「ねぇロン」
「何だい?」
「シロウはどうやって課題を熟すと思う?」
「たぶん薬かなんか使うんじゃない? この前スネイプと話してるとこ見かけたし」
「あ、なんか食べてる」
「あ、鰓が出来た。うわぁ、もうシロウさん関係で驚かないと思ってたけど」
水を飲みながら薄暗い水中を進んでいく。思えば湖に赴くことは多かったが潜る、特に中央の深い部分には入ったことはなかった。海ではないため多少視界が悪くなると覚悟していたが、どうも疑似的に魚人になったことで水中でも大して変化なく視界を確保している。
小さな淡水魚の群れの横を抜け、人よりも遥かに大きい水草の群衆の間を進み、悠然と泳ぐ大
「……静かだ」
思えばこれほど静かな世界は初めてだ。一人でいるときであっても、何かしら声や鳴き声などがいつも聞こえていた。ふと泳ぐのをやめ、仰向けの態勢になって水面を眺める。そうすることで耳に聞こえる音は、完全に無となった。剣吾がまだ小学生だったころは、よくパソコンで宇宙中継などを観ていた。その時の動画も無音で、カメラに映る地球が静かに動くさまを見ていた。
暫く無に任せて休憩したのち、俺は再び泳ぎ始めた。腕時計を見る限り残り時間は四十五分、少しゆっくりしすぎたか。観客席ではどのような反応がなされているか少し心配だな。
暫く泳いでいると、再び水草地帯に遭遇した。微かにだが、奥のほうから綺麗な歌声が聞こえてくる。どうやらこの先が目的地らしい。水草をかき分けて進むと、今までの霞み具合が嘘のように澄んだ場所に出た。そしてオレは目の前に広がる光景に目を奪われた。
ハッキリというと、そこはまさに街だった。地上と変わらない、岩や石で組み立てられた家々に、店のようなものまで存在している。家々の窓や扉の前では、老若男女何人もの人魚が顔をのぞかせている。
極めつけは市街地の中央にそびえ立つ巨大な岩塊。人を優に超える大きさを誇る岩塊の天辺からは、数本の綱が伸びている。そちらに泳いでいくと、合計六本のロープが一メートルほど伸び、その先に足の括りつけられた
六人の顔を順に見ていくと成程、オレが取り返すのは剣吾というわけだ。そう考えて剣吾に近づいたが、そこでオレは近づくのを辞めた。そして剣吾の顔をジッと見つめる。
「……おい。まさかお前」
気が付いてしまった。このバカ息子の瞼がぴくぴく動いているのを。そして口をつぐんでいるのは、出来るだけ空気を消費しないようにしているのだろう。他の五人が魔法で眠らされているのなら、こいつは何らかの原因で魔法が作用せず、最低二十分息を止めていたのだろう。
――……起きんか。今まで何度お前の狸寝入りを見てきたと思ってる。
――あれ? 父さん早いな。
――事情は後で聞く。念のため綱はオレが切るが、自力で泳ぐか?
――そうするよ。体をほぐしたい。
念話で会話を済ませ、アゾット剣でさっくりと綱を切る。だが息子は気づいていないのか、固まって動かない。
「――
指先に魔力を込め、息子のでこの前で構える。その時その顔を泡頭呪文で覆うこと忘れない。ふとした拍子に窒息されては嫌だからな。そして構えた指を額の前に持っていき、一気に解放する。
「っ!? いって、何すんだクソ親父!?」
――お前がいつまでも寝てるからだ、早く水から上がれ。冷えるぞ?
