「いらっしゃいませ」
野郎二人での入店だというのに、訝しげな表情ひとつ見せない、軽やかな挨拶を入口にてされた俺たちは、店内へ入り奥のボックス席に相手を見つけることが出来た。3人のホストを周りに侍らせてるが、嬌声で大いに盛り上がってる周りの席と比べてみると、随分と落ち着いた雰囲気だ。
クラハドールに顔を向ければ、お前が話し掛けろと無言で返された。気は進まないが仕方ねェか。
「あなたからの連絡なんてそうそう無いんで、緊急の用件だと踏んで来ましたが……、意外でした。これはあなたの趣味ですか?」
「趣味なわけないじゃないッ!! ……あなたたち、もう下がっていいわよ、ありがとう。……ほら、移動するわよ」
ヒナさんにそう言われたホスト達は嫌な顔ひとつ見せずに立ち上がると、その内のひとりが俺たちにも
「貴様には良い勉強になりそうだな。……どうだ? 上手くやれそうか?」
「まだやると決まったわけじゃねェ」
「一応言っておくが、この店は歓楽街の女王の系列店だ。これはあの女への良いアピールになるだろう。随分と勉強熱心だと」
「…………ッ!!!」
クラハドールからの余計な情報には全力で舌打ちせざるを得なかった。あの女が妖艶過ぎる笑みを湛えながら、どこからともなく登場しそうな嫌な予感がしてくる。いや、考えるな、考えれば考えるだけ現実になっちまう。
「私もビビから聞いてるわよ。あの娘、とても楽しみにしてるみたい。頑張んなさい♪」
先ほどの赤面顔は消えてしまい、煙草を銜えたまま立ち上がったヒナさんからは優しい笑顔を向けられる始末だ。この人、わざと会合場所をここにしたんじゃなかろうかと勘繰りたくもなるが、この笑顔を見せられては何も言えねェ。
誘導された俺たちはてっきり奥にある豪華なVIPルームにでも案内されるのかと思っていたが、屋外に出ていた。
「すげーッ!! 何だこれッ!!」
案内してくれたホストから飛び出した歓喜の叫びを耳にしながら、目に入って来た光景。
楕円形のソファで囲まれたテーブルのセットが巨大シャボンで包まれていた。シャボンの上端にはワイヤーが空へと延びていて、近くでは巨人族かと見紛うような半裸の大男が上から垂れ下がっている別のワイヤーに手を掛けて待機している。
これはもしかしたら、空中に吊り上がるのかもしれないな、あの巨人族の怪力によって。それよりも気になったのは案内役の男の反応だ。よくよく観察してみれば、俺たち同様に黒のシルクハットを被り、首元に巻いた真っ白なクラバットが実に印象的だが。
「トラファルガー、奴はホストじゃない、多分な……」
「あら、素敵なVIPルームね、ヒナ、感激♪ フフ、それに……気付いたかしら? でも、ハットから聞いてるはず、革命軍から連絡役が来るって、その彼よ」
ヒナさんからの言葉に反応するようにして振り返って見せた男はシルクハットの鍔先に軽く手を添えながらお辞儀をしてみせ、
「ご挨拶が申し遅れました。革命軍王下四商海工作隊長のサボと申します。以後、お見知りおきを」
先ほどの歓喜の叫びとは打って変わって、丁重なる挨拶を披露してみせた。
「今日は二人とも時間を作ってくれてありがとう。さあ、早速話を始めましょう。私たちネルソン商会にとって大事な話をね」
宣言するようにそう告げた今日のヒナさんが羽織るのは正義のコートではなく、俺たちと同じ漆黒のスーツ、そしてシルクハットだった。
ヒナさんから連絡をもらったのは昨日のこと。しかも電伝虫ではなく伝書鳩を使ったもの。つまりは出来る限り隠密に会いたいってことだ。託された手紙も厳重なまでに封蝋がなされていた。よって伝書鳩の管理をしているカールに中を見られるという心配もないわけなんだが、今回は敢えて知らせた。聡いあいつのことだから、ヒナさんに直接会ってる以上は薄々感付いてやがる可能性は高い。何より、あいつにはそろそろ色々と教え込んでいった方がいいのだ。あいつは俺たちネルソン商会の未来そのものなんだから。
そんな経緯もあって俺たちは巨大シャボンの中でソファに腰を下ろしているが、正直あまり長居するわけにもいかないってのも確かだ。
まあ、ヤルキマンマングローブのてっぺん近くまで吊り上げられているわけであるから、隠密であることは確かと言えるだろう。眺めも良い、ボスなら泣いて喜ぶ景色だな。
「ところで貴様、ずっと気配がしていないが……、見聞色か?」
てっぺんの高さに到達するまで用心していたのか、雑談に興じていたところからクラハドールが口調を変えて話を切り出していくと、
