ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第8話 勝負どころ

北の海(ノースブルー)” ジェットランド島 元フレバンス王国 珀鉛(はくえん)鉱山

 

 

 

 

 馬車は跳ぶように走り抜けている。砂利道の間を砂煙をあげんばかりに。とはいえ砂利でさえ白いので、煙が上がることはないかもしれない。この珀鉛(はくえん)の持つ性質はよくわからない。全てを白で覆い尽くそうとする力は一体何なのか。

 

 

 俺たちは今、珀鉛(はくえん)鉱山の構内に入っている。二重の鉄条網の内側に。だが構内は警報音が鳴り響いている。

 

 道程は順調であった。

 ダーニッヒを出発して東に真っすぐ街道を進み、フレバンスを囲むように聳えている防御壁にたどりついた。

 

 そこで一旦息をひそめるようにして待機し、警備の者がいないかどうかをしばらく確認した。

 

 しかし警備の人間がいるにしても防御壁には近付こうともしていない気配が感じ取れ、問題ないと判断して、防御壁をダイナマイトで爆破して無理やりフレバンスに入り込んだ。

 

 純白に包まれた廃墟と残骸の世界を駆け抜け、珀鉛(はくえん)鉱山を目前にしたところで、小電伝虫(こでんでんむし)に連絡が入ってきた。

 

連絡はローからであった。連絡が少し遅くなりそうなのはわかっていた。おそらく寄り道をしていたのであろう。ジョゼフィーヌも出発直前にそうなるだろうと言っていた。

 

 ローの声音は緊迫していた。内容はこうだ。

 

 侵入がばれたから、すぐに陽動に入るので急いでくれと。

 

 まあそれは問題ない。時間が早いか遅いかの違いでしかない。

 

 俺たちの相手はどうやら政府の闇組織“ヒガシインドガイシャ”らしい。

 

 そうきたか。やばい相手だが興味を掻き立てられる。

 

 珀鉛(はくえん)の持つ意味は政府の五老星(ごろうせい)が求める不老不死らしい。

 

 そういうことか。面白いじゃないか。

 

 国ひとつ滅亡させた珀鉛(はくえん)が不老不死の力を持っているかもしれない。過去にいくつもある都市伝説の一つという可能性もあるが、政府が無駄なことをするわけはない。奴らは効率性で動く。珀鉛(はくえん)が不老不死につながる手応えがあるんだろう。何にせよ大きな意味がありそうだ。

 

 そして、

 

ベルガーが珀鉛(はくえん)の輸送に絡んでいたかもしれない。

 

 そのことで父は政府に粛清されたかもしれない。心をえぐられるでかい問題だ。

 

 父の死の真相を知ることは、偉大なる航路(グランドライン)に行く隠れた目的でもある。薄々そんな可能性を考えてはいた。だが、いざ本当にそうだとすると心を引き裂かれるものがある。ジョゼフィーヌは大丈夫だろうか。

 

 それに、父が珀鉛(はくえん)に絡んでいたかもしれないとなれば、ローはどう思うだろうか? あいつはもう自分の中で、フレバンスでの事にきっちりと落とし前をつけられているだろうか?

 

 考えるべきことが多すぎるな……。

 

 とにかく俺たちは、珀鉛(はくえん)鉱山の入り口詰所を手榴弾で突破して、今は鉱山に向けて疾走している。

 

 

 右奥でひときわ大きな騒ぎが起こっていることがわかる。ローたちがしっかりと警備兵たちを引きつけてくれているようだ。

 

 目前には鉱山への掘られた穴が見られ、中から労働者、おそらく奴隷が少人数の警備兵と共に右往左往しながら出てきている。右手前に詰所らしき小屋、左手前に珀鉛(はくえん)の一時保管庫らしき建物と数台の馬車が馬車寄せに止まっている。

 

 己の思考から幌馬車内の様子に頭を向けると、べポも起きてリュックを背負い、カールに正装をチェックしてもらっている。手綱を握る船員も準備は大丈夫なようだ。馬車を動かしながらも、目にする警備兵たちに手榴弾を投げつけている。

 

 俺たちは爆炎と悲鳴の中を駆け抜けている。

 

「おまえたち!! ……ここが勝負どころだ。手筈を再度確認する。べポと2人は珀鉛(はくえん)積み込み準備、カールとあとの2人は俺と鉱山の中に入って爆破に取りかかる」

