それではどうぞ。
1998年、魔法界の命運を左右する戦いがホグワーツで起こった。
最強の闇の魔法使いと恐れられていたヴォルデモート卿と彼が率いた”
しかし歴史は繰り返される。
これは、かの戦いから200年経過した世界の話である。
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≪聞こえるか、ホグワーツに立てこもる者達よ。俺様はヴォカントモールテン郷だ。今俺様は貴様らの頭に直接語りかけている≫
頭に鳴り響く、寒気を感じさせる冷たい声。近年稀にみる闇の魔術を極めた魔法使いは、自らの名を”
魔法族至上主義を掲げ、自らに逆らうものは容赦なく殺害してきた彼に対し、人々は昼夜怯えながら過ごしていた。
今や書物上の存在として語られる英雄マリナ・ポッターも、100年を生きた末に大往生して今はこの世にいない。そしてその遺体、墓の所在は誰にも知られていない。
書物に書かれている通りの活躍をしたのならば、このような闇の魔法使いはすぐに片づけられただろう。しかし今はもういない存在を求めても、何の慰めにもならない。
同様に、魔法界に伝わるある伝説も頼ることが出来ない。
――求めよ、さらば救いは与えられん。汝、真に助けを求むとき、彼の者は必ず来る。彼の者は常世全ての救世主。彼の者は世界の守護者。心せよ、汝真に正しき行いをせし時、彼の者の救いを賜る。
「ねえシャルル、作戦はあるの?」
「…一先ず下級生は外に逃がそう。”必要の部屋”から”ホッグスヘッド”に続く道があるから。あそこの店主は知り合いだからな」
「じゃあそうしましょう。みんな聞いて!!」
七年間行動を共にしてきた友人たちが指揮を執り、順に幼い子たちから逃がしていく。教員たちとヴォカントモールテンに対する反対勢力、”竜の頭”は学校の防御を固めている。だから今は俺たちが行動するしかない。
≪さて、お前たちは何やら俺様達に対抗しようと企てているみたいだが、無駄なあがきは止したほうがいい。俺様も魔法族の血が流れることは望まない≫
奴の演説は続く。
≪そこでだ、これから一時間時間をやる。その間に逃げる者は逃げ、戦うものは英気を養うといい。一時間だ≫
そう言って奴は念話を切った。さて、1時間でどれほどの準備を整えられるかわからないが、やるだけやってやろう。名前も知らないご先祖様は、自分の持ちうるもの全てを用いて危機的状況を打開したという。ならば、俺もやれるだけやる。
≪さて。聞こえているか、エミーユよ。今俺様は貴様にだけ話しかけている≫
突如俺の頭に響く声。一年の時に偶然奴の計画を阻んで以来、目の敵にして俺を執拗に殺そうとしてくる。俺の運のなさはどうも先祖譲りらしく、問題に巻き込まれるのは慣れてしまった。
そしていま、重なりに重なった結果、魔法界を左右する抗争へと繋がる間接的要因になってしまった。
≪貴様だけは俺様が手ずから殺す。首を洗って待っていろ≫
一方的に宣告され、念話が切れた。今の俺の実力では、奴に勝つことは到底かなわないだろう。奴に勝つためには……。
ふと”必要の部屋”の隅っこに目を向ける。そこには不可解なものが置いてあった。この部屋は何度も使ったことがあるが、いままでこんなものを見たことがない。
そこには小さな台座があった。中央には木彫りの杯のようなものが置かれ、九枚のカードが囲んでいた。其々に剣士、槍兵、弓兵、騎乗兵、魔術師、暗殺者、狂乱者、復讐者、救世主の絵が描かれていた。
一見何の変哲のない普通のカード。しかし俺にはこれらが、何か重要なものに思えて仕方がなかった。とりあえず一番しっくりとくる弓兵と救世主、復讐者のカードを手に取った。意味はないかもしれない、だがせめてものお守りとして懐に入れた。
「……シャルル!! 避難は終わったわ!!」
「今残ってるのは成人した人と、わざわざ来てくれた人たちだよ」
友人二人が知らせに来てくれた。幸い二人にはこの台座に気づいていないらしい。俺は二人に礼を言い、部屋に集まる集団の元へと向かった。
残り四十分、準備をしよう。
