―――ワーテルローだと―――
破廉恥海兵から飛び出してきたのは忘れ去りつつあった過去を呼び覚ますには十分だったが、そこに思いを割くことを今の状況は許しちゃあくれなかった。
「アァァンッ?! どういうことだァ?! おれが持ってるもんと同じもんを持ってやがる。おれはちゃァァんと隠し持ってんぞォ!!」
フランキーがそう口にしながら己の海水パンツを引っ張って中から取り出して見せたのは紙束であり、
「バカ野郎がぁぁっ!!!!! それをさっさとしまわねぇかぁっ!!!!! 奴らに見せてどうすんだぁっ、バカがっ!!!!!」
俺は反射的に怒鳴り声をあげていた。黙ってればいいところを考え無しに思ってることを口にしやがってロープでひと思いに締めてやりたい気分だ。大事な書類をどこに仕舞ってやがるんだっつうツッコミを入れる気にもなりゃしねぇ。考え無しに賭けに勝ってる奴などいやしない。考えがあっても勝てるわけじゃねぇってのに。
フランキーがバカ丸出しでいけねぇという表情でまた紙束を己の海水パンツの中へと戻した時には遅かった。
「そういうことだっターリー?
どうやらフランキーが優男の気を惹いてしまったらしい。優男の気を惹けんのは美女だと相場は決まってるはずだが、野郎の海水パンツの中身でも気が惹けるとは世界も随分破廉恥になったもんだ。
そんな沁み
優男の動きは素早かった。いや、素早いなんてもんじゃねぇ、見えやしなかった。
「そげキング、援護しろ」
世の雑念には絡め取られてないらしい剣士は既に動き出していた。優男を相手にしていた鼻の長い男を呼んでいる。
「いいとも、わたしは援護が花道。爆発して眠るがいい。必殺!! 超・火薬星っ!!!」
頭の悪ぃやつが考えそうなネーミングセンスだが、巨大パチンコから放たれた弾はしっかりと優男が移動する未来位置目掛けて飛んで轟音と共に爆発。もちろん優男は難なくそれを避けてやがるが避けた先には、
「三刀流、
刀3本平行に構えた体勢からの優男の懐一直線、首筋に強烈な斬撃が待ってる。それでも優男は、
「世界は廻る。故にみな傘を愛しターリ。共に廻れ、
剣士の持つ剣先が首筋を捉える前に傘を開いてそれを回していた。回すことで引き起こされるのは有り得ねぇことに竜巻の旋風そのもので爆風かと見紛うほどの激烈な力で剣士は吹っ飛ぶ。
「ゾロ君っ!!!!!」
長い鼻の男の悲痛な叫びが漏れ聞こえてくるが、
「オウ、オウ、兄ちゃんたち!! おれァ、守られんのは性分じゃねェんだ。裏町何年仕切ってきたと思ってやがる。フランキー―――――――」
フランキーの先を考えて無さそうな動きには、
「てめぇはバカ言ってねぇであの剣士をここへ連れ戻してこい」
釘を差してやり、今にも右拳を飛ばそうとしていた方向を180度変えてやる。その伸びる拳で背後に吹っ飛んだ剣士を連れ戻せってわけだ。その間に俺は、
「“ワイヤーアクション”」
2本のロープを武装色にて硬化させてゆき、
「“シザース・タウト・ロード”」
両腕で捻りを加えてからの振り下ろし、それは途中で交差して一直線に相手へと向かっていく突き。だが突きのその先に奴はもういねぇ。
俺が空中へと跳び上がったその目の前に既に居て、
「雨は上がっターリて、
振り仰いだ右手の先から突如として持ち手を先端にして傘が現れ、扉をノックするが如く打ち据えられてきた。
防御してる時間は無かった。それは俺の人生の中でも最高にランクインして来そうな挨拶だった。最後の最後で有り金全部を注ぎ込んで掠りもせずにきれいさっぱり負けた時に掛けられる言葉みてぇに俺の身体の髄へと叩き込まれた一撃だった。
俺は感覚を抉られながら吹っ飛んだが意識の端の端で何とかロープを繰り出していて、一本道の欄干を掴むことには成功していた。それが出来なけりゃぁ、俺は海に突き落とされていたところだ。
霞む意識の中で必死にロープを手繰り寄せることで何とか元の場所へと戻りゆく。
「ねぇ、あなたも傘屋さんと遊んでないでこっちへ来たらどう? これ、取り戻したいでしょう? それとも変態さんが持ってるから十分なの?」
タワー屋上の縁に腰掛けてこれ見よがしに投げ出すようにして生足を組んでいる女に言ってやるべきことはひとつだ。
「破廉恥やってねぇで、さっさとその足を隠さねぇかぁっ!!!」
何つう破廉恥な女だ。お陰で痛みも吹き飛びそうだぜ。
「フフフ、ほんとはずっと眺めていたいくせに……。あなたのこと少しだけ知ってるわよ。私は情報に精通してるつもりだから。あなたにもあるわよね
瞬間、俺のこめかみを冷や汗が滴り落ちていくのが感じ取れる。
この女は俺の一体何を掴んでる? 俺の過去、とっくの昔に忘れ去ったはずのもんを知ってやがるってのか??
