――よう
――貴様がアーチャーの言っていたやつか。何者だ。
――それは一番お前が判っているはずだぜ、ククク。いやーお前が奴を倒したことでようやく表に出れた。
――お前は…
――おおー御名答。察しの通り俺様は復讐者のサーヴァント、アンリ・マユの真名を持った最弱のサーヴァントさ。
――お前は一体何を望んでいる。また冬木の時のように災厄を世にばら撒くか?
――おいおい、そりゃ俺がまだ
――その証拠は?
――あの
――そうか
――それより気を付けな、今回の奴でわかったと思うが…
――ああ。少なくともあと六体、サーヴァントの出来損ないと戦うのだろう?
――そういうこった。まぁ、もしもの時は俺が力を貸すぜ。何せ俺は人間相手にゃ最強だからな。
――ふむ、ある意味では心強いな。
――嬉しいこと言ってくれるねぇ。それより、そろそろお前さんは休めや。そら、お姫様の登場だぜ。
――ならまた後で、色々と聞かせてもらおう
――おう
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アヴェンジャーと話していると、今の戦いを見ていたのだろう、マリーが近寄ってきた。一足遅れてブラックもこちらに来ていた。まぁあの二人に関しては俺の素性を知っているから、見られても余り支障はないか。
それにしても今回の戦い、今更気が付いたが、奴と打ち合う度に魔力を吸われていた。奴自身ではなく、核となっていたカードに吸われていた。そしてそのカードだが、今は俺の体に溶け込んでいる。意識すると、再び俺の手元に出てくることから、このカードは俺の管轄下にあると考えていいだろう。
それにしても魔力を使いすぎたし、吸われすぎた。魔力を吸われている状況での固有結界展開は流石にきつかったか。動くことはできても、この世界の攻撃魔法を使う魔力は残っていない。
「シロウ、大丈夫?」
「ああ。動けるが、今日は魔法は使えないだろうな。それより、君らには怪我はないか?」
「大丈夫だ。我々は君らの邪魔にならないよう、結構距離をとっていたから」
「そうか」
それを聞いて安心した。
「じゃあ校長室に行こう。今後の方針の話し合いに君が必要だからね」
「それは分かったが、どうやって連絡を取ったのだ?」
この世界じゃあ守護霊を用いて伝言を伝えることが出来るそうだが、今奴は杖を持っていない。ならばどうやって連絡をとったのだ。
「ああそれはな、剣吾君に使い魔の魔術を教わってね」
「なるほどな」
あの子が教えたのか。ならば心配ないな。
すわりこんだ状態から立ち上がり、首を鳴らして腕を回す。どうやら全身にある傷以外には異常はないらしく、体は正常に動いている。その体の傷も持ち前の回復力とマリーの治療によって治りかけている。もう数分もすれば感知するだろう。
「さて、そろそろ移動を…む?」
「? どうしたの?」
「どうやら奴らのお出ましだな」
「奴らって…まさか」
今回の戦いをかぎつけたのだろう、吸魂鬼が大勢こちらに向かってきていた。予想できるとすれば、人よりも大きな魂にそれが抱いた正の感情。奴らにとってみれば最高級料理である。
「…ブラック、頼めるか?」
「分かっている」
俺が一言いうと、ブラックは懐に入れていたナイフを取り出し、自分の指先を傷つけた。指先から滴り落ちる血を俺の傷口に近づけ、俺の血と混ぜ合わせる。
一時的なラインを俺とブラックに繋いだことにより、俺たちの魔力とは異なる、しかし異常を起こさない魔力が流れ込んでくる。立ち上がった俺はアゾット剣を構え、幸福の念を込めた魔力を通す。
「
「
俺とマリーが同時に唱える。俺の短剣からは無数の西洋剣がミサイルのごとく飛び出し、マリーの杖先からは白銀に輝くアーチャーが飛び出した。其々が吸魂鬼を迎撃していくが、個々撃破の形になってしまうため、どうしても撃退が増加に追い付かない。抵抗むなしく俺たちは吸魂鬼に包囲されてしまった。
「これはまずいな」
「そのようだ」
正直先ほどから頭痛が絶え間なく襲い掛かり、視界も現実と封じられた記憶が移り変わっている。自分が覚えているはずのその前の記憶までも揺り起こされ、記憶の混濁が起こりそうになる。しかし葉を食いしばってそれに耐える。
「すまないシロウ。どうやら私の魔力が先に尽きそうだ」
「そうか、ならもういい。君が動けなくなったら本末転倒だ」
ブラックとのラインを切り、残り少ない自身の魔力を用いて守護霊を形成して迎撃する。マリーの守護霊は俺のと違い使い捨てではないため、未だ懸命に迎撃を続けている、が、マリーの顔は苦しそうに歪んでいた。
「…仕方ないか」
投影は魔法よりも魔力を消費するため、今の今まで控えていた。だがそうも言ってられない事態のため、黒鍵を作れるだけ作って滞空させる。狙いは全方位、自らを中心とした半球をイメージし、その方向に切っ先を向ける。
「シロウ!? そんなことしたら、シロウの魔力が!!」
「一掃できなくとも、これで誰かしらが異常を察知する!! それに少しでも数を減らせるのならば」
考えなしであり、いつもの自分らしくないのは分かっている。だが、今はこれ以外の方法が思いつかない。しっかりと狙いを定める。吸魂鬼は何も感じていないのか、ゆらりゆらりと距離を詰めてくる。
「停止解凍、全投影連続層写!!」
黒鍵は狙いたがわず吸魂鬼に飛び、投影した三十弱の黒鍵は全て吸魂鬼に刺さり、それらを炎で焼き尽くし、風で切り刻んで分解し、土塊に変えて崩し、水で圧縮して潰し、真空状態で破裂させた。余波で巻き込んだ数も加えて五十弱の吸魂鬼が消滅した。
