ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第83話 破廉恥

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

「パウリー、一応5年の(よしみ)じゃから包み隠さず言うておいてやろう。実はルッチとカリファ、それに酒場のブルーノもワシと一緒じゃ。……取り敢えず、世話んなったのう」

 

俺の身体は怒りそのものだった。当然吐き出す葉巻の煙も盛大になる。それはカクの正面からの突撃に上手くロープで刀を掴み取ったところを避けられて外されたことへの怒りじゃねぇ。

 

俺の頭に血を上らせんのは奴が直後に口にした内容だ。

 

5年っていう月日は短いようで長ぇ。

 

俺たちは1番ドックで、ガレーラで、ウォーターセブンで、船を造ってきた。話し合ってきた。共に過ごしてきた。俺たちは家族みたいなもんだ。ひとつの家、一家としてこれからも生きていくとそう思ってた。

 

だがそれは俺だけだったってことか……。

 

タワーの目の前に俺たちはいるが、さっきまでいた人だかりは既に逃げてしまっていた。

 

「ガレーラ同士で喧嘩なんざいつものことかと思ってたが、どうやら様子が違うようだなァ。まあこうなっちまったもん、しょうがねぇだろ。それに安心しろ。お前にひとつホットな情報を教えてやらァ、今週の俺はス~~パ~~なんだぜェ」

 

「だからどうしたってんだっ、バカ野郎がぁっ!!!」

 

似合わねぇような妙に神妙な顔して喋り出したかと思えば、最後にはグラサン外してからのドヤ顔だ。バッチリ決まってやがるリーゼントが俺のイライラ具合を、まるで木釘で打ちつけて来るみたいに絶妙に刺激してくる。人の気も知らねぇで、思わず怒声と共にロープを繰り出しかけたが、

 

「集中しろっ!! 来るぞっ!!」

 

両手に持つだけでは飽き足らねぇで口にも刀を銜えてやがるそれこそ妙な剣士に諭されちまってた。

 

俺としたことが何を取り乱してんだ。

 

「ワシは早速仲間外れか、つれないもんじゃな」

 

カクが既に動き出していた。さっきの突撃のスピードは間違いない。あれは海軍で言う六式の(ソル)ってやつだろう。つまりはカクは六式を操る可能性が高い。それにあの回避、見聞色の覇気を使ってるとみて間違いなさそうだ。分が悪ぃとしか言いようがねぇが。

 

また(ソル)か。

 

直ぐにも背中のロープに手を掛けようとしたが、手拭いで緑髪を覆った剣士の方が先に動いていた。

 

いい読みだぜ。

 

流れ的に剣士が斬り込んたところを俺がロープで捕まえて、最後にフランキーというのが一番良さそうだ。

 

あの剣士分かってやがるな。3本目を口に銜えてるのを見た時にはワンペアさえ無理かと絶望しかけたが、これならスリーカードも行けるかもしれねぇ。

 

三刀流(さんとうりゅう) 刀狼(とうろう)流し!!!」

 

(ソル)のカクに正面衝突直前でバク転からの受け流し、そして斬り付け。

 

「柔らかいのう」

 

確かにな。いい腕してる。

 

少しだけ冷静さを取り戻せた気がして、隣の状況にも一瞬だけ意識を向けてみれば、向こうは2対1で相手は余裕綽々(しゃくしゃく)な様子の優男だ。傘で何が出来ん―――――――、

 

「ちィまちィまチャンバラやってんじゃねェ、(おとこ)なら拳で勝負だろうがッ! “ストロング(ライト)!!!”」

 

「ワシにはお前のどこがスーパーなのか分からんのじゃがな」

 

「おいっ!! マジかよっ!!!」

 

「てんめぇっ、ジャック揃いにキング出して来てんじゃねぇぞっ!!!」

 

このリーゼント野郎に定石が備わってると一瞬でも考えちまった俺がバカだった。

 

奴の右腕前半分が突如鎖に繋がれたまま切り離され、爆発的な風と共に飛んだ先はバク転着地直後の剣士。フランキー自身は直線上の手前に居るはずのカクを狙ったのかもしれねぇが、見聞色の覇気を操るであろうカクは既にそこにはいやしなかったのだ。

 

これでは一昨日の賭けポーカーん時と一緒じゃねぇか。負けんのはテーブルの上だけにして欲しいもんだぜっ。

 

「“ロープアクション” “ハーフノット” 」

 

フランキーの右拳直撃で海の上へと放り出されていく剣士に直ぐ様2本のロープを繰り出していく。俺のロープが見えたのか剣士は空中でも動じてないように見え、ロープが腕を掴んだ瞬間には2本の刀を背に負っていた。一瞬視線が合う。

