴと言うからにはリズム。
四連撃であと三つ。
女は一旦飛び
壁を使って反転といったところか。
ローとの通話を切ったあと、戦いは前置きなく始まった。俺たちの戦いは守る戦いだ。アイスバーグをあの女の殺しの魔の手、否、足から守る。ただ単純に戦えばいいわけではない分の不利はあれど俺たちは3人いる。正直楽観視していた。ゆえにジョゼフィーヌも何も言わずとも麦わらたちに加勢しようと動いていたのだ。
あいつらはあいつらで少々込み入った戦いとなりそうである。ニコ・ロビンを取り戻すための戦いらしいが当の本人にその気が無さそうであり難易度は高そうだ。しかもCP9二人からの横槍を退けながらという注文まで付いてくる。ならば助っ人がいるだろうというわけでのジョゼフィーヌだ。
俺たちの見通しは甘いだろうか? クラハドールに視線を送ってみれば、奴からは猫の手で眼鏡をずり上げながらの頷きが返ってきた。
ああ、これがベストだ。俺も頷きを返しつつ更に視線を送りゆく。反転してくるあの女に次はお前が行けと。
「ンマ―……世話を掛けるな」
背後のベッドからはアイスバーグからの声が飛んでくるが、その口調に若干の他人事感が滲み出ているのは否めない。見えはしないが鼻の穴に指でも突っ込んでいそうだ。まあいい。恩を売っておくに越したことはない。
クラハドールが猫の手を伸ばしながら動き出す。
抜き足を使うつもりだろう。
瞬間で姿は消える。
中空にて両者は相見えて激突。
女の蹴り上げはクラハドールの眼鏡を吹き飛ばす。
クラハドールの指先に装着された五本刃は女の仮面を剥ぎ取る。
互いに素顔が露わ。
だが互いの表情は対照的。
女は妖艶な笑み。
「フフフッ、私の顔がそんなに見たかったの?」
クラハドールは両眉をピクリと上げたのちに口角を上げた。多分に意識的に。
「……悪いな。貴様の顔を刻み損ねた」
おお、おお、言う時は言うものだなクラハドールの奴め。あれは相当来てるはずだ。あいつが眼鏡を吹き飛ばされる姿など初めて見た。
向こうで麦わらのコックが口やかましく叫んでいて、今にも飛び掛かって来そうであるが人化したトナカイによって何とか抑え込まれていた。言いたいことが何となく分かるが知ったことではない。戦いに情けは無用。そうでなければ守るものも守れない。とはいえクラハドールにも本気で切り刻むつもりは無かったんだろうが。
女の二撃目が終わって……。
天井を基点にして反転。
明らかに一撃目よりもスピードが上がっている。
「クラハドール!!」
咄嗟に挟み込むことを言外に告げる。
その場で逆立ちから一気に
反転して来た女のヒールがまるで刃のように見える。
「
それは上空から斜めに突き下ろすかのような蹴り。
ヒールの突起で以てして相手の首をそのまま壁面に叩きつけざま切り落とすが如く。
対する俺は天高く屹立させるべく逆立ちから跳び上がった
黄金化されたそれは。
「
合わせて下から突き上げる最高速の五本刃はクラハドール。
杓死定規。
一点集中の刺突。
俺たちで挟み込めば女の一段上げたスピードにも対処出来るはずだが。
己の見聞色は刹那の変化を察知する。
くそっ、単純計算では間に合わない。
「
中空にて小休止をするが如く。
踊りの曲調を突然変調させるが如く。
俺の蹴りを更なる基点として女は跳んでゆく。
妖艶なまでの笑みを
見聞色のギリギリを狙っての動きだ。
つまりはあの女も見聞色に精通しているということ。
ギリギリの隙間をすり抜けられてしまった。
連発銃か。
クラハドール基点に捻っての鎌風か。
否、こっちだ。
「
六連発可能な銃であるが、最初の一撃その初速に全てを懸けた速射。
有りったけの王気を纏わせれば速さは音を超え。
だが音速到達分早く見聞色で読まれているな。
ここは
中空にて逆さのまま
着地直前には背後で黄金弾が空気を切り裂いた音が遅れてやって来た。
弾はきっと壁を突き抜けて彼方へと消え去っただろう。
そして振り向きざまには。
「
クラハドールを使って反転して来た女のかかと落とし。
否、桁を上げたスピードで迫って来た串刺すようなヒールの一撃。
振り向く動作分だけ相手の方が早いことは己の見聞色が告げている。
こういう場合は当然ながら守りに入るのが定石。
だがここでやるべきことは口角を上げること。
間に合わなさそうであろうとも狂ったように口角をあげていく。
その自ら生み出した狂気をそのまま体現するのは。
「
スピードの差など狂いの先で押し潰すようなパワー。
黄金と王気を掛け合わせた蹴りは女の恐怖の一撃を相殺して有り余り、
そのまま突き飛ばすことに成功していた。
これほどまでの戦闘は久しぶりな気がする。
