特別編です
ではごゆるりと
その日は朝から雪が深深と降り、一面には銀世界が広がっていた。
森の木々は葉っぱの代わりに、雪化粧を纏っている。
冬木の郊外に広がる森林、その中央に聳える城屋敷の窓からは、暖かな光が漏れていた。
「リーゼリット、そちらをお願いします」
「ん、はいセラ」
「あとはこれを……これで良し」
その部屋では二人のメイドが部屋を飾り付け、4つの大きめの靴下にプレゼントを入れていた。左から順に白、赤、桃、緑の靴下が、暖炉の上にぶら下がっていた。
「紅葉様達が起きる前に、朝食を用意しておきましょう」
「ん、私はツリーのてっぺんに着ける星を出しとく。今年はシルフィの番」
「ええ、お願いします。それとリーゼリット、シルフィ
二人が話をしていると、一人の男が入ってきた。年老い、長い銀髪を背中に流した老人は、部屋の内装を見て顔を綻ばせた。
「ほう、中々綺麗だ」
「「おはようございます、ユーブスタクハイト様」」
「アハトでよい。曾孫達はまだ起きぬな?」
「はい。剣吾様はともかく、他の御三方は未だ安く御休みになられております」
「そうか、なら」
老人、アハト翁はそう呟くと、懐から小さな包みを4つ取り出し、靴下にそれぞれ入れた。片手で収まるほどの小さな包みだ。
「私もそう長くは生きられん。恐らく、こうして皆で聖夜と聖誕祭を祝うことができるのは、あと一度か二度ぐらいだろう」
「ユーブスタクハイト様……」
「くれぐれも曾孫達には云わぬように。まあ剣吾は気づいておるかも知れんがな」
アハト翁はそう言うと、クツクツと含み笑いを漏らした。
本当に変わったものだ。
メイドの一人であるセラはそう思った。二十余年前までは妄執に囚われ、血族を血族と思わぬ冷徹な人間だった。
しかし、裏切り者と言われていた衛宮切嗣とその養子が特攻してきたあの一週間、その後は本当に同一人物かどうか疑いたくなるほど、いい方向に人が変わった。
イリヤお嬢様もたった十日だけだったが、実の父親と過ごせて幸せそうだった。切嗣が亡くなったあとも、その養子である衛宮士郎の存在によって、お嬢様の心は救われた。
出来損ないとしてしか扱われなかった自分とリーゼリットも、一人の人間として扱われた。それがどんなに嬉しかったか。
セラが物思いに耽っていると、アハト翁が質問をしてきた。
「シロウ達は?」
「旦那様と桜様は厨房に。お嬢様と凛様は大広間の飾り付の仕上げをしております」
「なるほど、なら私は広間に行くかな」
アハト翁はそう言い、部屋を後にした。セラとリーズリットも、各々の仕事に戻った。
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「「「おはようございます、大お爺様。そしてメリークリスマス」」」
「おお(大)じいじ、おはよう!」
「うむ。おはよう、そしてメリークリスマス」
冬木四兄妹と呼ばれる四人は、九時頃に食事部屋へと降りてきた。長男である剣吾は、早朝から鍛練をしていたが。
「あら、皆おはよう。そしてメリークリスマス」
「父さんと母さんも、凛ねえも桜ねえも、セラさんにリズさんもおはよう。そしてメリークリスマス」
「「「おはようございます(おはよう!)」」」
「さぁ。先ずは朝食にしようか」
「そうね。士郎の言う通り、先に済ませましょうか」
「皆の席はこっちよ」
桜に案内され、皆は各々の席につく。セラとリーゼリットはメイドであるが、皆の希望で同じ机に着いて食事をするようにしている。食事は和やかに進み、皆食後の休憩と同時に、子供達がプレゼントを開封するのを眺めていた。
「そういえば皆、このあとの予定は?」
「俺は何もないですよ。イリヤと凛と桜は?」
「私たちも予定無しよ」
「寧ろ仕事を入れてきたら末代まで祟るわ」
凛が物騒な発言をするが、慣れたものである。
「子供達は?」
「私は一時から冬木会館に行きます」
「ああ、冬木少年少女合唱団のコンサートがあったな。紅葉も所属していた」
「はい、今日のコンサートは私も参加するので」
「なら決まったな。皆で行こうか」
「モーちゃんのうたキレイ! シィもきくのー!」
城屋敷の中は二十年前とは違い、暖かな空気に満ちていた。
時刻は昼過ぎとなり、衛宮一家とアハト翁、二人のメイドは冬木会館へと移動していた。道行く人々は、彼らに軽く会釈をし、そのまま自分のことに戻るという行動をとっていた。
