さっきまで辺りを包み込むようにして存在していた春島特有の柔らかな陽気は降り注ぐ雨によって逃げるように去ろうとしていた。
雨は服を濡らし、忍び寄るようにして肌寒さを
「てめぇらが何を聞いちまったのか、そんなことはもうどうでもいい。聞いちまった以上は生かしてここから出すわけにはいかねぇなぁ。そうだろ? Zの副官さんよぉ」
「ええ、もちろん。先生のため、死んでもらう」
何とかしてこの場を切り抜けないといけない。
サングラスとあの嫌らしい笑みを顔に張り付けたジョーカーからの魔の手を振り払わなければならない。アインっていう青髪の
この場が危険極まりない状況にあることは間違いなくて、もたげてくる不安感が私の心をどうしようもなく弱気に支配しようと襲い掛かってくる。
「さっきまでこそこそ内緒話していたくせに。素晴らしい開き直り具合ね、唖然とするわ、ヒナ唖然。私たちは逃げも隠れもしないわよ。あなたたちと違って……」
そんな私の心に気付いていると言うかのように、悠然とタバコを吹かしながらヒナさんがそう口にした。最後には口角を上げて私に目配せを送ってくれた。
それはまるで弱気の虫に支配されてしまいそうな私を叱咤激励するかのような眼差し。
そうよね、はったりでもいい。ここを切り抜けるためにこそ心は強気じゃないといけないんだわ。
「……はっきり確認しておきたいの。ジョーカー、お前はZと手を組もうとしている。そう聞こえたわ。確認したいのは手を組んで何をしようとしているのか」
自分の心に活を入れ直した私は思い切って疑問をぶつけてみることにする。これはヒナさんも確認したいことのはず。
「フフフフフッフッフッ、俺をその名で呼ぶのか……。まあいいだろう。教えてやってもいいが、俺よりこの女の方が詳しいだろうなぁ」
私の質問に対してジョーカーは答えをはぐらかし、嫌らしい笑みを浮かべたまま隣の青髪女性に話を振った。
「……言うわけないじゃない」
「だそうだ。悪ぃがな」
青髪女性は無表情を変えることなく素気ない答えを寄越し、ジョーカーは欠片も思ってい無さそうな言葉を口にする。
「決戦の場はサン・ファルド。火拳を使って戦争を起こそうとしている。それは世界を揺るがす大戦争で、海軍と白ひげを引き摺もうとしてるのよね。海軍にしてみれば相手は四皇と元大将よ。当然七武海にも召集が掛かるはず。そこであなたがもし反旗を翻したとしたら……。海軍の敗北も有り得る。世界がひっくり返りかねないわ」
「フッフッフッフッフッ、これだから海軍の情報部ってのは油断ならねぇなぁ。どこから嗅ぎ付けやがったのか知らねぇが、安心しろ。火拳が政府の手に落ちた時点で世界はひっくり返ってる。時代はうねり始めてんだ。そうなっちまったからには誰にも止められねぇ。うねり始めたもんは加速させてやるのが人の道ってもんだろ?!」
ヒナさんはやっぱり多くを知っている。
ジョーカーの笑みが更に凄味を増してきている。
「おれも確認しておきたい。アイン、Zは……、ゼファーはどこにいる?」
今までやり取りを傍観していたらしいサボと呼ばれる人が割って入ってきた。その真剣な眼差しと声音にはさっきまでの物腰柔らかな雰囲気は一切無い。
「……訂正して。Z
「もう止められないのか? 戻ることは出来ないのか?」
アインと呼ばれる人の取りつく島も無いような返事にも何とかしてサボと呼ばれる人は追い縋ろうとするも、
「ダメ。私たちは進むだけ」
答えが変わることは無い。
「……そうか。だったらおれはお前を止めるしかない」
行き着くところはやっぱり最初から決まっているみたいで。二人は無言でただ向かい合う。
でも、
「ダメですよ、サボさん。まさか、こんなキレイなお姉さんと戦おうとしてませんよね? それは僕が許しません。もし戦うと言うのなら、戦う理由を1万字以上で文書にして貰わないと納得出来ません。いや、文書にして貰ったとしても納得は出来ませんが。とにかく、ダメです」
二人の睨み合いを両手掲げて割って入るカール君はどこまでもブレてなくて。
二人とも一瞬呆然としてる。
アインって人は何この子って表情で、サボって人は額に手を当てて困ってる。
私はと言えば、この子が邪魔してごめんなさいと保護者的目線でカール君連れて退散してしまいたい思いと、
こんな時でも一切ブレることなく自分を貫き通せるカール君がとても眩しいような存在に思えて自分のブレブレな小ささに自己嫌悪に陥ってちょっとだけ凹んでしまいそうなちょっと複雑な気分だ。
それでもカール君はとにかく強くて、
「何ぼーっとしてるんですか、サボさん。ダメなんですから。はい、戦うと言うんならサボさんの相手はあのおっかない糸のおじさんです。このままじゃビビ会計士補佐やこっちのキレイなお姉さんが戦う破目になっちゃうんですよ。それは男子としてやってはいけないことなんですから、はいサボさんはこっち」
突っ立ったままでいるサボって人を無理矢理引っ張って私たちの前に連れて来た。どうやらジョーカーの相手を私たちにさせたくないみたい。
「フフフ、やっぱり面白い子ね。可笑しくて笑ってしまうわ、ヒナ爆笑。ビビ、折角こう言ってくれてるんだから、お言葉に甘えましょう。私たちの相手はあっちの二人。あなたはどっちにする?」
ほんとに可笑しそうに笑いながらヒナさんは私に近付いて来て、指差す相手の二人はアインって人とさっきからずっとモサモサ言ってる人。
どっちって、どっちだろう?