「ダメ。反応が分かりやすくて興醒めよ。だからいつもあなたはカードで負けるのね」
そう事も無げに言い終えて生足を組み替えてゆく破廉恥女が
「うるせぇっ!! 余計なお世話だっ!!! 破廉恥女めっ!!!!」
ガキみたいに叫んでいた。
「良い情報ですね。あなたにもミドルネームがあっターリとは……」
優男にはふむふむと頷かれながら眺められる始末だ。さっきの挨拶をさっさと倍返ししてやりたいところだが、
「てめぇがかなりやべー奴だってことは分かった。だがそれでもおれは
それは剣士の方が先だった。手拭いの下の両目は殺気に満ち溢れてやがる。刀3本は既に臨戦態勢そのもの。
そこからの攻防は凄まじかった。俺はただそれを見ていることしか出来なかった。
飛ぶ斬撃。傘1本で受け止めての一閃。
突きの一撃。傘を開いてみせての躱し。
だが攻防は直ぐにも防戦一方へと変わった。
優男が繰り出す傘は重く、鋭い。一瞬で反転した勢いは
だがそれでも俺はその戦いの
瞬間、俺は己の目を疑った。
一瞬、ほんの一瞬だけ剣士が3面6手に見えた。
いや、見間違いなんかじゃねぇ。
「極みの先にも道はある。
気合と気迫で顕現させる姿がそこには確かにあった。
「苦難上等、好むものなり修羅の道。……“阿修羅” “
それは瞬間で霧と化したように見える斬撃の嵐。
仏の姿を見たこたぁねぇがそれは微動だにしねぇで鎮座する姿そのもの。
「ブラ~ボ~!! 極楽浄土が見えターリー!!! ……ただ、傘の前では修羅も朽ちターリ、この世のすべては傘の前にひれ伏しターリて、
それでも優男は霧の斬撃そのすべてを受け止めてなお、余裕の笑みを見せ、速射の如き傘の一撃を繰り出す。
それは空間に歪みをもたらすような一撃。離れた俺までもがその重みと向き合わざるを得なくなるほどの衝撃。
迸る武装色。流れ、集まり、一点で穿つ
剣士は瞬間で吹き飛ぶわけじゃねぇ。ただその場で
「ゾォロォォォーーーーッッ!!!!!!!!」
すべてをかなぐり捨てる勢いで飛び出してきた長鼻の男の姿が何もかもを物語っていた。
「おいっ!! おいっ!!! 大丈夫かっ!!!!」
腹を抉られ全くと言っていいほどぴくりともしない剣士を何とか揺り動かしてみるしか出来そうなことはない。
「兄ちゃん、タンマだ」
この世の終わりみてぇなこの場に相応しくも厳かに言葉を紡いだフランキーは手に紙束を持って掲げていた。
「おめェがとんでもねェのはよォォく分かった。事ここに至ッチャァ、もうどうしようもねェ。この紙切れはおれたちの手に掛かりゃァ、世界を潰す代物を生み出せる。それがこことあそこにある。でもよォ、こいつはァ、世界を潰すために残されたわけじゃねェ。世界を守るために残されたはずだァ。だからこいつはもう存在しちゃァならねェ」
瞬間、フランキーの手にある紙束は奴の口から放たれた火炎によって一気に燃え、灰となって消え去ってゆく。
そんなことなど関係ねぇとばかりに剣士を呼び続ける長い鼻の男。
だが俺にはその叫び声は聞こえやしない。ただ目の前の光景へと意識が吸い寄せられる。
おい、おいおいおい、何を……。 いや待て……。
「ターリー!!! これはこれは、してやられましターリー?!」
優男の反応は耳に入っているが、それが俺の思考を邪魔してくることは無い。冷静になった俺の頭は思考を続けたまま己の耳を剣士の胸元に当てながらも回転する。
「動いてるぞっ!!」
「だろうな。見せてみろ俺は医者だ」
背後からの声はワーテルローの男のものだった。
破廉恥女から紙束を取り戻すべく立ち向かっていたはずだが、剣士の様子を見て飛んできたらしい。
突っ伏す剣士の全身を素早く確認して、凄惨極まる状態の腹を手際良く止血してゆく。
「ひとまず、これで大丈夫だ。そげ屋、ここをしっかり抑えとけ」
「聞いてくれ。設計図はもうあのひとつだ。だが考えてみりゃそっちの方が都合が良い。優男はこうなりゃ手を出せねぇようだしな。戦力を分散せずに済む」
「ああ俺もそう思ってたところだ」
ワーテルローの男の不敵に見える笑みが見えて俺の決心も固まり、あれから終ぞ口にしてはこなかった言葉と名前を口にする。
「……明けない夜はねぇ。俺の名はロングウッド・E・パウリー。EはエヴァンゲリストのE、つまりは伝道師だ。俺の家は代々プラバータムを教え説いてきたらしい。俺自身は船大工だけどな。だが血は争えねぇようだ。俺の先祖たちはお前の名を待ってたよ。トラファルガー・D・ワーテルロー」
俺の決意の口上に対しても奴の笑みが消えることは無く、
「ああ、俺も探してた。Eのミドルネームはな」
望む答えがちゃんと返ってきた。
太陽は沈もうとする時間だが、まあいい。
夜明けへとひっくり返す時間だ。