その場所は暗闇に閉ざされていた。
ヤルキマンマングローブの巨大な幹の根元でぽっかりと広がりを見せた空間であることを己の見聞色でなぞっていくことは出来たが、漆黒に包まれていることに変わりは無かった。
激しい息遣いが聞こえてくる。拳と蹴りが人体に叩き込まれる重くて鈍い音が聞こえてくる。
戦いは場所を変えて、途切れることも無く続いていた。
私の見聞色は闇の中で繰り広げられてゆく攻防の連続を追っていく。眼前で、まるで白昼の中での出来事のように顕現させてゆく。
麦わらが放つのは常人の肉眼では間違いなく消えるように見えてしまうであろう速度の拳、その一撃を
そこに畳み掛けるようにしてグルまゆからの首を刈り取ろうとするかのような蹴りの猛襲。
グルまゆの蹴りには明らかに連撃の意図があって、首から肩へ標的は瞬時に変わってゆく。
対するルッチは
ナミが持つ
モフモフ君もまた獣人へと巨大化させた身体から、
それでもCP9のカリファは二つの同時攻撃からするりと紙のようにしてすり抜けて見せ、指を一突きからの蹴り。
麦わらたちはどう考えようとも劣勢で、暗闇の中で攻撃を繰り出せていることがそもそもにして驚嘆に値する。彼らは見聞色を駆使して戦っているわけではない。ただただ五感を総動員させて何とか戦っているに過ぎない。もしくは第六感までもを働かせているのかもしれない。
「お願い。……聞いて
ロビンが戦いに楔を打つようにして言葉を放つ。
返ってくる言葉など何もない。
辺りを覆うのは暗闇のみ。
激しい息遣い。
罵声。
怒声。
地を踏みこむ圧。
拳の連打。
蹴りの連撃。
吹き飛ばされて起こる風。
叫び。
それでもロビンは口にする。
遠い昔に彼女自身を襲った出来事を。
故郷オハラが辿り着いた成れの果てを。
ロビンの言葉に応酬するのは言葉ではない。
拳であり。
蹴りであり。
天候であり。
それらを薙ぎ倒す圧倒的な体技であり、気合であり、気配である。
それでもロビンが口を閉ざすことは無い。
そして絶望。
死にたくなる想い。
でも死ねない想い。
その狭間で無理矢理作りだす笑顔。
身につけていく打算。
覚えていく裏切り。
それでもどうしようもない孤独感。
言葉は風に乗り、闇へと溶け込んでゆく。
「だから何だ」
麦わらが初めて返す言葉を口にしながら、巨大な豹へと拳を叩き込む。
それを蹴りで相殺された上で吹き飛ばされようとも何とか立ち上がり、
「おれは……お前の過去何か……興味ねぇ」
息絶え絶えに再び言葉を放つ。
拳を繰り出すことを止めはしない。
立ち向かっていくことを止めはしない。
「お前がどうしたいんだ……。おれが知りてぇのは……それだけだ」
「一緒に行ぎだいっ!!!!!! ……でも」
麦わらとロビン、共に心と心をぶつけ合い、ロビンが口にする更なる想い。
自らを覆う闇。
その闇の深さ。
強大なる力。
それは果てまで伸び、どこまでも伸びてゆき、
最後まで叩き潰すことを止めようとはしない。
闇からは逃れられない。
強大な力には
だから自分を犠牲にする。
そうすれば守れるものがある。
「その女がどういう存在か分かっただろう。本来ならば生きていることが許されない存在だ。生きていることそのものが罪。命令がなければ俺は間違いなくその女を殺している」
ロビンの心の叫びを土足で踏み
拳が繰り出される。
それは超高速での連打。
静かなる怒りが乗り移ったかのような魂の連撃。
それは
武装色の上から相手を揺さぶる。
「闇が何だっ!! 世界が何だっ!! そんなもんおれには関係ねぇっ!!! ロビンッ!! お前がおれたちと一緒にいたいんなら、おれたちはどこまでも戦うっ!!! 闇も世界も望むところだーっ!!!!!!!!」
