宇宙海賊ミーメの大冒険   作:沖田十三郎

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第一章 第三回

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 紫の燐光に縁取られた光の渦へ突入し、最初に知覚したのはけたたましく自己主張を繰り返す(鳴り響く)警報装置の悲鳴だった。

 警報の種別は異常事態を示す比較的軽度のもので、けれどもそれ故にほとんど鳴る事のない種類のものだったから、ミーちゃんの背筋はびくりと震えた。

 ――なんだろっ?こんなの久しぶりだよ? 

 そんな未知への恐怖は艦橋の外に広がる今までに見た事もない…あれ?

 なんだか見た事がある気がするよっ?な絶景に消え去った。それは滝の様であり、それは虹の様であり、それは……。

「綺麗だね、ミーメ。 まるで、あの時(・・・)見た光景を思い出すじゃないか」

 ミーちゃんの唇は意識することなくそんな言葉を紡いだのだった。

◆   

 上下左右、知覚する事も難しいほどの複雑な振動を抜けてデスシャドウは亜空間廻廊内への突撃に成功した。―――これを成功したと呼んでもいいのであれば、だがな。

 深い深い色合いの中に淡色(パステルカラー)が弾ける流体光(エーテル)の廻廊。超空間跳躍航法における亜空間廻廊に若干似てはいるが、明らかな別物だった。

 これと似たような光景を、俺は知っている。

 そう、この光景は―――

「綺麗だね、ミーメ。 まるで、あの時(・・・)見た光景を思い出すじゃないか」

 俺以外の仲間には聞こえないであろう、だが俺にだけは辛うじて届くような呟きが、艦長席()の隣に佇むミーちゃんの唇から(こぼ)れ落ちた。

 

 その呟きを聞いて思い出した。

 ―――たしかに、ここに似た光景を俺たちふたり(・・・・・・)は知っている。

 あれは、ミーちゃんと出会ってすぐの頃だった。

 まだお互いに大した信頼や連携はなかった。俺は故郷(ヴァルハラ)からデスシャドウ(こいつ)盗み出し(かっぱらっ)たばかりだったし、ミーちゃんと出会ったのだってつい最近、それも偶然の成り行きの果てだった。まぁ縁があったといえば縁はあったんだろう。そこからは、ふたりだけが知っている大冒険(ひっちゃかめっちゃか)の日々だった。無茶無理無謀が舟に乗って旅していたと言っても過言ではなかったろう。

 ほとんど他人みたいなやつと一緒に居ても気疲れして仕方ない。だったら何でもやって早く共感しようと手と手を取り合ってどんな滅茶苦茶な事にも首を突っ込んで回っては逃げ回った。

 その総仕上げがアレだった。『空の大盗賊』アンタレスと一戦交えたあの時だ。

 極北の七色星団星域(オーロラフィールド)はまるで始祖の海皇星(アクエリアス)のような有様で、ハッキリ言って宇宙艦艇には些か不向きな絶景(大海)が広がっていた。

 しかし、あの時の感動は忘れようがない。

 それは、それほどまでに筆舌に尽くし難い美しさだったのだ。

 

|……。…………。《いや、ここは素直に白状しておくこととしよう。》

 

 単に美しいだけの記憶で済んだのであればどれほど良かった事か。

 俺たちが首を突っ込んだ時点で事態は引き返しようのない状況に陥っていた。

 結果、艦尾垂直尾翼は折れて溶けて吹き飛び、流体循環式精霊駆動機(エンジン)は永遠に沈黙し、艦橋は土台を残して完全大破(宙の藻屑となった)。せめてもの救いは竜骨(メインフレーム)の頑強さと中枢大制御室(メインコンピュータ)が艦のほぼ中央、メインフレームの最奥に位置していた事だったな。おかげで命拾いした。

 ホント、よくもまぁ生き残れたもんだと。くぐり抜けた頃には変な連帯感が生まれてミーちゃんとも意気投合。

 大破炎上し(ぶっ壊れ)た艦内で酒盛りしてそのまんま二日酔いで死にかけたっけか。

 懐かしい話だ。

 ――ミーちゃんのセリフで流体廻廊(この場所)に対する既視感や昔の事が一瞬で頭をよぎった。だが、懐かしいこの光景はあくまで懐かしさの箱の中に仕舞っておかなくてはならない。あの時と同じような終わり方以外の結末を迎えるために、それは絶対に必要な事だ。