ジャヤでの赤犬以来。
そう考えるとあまり時は経っていないが。
そう感じるのはこのところ目まぐるしいからであろうか。
新たなステージが目の前に現れ出でたことを痛感したが、それでも俺たちは進み往くしかない。
この狂いを纏わせたような一撃はそういう一撃だ。
覚悟の一撃だ。
「……ドフィがあなたのことを口にするわけね。今のはちょっとだけ効いた。どうやらあなたたちを先に殺さない限り今回の仕事は終わらないみたい。私の名はヴァイオレット。あなたたちの血で私のドレスを紫紅に染め上げて欲しいわ」
壁を頼りに立ち上がったヴァイオレットと名乗った女の言葉にはまだ余裕が有りそうだ。
それでもいい。
一撃でどうにかなるとは当然ながら思ってはいない。
クラハドールも既に立ち上がっている。
俺たちも当然ながら一撃でどうにかなるほど柔ではない。
「ドフラミンゴから何を聞いているのか知らないが甘く見られたものだ。あんたらにはしっかりと言っておく必要がありそうだな。俺たちはいずれ近いうちにあんたらをこの世界の中心から叩き出す存在だ」
「フフフッ、伝えておくわ。それが最期の言葉だったって……」
女の妖艶なまでの笑みはどこまでも変わらない。
「あの女はギロギロの実を食べた眼力人間。ドフラミンゴの女だ。俺は今回あの女をシャボンディで見掛けたことで奴の筋書きを読むことが出来た。あの女には全てを見通す
クラハドールが近付いてきて側で
なるほど、訳ありってことか。
「筋書きはあるのか?」
「どの筋書きだ? 今回は途方も無い量の繋がりが至る所にどこまでも続いている」
「……頂きを掴み取るまでのだ」
「…………貴様にひとつだけ言っておく。どうなろうともブレるな。何がどうなろうとも、誰がどうなろうともだ……」
最後の言葉を放つ際には真っ直ぐに俺を見据えるような視線をクラハドールは寄越してきた。何だというのだろうか。こいつは何を想像出来ているというのだろうか。分かりはしないが俺にはどうしようもない。信じるしかないだろう。
「ンマー……派手にやったもんだな」
アイスバーグの言葉に反応して向こう側を見てみれば完全に壁は無くなって外の通路が見え、その向こうにあるであろう部屋もまた一直線にくり抜かれたような状態となっていた。
おいおい、どうなってる。やけに麦わらたちの声が途中から聞こえてきて無いようには感じていたが、道理で聞こえてこなかったわけだ。まあこの部屋だけで同時に2つの戦闘が起きた以上、当然といえば当然ではある。逆に俺たちが上手く制御していたと言ってもいいかもしれない。
見聞色を向けてみれば奴らの気配は感じる。ジョゼフィーヌも無事なようだ。戦いの目的が目的だけに苦戦はしているようだが。
「フフフッ、私たちももっと力を解き放った方がいいのかもしれないわね。あなたたちもそう思わない?」
変わらぬ妖艶な笑みを向けられたその時だった。
戦闘で一気に研ぎ澄まされた直観と見聞色が超特大の警報を脳内に響かせたのは。
俺の咄嗟の行動はこの戦闘の目的に沿ったもの。
つまりはアイスバーグを守る。
ベッドを瞬間に蹴り出してそのまま中空に浮き上がったアイスバーグを背に負ったまま、己に飛べと命じる。
一体何が起こったのか。
天井から屋根ごと突き破ろうとも、どれだけ部屋の壁をぶち抜かれようともびくともしなかったこのガレーラの事務所が誰かのたった一撃によっていとも簡単に崩壊しようとしていた。
外壁はあっという間に崩れてゆき、天井は抜け、床も抜け、全てが重力の法則に従って地に叩きつけられようとしていた。
「あんた生きているか?」
無数の瓦礫を生み出そうとしている地上の惨劇を眺めながら背に負うアイスバーグの様子を窺ってみる。
「ンマー……魂消てるがな」
それだけ言えれば大丈夫そうだ。
事務所があったはずの残骸側に降り立ってみた。
クラハドールは無事なようだ。何とか立ち上がっている。
当然ながらヴァイオレットという女も健在だ。薔薇でも口に銜えて一曲舞いそうなほどに。
麦わらたちもジョゼフィーヌも無事なようだ。というよりも奴らはそもそも既に事務所を飛び出して戦っていた。
ただ、俺たちとは別に激烈なる気配が存在していた。
それがこの惨状を引き起こした元凶であろう。
ただ一方でそれはとても懐かしい気配でもあった。
遠い昔のもの。
着物。
独特の言い回し。
「ハット、あきまへんな。借りた金は早うに返さんと。せやからわてがこんなとこまで
雪景色を思い出す。
その中での剣戟を思い出す。
ジョゼフィーヌこそここで会いたいと思うかもしれない存在。
イット―・イトゥーが目の前に立っていた。