麦わらからの魂の言葉。
その言の葉が力を持ったかのようにして、
闇に光が灯った。
ナミが手に持つランタンは5つ。
その4つを放り投げて、
「ロビン、あんたは私たちの仲間よ」
断言する。
モフモフ君もひとつを拾い上げて、
「仲間だぞっ」
断言する。
グルまゆもひとつを拾い上げて、
「ああ、仲間だ。ロビンちゃん」
断言する。
麦わらもまたひとつを拾い上げて、
「ロビンっ!! お前はおれたちの仲間だーーーっ!!!!!!!!」
断言した。
4つの光が闇に浮かび上がる。
光は血に染まる身体も浮かび上がらせるが、
それでも闇を照らし出す。
ロビンが最後のひとつを拾い上げて、
「
魂の叫びで締め括った。
その瞬間だった。
私にはスイッチが入ったような気がしたのは。
でも確かにスイッチは存在した。
モフモフ君が何かを口にして噛み砕く音が確かに聞こえた。
ナミが
グルまゆが送ってきた視線はまるで合図のようであった。
私にも駆け抜けるべき一本道が見えたような気がして、瞬間的に私の身体は動き出していた。
広がる空間に弧を描くようにして移動する。
モフモフ君の動きを感じ取れる。
盛り上がるようにして変形した腕、その両腕を合わせて
「
カリファに向けられた一撃は
それでもその一撃の意図は別にありそうだ。
攻撃に入った角度からしてある方向へと誘導している。
ナミが持つ
それを
「黒雲から
一瞬で駆け抜けてゆく一直線の
それさえもカリファは
グルまゆは回転していた。
回転と共に彼の足は燃えていた。
それは怒り、否、摩擦。
摩擦で発熱された足は赤く
「おれの足に悪魔が乗り移ったと思え、
ルッチの顔面目掛けて炸裂する渾身の一撃。
それを武装色を
カリファとルッチの立ち位置はある1点へと引き寄せられるように収束している。
麦わらは親指を噛んでいた。
ここで私がすべきことは何か。
カリファとルッチの1点収束を完結させ、そしてその場から逃れられないようにすること。
最速の
左足を踏み込む。
抜刀。
からの
左足から
それでも構わない。
お
刹那の刻でそう思った瞬間には剣閃は二人へ向かいゆく。
「居合
人界を超えた速度で放った一撃は武装色と
合わせて切り裂いた空気が押し戻すような逆回転を引き起こし、
顕現するのは空白。
時間。
空間。
共に。
その一点にこそ勝機があって、
「骨風船」
麦わらの腕はそこだけ巨大化し、
「見ろ、この左腕は巨人族の腕」
有り得ないほどに巨大化してゆき、それはまさに巨人族のサイズにまでなり、
「
すべてを穿つようにして一直線に、すべてを
抜けていった。
ルッチとカリファは飛んだ。
間違いなく吹き飛んだ。
「ロビン、言っただろ。お前の責任はちゃんと取るって……」
そう満面の笑顔で言ったあとに麦わらは身体が縮んでしまっていた。まるで子供のように。
私は思わず吹き出してしまって、
「フフッ、あんたの船長は最高ね。……ね、言った通りでしょ。
涙を拭い続けるロビンに声を掛けていた。
そんなロビンは笑顔で。
麦わらたちも皆笑顔で。
多分私も満面の笑顔だったんだとそう思う。
****
「イトゥー会のイットー・イトゥーか。賞金稼ぎが借金取りに精を出すたあ良い世の中になったもんだ。お前らは本部にも出入りする存在。ここで一戦交えりゃ、あとあと面倒になんのは分かり切ってるが……、それでもやるってんなら、まあいいんじゃない? なぁ、氷でも拝んでくか?」
口調とは裏腹にして青雉の言葉には結構なドスが利いていた。
