ビビが最後に放った一撃。
それは言葉通りに一撃で、けれどもただの一撃では決してなくて。私でさえ危うく意識を持っていかれそうになったくらいであるからしてそれは覇王色の
私は思わず目を疑ってしまったし、今も信じられない思いでいる。
「フフ……フッフッフッフッ!!! ネフェルタリの血は争えねェな。……そんなに大事か、ローが? だったら精々足掻いてみるがいい。最近のガキどもはどいつもこいつも生意気でどうしようもねェ。
それでも私の驚きを余所にしてドフラミンゴの言葉は続き、本人はそのまま消えてゆく。同時に湧き起こる突風のような風、大粒に変わる雨脚。
覇王色の
でもそれは荒々しくも脆い諸刃の剣。怒り、憎しみ、強く込み上げた気持ちが迸った意識の外で起こったものであるはず。そんな状態で力が残っているのかどうか。心配でならない。ヒナ心配……。
本人はこの場から消え去ろうともその分身体は残っているのだ。しかもあれを操っているのが本人であることは間違いない。
「ローさんを殺させはしないッ!!!!! 絶対にッ!!!!! やってやるわよッ!!!!!!!」
震える肩。……ダメッ!! 怒りと憎しみに我を忘れてはいないか。それこそ相手の思う壺なのだ。
「ビビッ!!!!」
あの子の動きは止まらない。振りかぶる孔雀の刃。声ではダメ、体で落ち着かせる必要がある。
だというのに私に向かって来る相手が居る。ドフラミンゴの分身体による糸で操られる相手は巨体。手配書でちらと見たことがある。最新の額は確か億を超えていたはず。
とはいえ時間を掛けていい相手ではない。奥に控える分身体をどうにかしないといけないのだから。ビビを守らないといけないのだから。
ゆえに私は
いいえ、違う。
動に対するは静。煽られているからこそ動いてはならない。私こそ冷徹に見る必要がある。
瞳を閉じる。感じるのは髪を濡らす無数の雨滴。
肺に取り込まれてゆくタバコの香り。
コート越しに背中を流れる数々の滴。
革靴の爪先を打つ一滴。
考えるのではない、感じるの。
指先の動き。紡ぎだされる糸。絡み合い、衝き進む。
足さばき、息遣い、ヌンチャクを持つ両腕。
見聞色で見極めるべきは巨体の動きとドフラミンゴの右手の指の動き。二つは確かに連動している。指先が曲がり、動く……。
オリオリの真髄はここにあるかもしれない。静からの動。その一点にすべてを懸ける。
瞳を開いて見据える相手は眼前。
上等よ、ヒナ上等。
「海兵の方、すまんが吹き飛んでくれ」
振りかぶるヌンチャク。横薙ぎで押し寄せるパワー。
その動きが終わる一瞬前、逆立ちから宙へ跳ぶ。体を反らせ、楕円を描くように。
流れ往くままに、しなやかに。でも、
「“インテンシティー” レベル “バンタム”!!!」
ヌンチャクは離れてパワーそのままに海へと飛んでゆく。着地しながら背後で体勢を崩す巨体の動きを捉えつつ、絡みつこうとする糸の動きにも気は許さない。
手を地に付けて腰を落とし、一気に回し蹴り上げる。
「
それはうねりを引き起こすような蹴りの鎌風。切り裂く風は糸の侵入を許さず。
畳み掛けるべく跳躍。抗い、もがく巨体が行き着く先は体当たり。
「もう最後まで往くしかあるまい、海兵の方」
「それはお互いさまじゃなくて? 私の体を通り過ぎる全ての物は
終了。ひとまずは。でもビビは? まだ大丈夫……。
巨体をクッション代わりにして、間髪を入れずに方向転換。
「あなたには悪いけど……」
****
自分が何をしたのかよく分かってはいなかった。
分かっているのはひとつの思いだけだった。ローさんを死なせるわけにはいかない。ただそれだけ。
だからこそ、ジョーカー本人が最後に残していった言葉は私に突き刺さった。
私の中で動き出す、湧き上がる、迸る、何かがあった。
もう何も聞こえなかった。いいえ違う。聞こえている声はある。それは内なる声。
ローさんを死なせるわけにはいかない。ローさんを殺させはしない。
憎い……。憎い。憎い。あいつが憎いッ!!!アラバスタだって、あいつさえいなければ平和に戻れたのにッ!!!!
分かっていることはただそれだけッ!!!!!!!!
「ローさんを殺させはしないッ!!!!! 絶対にッ!!!!! やってやるわよッ!!!!!!!」
直ぐにも孔雀の刃を構えて、カルーに前進するよう背を叩く。
動かない。こちらを見上げてくるカルー。
なんでよ?
「カルー、分かった。私ひとりで行くわッ!!!」
叫びながら跳び下りていた。最後にカール君の腕の感触を背中に感じた様な気もするが知らない。
私は孔雀の刃を引き絞り、走り出していた。
私には向こうにいるあいつのことしか見えてはいなかった。その嫌らしく上がる口角を潰してやることしか眼中には無かった。
死ねばいい。あいつが死ねばいい。
「
あいつさえ死ねばいい。
「スラ―――――――」
あとは一気に放すだけだった孔雀の刃を持つ手を握って、私の前に飛び込んで来た誰か。
「ビビ、……いいのよ。いいの。……泣いていいの。まずは泣いていいのよ」
ヒナさんだった。どこまでも優しいその言葉は私の奥底へ一瞬にして深く突き刺さった。
私にはもう何が何だか分からなかった。滝のように、激流のようにして私の中をあらゆる感情が一気に流れ出しているようだった。
感じるのはヒナさんの胸の温もり。それはとてもとても温かかった。ようやくにして自分が雨に打たれていたことを、自分の体が冷え切っていることに気付かされた。
私は泣いた。涙が止まることは無かった。
ローさんには死んで欲しくない。ローさんの思い。ジョーカーへの思い。大切だった人への思い。それを知っているから。
アラバスタを守りたい。祖国の人々を、トトおじさんを、リーダーを、テラコッタさんを、イガラムを、チャカを、パパを、みんなを。
守りたい。ジョーカーなんかに壊されてたまるものか。私の大事な大事な祖国なのに。
不安で、心配で、どうしようもなくて、それでも何とか、何とか、何とか…………。
私の内なる声。もしかしたら声に出して叫んでいるかもしれない。意味を成さない嗚咽になってるかもしれないけれど。
ただ
「ビビ、私たちがいる。目の前のひとつひとつ、それを超えていくしかない。私を見なさいッ!!」
両頬を手で挟まれながらヒナさんと向き合う。ヒナさんの瞳。揺るぎない瞳。そして落ち着いてもいる瞳。優しい微笑み。
そうか。私、我を忘れていたんだわ。それでは相手の思う壺。ジョーカーの思う壺。
今なら出来るかもしれない。いいえ、きっと出来るわ。
私もヒナさんに微笑み返す。
「そうよ! そういうことよ!」
ヒナさんに頭を撫でられて、何だかとてもくすぐったかったけれど、もう大丈夫だ。
さっきヒナさんがサボさんや白クマさんに少し頼んだわよって言っていたのが耳に残っている。
モシモシの
もう任せっぱなしには出来ない。さっきはカルーにもひどいことを。
そこで私にはもうひとつ思い出したことがあった。ジョーカーは最初のあの時何を口走っていたのかということを。
「ねぇ、ヒナさん。“ブリアード”って何?」