すみません、忍びの地図まで入りませんでした。
それではごゆるりと。
あの日の試合以来、マルフォイ一団がよくからかうようになってきた。わざとフードを目深にかぶり、ローブの袖を伸ばして吸魂鬼のような恰好をしたり、私が気絶するさまを再現したりと、調子のいいことばかりする。
そして最近は嫌な夢をよく見る。どこまでも冷たい空間に私は浮かび、幸福と言う者がどんどん失われていく感覚が私を襲い、夢の最後には必ず吸魂鬼が出てきて、そしてそこで目が覚める。シロウの過去とはまた別の恐ろしさに襲われ、体は休めても精神的に休まる気配が全くない。
私はこの状況が、トラウマから来ていることは何となく把握していた。たぶんだけど吸魂鬼に対抗する手段をもてたら、トラウマを克服する一歩が踏み出せるんじゃないかと思う。そういえば聞いた話によると、新学期の列車の中で吸魂鬼を追い払う魔法を、ルーピン先生が使ったらしい。ということは、もしかしたらルーピン先生なら何かしら手助けしてくれるかもしれない。
そう思った私は早速事務所に赴いた。
事務所に着き、礼儀のため三度入口の扉をノックをした。
「先生、ルーピン先生。マリーですけど、今大丈夫ですか?」
「マリーかい? ああ大丈夫だよ、今開ける」
中から先生のくたびれたような声が聞こえ、程無くして扉は開かれた。そして中からは声と同じようにくたびれた表情を浮かべた先生が出てきた。
「すみません、突然お邪魔して」
「いや、大丈夫だよ。立ち話もなんだからお入り」
「はい、失礼します」
先生に招かれ、部屋の中に入る。部屋に入ってすぐ右手のキャビネット棚がガタガタ揺れだした。たぶんボガードがいるんだろうな。
私は先生に指し示された椅子に腰かけた。
「聞いたよ、クィディッチの試合中に吸魂鬼に襲われたんだってね」
「はい。それ以来よく吸魂鬼に襲われる夢を見てしまうんです」
「そうか」
「正直、外に出るたびに吸魂鬼に襲われるのでは、という思いがしてなりません」
「……」
先生は私の話を黙って聞いている。恐らく、私が何のためにここに来たかも察しているだろう。だから私はそのまま話を続けようとした。
しかしここで扉が開かれた。そして二人の人が入ってきた。一人はゴブレットを片手に持ったスネイプ先生。もう一人はシロウだった。
「ルーピン、今週分を持ってきた。む、先客がいたか?」
「いや、大丈夫だ。いつもありがとう」
「早く飲みたまえ。エミヤはどうする?」
「丁度私も用事があった。恐らく、彼女と同じ理由だろう」
「そうか。構わんか、ルーピン?」
「大丈夫だよ」
スネイプ先生はゴブレットをデスクに置くと、足早に部屋から出て行った。同時にルーピン先生はゴブレットを手に取り、一気にその中身を飲み干した。その表情からして、あまり薬の味は良くないらしい。
「さて、本題に入ろうか」
「あ、はい。先生、もしよろしければ吸魂鬼の撃退法を教えてほしいのですが」
「理由を聞いてもいいかい?」
ルーピン先生は真っすぐと私を見つめ、問いかけてきた。なので私もその目を見つめ返し、自分の本心を話した。
十分ほど話したか。休みなく、要点を的確に話していたため、のどが渇いてしまった。と、横合いから私と先生に紅茶の入ったカップが渡された。こんなことするのはシロウ以外想像できないので、私は躊躇なくカップの中を飲んだ。
「…ふぅ、ありがとうエミヤ君。さてマリー、君の頼みだけど私でよければ指導しよう」
「本当ですか?」
「ああ、それにエミヤ君も同じ相談内容だろう? 理由は違うと思うけど」
「ですね。今更ですけど私の撃退法は言葉通り、吸魂鬼を消滅させるものです。こちらでは異端故、こちらの正攻法を覚えておきたいのです」
異端ってあの時ぼんやりと見えた炎の雨のことかな。もしかしたらあの十字架のような剣を使ったのかも。
「教えるのはいいよ。でもこの魔法はとても高難易度の魔法だ、生半可なきもちじゃあ習得できないことを念頭に置いてほしい」
「はい」
「よろしい、じゃあ早速今から始めようか」
先生はそう言うと杖を一振りし、ボガードの入っている棚ごと壁に寄せて片づけた。そして椅子も下げ、私とシロウの前に立った。