「……とりあえず、息できるようにしてくれてありがとう」
そう言うと、ゆっくりと水面に向かって浮上する。念のためオレも隣に付き添い、ともに浮上する。遠くのほうでぼんやりと赤い光が数度瞬いたが、気のせいだろう。水面に出ると、大きな歓声が響いた。どうやらオレは課題クリアと判断していいらしい。腕時計を確認すると、残り時間は三十分はあった。そしてスタート地点に目をやるが、ボーバトンの生徒二人がタオルにくるまっている以外選手はいない。
オレと剣吾は水から上がると、二人の許に近寄った。
『どうした? 人質のところには来なかったようだが』
『……? っ!? 貴方は、熟したんですか!?』
『どうなのですか!?』
二人はこちらに顔を向けると、鬼気迫る形相で駆け寄ってきた。どうやら様子を見る限り、途中で妨害によってリタイヤすることになったらしい。ということは先ほどの赤い光は彼女らが上げた救難信号か。
「……剣吾。行けるか?」
「問題ない。――
オレは水着のまま、剣吾は礼装を装着して再び水に飛び込んだ。『鰓昆布』の効果は切れているため二人とも泡頭呪文をかけ、オレは投影した剣をオールのように、剣吾は風の魔術を利用して高スピードで再び人魚の町に入る。
行き違いになったのか、残った人質はボーバトンの二人だけだった。二人とも、それぞれの選手を幼くした感じの少女であった。時計を確認すると残り時間は十分弱、最初の行きよりは時間がかかった。たぶんここで彼女らを助けなかったとしても、試練終了と同時に人魚が送り届けてくれるだろう。だがだからといってここで彼女らを助けなかったら、オレはオレを許せないだろう。
息子も同じような考えだったのか、デラクールに似た少女の綱を切り、自分に引き寄せた。オレもマルタンに似た少女を自分に寄せ、二人して水面に上がっていった。
水面に出ると同時に、意識を取り戻す二人。成程、本来なら剣吾もこうして目を覚ますはずだったのか。水から上がった二人の少女は、それぞれよく似た少女に抱きしめられていた。
「……まぁ意味はなかったかもしれんが、あの四人の笑顔が見れただけでも、な」
「うん。冬木で人助けしてる時も思うけど、この笑顔が見たくて人助けしてるんだよな」
どうやら血は争えないらしい。オレも息子も、人助けの報酬は貰うことなく、助けた対象が笑顔を浮かべてくれたらそれで満足してしまう。まぁ息子の場合は自己犠牲の精神がオレよりも薄いため、アーチャーのようになる可能性はほとんどないだろう。
服を礼装から私服に戻した剣吾は、ルーン魔術を使って服を乾かしていた。もう数分で乾ききるだろう。周りを見ると、どうやらボーバトンの二人以外は自力で人質を助け出したらしい。まぁ他の六人も無事でよかった。
剣吾が服を乾かし終わり、オレは制服に着替え終わったとき、ボーバトンの四人がこちらに駆け寄ってきた。
「あなたたちは、私たちの妹を助けてくれました!! あなたたちの
声を詰まらせながら、デラクールが代表してそういった。彼女と、そしてマルタンの隣に侍る少女に目をやる。似ているとは思っていたが、まさか妹だったとは。成人してないだろうから、恐らく付き添いで付いてきたのだろう。
『ミス・マルタンには課題の前に言ったが、俺たちの自己満足のためだよ。それと話しにくいならフランス語で大丈夫だ。むすk……剣吾も通じるし話せるから』
『ええ、ですから気にする必要はないですよ』
二人してフランス語で応対すると、デラクールとマルタンは感極まったかのようにオレたちに抱き着き、両頬にキスしてきた。まぁ欧米では頬のキスは挨拶のようなもの、今回は感謝を表したものだろうがな。そして救出した妹たちもオレたちに一度抱き着き、医療テントに戻っていった。
「あの二人を見る限り、恐らく水魔に襲われたか。お前も見ただろう?」
「鋭利なもの、恐らくヒレとかで切られたり、道具で殴られたりしたんだろう」
「まぁ幸い怪我は浅そうだ。消毒して薬を塗れば問題ないだろう」
見えないように釣りの道具を投影し、ローブから取り出すように外に置く。剣吾も同様にしてリール付竿を取り出していた。
現在課題の結果について審査員たちは協議している。何やら威厳のある人魚を交えて話をしているが、思うように進んでいないみたいだ。というか、ダンブルドアは人魚の言葉を話せたのだな。
これは時間がかかりそうだ。そう判断したオレは、息子と並んで釣り糸を湖に垂らした。
「ところで、なんでお前には魔法がかかってなかったんだ?」
「ん? ああ、たぶんこのネックレスだろうな」
「む? それは……ハッチャケ爺さん作か?」
「うん」
「まさかと思うが……"うっかり"外し忘れたか?」
「……( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」
「このバカチンが。そういえばお前、オレをクソ親父と言ったな?」
「……あ」
「お前の今日の晩飯は激辛麻婆豆腐だ」
「それだけはやめてッ!?」