ロビンと共に現れた仮面の女は既に戦闘態勢に入っていた。この場での戦いの構図を考えると私は麦わらたちに加勢した方が良さそうだ。ガレーラの社長を護衛するのは兄さんとクラハドールで十分だろう。
頭の中でそう結論付けた私は特に言葉を掛けることもなくベッド脇を後にして麦わらたちの方へと移動する。
「ロビン、私たち、本当のことが知りたいの。何も知らされないままここでお別れなんて絶対にイヤ。だからお願い、何とか言ってよ」
「ボ~ビ~ン、おれ、何か悪いこと言っだがな~」
彼らの戦いもまた始まりを告げようとしていた。ナミは必死になって言葉を掛けようとしていた。モフモフ君は既に泣きじゃくっており、必死になって涙を拭いながらも止まらぬ涙のまま理由を聞いていた。
仮面を被り、物言おうとしないロビンに向かって。
「ほらほら、泣いても何も始まらないわよ。私もあんたたちと戦うから元気出しなさい。ロビンは知らない仲じゃないし。それにあっちの二人、結構ヤバいもんね」
モフモフ君をピンクの帽子越しに撫でてやりながら加勢する旨を伝え、不気味に佇むCP9の二人を指差して危険なことを意識させてやる。
「え? ほんと? 助かるけど……、え? あいつらヤバい奴なの?」
「…………おれも頑張るんだ!!!」
「メ~ロリン♥ メ~ロリン♥ あぁ、麗しのジョゼフィーヌさんと一緒に戦えるなんておれはなんて幸せ者なんだ。さぁ、まずはおれの胸に飛びィィ……」
「お、いいのかお前? 取り敢えずよ、ロビンをぶっ飛ばせばいいとおれは思ぶっ……」
麦わらたちの反応は相変わらずもそれぞれで、取り敢えずは両腕を広げながら飛び込んで来たグルまゆに対して蹴りを見舞ってやった。言ってることがだいぶおかしい麦わらにはナミがしっかりと拳を見舞っていた。
「死ね、こらーっ!!!」
「こんっのアホがーっ!!! そうじゃないでしょうがっ!!! ロビンをぶっ飛ばしてどうすんのよっ!!!」
傍から見れば恐怖のどん底に突き落とされるような光景かもしれないけど知ったことじゃない。我ながらいい蹴りだったし、ナミの拳もパンチが効いてた。
「サンジを蹴り倒すなんてお前すげ~な~」
モフモフ君にはキラキラした瞳で尊敬の眼差しを向けられた。満更でもない。
「さて、我々は任務を遂行することにする。生け捕りが条件だが無傷でとは言われていない。少々手荒に行かせて貰うぞ」
バカを言っている暇など無いのだ。CP9の二人は既に移動し始めていた。それは紛れも無く
それでも、私の見聞色であれば捉えることは造作もない。応じて私も動き出そうと考えたところで、予想に反する動きを見聞色は察知する。
結構速いじゃない。
それは麦わらとグルまゆだった。さっきまでバカなことを口にしていた二人であったが危険に対する反応速度はまずまずで、
「ゴムゴムの風船!!」
「…………くっ……クソッ!!」
麦わらはロビンに対するロブ・ルッチからの
グルまゆはカリファと呼ばれる女の蹴りを防ごうと自らも蹴りの構えを見せていたが躊躇する姿で結局は体を間に入れるだけであった。
麦わらは自らのゴムの能力であれば弾き返せると考えていたのだろう。だがあの
「……いっ……
ルッチによる指の一撃は弾き返されるどころか突き刺してゆく。
「ルフィっ!! どうして?」
「ルフィはゴムなのに何でだよーっ!!」
グルまゆはグルまゆで女の
「サンジ君っ!!!」
「サンジーっ!!!」
二人の悲痛な叫びが木霊する。麦わらたちからすればいきなり未知なる力を見せつけられたようなもの。ただグルまゆに関して言えば何ともね。あの男はどうやら女を蹴らないらしい。ご立派な考えだとは思うが、その結果としてこの有り様となると先が思いやられる。
「あなたたちっ!!! 私のことは放っておきなさいっ!!!」
麦わらとグルまゆに庇われた形となるロビンが仮面を振り払って、血相を変えるようにして放った叫び。
「お前たちの立ち位置は理解した。つまりは俺たちの邪魔をしたいとそういうわけだな」
「フフ、だったら殺してあげないとね……」
対するは口角を上げて不気味な笑みを浮かべるロブ・ルッチと眼鏡越しに微笑を湛えているように見えるカリファ。
「待って。私はここでジタバタするつもりはない。連れて行くと言うのなら連れて行けばいいわ」
一切の揺らぎを見せない視線と共に放たれてゆくロビンの言葉。
「ほう。それは手間が省けて助かるが……」
「ちょっとロビン、待ってよっ!! 一体何があったの? ちゃんと教えてよっ!!!」
背景をすっ飛ばしたロビンの言葉に何とかして止めに入ろうとするナミの言葉には更なる悲痛が入り混じっていて、モフモフ君はこの緊迫続く状況に言葉も出ない。
私は当然ながらロビンの背景を粗方は知っている。勿論全てではないが。歳も同じだし、オハラで起きた出来事とそれによって引き起こされた感情。今の今まで胸の内に燻り続けてきた思いがどういうものか想像出来ない事もない。ゆえに私からすると今のロビンは感情的に過ぎる。それは一定期間共に過ごした麦わらたちも同じ思いであるはず。
ロビンの本心はどこにあるのか。
この段階で私に出来ることはあまりない。これは麦わらたちの問題なのだ。私が土足で踏み込んで行っていい領域ではない。無責任な事は言えない。
仮面を振り払ったというのに、まだその下に分厚い仮面を被っているようにしか思えないロビン。それは何かの覚悟を背負っているようでもあり、その様子を見て取ったCP9の二人は何も言わずにロビンへと近付いていく。
そこへ体が元に戻って立ち上がった麦わらが割って入っていった。体はロビンに正対した状態。その背後には迫り来るCP9。
「何の真似だ?」
ルッチの言葉に対して麦わらが返事をすることはなく、
「ロビン、そんなもんはおれは認めねぇぞ。……お前、泣いてんじゃねぇか」
ただそう呟く。両足の脛から膝へ更に上へと体の中で何かを動かしながら、薄らと湯気を立ち昇らせながら。
あくまで邪魔をするのだと受け止めたらしいCP9の二人は一気に速度を上げ、麦わらの背中目掛けて動き出し。
え?