この街の人々は、衛宮夫妻を英雄として讃えていると同時に、彼らが特別扱いを快く思っていないことを理解している。彼らの伝承を伝えることこそすれ、せめてこの街にいるときは自然体で過ごせるよう心掛けている。
冬木会館に着くと、紅葉と桜は控え室へと向かい、あとの面子は一般観覧席へと移動した。
このコンサート、クリスマスに開かれるというのもあり、このときばかり冬木少年少女合唱団は、児童聖歌隊と言われていた。そして歌唱力も非常に高いので世界的にも有名となり、今や「東方のウィーン合唱団」とも言われている。故に、そのコンサートにはテレビ局のカメラや、他ならぬウィーン合唱団の面子も観覧に来ている。
ブザーが鳴り、観覧席は光が落ち、代わりにステージかライトアップされた。三十人余りの少年少女が、ステージ上に並ぶ。指揮者と伴奏の合図で、最初の曲が始まった。
因みに伴奏は、冬木教会の担当シスターのカレン・オルテンシアである。
「I am the day, soon to be born
I am the light before the morning
I am the night, that will be dawn
I am the end and the beginning……」
ゆっくりとした静かな曲は、一気にこの空間を支配した。観覧席にいた人々は、その空気に飲み込まれていった。それ程に歌は魅せるものがあった。
「荒野の果てに 夕日は落ちて
たえなる調べ 天より響く
グロリア インエクセルシステオ
グロリア インエクセルシステオ……」
数曲歌い、少しの紹介の後、また数曲歌い、あっという間に最後の曲となった。ここで指揮者に呼ばれ、一人の少女がステージの前の方に歩き立った。一人立つ紅葉は手に蝋燭を持ち、息を整えている。そして指揮者の合図で伴奏が始まった。
「
最後の曲である「きよしこの夜」は、紅葉の独唱から始まり、二番は数人、三番は更に人が増え、四番五番で観覧に来ていたウィーンの子達も共に歌うという大合唱となった。観客の中には、涙を流すものもいた。
陳腐な表現になってしまうが、まさに歌だからこそなし得る、魔法のような空間が、冬木会館ホールに形成されていた。
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「すばらしい歌だったぞ、紅葉よ」
「紅葉お姉さま、キレイだった!!」
「モーちゃんキレイ!! モーちゃんキレイ!!」
コンサートも無事に終わり、皆口々に紅葉に労いの言葉をかけていた。紅葉本人は恥ずかしそうだったが。
時刻は黄昏時である夕方。人々は各々の聖夜を過ごすため、家路に着いている。
衛宮一家も例外ではない。毎年クリスマスと新年は、郊外の城屋敷で過ごしているので、そろそろ戻らなければならなかった。
因みに剣吾が生まれた時は衛宮邸で過ごしていたが、パパラッチによるプライバシー侵害もあったため、それ以来城屋敷に場所を移している。
冬木市立火災慰霊公園を通ったとき、急にシルフィが立ち止まった。次いで紅葉、華憐、剣吾と立ち止まり、ある一点を見つめていた。士郎達もその方向に顔を向けると、その顔を驚愕に染め、次いで柔らかく微笑んだ。
その昔、黄昏時は生と死の世界が混ざりあうと言われていた。寂しい雰囲気が感じられるのは、一重に死者の思念が現世に来ているからだとも。
今、衛宮一家の視線の先には、四人の朧気な人影が写っていた。夕日が差し込む方向に四人は立っているので、シルエットしかわからなかったが、忘れもしない懐かしい人たちだった。
ある人はこれを奇跡と称するだろう。ある人はこれを幻覚と一蹴するだろう。
だがこのとき、魔導を志す彼らはこれを奇跡と称した。そして各々の胸のうちに止めた。
「大丈夫だ。俺は、俺達は前を歩いている」
男はそう呟き、そして人影に背を向けた。妻たち、子供達もそれに倣い、城屋敷へと歩き出した。末っ子は人影に一度振り返り、小さく手を振った。
四人の人影は、その背中を柔らかく微笑みながら見送り、日没と共に光の粒となって消えた。
いかがでしたでしょうか。
最後の人影は誰かは決めていますが、皆さんの想像に任せます。
誰に見えたかはやはり千差万別、その方がいいですから。
因みに私はロンリークリスマスを楽しんでおります。
さて、fateの方ではなく、こちらの番外編を執筆しましたが、今日明日の間にfateを更新し、こちらの本編に戻ります。
それでは皆さん、良いクリスマスを。