「いいかい? 今の魔法界では吸魂鬼を撃退こそすれ、倒す方法はエミヤ君以外持ち合わせていない。これから教えるのはその撃退魔法だ」
ルーピン先生は静かに言葉を紡ぐ。
「呪文はこう、『
ルーピン先生の指示に従い、私たちはめを閉じる。思い浮かべるのは私自身が幸せだと思えるもの。最初に思い浮かんだのは家族。私がいて、父がいて、母がいて。あり得たかもしれない、二度とかなわない光景を思い浮かべた。
嗚呼、この光景が現実であれば、どんなに幸せなのだろう。
「思い浮かべたようだね。それじゃあゆっくり目を開けて」
言われたように目をあけ、そして杖を取り出す。
「じゃあ二人とも、頭で思い浮かべたことを忘れないようにして、そして呪文を唱えて」
「『
「『
二人同時に呪文を唱える。すると私の杖先から幾筋もの靄が出た。シロウのアゾット剣からは、いくつもの剣が形成され、シロウの周りに滞空している。が、その形はハッキリとはしていなかった。
「……まさか不完全とはいえ、一発で発現させるとは」
ルーピン先生はものすごく驚いた顔をしている。でもシロウの剣ならともかく。私の
「先生、もう一度いいですか?」
「いいよ。ただし、あと一度だけだ。今日始めたばかりだしね」
私は先生のその言葉に頷き再度目を閉じた。
頭に思い浮かべるのはあったかもしれない過去ではなく、これからあるだろう未来を想像することにした。
私にとっての幸福とは、ごくごく普通の家庭を築くこと。それ以外は想像できない。
私は母になっていた。息子と娘、夫、その親類たちに囲まれている情景。夫の顔は――――
「思い浮かべたかい? それじゃあゆっくり目を開けて、呪文を唱えて」
先生に言われたことに従い、杖を取り出す。
「
呪文を唱えると同時に、杖先からまばゆい光が放たれた。そして大きな影が杖先から飛び出し、事務室の床に着地し、立ち上がった。
――その影は人型だった。
――その人影は今のシロウと同じような体躯だった。
――その人影はどこか見たことのある双剣を携えていた。
――その人影はどこか見たことのある外套を身に纏っていた。
しばらく人影は佇んでいたけど、やがて
「まさか成功させるとは…でも動物じゃなく人型守護霊なんて聞いたことがない。加えてエミヤ君はそもそも生物じゃなかった。これは…」
先生が何か言っているけど、正直いまので結構疲れてしまった。私は近くの椅子に座り、大きく息を吐いた。
「マリー、大丈夫か?」
「うん、平気。でもちょっと疲れちゃった」
「ああ。今は休んでおけ」
シロウに促され、私は襲ってくる眠気に身を委ねた。今なら悪夢を見ることなく眠れそうだ。
◆
あの少女。
一度こちらに迷い込んできたが、その時から繋がりが少々強くなった。まぁあの小僧と親密にしているのも理由の一つだろうがな。
あの子を初めて見たとき、その目はとても澄んだ緑色をしており、一本通った筋を感じられた。あの子なら、凛や桜、イリヤが認めるのも頷ける。才能もあり、しかしその心は人間として間違っていない。オレの一分身の記録に出てくる、月の聖杯戦争の勝者に才能があるような感じだな。
そして彼女らの世界の守護霊魔法。ここから小僧を通して見ていたが、まさかオレを出すとはな。いやはや、まさか無意識化で「守護する者」にエミヤシロウを選ぶとは、どこか面白く感じる。
「シロウ、ここにいたのですか」
「ん? ああ、少し小僧を通してな。あいつのいる世界を見ていた。なかなかどうして、俺たちの世界とは違って平和だよ」
「そうですか。彼がどのような道を歩むのか、楽しみですね」
たまにここに来るアルトリアも交え、今見ていたことを話す。正規の英霊になってからというもの、守護者のような仕事には片手の指ほどしか駆り出されていない。以前に比べ、随分と平和な時を過ごしている。癪だが、あの小僧のおかげだろう。
「それにしても…」
「どうした?」
「魔法大臣とやらのシロウに対しての態度、可能ならばこの剣で教育し直したい!!」
「いや、それ使ったらイギリス滅ぶからな? 小僧も気にしていないだろうし、落ち着くんだ。『
はい、ここまでです。
なんかグダグダですみません。次回は恐らく先にデレマスを更新します。
それでは今回はこのへんで。