ただ私の見聞色は麦わらの思いも寄らない動きを察知する。それは紛れも無く
「ギア
その呟きは全身からはっきりと分かる湯気を立ち昇らせながら拳を振り被り、
「“
刹那で放たれた拳は瞬間で轟音と共にあらゆる壁を将棋倒しのようにして崩してゆく。
「なぜそこまでするのっ!!!」
「ロビーーンっ!!!! おれはお前の責任取らないといけねぇだろうがぁーーっ!!!! 仲間なんだからーーっ!!!!!」
言葉によって抉られてしまったのか、仮面が剥がされてしまったのか、本当に涙を零し始めているロビンが麦わらのどこまでも立ち向かってゆこうとする様に叫びを上げる。
それでも麦わらの言葉はどこまでも真っすぐでいて。
とはいえ、驚かされた技の方は見聞色を操る相手に対しては有効とは成り得ない。
逆にそれを躱しきったルッチは蹴りの体勢に入りながらあっという間に体を獣人化させて、一直線に突き刺すような蹴りにて、
「
麦わらは文字通り飛んだ。建物を突き破って。
それは情け容赦も無く武装色を纏った激烈に過ぎる蹴りの鎌風。
「ジョゼフィーヌさん、作戦が要るとおれは思う。ルフィはどうしようもねぇバカだが、大事なところは外さない。それでもあいつはヤバそうだ。一瞬だが奴の蹴りが黒く変色したように見えた。あれは何だ?」
蹴り飛ばされていたグルまゆが戻って来て口にしたこと。冷静にこの場を俯瞰している。質問への答えとして時間を省くことにした私は右手の掌を硬化させてそのままグルまゆの頬に精一杯の平手打ちを食らわせてやった。
「は~~うっ!! 奈落の底までフォ~~リンラブッ♥」
こいつ本当に気は確かなのかしらと思いたくなるような反応であったが、
「これが黒く変色した正体。覇気って言うの。分かる? 気合のようなものをこう鎧みたいに体に纏ってるのよ。それは当然防御にも成り得るし、攻撃にも成り得る。
私の説明は理解出来たようで頷きを見せた後には飛び出していた。作戦が必要なことは分かっていても今目の前の存在には体を投げ出すしかないということらしい。
「ロビンちゃん、もう君は一人じゃない。おれたちはクソ諦めねぇっ!!!」
グルまゆは叫びのちに一回転からの蹴り、でもそれは明らかに鎌風を引き起こし、つまりそれは
「おいクソ豹野郎、てめぇなら最後に何を食いたい?
風の刃となってまるでブーメランのようにしてそれは飛ぶ。ただ、驚きの
それを見て動き出したのはナミとモフモフ君。カリファと呼ばれる女CP9がロビンに向かうのを阻止すべくの動きに違いない。
「ちょっとあんたっ!! ロビンは絶対に渡さないんだからねっ!!」
「ロビンはおれが守るんだっ!!」
もう二人には技も何もあったもんじゃない。ただただ止めるため、止めたいが為に体を投げ出した。ゆえにか攻撃の態を成しているとは言い難く軽々と蹴り飛ばされてゆく二人。
最後に残るは私だ。そしてロビン。
でも、私は、見聞色を極め始めている私はその尻尾をしっかりと放さずにいる。グルまゆの蹴りの鎌風は確かにブーメランであって、行きがあれば当然ながら戻りも存在しているわけで。それは今奴らの背後から襲いかかろうとしているわけで。
ゆえに生み出された刹那の隙。グルまゆは正しく作戦を編み出していた。それに沿って私も動く。
気配と姿は瞬間で消し、体は
刀を抜いた瞬間から始まるそれは、
「居合 “
躍動的な動きと斬撃にて麦わらたちと等しくCP9の二人には吹き飛ばされる破目とならしめる。
「で、あんたはどうすんの? ロビン。あの子たちがあれだけ心を曝け出して掛けてくれた言葉に対して」
納刀と同時に声を掛ける相手は最後に残ったロビン。
「あんたが何をどれだけ抱えてるのか知らないけど、抱えてるものがあるなら曝け出してみればいい。じゃないと何も始まらないじゃない」
ロビンは無言。終始の無言。でも言葉にならない嗚咽。
ただそれだけが木霊して、私たちもまた彼らが吹き飛ばされた下へと向かいゆく。
私にはどう考えようとも麦わらたちを応援したいという思いしか湧き出てくることはなかった。
仲間への“