 

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 亜空間廻廊は荒れていた。

 船の揺れは未だ収まる気配すら見せない。

 切っ先は艦橋の高さまで上がって、そして落ちた。

 艦全体が傾きながら横転に近い状態になりつつある。ここが上下左右のない宇宙だったから良かったようなものの、これが海だったらとっくの昔に藻屑である。

 ――洒落にならねーぞ、オイ。

 しかし、デスシャドウに乗る海賊たちは誰一人として慌てる事もなく冷静に対処していた。

 突入した亜空間航路のそれが大時化(おおしけ)である事など珍しい事でもなんでもないからだ。

 そもそも未知の光を纏いながら跳んだのだ。どこに繋がっていようが不思議ではないし、こういう状況すら当たり前のことだ。それが、船乗りの常識というものである。

 が、常識だからと云ってそんなものを歓迎できる人間などいるわけもないし、いるとすれば精神に何らかの異常を抱えていること請け合いだ。だから、船がねじ切れなかった奇跡に思わず笑ってしまいそうだった。

「デスラー、この状況に見覚えはある(を識ってる)か?」

 だから、船の右側に両存している漕ぎ手の席の隣、艦橋中央の副長席に座るヤッタランは前方から目を離さず右隣に向けて言葉を放――とうとした瞬間、艦橋の後方、階段に繋がる扉が蝶番(ちょうばん)ごと吹っ飛んできた。そうして現れたのはパジャマにジャケットをひっかけ頭にはナイトキャップなデスシャドウの左腕。

 そして扉が吹っ飛んだ数瞬後、押っ取り刀で駆けつけた人が叫「何をやっているんだアベルトっ! 今の横殴りは何なんだ!!」んだ。

 ――――訂正しよう。

 デスシャドウに乗る、事が起きた時に起きていた連中はまったく慌てたそぶりも見せなかったがこの騒ぎで起きた連中の中には慌てる者も少なくなかった。

「五月蝿いぞブルース!遅刻だバカ野郎! それと私はアルベルトだ。いい加減にしろこのトリ頭が!!」

 ―――重ねて訂正しよう。普段は優美をもって己を律することを旨とするデスラーにしては珍しく、いや相当に焦っているのか頭に血が上っているのか、彼の口調も荒れていた。

 まぁもっとも、おっとり刀で駆け付けた相手がパジャマの上からジャケットを羽織った上に頭にはナイトキャップとくればイラッとしようものであるが。

 なにはともあれ、ブルースが艦橋の席についたこの時をもって、宇宙海賊戦艦デスシャドウはようやっと目を覚ましたのだ。

 

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 デスシャドウの漕ぎ手は二人いる。右のブルース・J・スピード、左のアルベルト・フォン・デスラーである。この二人を合せてデスシャドウの両腕と呼ばれるのだが、この二人、操舵以外の相性はあまりよろしくない。もっとも、それは喧嘩友達のような歪な形の友情であるので誰も何も言わないのだが、とにかく二人揃うとやかましい。

 ブルースはおっとり刀ではあるものの席に着くやいなやコンソールビューを取出し左右で違う情報を処理し始め、振り向く事もなく デスラーに問うた。

「五月蝿いも糞もあるか。今の揺れ…いや、これ(・・)はなんだ!」

「見てのと……いや、ジャンプしようとして、何かに(あた)った。臨界時点の空間移層光(極光)が紫でな、俺も今まで見た事がない。で、跳んでみたらこうだった、ってなワケだ。警報ワンワン鳴らしてたのに起きてこなかった鳥頭にも少しは状況が入ったかよ!」