 

 大声で皆の士気を高める。

 

 アイアイ、ボス! であったり、総帥! 了解しました! であったり、皆の威勢のよい返事が返ってくる。心の中で言い聞かせる。

 

 心は熱く、頭はクールに。

 

 高まる緊張感と言い知れぬ高揚感。馬車は高速で左に旋回し、馬車寄せに急停車する。

 

「行くぞっ!!!」

 

 俺たちは各々仕事に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 鉱山内部は白い煌めきが感じられる。

 

 掘り出し作業をしていた奴隷たちが逃げ去った坑道を中に入っていった俺たちは左に湾曲しながら伸びる白で囲まれた道を、等間隔で天井付近に設置されたランタンを頼りに進み、そばを通るトロッコの線路が途絶えるその先まで入り込んで、ようやく最奥までたどり着く。

 

 船員二人がカールの指示の下、背に担いだバッグの中から複数のダイナマイトと雷管、T字形をした発電装置、起爆装置である小さな小箱を取り出し、手分けしてダイナマイトを設置していく。そして、雷管をつなぎながら来た道を戻っていく。

 

 カールの手先の器用さ、物を作ることに対しての興味に気付きだしたのはこいつが10歳の頃だ。その頃から爆弾や武器に興味を示し、ジョゼフィーヌにねだっては難しい本を読んで知識を得て、何やらよくわからないものを作っていた。こいつもそろそろ一端の船員になりつつある。将来が楽しみな奴である。

 

 カールは一番手前で、発電装置と起爆装置を雷管でつなげている。坑道の両側から雷管を手繰りながら船員二人がやってきている。白く透き通ったような坑道をランタンのオレンジの灯りが照らしており、煌めいている。

 

 

 人生において何も問題なくうまくいくことなど有り得ない。楽あれば苦あり。

 

 そろそろ苦の始まりか……。

 

 背後よりひとつの気配が感じられる。

 

 ゆっくりと背後を振り返ってみる。

 

 ランタンに照らし出され、坑道の湾曲するカーブの向こう側から近付いて来る影が、白い壁面に映っている。足音が近づいて来ている。

 

「ここで……、何をしてるんだい? お前たち」

 

 そう言って現れたのは紫色の髪を後ろで束ね、海軍の真っ白な正義のコートを羽織りながらも、頭には真中に掌のマークが入っている帽子をかぶった老婆であった。顔には年齢からくる深い皺が刻まれているが、眼光は鋭く、こちらを睨みつけるような表情には力が感じられる。

 

「そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ。誰かお偉いさんがね。でもあんたとはね……。あんた海兵だろ? でもその帽子被ってるところ見ると、あんたが話に聞いた総督さんなのか? おつる海軍中将」

 

 そう言いながら、俺は煙草を取り出して火を点ける。

 

 目の前にいるのは、まぎれもなく海軍本部中将のおつるである。

 

 どういうことだ? 海兵にして政府の闇組織……。一体……。

 

 うしろでは船員が予想だにしない者の登場に仰天している。手だけで合図を出して、作業を続けるように伝える。

 

「もう知られてしまったものはしょうがないね。私も忙しいのさ。海兵やりながら“ヒガシインドガイシャ”で特務総督をやっていてね。上の命令は聞かないといけないものさ。おまえはネルソン商会のネルソン・ハットだね」

 

「それに、……おまえの父親を知っていたよ、ネルソン・ハット。ネルソン・ボナパルトがなぜ死んだのかは知らないがね。私は特に興味はなかったんでね。それにしても、行儀の悪い子だねぇ。」

 

 まあ、そうだろうとも。あんたが現れて、無性に煙草が欲しくなったんだよ。痛いところを突っついてくれるじゃないか。死んだ理由を本当に知らないのかどうかはさておいてな。

 

「さすがだな。それにしても兼任とは、……宮仕えは大変だな」

 

 おつる中将の言葉にうなずきながら答えてやる。

 

 海軍本部の大参謀相手では素性を知られているのは仕方がないことか。だが海軍本部中将が政府の闇組織のトップを兼任しているとはね。

 

「そうでもないさ。おまえたちはおもての商売をしていた筈だが……、政府に喧嘩を売るような真似をして、海賊にでも鞍替えしようっていうのかい?」

 

 おつる中将がそう問うてくる。

 