「いいえ、私の偏りは武装色。見聞色、縮地の領域には至ってないわ」
当ててみろと言わんばかりに笑みを見せながら煙を吹かすヒナさん。見聞色じゃねェってことはまさか。
「白烈石ですか?」
「ご名答。今回は念には念を入れる必要があった。でも、ロー君、そろそろあなたのその敬語は止めにしないかしら? ビビに敬語は禁止だと言っておきながら、あなたは私に敬語を使うって言うの? ヒナ、失望よ」
「……確かに。そりゃそうだな、失敬した」
一時険しい表情を見せたヒナさんが俺の返事には満足したように笑みで返してくれた。
「貴様が隠密に徹することに神経を使ってることは理解した。じゃあなぜこいつがいる?」
クラハドールは瞬間和みそうな雰囲気に左右されることなく、どこまでも言葉を
「いい質問ね、クラハドール君、だったかしら? 私も情報というものが、知る人間が少なければ少ないほど安全であることは百も承知している。……それでも、今回ばかりはこの子の伝手がどうしても必要だった。その為には革命軍にも情報を渡す必要があった。そういうことよ」
「それでも、あなたの存在は俺たちにとっては最重要機密だ。こいつを、信用していいんだな?」
「ええ。私たちがセントポプラで共闘したことはあなたたちも知ってるでしょう」
「言葉だけで信用しろと?」
クラハドールの疑問は同感だ。ヒナさんは側で共に戦ったことで感じた何かがあったのかもしれねェが、俺たちは初対面に過ぎないからな。連絡屋は何も発言することなく、柔和な笑みを浮かべてはいるが、ここは心臓をもらうというカードも選択肢として考えられる。
「おふたりの疑念は分かります。俺だって同じことを考えるでしょうから。……こちらでは如何でしょうか? 我々革命軍の本拠地、バルティゴの
連絡屋が厳しい顔つきで
「いいのか?」
「総司令官の了承は得ています。お納めください」
「分かった。クラハドールも、いいな?」
「OK。話を先に進めるわよ。……実はセントポプラから海軍本部に戻った際にある情報を得たわ。アレムケル・ロッコに関する情報をね。フフ、ヒナ、満足だけど、そんな前のめりにならないで。話は最後まで聞きなさい。ロッコが西の海で目撃されたって話があったわよね。今回、ロッコと行動を共にした人物に話を聞くことが出来たわ。その人物は
思わず立ち上がりかけた自分を何とか意志の力でねじ伏せたが、一拍置かれたこの合間がもどかしくて仕方ねェ。ヒナさんは優雅にも煙を立ち昇らせてるってのにな。
「ロッコはあるふたりの人物を捜していたようね。そして、その海兵はロッコの為にめぼしい場所を案内していた。捜していたのは50代の女と30代後半の男、22年前以降で5大ファミリーの徴収簿に登録されるようになって、出生地に疑問符が付く人物。ロッコは該当者のほぼすべてに当たったけれど、残り2名を掴めずにいた」
ここでまた一拍か。旨そうに煙を吹かしてるヒナさんだが、寸止めされてる俺たちの身にもなってくれ。立ち上るシャボンの向こう、ヤルキマンマングローブの葉越しに見える海に目を凝らさざるを得ないじゃねェか。
50代の女に30代後半の男、それが5年前の話だから+5歳か。
「って、もしかしてそれだけか? 得た情報ってのは」
合間が一拍どころじゃねェなと思い、口にすれば、
「その海兵から得られた情報はね」
と、ヒナさんからは返ってくる。だが、かと言って残念そうな表情を浮かべてるわけでもない。別の情報を持ってるってことか。
「その捜している相手は多分に徴収簿に名前を登録する際、偽ってるな。最後の2名ってのも名は分かるが何の変哲もねェ名ってことだろう。アレムケル・ロッコは名を捜しに行ったんじゃねェ、顔を確かめに行ったってところか、だが最後の2名は行方知れずのまま引き揚げざるを得なかった」
クラハドールの口から出てきた推測の内容に一際口角を上げたヒナさんのことだ。さては、こいつのモヤモヤの能力をあてにしていたか。
「ヒナ、感心♪ さすがはクラハドール君ね。その通り、名前は分かってるけど、引っ掛かってくるような名前じゃないわ。その後の推測も、ヒナ、同感ね。鍵は22年前にある」
「トリガーヤード事件か。そいつらはその事件現場にいて不都合なものを見ている可能性がある。アレムケル・ロッコはその不都合な目撃者を始末しようとずっと捜しまわっていたってところか」