「冗談言うたらあきまへんな、クザンはん。わてかてあんたはんの立場と影響力は百も承知やでぇ。何でこんなとこに来たんか知りまへんけど、しゃーないわ。こら出直しやなぁ。ハット、また来るでぇ~」
ゆえにか知らないがイットーは大人しく刀を鞘へと納めてゆく。
「んでそこのスーパー美脚姉ちゃん、お前はどうする? 今晩ヒマならまだ付き合ってやってもいいが。……お前の身がもつかは保証出来ねぇぞ」
返す刀で口にした青雉の言葉はジョゼフィーヌが聞けば即抜刀しそうな下ネタ加減に満ち溢れていたが、それでもしっかりとドスは利かせていた。
「いいえ、結構よ。私たちも立場を危ぶませることまでは望んでいないわ。……まだね。ここは大人しく退散しましょう。でもあなた、そういうことはドフィの前だけでは口にしないことね。じゃないと、マリンフォードが潰されちゃうわよ」
ヴァイオレットという女もまた減らず口ではあるが、これ以上続ける意思はないようだ。
「だそうだ。ネルソン・ハット、こりゃヒマんなったな。どうだ、んじゃ寝るか?」
は? 誰が寝るかーっ!!!
と叫び出してやりたかったが、止めておいた。胸中は複雑だ。
死の一歩手前までいってやっと互角に持っていけた相手を言葉だけで、その存在だけで退ける姿を目の前で見せつけられたわけであるから。
当の本人は俺の沈黙による無視も意に介さず、さっさと体を横たえて額のアイマスクを下ろしていた。
つかみどころの無さは相変わらずで、厄介加減は正直麦わら以上だ。
助かったのも確かではあるが。
溜息を吐く代わりに辺りを見回してみる。自分で引き起こしたことではあるが、まじまじと眺めてみれば凄まじい光景ではあった。地は金色に輝いていた。
青雉はよくこんなところで寝ようなどと思えたものだ。
イットーとヴァイオレットの姿は既に無い。
現れるのも一瞬であれば去るのも一瞬。
クラハドールは倒れていた。何とか無事ではありそうだが、奴も相当に血を流しているのは間違いない。
アイスバーグが無傷なのは奇跡と言ってもいいかもしれないな。
今はチムニーが側にいて様子を見ていた。奴にはありがとうと一言感謝を告げられた。チムニーが用意していた一手に救われたのは俺たちの方だ。
「お前の覇王色マイナス、あれは紛れも無く“ベクトル”だったな。それに武装色との“コネクト”。中枢とは言えまだ前半だぜここは。末恐ろしい奴だよお前さんは」
アイマスク姿で横たわりながら言うことでは断じてないはずだが、まあいいだろう。
“コネクト”とは?
そう聞き返そうとするも、
「……そう言えばロングリングロングランドでも会ったな、末恐ろしい奴に。モンキー・D・ルフィ。向こうにいるな。……ニコ・ロビンも」
声音がどんどんと薄ら寒いものになっていく言葉が飛び出してきた。気付けば青雉はアイマスクを上げており、視線は一気に鋭いものへと変わっていた。
こいつがここへ現れた理由。
シャボンディへとやって来た理由。
それに今更ながら気付いてしまう。本命はそっちかと。
そして、チムニーがそれをだしにして青雉をここへ呼んだのもまた間違いなさそうであり……。
「それと、聞かせろ。サンファルドで何が起ころうとしてる?」
何だと?
なぜそれが今出て来る。
俺は思わず振り返りチムニーへと視線を送った。
「あなたたちはチェスが好きみたいだけど、私はね、オセロが好きなの。相手を挟み込むのが好き。で、私が思ったタイミングでひっくり返すの。それが堪らなく好き。だから悪く思わないで。ほら、さっさと
顔も向けずにそう呟くのを聞いた瞬間に悟った。
CP9の奴らが死んでほしいと口にしたことの意味を。
最も危険な相手は誰だったのかを。