おまけ:イノセントライフ
最近我が家は変わってしまった。
そう、目の前の光景を見ながらはやては漠然と思う。
八神堂のいつもと変わらぬ朝食の光景。人が増えたわけでも減ったわけでもない。
変わったのは、切嗣とアインスの関係性。
「切嗣、ご飯粒が頬についてるぞ。取ってやるからジッとしていろ」
「ん? ああ、ごめんよ、アインス」
「これで良し。全く、私がついて居てやらないとしょうがない奴だな。」
「あははは、いつも感謝してるよ」
自分のすぐ向かい側でイチャイチャとしながら食事をとっている2人。
アインスが養父切嗣に恋をしているのは分かっていたし、自分もからかいながら応援していた。
だが、幾らなんでもこれはないだろうと、はやては白い眼を2人に向ける。
「切嗣、あーん」
「あーん」
「ふふふ、やはり誰かに食べさせるというのは面白いな」
子どもの目の前で堂々とあーんを実行する2人に、他の家族の空気は凍りついたようになるが、当の本人達は全く気にした様子が無い。一体、あのくっつく前の顔を近づけただけで慌てていたアインスはどこに行ってしまったのだと遠い目で考えるが答えは出ない。
確かに色々と2人がくっつく様に画策はしたが、一体誰がこんなにも壁を殴りたくなるバカップルの完成が分かるだろうか。初々しい姿を見せる2人を弄りながら、日々を過ごして行こうと考えていたのに、何が間違ってこうなってしまったのかとはやては頭を抱える。
「非リア充集合」
しかし、悩んでいても仕方ないと割り切り、騎士達を集結させる。
「みんな、議題は言わんでも分かると思うけど、あのバカップルをどうにかしたいんやけど、なんかない?」
「お父さんとアインスが付き合い始めた時はやっとかって思ってたけど、いざ目の前で見せられるとねぇ」
こちらの様子にも気づくことのなくイチャつき続けている2人に溜息を吐きながら、シャマルがはやての言葉を補足する。
「私もからかってはいましたが、まさかこう転ぶとは思っていませんでした」
「シグナムの言うことがよう分かるわ。おとんはともかく、アインスのことやからもっと初々しい感じで、微笑まし気な感じになると思っとったのに、なんやあれ? 熟年バカップルかいな」
本当に付き合い始めて少ししか経っていないのかと疑う程に、2人の仲は良い。
もともと、家族として一緒に住んでいたとはいえ、これは異常ではないかと思うも、男ができたことのない彼女達にはこれが普通か異常かが分からない。
「なんつーか、アインスの奴変わったよな? 包容力が上がったような感じで」
「ヴィータの言う通りや。今まで少女やった子が突然、母親にランクアップしたような感じやね」
「そうね。今までは、はやてちゃん大好きでベットリだったのに、今は離れて子どもの成長を見守るお母さんみたいな感じになってます」
彼女達は知る由もないことだが、アインスは全ての記憶を思い出したおかげで、性格が変わっているのだ。今までの性格は年相応の女子大生だったのだが、前世の記憶、夜天の書として過ごした長い時間の記憶が加わり、落ち着きと包容力を持った理想の母親のような性格になってしまったのである。
「……やっぱ、男か。男が出来るとこうも変わるんか。大人の階段を一気に駆け上がるんか…!」
しかし、それを知らないはやて達からすれば、男ができたせいで変化したとしか思えない。
これが持つ者と持たざる者の違いかと、戦慄するが全くの勘違いである。
「何はともあれ、このままやと我が家が桃色空間に包まれたままで色々と辛いから、なんとかせんといけんのや。ちゅーわけで、シグナム」
「は、はい…?」
「真正面からイチャつくんならよそでやれって言ってくるんや!」
「わ、私がですか!?」
突然の指名と命令に目を白黒させるシグナム。
それもそうだろう。誰だってあんな
非リア充にとって、リア充の作り出す甘ったるいオーラは毒にも等しいのだ。
如何に烈火の将といえど、躊躇してしまうのも無理はない。
「頼むぞ、烈火の将」
「お願い、私達のリーダー」
「主からのお願いや。ビシッと決めてきーや」
しかしながら、シグナムには後退という選択はできなかった。
ヴォルケンリッター、烈火の将としての責任。
滅多にない主からの使命。
それらが、彼女から逃げるという選択を奪い取ってしまう。
「分かりました。ヴォルケンリッターが将、シグナム。必ずや主はやての願いを叶えてみせます」
「せや、その意気や! 頼んだで、シグナム」
「は、お任せあれ」
主はやてからの直々の激励に身を震わせ切嗣達の下に歩を進めていくシグナム。