「ヒナさん、もうひとつ情報は握ってるんだろ? もったいぶらずに言ってくれ、連絡屋が関係してくるんじゃねェのか」
「ヒナ、失望。せっかちな男はもてないってオーバンも言ってなかったかしら? ホストになるんなら身につけておかないと。……まあ、いいわ。これはサボ君、あなたからお願い」
今はヒナさんからの残念顔からの憐れむ顔や手痛い指摘に対して、地味に心抉られてる場合じゃねェ。意志でねじ伏せる。知らん、知らん。その代わりに連絡屋を有りったけの眼力で見詰めてやろう。
「アハハハッ、連絡屋って、ローさん、俺そんな風に呼ばれたのは初めてですよ。面白い方ですね、ローさんって。……まあ、我々の総司令官によるとですが、その50歳代の女っていうのは、プラム・D・バイロン、
突然、大物の名前が出てきやがった。って、おいまさか、
「まさかヒナさん、あんた、会いに行くつもりなのか?」
「ご名答♪ よく分かってるわね。サボ君なら
俺の問い掛けに対して実に嬉しそうに返してくるヒナさんだが、危険なヤマであるのは間違いない。それに、
「クラハドール……」
「ああ、貴様も思い当ったか。……30代後半の男には俺たちでも推測が立つ。カポネ・“ギャング”ベッジだ。キューカ島でトラファルガーはアレムケル・ロッコが奴に話をするのに出くわしている」
「そう。なら、確証は高いかもしれないわね。実は私もロッコがベッジを始末しようとしてるところに出くわしている。黒電伝虫越しだったから、直接目にしたわけではないけれど、そこには“
「そしてベッジは今インペルダウンにいて、
俺の口角は随分と上がってることだろう。クラハドールは嬉々として眼鏡を上げてやがるし、ヒナさんも実に旨そうに煙を吹き上げている。連絡屋の表情は若干引き攣ってやがるが、お前はこの手の話に歓喜するこっち側じゃねェか。
「ロー君、この子はまだ勉強中なのよ。そこの鉄パイプ持って動いてる方が楽しいって子なんだから」
「
「だが、誰の為だ? アレムケル・ロッコは誰の為に動いている?」
こんなところで暖かく見守ってやろうなんて雰囲気には加担しねェのがクラハドールだ。更なる問い掛けを投げかけてくる。それはもっとも重い問い掛けだ。
「トリガーヤード事件は22年前に起きた。それは
ああ、その通りだ。俺たちネルソン商会はその問いに真正面から向き合う必要がある。
「
俺はきっぱりと言い切った。言葉にして口に出した。ロッコさんの行動に辻褄が合ってくる。あの人はネルソン・ボナパルトの右腕だった人だ。あの人が真に忠誠を誓う相手は誰なのか? 自明の理ってもんじゃねェか。
「けれど、だったらなぜ、ネルソン・ボナパルトは息子の前に姿を現さないのかしら。ハットの前に、何かしら気配でも見せるはずよ」
そこだ。そこにこそ俺たちが見つけなきゃならねェ答えがある。ボスに知られる前にだ。
「実はひとつ気掛かりなこともあるのよ。今回の海兵が今のタイミングで本部に召喚されたことは罠だった可能性もある」
「嗅ぎ回ってる奴を焙り出す為にか?」
「ええ、ただそれらしい兆候は見えてこないわ。けれど、絶対は無い」
「それを言ったら俺たちもヒナさんには知らせないといけねェことがある。……あなたの上司はジョーカーのスパイだ。サン・ファルドで殺されかけた」
「フフ、ヒナ、上等!! 今回この子は私の護衛役でもあるわ。
ヒナさんの返事が絶句でなくて何よりだ。この人は危険度MAXの状況で尚、己の魂を燃え上がらせることが出来る人だ。それでも、
「マリージョアを横断する際にはクエロ家を頼ると良いかもしれねェ。ソリティ
備えはあった方がいいに決まってる。
「こんなものどこで?」
「ボスから渡された。
「ヒナ、
さっきからこの巨大シャボンがゆっくりと下降を始めていたことに気付いてはいたが、どうやら連絡屋が下に連絡をしていたようだ。やっぱり、お前は連絡屋だな。サボ屋じゃねェ。
下に到着しようかという頃合いで思い出したかのように
だが、それでも、
「連絡屋、ヒナさんを頼んだッ!!」
「貴様が俺たちの命運をも握ってると、そう思え」
と、ふたりして両側から肩をがっしり抑えながら言ってやった。
「精進します」
「……頼んだわよ」
丁重なお辞儀と万感の思いがこもったその言葉と眼差しを受けて、俺たちはその場を後にした。
どうやら俺たちネルソン商会の正念場というヤマが始まりそうだ。
ご感想いただけるという喜びを味わえるように、
また次、書いて参ります。
どうぞよろしくお願いします。