錬鉄の魔術使いと魔法使い達   作:シエロティエラ

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お待たせしました。
それではどうぞ。





18. 直前呪文

 

 

 

 

 宙を舞う赤、倒れ伏す男。

 怨念の塊のような侍が刀を振った瞬間、三つの斬撃が()()にシロウを襲い、三つともシロウを切り裂いた。胸を逆袈裟に斬られ、更に首と胴にも深い切傷があり、そこから途切れることなく血が流れている。

 侍はそれを見て勝ったと思ったのだろう、手に持つ刀の剣先を下げ、構えを解いている。実際勝負はついたのだろう。あの技は二年前、シロウがヒュドラを倒した技に勝るとも劣らない。否、同時の斬撃であることからもしかしたらあれよりも上かもしれない。そんな技を受けて無事であるはずがない。

 

 

「これでいい……これで邪魔者はいなくなった」

 

 

 復活したヴォルデモートとその配下たちの声が響く。配下たち、"死喰い人(デスイーター)"は大なり小なり差はあるが皆口元と声に嘲りを乗せ、対するヴォルデモートは安堵するような雰囲気を出していた。それほどにまでシロウを危険視していたということだろう。

 

 

「さてマリーよ、これで邪魔者はいなくなった」

 

 

 今度は私にヴォルデモートが語りかけてきた。

 

 

「もはやお前を守護する者はいない。ダンブルドアもここには来れない、正真正銘一対一だ」

 

「決闘のやり方は知ってるなマリー? まずは杖を構えてお辞儀だ」

 

 

 そういいながら私から距離をとるヴォルデモート、配下たちはまるで試合場を作るかのように私たちを円形に囲む。これで物理的にシロウとはほぼ遮断された。一応ラインでシロウが生きていることは分かるが、それもすぐに治療しないと時間の問題だろう。いくらとんでもない治癒力を持つシロウと言えど、流石にこのままでは死んでしまう。

 

 

「どうする? ここで決闘せずに俺様に殺されるか? それとも俺様と戦い、生き残る確率を上げるか?」

 

「……」

 

 

 その問いかけに対し、私はゆっくりと立ち上がった。どうせ戦っても負けることは確定している。戦いの年季も知っている知識も、決闘に必要なものは何もかもヴォルデモートに軍配がある。余程の奇跡がない限り、()()()()()()()()()()()は不可能だろう。

 でもここで少しでも抵抗しないのも嫌だ。小娘は小娘なりに最後まで抵抗するとしよう。

 

 

「ほう……」

 

「……その決闘、受けるわ」

 

 

 首の傷跡の痛みを堪え、ヴォルデモートの真正面に立つ。右手には私の杖を持ち、動きやすいようにローブは脱ぎ捨て、スカートの片方の裾は縦に割いてスリットを入れている。生き残るためなら、どのような醜態でも晒そう。たかが足や下着が見えるくらいで生き残る可能性が上がるなら問題ない。

 

 

「……始めるか、『苦しめ(クルーシオ)』!!」

 

「んぐッ!? あああああああ!?!?」

 

 

 ノーモーションで使われた"許されざる呪文"の一つ、"拷問の呪文"を使ってきた。流石は「闇の帝王」を自称するだけはある。本気で私を苦しめ、痛めつけ、殺そうとする意志が呪文を通して私に伝わってくる。シロウはこの痛みを受けても平気だったのか。今までこの痛み以上の苦しみを受けてきたのだろうか。

 

 

「痛いか!! もう嫌か、もうこのような苦しみを味わいたくないか!!」

 

「……」

 

「なぜ答えない。『服従せよ(インペリオ)』!!」

 

 

 間髪入れすに"服従の呪文"を使われた瞬間。私の意識はふわりとおぼろげになった。例えるなら何もない空間に、ふわふわと自分に適度な柔らかさで浮いている感じである。

 

 

(嫌だと言え)

 

 

 突如その空間に声が響く。自分では声に従わないと思っていても、体が言うことを聞こうと動いてしまう。私の口がゆっくりと動くのが分かった。私のように自分を保てる人間もこうなるのだ、対呪術力が低いロンとかなら呪文を受けたことも気づかないだろう。

 

 

(嫌だと言えばいいのだ)

 

 ――言いたくない

 

(嫌ださえといえばいいのだ)

 

 ――言わないわ

 

 

 言いたくないという意識が働いたのか、私の口動きがの止まった。しかしその体勢のまま私は固まり、その様子に周りから怪訝そうな声が聞こえる。

 

 

(嫌だと言え。それさえ言えば良いのだ)

 

 ――……私は

 

『よくもまぁ粘るものだ』

 

 

 私の中に三つ目の声が響いた。振り返るとそこにはいつか見た男が立っていた。シロウにそっくりな白髪を掻き上げて立たせ、上下に分かれた赤い外套を黒い軽鎧の上に纏った男性が、腕を組みながらニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 

『……あなたは?』

 

 

 私の考えが正しければ、彼は本来現世に関わることはない存在。シロウの別の可能性の姿のはずだ。

 

 

『なに、カードを介してあの未熟者に喝を入れようと思ったのだがね。こちらが苦戦しているようだから来たまでだ』

 

 

 それは……喜んでいいのかわからないけど、助かることには変わらない。感謝こそすれ、遠慮するのは間違いである。

 

 

『さて、今君は魔法とやらで干渉されているようだが。手助けは必要かね?』

 

『切っ掛けだけお願いします』

 

『全てを頼らないだけ、随分と成熟しているな』

 

