宇宙海賊ミーメの大冒険   作:沖田十三郎

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今話の2段落目、15節からが新しい部分になります。
6年半も沈黙してしまって申し訳ありませんでした。




第一章 第四回

14/

 空間深度計の針が揺れ、超空間跳躍変換機の撃鉄が下りたままである事を認識し、窯爺は口の()を歪めるまでもなく楽しげに囁くような声で笑った。

「あぁ、やぁ~っぱこうなっちまったか」

 ミーちゃんとミーメ(あんのじゃじゃ馬娘ども)と出逢い、頼れる相棒とこの艦(デスシャドウ)に相乗りするコトになったあの時から一瞬の変わりもなく、行く先々で愉快事(トラブル)に行きあって来たのだ。

 今更エンジンの不調だの光速跳躍が空間跳躍に変わるだの、もはや日常茶飯事。この程度の事も楽しめ無くて、何が海賊。何が冒険家。

 そして何より、何が釜焚きだというのか。

 だから。

「おう、若造ども!楽しいな!!これが冒険の醍醐味ってもんだ。」

 外は時化だろう。艦は揺れている。だと云うのにも拘らず、窯爺――モトロ・ロックベルは愉快だった。ニィ、と笑んで喝を入れた。

 ◆     

 ――まったく。相変わらず楽しそうにしやがる。今がどんな事態か分かった上でこれ(・・)なんだからまったく救いがない。……まぁ、アタシだってそうなンだから人の事は言えないか。

 だけれど――

「アンタ! 馬鹿なこと大声で叫んでる暇なんかないだろ!! さあ阿呆共! ビスの一本で締め直しな! アタシ等がこの舟を浮かすんだよ!!!」

 先刻の窯爺の表情と何ら変わりのない凄味のある実に愉快そうな笑顔を咲かせ、ピナコ・ロックベルは柏手(かしわで)を打った。

 ―――ここからが我らの戦場であり、そして聖域なのだと言わんばかりに。

 ◆      ◆

 さて、築毛と育毛に勤しむ彼らの(ちょう)、窯爺の号令一下、機関制御班の全員が目を煌めかせるのと共鳴し、窯爺()の相棒ピナコ・ロックベルが吠え、彼らは動く。

 艦橋で艦の行く先を連動して導くのがデスラーとブルースなら機関室はモトロが上から引っ張って、ピナコが下から押し上げて、乗せられた馬鹿どもが調子に乗る事で爆発的な超絶馬力を発揮しているのだ。

 その一声で浮足立っていた馬鹿で(かぶ)いたお祭り騒ぎの阿呆者共は表情を引き締めた。

 ――もっとも、口の端をにぃぃぃぃっと歪めて三日月の形を描く事を引き締めると表現できるのであればだが。

 ◆      ◆      ◆

 モトロが(あお)り、ピナコが発破をかけ、阿呆共は狂乱する。

 これが機関室の日常であり、そしてこの異常事態においてもその日常は崩れない。いついかなる時も苦しみを伴う快楽に(ふけ)るのが彼らの生き方なのだ。この悦楽は、死にかける程度の事では手放せない。だから海賊稼業(冒険家)なんてギャンブル(生き方)ベット(身を投げて)しているのである。

 

 光速跳躍(ジャンプ)のはずが空間跳躍(ワープ)になってしまうというこの異常事態発生から前述のやり取りへ至り事態の対処が開始されるまでに要した時間はたったの二分間。

 

 少なくとも、たった二分で体制を立て直して事に対処出来うるその能力は異常だ。

だがしかし。

 対処できるのは船がまだ健在だからこそである。奇跡のようで悪夢のようなこの二分間をデスシャドウが生きぬけたのは彼らの力の賜物ではない。

 デスシャドウが今の形を得るに至ったその前から鎮座まします一柱の底力によるものだった。

 彼の名はカルシファー。

 デスシャドウにおけるミーメ、ミーちゃんに次ぐ最古株の一柱(ひとり)である。

 

15/

 広大な星の海に広がる多種多様な生命体はそれが知的生命体であれ原始生命体であれ、常識という言葉とはかけ離れたものである。

 極端な話をするのであれば、およそ知的生命体の想像し得る種はその大概が存在していると言ってすら決して過言とは言えない。

 事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。

 例えば、ヒト種に限定しても大きいのから小さいのまで、触覚があったり耳が長かったり異生物との混合であったり目が一つだったり複数だったり、それこそ『生物の多様性』という言葉の対象の広さに眩暈(クラクラと)することだろう。