 斯様(かよう)に、この二人が揃うと(やかま)しいのだが、言葉の上では罵倒にしか聞こえないやり取りも二人の口元を見ればそれが互いに遊んでいるだけに見える事だろう。

 野獣のような笑みが浮かんでいるのだ。

 楽しいのだ。

 楽しくて楽しくて仕方がないのだ。

 子供のように純粋に、二人はこの難局を面白がっていた。これだから、海賊はやめられないのだと。

艦長(キャピテル)!こっからはアルベルト(こいつ)と俺の仕切りで良いか!」

 獣じみた笑みは尚一層深く、艶やかで美しく、デスラーの瞳に映る狂喜もまた眼前の波を乗り越える事にしか興味が無さ気だ。

「あぁ、任せる。この(ふね)此岸(しがん)へ着けろ!!」

 ミーメは楽しげに笑う二人を見て腹を決める。

 この二人に任せて沈むなら、この艦に乗る愛すべき馬鹿野郎たちはみな笑って死ぬだろうと。同時に、艦橋(ブリッジ)に居る残り五人の内、まともに話を聞きそうな二人に指示を飛ばした。

副長(ヤッタラン)重層空間天蓋壁(リヴァイアサンロード)の用意をしておけ。

 現出の(跳び出た)瞬間から何が起こっても不思議じゃない。ミ・レディ、周囲の情報()を拾え! 頼むぞ!」

 

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 視界の端、艦橋の外、光の帯が滝のように落下していくのが見える。が、今はそんな事はどうでもいい。どうせデスラーとブルースが罵り合いながらなんとかするだろう。

 目下の所、私がどうにかしなければならない最大の案件は

「――バァールジィィィィ!一体に何があった!? このじゃじゃ馬(可愛い子ちゃん)がいきなしグズり始めたぞ!」

 間違いなく動力源/機関室(こっち)だ。

 私は乗艦して間もない若輩(ルーキー)だが、これに関しては確信を持って言える。

「〈うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!〉」

 問題はこちらだ。絶対間違いない。

そしてもう一つ。

何より問題なのが

艦橋(ここ)からじゃ何もできないぜ、おやっさん…」

 問題解決の方法は、おおよそ全て機関長に委ねられているという現実が、同じ機械整備師(メカニック)としてバルジには歯がゆくて仕方なかった。

 

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「――バァールジィィィィ!一体に何があった!? このじゃじゃ馬(可愛い子ちゃん)がいきなしグズり始めたぞ!」

 ジャンプの報は聞いた。暫くぶりの本格的な火入れだからな、燃えるゼってな具合よ。

 何より直前の怪電波だ。何が起きても不思議じゃあねェさ。

 艦が揺れたとしても、まぁワープ直前だからな。珍しくもない…いンや、それはそれで問題なんだろうが、ミーメ(あの小僧)の船だ可笑しかぁねぇさ。

 ―――だがよ。

「〈うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!〉」

 どこの誰が主機が完全に停止す(落ち)ると思うよ。

 思わねェだろ、普通。

  ◆

 死の影を纏う愚者(デスシャドウ)という名の宇宙艦艇(ふね)数多(あまた)波頭(はとう)を乗り越えて、星の海を掻き分け 続けられてきたのには幾つかの理由ある。

 幾つかあるにはあるのだが、敢えて一つ。

 強いて挙げるのであればそれは艦の主機関(心臓)に毛が生えている事が最も大きな理由になるだろう。

 (いや)生えている(それ)では少し正確さに欠けるだろうか。

 正しくは『心臓に対して増強(築毛)し、整備精錬(育毛)しているから』と云うべきだろう。

 取り急ぎ、築毛と育毛に勤しむ彼らの事について少し語りたい。

◆      ◆

 前述したように、デスシャドウの強さの要因は幾つかある。

 艦の基本骨子(竜骨)その物の頑強さ、乗組員の精強さ、集団としての統率力、そして仲間としての規律の緩さ(気安さ)など様々だ。しかし、その最たる理由はピーキーな主機(美しきじゃじゃ馬)にあろうというのが艦外の人間の共通認識であることは疑う余地がない。

 そしてその認識はあながち間違いではないのだが、されどそれは真実に比して(こと)となる。その実(さい)たる理由はじゃじゃ馬(主機)それ自体の性能ではなく整備班が日々その性能と構造に対してアップデート(改造と改装と増築)をし続けているという事の方にこそ理由の比重は偏るのだ。