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結論から言うとどちらも犠牲者が続出し、戦いは一旦小休止を置くことになった。奴の軍勢は禁じられた森の奥へと籠り、こちらはボロボロになったホグワーツの大広間で治療等を行っている。犠牲者の中には、俺が懇意にしていたもの、俺を擁護してくれたものもいた。
≪エミーユよ、聞こえているか?≫
頭に再び奴の声が聞こえてくる。
≪このままでは互いにジリ貧だろう。そこでだ、貴様に提案する。これより一人で俺様のもとに来い。一対一の決闘で決着を付けよう。俺様が敗れた暁には軍勢を撤退させよう。条件を飲むのなら準備を済ませ、一時間以内にここに来い≫
一方的にまた宣告され、さらには場所まで頭に映し出された。
さてどうするか。ここで奴の言葉を無視すれば、再び総力戦になるだろう。そうなれば今以上に死傷者が出てしまう。それは俺の望むところではない。
ならば決闘に応じたら? それこそ負ける可能性が高くなってしまう。奴は俺が死んだあとのことを言わなかった。ということは自身の勝利を確信しているゆえに、言う必要がないと考えたのだろう。
考え事をしていると、気が付けば俺は湖の畔にいた。そういえば、校長室の肖像画の一つ、アルバス・ダンブルドアの墓もここにあった。
視線を横に移すと、果たしてそこには
『偉大なる大魔法使い、アルバス・ダンブルドア、ここに眠る』
『救世の聖女、マリナ・ポッター、ここに眠る』
まさかの人物だった。あちこち探しても見つからなかった曽々祖母の墓。ホグワーツにあり、さらに隠蔽までされてるなんて誰が判るだろうか?
それにここに張られている結界は俺たちの魔法とは異なるもので、墓を囲むように四方を十字架のような剣で囲まれていた。誰が張ったのかもわからない結界を誰が用いて、そして誰が彼女の墓を守っていたのか。真相はわからない。
視線を下げると、百年の月日で張り付いた苔に隠れ、何やら文字が見えた。手が汚れることも構わず、その苔を出来るだけ取り除く。そしてあらかた取れたとき、ようやく何が書かれているかを読み取れた。
『これを見ているということは、貴方は私の血を継いでるのでしょう。私の墓は私の子孫であり、一定条件を満たした人だけが見つけることができます。あなたがどのような状況であるかは、死したみである私にはわかりません。ですがこれだけは伝えます。
諦めないで。
力を持つものは、それ相応の責任が伴います。生きていくうえで理不尽なこと、自分の力が及ばないことなど山ほど出くわすでしょう。でも打開する可能性があるのなら、一抹でも望みが残されてるのなら、決して諦めてはいけません。自分を信じて、前を進みなさい』
墓の足元にはそう書かれていた。言葉の一つ一つに魔力が込められているかのように、体と心の奥深くに言葉が染み渡った。
諦めるな、か。
そうだ、俺はヴォカントモールテンに実力は劣っている。それは考えるまでもないことである。だがそれでも、望みがないわけではない。限りなくゼロに近い可能性でも、残っている可能性を手繰り寄せて最良の結果を導き出す。物心ついた時からやっていたことだ。何故俺は忘れていたのだろうか。
懐から三枚のカードを取り出す。物言わぬカード、でも確かに俺の手にあるカード。俺は手元に弓兵のカードだけを残し、残り二枚を墓においてその場を離れた。
杖を抜き、右手に持って森の中を歩く。俺が敵のもとに向かっていることは他の人には知らせていない。この場、そしてこれから向かう場には俺一人しかいない。自然と左手に持ったカードを握る。その拍子に指先が切れ、血がにじみ出た。
一瞬、カードから弱い鼓動が感じられたが、それもすぐに収まった。気のせいだったのだろう。
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どれほど歩いたのだろうか。長い時間歩き続けると、開けた場所に出た。今は夜のため、森の中には光が一切ない。しかし、木々の隙間から差し込む星々の光や、満月の光によって動くものは分かることが出来た。
「…来たか」
「お望み通り、一人で来たぞ」
「そうか、そうか一人か」
ヴォカントモールテンはクツクツと笑い、取り巻きも嫌なニヤニヤを浮かべた。さて、奴はさしの勝負を提示したけど、取り巻きにとってはそんなことどうでもいいだろうな。昔の”死喰い人”と呼ばれた奴らとは違って、この取り巻き達には忠誠心がない。死喰い人よりももっとたちの悪い奴らだ。