 

ありゃぁ、反撃の構えだな。

 

あの剣士とは分かり合える気がする。横目で視線を送ったフランキーもドヤ顔を続けて寄越しているが、こいつと分かり合えてるとはつなぎのポケットに入ってる1,000ベリー札に賭けても思えねぇ。

 

「フランキー、そいつに当たらねぇのは偶然じゃねぇ。カクは先を読む力を持ってる」

 

フランキーには下手な動きをしねぇように釘を差しておき、瞬間的に2本のロープに力を伝える。

 

「“エア・ドライブ!!!”」

 

さて、新しい葉巻に火を点ける時間は――――――、

 

「な~~るほど~~、そいつは上等だなァ。ならァ、フランキ~~~、“デストロイ砲”。痛たたた!! 脱臼(だっきゅう)するからコレ嫌いだぜ。先を読めてもおれから逃れられることは出来ねェ。なぜならこいつは追跡砲弾だからなァ。――――――待てー!!!」

 

無かったな。

 

両肩を脱臼(だっきゅう)させてまで吊り上げるようにして上げてみせ、人とは言えねぇ歪な姿で追跡砲弾だと叫びながら自分でカクを追ってやがるフランキーを見て俺が思うことはひとつだ。

 

もう知らん。

 

俺がロープに伝えた引く力で一気に手拭い剣士は跳んでいる。

 

「まったく、お前たちは楽しい奴らじゃのう」

 

フランキーが地道に追いながら撃つ砲弾をカクが余裕の笑みでひらりひらりと(かわ)している。あのバカは本気も本気なんだろうが、傍から見る絵面(えづら)は実にシュールだ。

 

「虎狩り!!!」

 

空中から飛び込んでの刀3本振り下ろし。

 

だが、

 

「アウ!! そこかッ!!」

 

のそこにカクは居やしなくて、居るのは剣士じゃねぇかよっ!!!!!

 

「どこだっ!!!!!」

 

「バカ野郎がぁっ!!!!!」

 

またロープ2本で剣士を引き寄せてやろうと考えたが、俺の中に生まれた怒りはそれだけでは許さず、もうロープ2本追加でフランキーも一緒にハウスだぜ、この野郎。

 

「なぁ、こいつもう、ぶった斬っていいか?」

 

「首を縦に振ってやりてぇところだが、残念ながら俺たちが護衛しなきゃならねぇ相手はこのバカだ」

 

「バカッて言う奴がバカだぜ、このバカがッ!! おれの肩を引き千切る気かッ!!!」

 

俺がロープで身動き出来ねぇ状態にしたうえで、剣士が1本刀の剣先を首元にやっている。

 

そんな状態で動きやがったら引き千切られんのはてめぇの首だぞっ!!

 

 

 

こうなってくると、チムニーが計画を2パターン用意したのも道理だ。こいつは不確定要素過ぎる。

 

こりゃ、()()()()()()()正解だったな。

 

今回実は俺のつなぎの中には紙束が入っていた。チムニーは“設計図”を複製して俺にも持たせたわけだ。あいつは特に何も説明しなかったが、こういうことだったか。フランキー1人の手に委ねられた状態はリスクがでか過ぎるってわけだろう。俺も持っていることで流れがどう動こうともいい具合にカタを付けられそうだ。

 

最初から手札は決まってるってやつだな。チムニーのチンチクリンめ。あいつのことだ、カクたちのことも知ってたんじゃねぇかと思えてならねぇが、あいつなら悪びれも無く言いそうだぜ。

 

―――だって、よく言うでしょ。敵を(あざむ)くならまずは味方からだって――――

 

まだカリファのように破廉恥とは無縁なのがせめてもの救いだが、これで破廉恥を見せ始めたら、こりゃ本気で説教だな。

 

 

 

「お前たちはさっきからワシを差し置いて随分と楽しそうじゃのう」

 

俺の思考、そして剣士とフランキーの罵り合いに割って入って来たカクが現れた位置はフランキーの背後だった。指1本だけを伸ばした状態、つまりは指銃(シガン)で背中から一突きってわけだが、もしやこいつの背中は弱点ではなかったか。嫌なものを感じて俺も剣士も臨戦態勢に入る中、

 

「痛っでェ!!!――――――で終わると思うかい、お兄ちゃん?」

 

「そこは来ると思って鍛え直してあんのよ。“弱点(ジャック・ザ)・リッパー!!!”」

 

「くっ……」

 

入った。

 

と考える前には身体は動き出していた。何だか分からねぇが初めて俺たちが先手を取ったんだ。

 

繰り出すロープには武装色の覇気を(まと)わせていく。

 