 そんな多様な生物分布の中にあって近年その目撃例が極端に低く、群を抜いているのが精霊種である。

 この広大な宇宙にはまだまだ未知が尽きないが、しかし既知の範囲が広がり続けている事もまた事実である。

 我々はどこから来てどこへ行くのか。

 生物としての根源的な疑問に向かい、知識と知恵の怪物たちの挑戦と挫折(ざせつ)と勝利の(わだち)が現在の知の巨城を築き上げてきた。

 そんな知の冒険者たちが莫大な時間を懸けて挑戦し続け、しかし未だほとんど何も判っていないに等しいのが精霊種という精神生命体の在り方である。

 分かっている事と言えば、精霊種の肉体は精神の物質化であり、その肉体はエーテルの集積であること。それを可能としているのが精霊種がヒト種にとって息を吸うのと同様の感覚で用いる自在法と呼ばれる一種の魔法のようなものによって為さしめているということ。精霊種はいかなる星、いかなる銀河であろうと――(いや)、むしろこの宇宙その物に対してすらその対となる存在として存在しているということ。

 そしてどうやら、彼ら彼女らはこの宇宙とは異なる『紅の世界』なる所から来るらしいと唱えた一人の旅人―自称を〝異界渡りの詩人〟という―の(げん)(もと)に現在、精霊種の根源世界のことを紅世(ぐぜ)と呼びなさしめていること。

 この四点しかない。

 これをして、果たして尋常の生命体と呼んでいいのか。それすらも分かっていないのである。

 もう一つ、これは生命体としてではなく生態として分かっていることだが、精霊種の背には光羽(はね)がある。この光羽はその個体が行使し得る自在法の大きさと強度によって枚数を変え、また対となる存在の大きさに比例して光羽の大きさも変わる。

 そして何より、彼ら彼女らの精神の成熟度によってもまた枚数を変えるという事が分かっている。おおよそ平均的には二対~三対、要するに四~六枚の光羽を持つ。

 これらの生態と性質から、彼ら彼女らの数えは「柱」と呼ばれるに至った。ここ二〇〇〇年の歴史における知の勇者たちの偉業である。

 ◆

 デスシャドウが亜空間廻廊に墜ちる前後の二分間、主機の火は落ちた。

 だが、デスシャドウは沈まなかった。

 ――お! やぁっと俺様の出番というわけだな!!

 そう、この地の文に平然と突っ込んでくる不逞(ふてい)の輩、カルシファー・ソフィリア・リードの深緋(こきひ)の炎の底力によるものだった。

 亜空間廻廊に陥るその寸前、艦内にいたあらゆる乗組員からは観測されなかったものの外部から観測する事が出来たならばその姿を見た者は例外なくこう呟くだろう。

「美しくも恐ろしい赤い鬼火を(まと)った舟だった」と。

 ◆      ◆

 デスシャドウ号にはメインエンジンと呼べる機関が三機搭載されている。

すなわち、圧縮波動重力エンジンである。

 これが正三角形の位置関係になるように配され、またそれに連なるように変換器等の付属機関が配置されている。それぞれがそれぞれを補助し合いながら、そして増改築時(ハッスルタイム)においては一基を止め二基で運用、或いは一基で運用しつつ二基をアップコンバートするなど適宜最適解を探って運用されている。

 デスシャドウ改装当時は圧縮波動重力エンジンを主機とし、補助動力としてタキオン粒子変換動力機を搭載していたものの、航行中に圧縮波動重力エンジンの小型化に成功したため補助動力機を捨て、小型化された三機の主機を連動させる形にコンバートしたのである。

 だが、この他にもう一基デスシャドウには動力機関が張り巡らされている(・・・・・・・・・)

 メインシャフトに、竜骨に、第一から第四に至るまでの装甲板の裏表に、壁に、天井に、床に、それは刻印さ(設けら)れている。

 すなわち、それがデスシャドウ第四の動力機構――精霊式紋章駆動器である。紋章術式と呼ばれる魔術に端を発するこの事象加速技法と自在法を掛け合わせ、更に『宝具』と呼ばれる物質的特異点(アーティファクト)増火装置(ブースター)として組み込んだ デスシャドウにおける機関系最終秘密兵器、それが精霊式紋章駆動器である。

 ―――オイ待て! 駆動器とか言ってやがるが要するに!