「いーや、俺たちはあくまでビジネスがしたいだけさ。俺たちを知っているっていうのは光栄なことだと思うけどね。あまり嬉しいことではないな」

 

「ビジネス……? どうやら、うしろの坊やたちは何やら悪いことをしているようだが?」

 

 そう言って、おつる中将はうしろの船員とカールを指さしている。

 

「そうかい? だったらどうする?」

 

 俺はそう言いながら、うっすらと笑みを浮かべ聞き返してやる。

 

「私はわるい子は嫌いじゃあないよ。いい子にしてやれるからねぇ」

 

 おつる中将はゆっくりとそう言い終えて、一歩前に踏み出すと、両腕を水平に広げてくる。

 

 ウォシュウォシュの実、洗濯人間。多分、覇気使いでもあるな。

 

 さあて、切り抜けられるかな。

 

 そう思いながら、俺も覇気を纏う。

 

まる洗い(サークル・ウォッシュ)

 

 突然目の前に現れる膜で、丸く囲み包まれるようにして洗われる俺。目の前のおつる中将がゆらゆら揺れて見える。だが、覇気を纏う体がそれによって洗い清められることはない。

 

「覇気使いか。驚いたね……」

 

 少しも驚いた様子は見せてないが、次の瞬間、

 

 

おつる中将の姿が消える。気配と共に……。

 

 

 今朝のロッコが最後に口にした言葉が甦ってくる。

 

 覇気のもう一段階上の領域、“王気(おうき)”。

 

 見聞色マイナスか……、気配を消す“縮地(しゅくち)”のもう一段階上、見聞色の王気マイナス“無地(むち)”の領域。

 

 

 姿は見えないが、攻撃されることを考えて動き出す。

 

 咄嗟に手を広げながら、体を黄金へと変化させる。見る見るうちに金色に光りだす己の腕を、腹を、足を感じながら、黄金を分子レベルでイメージさせて、手近の珀鉛(はくえん)に触れて、それを取りこみ自らの体を珀鉛(はくえん)との合金へと変化させて、体の硬度をさらに上げる。そこに覇気を纏う。

 

 これはあとでローにオペをしてもらう必要があるな……。

 

「ブラック・珀金壁(プラチナムウォール)

 

 さあ、どこから現れる?

 

浄化滝(パージ・フォールズ)

 

 その声と共に、上から滝のように流れてくる膜。おつる中将は何とか俺をいい子にしたいらしい。

 

 だが、声を発したなら、気配はおぼろげにも感じられる。

 

「ゴールドフィンガー」

 

 俺は右手人差し指と中指を黄金化して、一瞬感じた気配の先へ突き刺していた。

 

 指銃(シガン)によって。海兵の体技は便利だ。

 

 押し殺した声と共におつる中将の姿が上方至近距離に姿を現して、その場に倒れる。

 

「覇気使いで……、能力者ってわけかい? わるい子だねぇ……」

 

 体の角度を90度ずらして、背後を取られないようにしながら、カールたちの状況を確認する。

 

 カールと船員二人は親指を立てて合図を出し、こちらへ向かってきている。カールはたっぷりと長い雷管をつけた起爆装置の小箱を抱えている。準備完了のようである。

 

 おつる中将はまだ立ち上がれていない。

 

 あんたは見聞色の王気(おうき)のようだが、それを言ったら俺も武装色で王気(おうき)の領域に入りつつあるとも。少しは効いたようだな。

 

 カールたちが俺の横を走り抜けてトロッコに飛び乗る。

 

 立ち上がろうとするおつる中将。

 

 跳躍してうしろに跳びながら、背面から連発銃を取り出して、銃弾を放つ。

 

 まあ読まれているだろうが、牽制して時間が稼げればいい。

 

 トロッコのストッパーを外して、飛び乗る。

 

 動き出すトロッコ……、カールに合図する。

 

 起爆装置のスイッチを入れるカール。

 

 トロッコはカーブを高速で曲がっていく、その瞬間……。

 

 後方で起こる爆音、高速で迫りくる炎と黒煙。

 

 

 何とか切り抜けたな。まあ、あれであの中将がくたばるとも思えないが、少しは時間がありそうだ。俺たちは坑道をトロッコで疾走しながら、外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 さあ、脱出だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

フレバンス編もようやく終わりを迎えつつあります。

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