「さて、始めようか」
言うや否や、杖をひらりと振るうヴォカントモールテン。とっさに近くの木に隠れると、緑の閃光が木に当たって霧散した。
「逃げるだけか!!」
ヴォカントモールテンが叫ぶ。無論こちらも逃げてばかりではいられない。木の陰から飛び出し、木から木へと走り移りながらこちらも魔法を飛ばす。緑と赤の閃光が夜の森を駆け抜け、辺りを照らす。
互いに呪いを飛ばしていると、意図しない方向からも呪いがきた。咄嗟に木の影に隠れ、周りを見る。予想通り、取り巻きの一部が数名、こちらに杖を向けていた。
「邪魔をするなと言ったはずだ」
「早く終わらせりゃいいじゃん」
「待つの面倒だし」
しゃべりつつも攻撃の手を緩めない奴ら。こうなったら先に取り巻きを眠らせよう。
木の陰から飛び出し、無言で四本の失神呪文を放つ。うち三つが敵にあたり、残りはヴォカントモールテンを含めて4人、全員が死の呪いを放ってくる。木を陰にしつつ、さらに二人の取り巻きを失神させた。残る取り巻きは一人。
しかし俺の運はここで尽きた。
取り巻きの一人が放った拘束呪文にあたり、魔法で生成されたロープに縛られてしまった。
「ようやく捕まえた。ったくちょろちょろしやがって」
「俺様一人でけりをつけたかったが、仕方がない。さて、覚悟はいいかエミーユよ」
ヴォカントモールテンが杖を俺に向け、近づいてくる。次の一手で俺は死ぬだろう。だがせめて、せめて奴に一泡でも吹かせなければ、俺は敗北してしまう。それだけは駄目だ。俺は…俺自身を貫くためにも、ここで負けるわけにはいかない。
「…死ねない」
「何か言ったか?」
「死ねないって言ったんだよ」
「ふん、往生際の悪い奴だ」
奴は俺を一瞥し、杖を掲げた。
「ッ!? おらぁ!!」
「ぐっ!? 貴様ぁ……」
体を無理やり動かし、ヴォカントモールテンの脛を蹴り上げる。それによって一時的に奴の気力を逸らせた。しかし悪あがきもここまで、全身金縛り呪文を使われ、指一つ動かせなくなった。
「小賢しい真似を…さっさと死ねぇ!!」
再度こちらを睨みながら杖を掲げる。もう何もできない。せめて指一つでも動かすことが出来れば。
≪この絶望的な状況で、諦めなかっただけ良しとしよう。流石は彼女の子孫、といったところか≫
突如辺りに響く声、しかし誰かが話したわけではない。この場にいる人間で、あのような渋い声を出す人間はいない。とすると誰の声なのだろうか。
「誰だ!!」
ヴォカントモールテンが叫ぶが、誰も応える者はいない。唯一反応を示したものは、俺の懐だけだった。
懐から光が漏れ出し、輝くカードが一枚飛び出した。カードは俺を縛る呪いとロープを断ち切り、ヴォカントモールテンと取り巻きを吹き飛ばし、身を起こした俺から一歩前の場所で滞空していた。
やがてカードの光は強くなり、太陽のように輝きだした。
「な、何だ!?」
「眩しい…!!」
取り巻き達が叫ぶ。
太陽のように輝いたカードは一度更に眩しく輝き、やがて光っていたのが嘘のように輝きを失った。
光が収まった先にはカードではなく、一人の男が立っていた。
――その男は、光が差し込まない夜の森でもわかる白髪と白い外套を身に付けていた。
――その男は、日本の武士が着ていたような腰の鎧を身に付けていた。
――その男は、見たものを引き付けるような白黒の双剣を両手に持っていた。
「貴様、何者だ!!」
ヴォカントモールテンが再び叫ぶ。目の前に立つ男は皮肉気な笑みを浮かべ、もったいぶるようにして答えた。
「もう一度聞く。お前は何者だ」
「さて、何者かと問われれば答えに迷うが。一応答えておこうか」
そして男は外套を外し、双剣を弓を引き絞るようにして構えた。
「私は通りすがりの魔術師。世界によっては”錬鉄の英雄”とも、”正義の体現者”とも呼ばれている」
はい、ここまでです。
本当に突発的に思いついたもので、アイデアが残っているうちに書き留めた結果こうなりました。
前書きにも書きましたが、一発ネタです。しかしこれをもとに次世代の話を書きたい人は自由にどうぞ。
次回はちゃんと本編を更新します。