結局私が戦いの相手に選んだのは青髪の女性だった。
ヒナさんからもサボって人からも戦うに当たって注意は受けている。相手が能力者だと。能力はモドモドの
もう、そんなこと考えてる場合じゃないわ。更にもう1回受けてしまったら私消されてしまうんだから。
というわけで、ヒナさんの相手はあのモサモサ言ってた人で、サボって人とカール君はジョーカーと対してる。あれだけブレずに強気だったカール君もいざジョーカーを目の前にしてみるとすごい怖いみたいで泣きそうな顔になってたのが、本人には悪いけれど私は思わず笑ってしまった。直ぐに心配になってしまったけれど。今でも心配で仕方がないけど、今は目の前の青髪女性を何とかするしか道はない。
雨は降り止むことなく私の肩を濡らし続けている。
でもそれでも、やるしかない。
心配そうにしてこちらを見詰めてくるカルーに対して、両拳を握って見せて大丈夫とアピールしてみる。
モシモシの
「あなたには悪いけど、負ける気はしない」
聞き捨てならない科白を口にして青髪女性は動き出した。
両手に拳銃を構えたスタイル。つまりは2丁拳銃。
間合いを一気に詰めるように駆けだして、
左……。
相手の予備動作が生み出す音をしっかり拾って逸早く黒い拳銃からの発砲を予測した私も動き出す。
右に横転して一瞬早く弾を避けることに成功。
右……。
更なる音の連なりが右手に構える赤い拳銃からの発砲を予測して左に横転して避けきることに成功する。
相手の音を正確に拾い上げられる以上は攻撃をまともに受けることは無い。今のところは。
「甘かったかしら。見聞色を使えるとは思わなかったわ」
特に表情を変えることも無く呟かれる言葉。ただ真実を打ち明ける気はない私は、
「まさか。ギリギリ紙一重で避けきってるだけ」
何とか精一杯避けてる風を装ってみる。あたふた感を演出出来ているといいけど。
モドモドの
「そう……」
同時……。
瞬時に私のスピードでは避けきれないと悟り、跳び上がってカルーの背へ。初速からトップスピードに持っていけるカルーの力を借りて何とか避けきるけれど……。
手の動き……。もしかして……。
「ビビッ!!!!!!」
ヒナさんの叫び声。
「カルーッ!!! ジグザグッ!!!!!!」
「クエエエーッッ!!!!!!」
「モドモド……」
淡いピンク色の光を宿した左手。
咄嗟に背筋を凍りつかせるような殺気を感じた様な気がして、咄嗟にカルーにジグザグで回避するように伝える。
放たれるピンク色の光、一直線は直ぐ様放たれるけれど、
カルーのジグザグの動きはトップスピードを保ったままであり、何とか紙一重で避けきることに成功した。
でも、
やられてばかりじゃどうしようもない。
反撃に出ないと。
取り出すのは孔雀の
右手小指に嵌めて一気に繰り出すは、
「
刃の連なりで一気に切り裂く。
でも相手の回避が一瞬、いいえ二つか三つ分早い。見聞色か……。
やっぱりこれで行くしかない。
「カルー、近付いてちょうだい」
カルーに相手との間合いを詰めるように伝え、モドモドの反復を避けきりながら近付いていく。
カルーがいてこそ出来る接近。でも最後は自分で何とかするしかない。
砂の王国アラバスタ、4000年の歴史を持つ体術、“
砂と渇きと共に生きてきたからこその術。水分は体内で意識的に運ぶことが出来る。
そして運ばれた水分は、一点に凝縮した水分はそこに爆発的な力をもたらす。
でも私に出来るだろうか?
いいえ、出来るか出来ないかではない。
やるしかないのだ。
最後の間合いには自分の体を投げ出してゆく。
「逃げてばっかりだったのに。どうしようって言うの?」
相手の声音にあるのは余裕。
「
動き自体は完全に読まれている。
でも、
その真意にまでは気付かれていない。
いく。
そのまま。
運ぶ。
すべてを運ぶ。
その先は右の掌。
「
それでもいく。
掌はそのまま相手の胸へ。
圧し潰す。
「
凝縮された水分が生み出すのは相手の体内への浸透圧。
自分の濃度を下げて、
濃度の高い相手へ一気に解き放つ。
体の髄へ到達する一撃。
いった。
祖国に感謝した。
ペル。
チャカ。
見えないだろうけど。
よく見てて。
私、
今日、
やってやるわ。