「“ワイヤー・アクション”」

 

硬化されたロープは鉄のような硬度となり、上段から手首の捻りを加えて振り下ろせば、

 

「“破廉恥(ハレンチ)(ウィップ)”」

 

体勢を崩したカクへと(したた)かに打ちつけることに成功していた。

 

入った。

 

「いいね、兄ちゃん!! SMデビューじゃねぇかッ!!!」

 

「破廉恥だぞっ、フランキーっ!!!」

 

って破廉恥なのは俺じゃねぇかっ!!!!!! 穴があったら入りてぇ。

 

くそ、そんなこと考えてる場合じゃねぇ、カク相手にこんなチャンスは二度と来ねぇかもしれないんだ。

 

口を動かしながら、頭を回転させながらも俺は動きを止めちゃいなかった。弧を描くようにして一気に駆ける。

 

横目にフランキーとカクの動きを確認しつつ。

 

「拳で語り明かそうぜェ、フランキ~~“BOXING(ボクシング)”」

 

「チンピラが考えそうなことじゃな」

 

フランキーの拳連打が炸裂しているが、カクは防御態勢を取っている。

 

くそ、持ち直したな。いつだってフルハウスは続きゃしねぇんだ。あれは間違いなく鉄塊(テッカイ)を使ってやがるに違いない。

 

胸と膝から血が流れるのが見えるが、奴はフランキーの拳を身体全体で受け止めている。こりゃぁ、畳み掛けねぇと拙い状態になりそうだ。この一時の有利などあっという間にひっくり返されて、たちまち形勢逆転になってしまうだろう。

 

「“ワイヤー・アクション” じゃあ船大工が考えそうなことは分かってんのかぁっ!!!」

 

武装色の覇気を(まと)わせながら真横にロープを繰り出す。大量のナイフを括り付けたやつだ。

 

フランキーは左腕を構えている。

 

剣士がカクの背後に回り込んで斬り込もうとしている。ありゃぁ、一直線だな。

 

「“パイプ・ヒッチ・ナイブス!!!”」

 

「“ウェポンズ(レフト)!!!”」

 

鬼斬(おにぎ)り!!!」

 

俺たちの同時攻撃、波状攻撃。武装色を(まと)って斬り刻もうとするワイヤーからの無数のナイフ刃。渾身の砲弾。高速で駆け抜けた斬撃。

 

「遅いのう」

 

だが、カクの言葉が全てを表していた。俺たちの攻撃は当たらない。防御もされない。ただ避けられる。瞬間で。

 

そして奴の指が一閃していた。

 

指銃(シガン)穿髄(せんずい)”」

 

言葉も無くフランキーがその場に倒れ伏す。

 

瞬間で、

 

「二刀流 逆十字(ペトロス)

 

剣士もまた吹っ飛んでいった。

 

俺には見えやしなかった。いつだって次の手札が見えたためしはない。

 

俺に見聞色の覇気はまだねぇのだから。

 

瞬きしねぇうちに眼前にはカク、振り上げられた足。

 

「昨日のラムは最高じゃったな。嵐脚(ランキャク) 黒雷(こくらい)

 

咄嗟に武装色の覇気を自身に纏うも、カクの武装色かまいたちに抗うことは当然出来ず。葉巻さえ取り落として、一瞬で切り傷刻まれながら飛ばされた。

 

ラムは確かに最高だったが、嫌な事を思い出させんじゃねぇっ!! 俺はカク相手にもポーカーで勝てたためしはなかったんだ。

 

飛ばされた先の1本道上で仮面姿の群衆から心配そうに見詰められながらも、俺の頭は回転していた。最初のフランキーの反撃がなぜ効いたのか? 見聞色を突き崩せたからに他ならないだろう。無意識下だったんだろうか? そうかもしれない。とにかく俺たちの突破口はそこにしか無さそうだ。

 

何とか立ち上がって自分の手足を動かしてみれば、特に問題は無かった。向こうで剣士も立ち上がりつつある。取り敢えずは頑丈な(ほう)らしいな。

 

遠くでネルソン商会の奴と長い鼻の奴もまた見える。眺める限り奴らも劣勢なんだろう。俺たちと比べてどうかは分からねぇが。どうやら乱入者もいるらしい。タワーの上から聞きなれない声が聞こえてきてやがる。

 

って、ちょっと待て。妙な奴が更に増えていないか?

 

向こう側じゃねぇ、俺たちの近くだ。

 

そいつは女だった。

 

髪は緑色で、あのコートは、……海軍?

 

だが何よりも問題なのはスカートの丈が短いことだった。

 

足の露出は凄まじく、

 

はっきり言って、

 

破廉恥でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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