傍から見れば、その姿はさながら死地へと向かう誇り高き騎士に見えたことだろう。
だが、残念なことにその実態はリア充を許せない非リア充の悲しき抗議だ。
「お父上、そしてアインス。失礼ですが、そういったことは2人きりの時にやるべきかと」
「ん? ああ、シグナムか。切嗣に夢中で気づかなかったよ」
本当に今気づいたと言わんばかりのアインスの表情に、シグナムは砂糖を吐いて倒れた。
「シ、シグナムが一撃でやられた…!?」
「はやてちゃん、やっぱり私達には荷が重すぎるのよ…ッ」
「まさか、あそこまで2人の世界にどっぷりやとは。この八神はやての目を持っても見抜けなかったわ」
信じて送り出した将が、即落ちした事実に恐れ戦く3人。
因みにザフィーラは特に何とも思っていないので、一言たりとも喋っていない。
「このままやと、我が家が本格的に2人だけの世界になってしまうで。何か手を打たんと……」
はやては悩む。
別に2人の関係を止めさせたいわけではないが、非リア充には桃色空間は辛すぎる。
しかし、シグナムがダメならば一体誰があの2人に勝てるというのか。
その絶望的な事実に思考がどん詰まりになりかけた瞬間に、救世主が現れる。
「話は聞かせていただきました! リインは2人の関係を絶対に認めません!!」
「リイン!? ついでにアギトも!」
「ついで言うな! あたしはこのバッテンチビを止めに来ただけだよ!」
轟音を立ててドアを開いたリインが、ビシッと切嗣とアインスを指差しながら現れる。
その後ろではアギトが疲れた様に肩で息をしながら、はやてに反論している。
「リ、リイン…? 私と切嗣の関係を認めないとはどういうことだい…?」
実の妹に真っ向から否定されたことに流石にショックを受けたのか、アインスが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。しかし、リインの覚悟は相当に硬いらしく、姉から悲しみの表情を向けられても揺らぐことがない。
「……おねえちゃんともいう人が分からないんですか?」
「分からない…? 一体何のことなんだ、リイン」
「分かってないなら、リインが教えてあげます。とっても悲しくて残酷な真実を」
困惑の表情みせるアインスの姿に、リインは悲しみを湛えた瞳で答える。
「おねえちゃんがお父さんと結婚するってことは
―――私がはやてちゃんの叔母ちゃんになるってことじゃないですかぁッ!?」
誰もがリインの言葉にハッとさせられる。
はやては切嗣の養子なので、切嗣がアインスと結婚すれば当然アインスが養母となる。
そして、それはアインスの妹であるリインがはやての叔母になるということでもあるのだ。
あまりの残酷な現実にシャマルは顔を手で覆い、年の近いヴィータは思わずもらい泣きする。
はやてもあまりの衝撃に膝をつき、ザフィーラは我関せずといった様子で丸まる。
「リインはまだ小学生なんですよ? それなのに叔母ちゃんなんて……嫌ですよ!
ワカメちゃんなんて仇名がつくことは、絶対に認められないんです!
おねえちゃん! お父さん! 私に認めて欲しいなら
交際を認めて欲しければ私の屍を越えて行け。
リインはその不退転の覚悟を宿したカードを掲げ、高らかに宣言する。
そんなリインの覚悟に感じ入ったはやてがポンと彼女の肩を叩く。
「ええこと言ったなぁ、リイン。でも、1対2やったら勝ち目がないやろ?」
「で、でも……」
「やから、私がリインと戦ったる。おとんとリインもそれでええやろ?」
「はやてちゃん……」
自分の隣に肩を並べて立つはやてに思わず目を潤わせるリイン。
そんな光景に今の今まで戸惑っていたアインスも、溜息と共に諦める。
「仕方ないな……リイン、そして我が主。手加減はしませんよ」
「ほほう、えらい自信やなぁ、アインス」
「今までの私とは違うのです、主。大好きな人が隣にいる。たったそれだけで無限の力が湧いてくるのです。そうだな、切嗣?」
「うん、そうだね」
またもやイチャつき始める2人に、はやてとリインは先制パンチを受けたような気分になるが、折れることはない。手に持つカードに全ての想いを込め戦いの火ぶたを切る。
「
「今回? 良く分かりませんけど負ける気はないです!」
「ふふふ……では、私も勝ちに行かせてもらいますよ主」
「そう簡単に勝てると思わん事やね。―――夜天の主、なめんといてや」
『リライズアップ!!』
色々と騒がしいが八神家は今日も平和である。
今書いている奴の息抜きで書きました。
この世界の切嗣はこんな感じで幸せです。