◆
いつものシロウらしくない方法で吸魂鬼は討伐されたけど、まだ二十体ほど残っている。私の守護霊も霧散しかかっている。シロウの討伐にも誰かが気づくこともないかもしれない。
先ほどから視界がチカチカと瞬き、幸福のイメージにほころびが出始める。それに伴い、私の守護霊の動きも鈍くなっていく。魔力をもうほとんど残していないシロウとブラックさんは肩で息をし、膝をついている。加えてシロウは頭を抑えてうめいている状態だ。今この状況では、私の守護霊だけが唯一の戦力である。
しかしながら私もさっきから現実と幻が混ざり合っている。正直いつ脳が処理落ちして気絶するかわからない。
『リリー、マリーを連れて逃げろ!! 奴だ!! ここは僕が食い止める!!』
男の人の声が聞こえる。まるで記憶が揺り起こされるように頭が揺さぶられる。今の声は、恐らく私の父親の声。そして状況は両親が殺されたハロウィンの夜の情景だろう。
『ここは通さないぞ!!』
『愚かな男だ。
ヴォルデモートが魔法を使った声が聞こえた。父はこうして殺されたのか、そして母も。どうして吸魂鬼はこうも思い出したくない記憶を掘り起こすのか。そして私たちを絶望させようとするのだろうか。
このまま身を委ねたら楽になるのだろうか。
そんな考えが頭に浮かんだ。彼らに捕まったら最後、魂を吸い取られて生ける屍になるそうだ。もう正直守護霊は保つことはできない。諦めてしまおうか。
『マリー大丈夫よ』
不意に女性の声が聞こえてきた。私が聞いたことのない女性の声、しかしどこかペチュニア叔母さんと似ているような声の女性だ。
『たぶん私も殺されるでしょう。ごめんなさいね、貴方を独りにすることになってしまって』
女性の、母の言葉が続く。
『どうかこの子が争いごとに身を置くことがありませんように。沢山の友達が出来て、沢山の優しい人たちに会って、そしてささやかな…幸せな…明るい未来を歩んでいけますように…』
それは、親なら持つであろうささやかな願い。あの夜、母が私に残した願い。
『どけ、小娘!!』
『お願い、この子だけは』
『どけ!!
悲鳴と共に母の命が果てる。私は人伝でしか両親の最後を知らなかった。しかしいま、声だけだったが両親の死の様子を知ることが出来た。そして母が残した願いも。
今ここで諦めたら両親の、母の願いを無下にしてしまう。それはできない、させない。
たったこれだけのことで意識を変える私は、もしかしたらものすごく単純な女なのかもしれない。でも今はそれでいい。この単純さで今の状況を打開できるのなら。
思い出せ、私の夢を。
思い出せ、託された願いを。
思い出せ、受け取った想いを。
そして
「『
イメージを確立し、呪文を唱える。その瞬間、私の杖先からは今までの比ではない、太陽みたいに眩しい輝きが放たれた。
◆
大の大人が全く役に立たないなど、これほど悔しいことはない。自分の力不足のせいで親友の娘一人に最後を任せることになってしまった。余った魔力を用いてシロウの短剣で守護霊を呼ぼうとしたが、短剣に拒絶され、魔法を使うことが出来ない。
何か手がないものかと考えているとき、突如頭上で眩しい光が放たれ、私たちを中心にしてまるで昼のような空間が出来上がった。普段日が照っていても余りわからない吸魂鬼のローブの皺の秘湯一つまでが肉眼で見れる。
「これはいったい……」
私は光の発生源に目を向けた。そして不覚にもそれに見入ってしまった。
マリーの杖先から放たれた光はそれ高く立ち上り、そこで大きくはじけた。キラキラとした光の粒と共に舞い降りたものをみて、私は開いた口が塞がらなかった。
――それは人の三倍ほどの大きさだった。
――それはバランスの取れた人の女の形をしていた。
――それは長い羽衣のようなものを翻していた。
――それは八枚の大きな翼をはためかせていた。
驚くなんてものじゃない。そもそも彼女が使っていた守護霊が人型だったことにも驚いた。しかし今度はどうだ? まるでこちらが本来の守護霊とでもいうように、大きな天使はその存在を際立たせていた。
天使の登場から吸魂鬼の動きが止まる。まるでこれ以上近づいてはならないとでもいうように。
「~♪」
天使は宙に浮いたままゆっくりと口を開き、そして美しい声で歌いだす。それに合わせて全身から発せられる白銀の波紋。球状に展開、伝達された波紋に当たった吸魂鬼は、例外なく弾かれ、はるか遠くに飛ばされ、その場から逃げていった。
ものの数秒で吸魂鬼は撃退され、私たち三人と守護霊だけが残った。周りにはもう吸魂鬼の気配はない。凍り付いた地面や大気も、マリーの守護霊によって再びぬくもりを取り戻している。
「二人ともごめんなさい。もう…限界……」
力を使い果たしたのか、前方に倒れこむマリー。しかしその体は天使によって支えられ、ゆっくりとシロウに渡された。そして天使は二人を包み込むように一度輝いたのち、魔力へと還っていった。
後方から複数の足音が聞こえてくる。異常を察知した誰かが来たのだろう。さて、彼女は医務室で休ませて、私とシロウは事後処理にあたるとしますかね。
はい、今回はここまでです。
マリーさんの完全態守護霊は、八枚翼の天使でした。外見イメージは、デジモンのエンジェウーモンを思い浮かべていただければ。
さて、次回は事後処理とクィディッチ優勝杯のさわりまで行こうと思います。
それでは今回はこの辺で。感想お待ちしております。