 

 口元に笑みを浮かべながら黒い大弓と細く捻じれた男。なにもない空間の一点を見つめ、鷹のような目を細めて弓を弾き絞る。ああやはり、姿や表情は違えど、彼はシロウだということがわかる。彼がどのシロウかわからないけど、魂にまで刻まれたその在り方は隠しきれないものである。特にここは私の精神世界、心の中である分彼のことが伝わってくる。

 

 

『……征け』

 

 

 たった一言呟かれた声、しかしその言霊を受けたかのように矢は飛び、真っすぐ彼の見つめる先に吸い込まれていった。そして。

 

 

『弾けろ』

 

 

 その声が響いた途端、暗闇の奥がひび割れた。その亀裂は一度大きく蜘蛛の巣のように広がった後、徐々に修復されていく。この亀裂が塞がったら最後、二度と呪文は解けず、私は殺されるだろう。

 私は一度彼に方に振り返った。

 

 

『……ありがとうございました』

 

『礼はいい。それよりも早く戻り給え、君にはやるべきことが残っているのだろう?』

 

『はい。行ってきます』

 

 

 それだけをいい、私は亀裂の中心に向かって駆けだした。最後に見た彼の表情、慈しみを含んだその微笑はやはりシロウと一緒だった。この邂逅は夢か現実か、いずれにしても、彼の助けに報いるために今は目を覚まそう。

 

 

(さぁ、嫌だと言え!!)

 

 ――私は……

 

「言わないわよ」

 

 

 私が発したのは、ヴォルデモートの指示を拒否する声だった。そのことに配下たちは一様に驚き、ヴォルデモートは目を見開いていた。だがその目は直ぐに細められ、こちらを見透かすように見つめてきた。

 

 

「……やはり破ったか。あの日記の干渉をはねのけただけはあるな」

 

「……どうやら予想通りだったようね」

 

 

 でも状況は変わらない。振出しに戻っただけだ。

 

 

「では……」

 

 

 ヴォルデモートがゆっくりと杖を掲げる。それに合わせて私も杖を構え、利き腕を顔の右に、そこに左手を添えてヴォルデモートを見据える。相手が使ってくるのは確実に"死の呪文"だろう。それに対抗できる同格の魔法を私は知らない。精々"武装解除の呪文"ぐらいだろう。だが何もないよりかはマシだろう。

 

 

「『死ね(アバダケダブラ)』」

 

「『武器よ去れ(エクスペリアームズ)』ゥ!!」

 

 

 偶然か必然か、私とヴォルデモートは同時に魔法を使った。互いに突き出した杖の先から、緑と紅の閃光が飛び出し真正面からぶつかった。

 次の瞬間光がはじけた。

 ぶつかった場所から一瞬で私たちの杖に光が伸び、繋がった。

 杖は手が痛くなるほど振動し、持ち手は焼けるように熱い。私とヴォルデモートの杖を繋ぐ光の綱は、中央に大きな玉を形成して震えている。その光の玉から放射状の者が上に伸び、私とヴォルデモートだけを入れたドームになった。

 玉は私と奴の杖の間で揺れ動く。私は玉を奴の方に押し込めるように、杖に力を送り込む。するとゆっくりと、しかし確実に玉はヴォルデモートの杖へと動き、そしてついにその杖先に触れた。

 すると次の瞬間、触れた杖先から四つの霞の塊が飛び出し、私のそばに形を作って侍った。一人は見たこともない魔女、一人は夢で見たマグルの老人。そして残りの二人は……。

 

 

「父さん……母さん……」

 

『マリー、ここは堪えるんだ』

 

『少しの辛抱よ』

 

 

 霞の父さんと母さんは私に語り掛ける。霧の彼方から聞こえるような感じだが、私にははっきりと聞こえている。ヴォルデモートはこの現象に驚きを隠せず、これでもかと目を見開き、こちらを凝視している。

 

 

『あの男、わしを殺しやがった。頑張るんだ、嬢ちゃん』

 

『あなたが誰かは分からないけど、あの男は犯してはならない一線を越えた。お嬢ちゃん、あの男を止めて』

 

 

 魔女と老人が私を励ます。たぶんだけど、この人たちは奴がその手で殺した人々なのだろう。もしかしたらこのまま待っていたら、彼ら以外にも人が出てくるかもしれない。でも悠長に待ってはいられない。今は早くこの場を離脱し、シロウと治療しなければならないのだ。

 

 

『奴の限界も近い。そのときにこの綱を切り、あのトロフィーを使うんだ』

 

『母さんたちで時間を稼ぐわ。大丈夫、貴方ならできる』

 

 

 両親も私を励ます。言葉の一つ一つに力が込められているようだ。

 

 

「―――――――ッ!?!?」

 

 

 突如響いた雄叫び、いや断末魔の叫び。それは先ほどまで円陣の外にいた侍の声だった。咄嗟に全員がそちらに目を向ける。それがチャンスだった。

 

 

『『いまだ(よ)!!』』

 

 

 両親の声が響く。同時に私は杖を捻り、綱を切った。同時に霞の人々は一斉にヴォルデモートに群がり、その身を散らして濃い霧を創り出した。別のシロウに両親たち、彼らの作ってくれた機会を無駄にしないために、私は優勝杯へと駆け出した。

 

 

 






はい、ここまでです。
あと二、三話で四巻は完結です。来月ひと月全く更新できない分、今月である程度更新しようと思います。
それではまた、いづれかの小説で。



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