 しかし、その真実はほとんど艦外に漏れていない。それ故の錯誤(さくご)である。

 通常であれば主機関の改造だの改装だのは艤装整備工舎(ドッグ)にでも入れて本格的に拡張工事(弄り回す)でもして初めて可能になる事なのだが、デスシャドウの機関室の住人達はそれを溢れ出る熱意と根性で航行中でも可能にしてしまったのだ。

 ……主に趣味で。

 当たり前の話ではあるが、理由が理由すぎて外から見てこれを看破できるはずもなく、(もっ)て現状である。だが、果たして艦内でそんな大工事(コト)を断行する許可など長たる人から出るものだろうかという疑念もあるのではないだろうかと思う。

 解答は次のようなものになる。

『ん?機関室? いや、あそこで一番偉いのは窯爺だからな。俺にはなんにも言えんよ。それにあそこの事はよく分からん。ま、アイツらが楽しそうにしてるんならなにも問題はないだろ。好きにさせておいた方が上手く回るさ』

 まるで思考を捨てたの(ポイっとした)かのような台詞であるが、デスシャドウ艦長ミーメは全幅の信頼の下、機関室にまつわる全権を機関室長、通称・窯爺に任せたのである。

 そうして、機関室は現状―――魔窟と呼ぶにふさわしい独立自治区と化している。

     

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 時を少々巻き戻そう。先刻の女性……であろう声は機関室の住人にも聞こえていた。そして、切れ切れに聞こえる内容からは心弾むような冒険小説(ロマンノベルス)の気配が濃厚に(むんむんと)漂っていた。

 ―――ま、機関制御室の住人(俺様やコイツラ)にはあんましカンケーネー気もするけどなァ。

 だが、まず間違いなく艦橋組()の連中は ハッスルするだろうし、武器屋(マイスター)共は歓喜することだろう。なにせ新しい玩具で遊べる絶好の機会だ。楽しくないはずがない。

 そして年がら年中機関室(こんな所)に引き篭もってはいても、誰にも何にも云わずに機関室(艦の心臓)にハンモックを掛けちまうような連中でも、主機の轟音(唸り声)を子守唄代わりにしている連中でも、一応は海賊稼業にドップリ浸かってる身だから冒険に心躍らないとは言わないさ。

 だから、この先の展開を読んで(これからの大冒険に備えて)デスシャドウ号機関室の大番頭――機関制御に関しては艦長(キャプテン)をも凌ぐ権限を与えられたその男―――通称・窯爺(かまじい)は機関室の住人(愛すべき同胞たち)に全員でコトに当たる事(総員突撃!)を宣言した。

 いやはや、勘と云うヤツはバカにできないものだ。不幸中の幸いというべきか、経験則の勝利というべきか、窯爺の予感は的中したのだった。

 ―――不幸中の幸いっつーよか普通に不幸だけどもなァ。

 艦橋に上がっているバルジ(ルーキー)から「ジャンプに入ります、皆さん、宜しくお願いします」という一報が入った…のは想定通りだったのだが―――

 ―――まぁ、そうなるだろうなぁ。…って、さっきから周り(くど)いなテメェさんはよ。()よ話進めやがれ。

 

 …また地の文に突っ込む不逞(ふてい)の輩が……。

 まぁいい、それでは要求(リクエスト)通りサクッと進めよう。

 

 想定通りだったのだが、どうしたことだかジャンプ開始直後にワープ機関への撃鉄が下りたのだ。しかも下りたまま上がらない。正確には圧縮波動重力エンジンから延びる幾つかの超空間跳躍専用変換機(チャージャー )の撃鉄なのだが、これが意味するところはたったの一つ。それすなわち超空間へ至った後も跳躍航法が終了していないという事実である。

 当然のことながら、異常事態である。事実であるとか冷静に言っている場合では全然全くないのである。

 というか、超光速跳躍(ジャンプ)のはずが何をどう間違えたら超空間跳躍(ワープ)へ切り替わるというのか。

 …しかも、一言の断りもなくである。

 そんなことは有り得ないはずなのだ。

 だが、目の前に現実としてある以上、それはどれだけ否定したくとも事実は事実であり、如何なる言い分も紙上の染みに過ぎないのだ。

 それが万古不変、大宇宙の真理である。

 




2017年1月3日 改訂
2024年10月27日 改稿
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