 そう、要するに。

 デスシャドウが沈みかけたその瞬間を火事場のクソ力で救ったのはカルシファーという事である。

 

16/

 機関室中央奥には巨大な水盤がある。水盤には取っ手にも似たエネルギー収束吸入装置が掛かり、はた目にはアフタヌーンティーの際に出されるお菓子置き(ハイティースタンド)のような面持ちである。ピナコがふざけて各所にフリルやリボン、ロココ調の彫刻や装飾を施し、あまつさえ鋼鉄の塊でしかないそれを白と金で塗装したものだからカルシファーが鎮座する際などほぼ罰ゲームである。

 そんな罰ゲーム装置…もとい、紋章術を組み込んだ自在法『動輪の(ともしび)』を起動し、支えるための自在式『連理(れんり)灯籠(とうろう)』を発動し続けるために造られた大盃、錬金術師バートリー・エルメフラム・シュスルレイトによって築城された官制宝具『カイナ』は久方ぶりにその真なる力を発動し、深緋の炎を乳白色の光が包んだ。

 ◆    

 デスシャドウがこの異空間に落ちる寸前、主機関の灯が落ちた。通常、超光速跳躍の寸前にエンジンの火が消えれば艦体の制御が狂う。

 事象の境界を飛ぶ直前にそんな事になれば速度は維持出来ず、空間と空間に挟まれ圧壊するだろう。

 その状況で生き延びる方法は大きく分けて二つある。

 一つは即座に速度を推力を失う前よりも強く吹かして落ちたスピード含めて補うこと。

 もう一つは世界の修正力による圧壊をも凌ぐようなシェルターを船内に築城して籠ることである。

 …もっとも、その様な強度を誇る物質などこの宇宙には存在しないのだが。

 …しないのだが、デスシャドウはその奇跡にも似た状況を作り出していた。

 それこそは人ならざりしデスシャドウの一柱(ひとはしら)、カルシファーの力だった。

「〈うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!〉」

 デスシャドウ中に刻まれた紋章機構を通じて艦の姿勢を独力にて制御し、境界の圧力を跳ね除け、亜空間廻廊に突入してモトロたちが動き出すまでの間、カルシファーはこれまでにない程の全力を尽くしていた。深緋の炎を噴き上げて、十枚の(・・・)光羽(かがやき)を揺らめかせ、デスシャドウの深奥から鳴り響く雅樂(うた)の如き鳴動を糧に、雪の結晶のような形の自在式『連理の灯籠』を爆走させた。

 ――神曲(しんきょく)奏演(そうえん)出来るような人間(やつ)ぁもう出てこねぇかと思ったが、なかなかどうして。

 ミーメ、やぁ~っぱお前ぇはおもしれぇ奴だよ。飽きねぇってことは精霊(俺様)たちにとっちゃあ極上の美酒より価値がある。

 だから!

「〈モトロぉぉぉなぁんとかしろぉぉぉい!!〉」

 何とかすっから早く何とかしてくれ。

 

17/

「カル、すまねぇが、なんとか耐えてくれ!」

 普段の彼は穏やかな薄橙色(はくとうしょく)の炎を揺らめかせ、精霊式流体駆動機関を伝ってデスシャドウ全艦へ薄く緩くそして(したた)かなエネルギーを循環させているのだが、現在艦橋を含む艦体へのエネルギー供給を完全に止め、姿勢制御と推進力維持だけに存在の力を傾けていた。

「〈応!! でも急げ。さすがにオイラもこいつぁヤクいぜ!〉」

 ――正直、悲鳴の一つも上げたい所だったけどよ、機関室に棲む仲間たちが必死の形相で復帰作業をしているのに自分一人が(わめ)いたところでなにがどうなるわけもねぇやな。なにより、ンなカッコ悪ぃマネなんか出来るかよ。

 機関室はまるで生身のまま大時化の大海に紙の紙縒(こより)りで(くく)った(いかだ))放り出されたような慌ただしさだったのだ。だからだろう、普段(いつも)はどれだけ非常識な状況に放りこまれても文句の一つも言わない機関長(釜爺)が「――バァールジィィィィ!一体に何があった!? このじゃじゃ馬(可愛い子ちゃん)がいきなしグズり始めたぞ!」と艦橋に居るであろう若頭(バルジ)に向けて怒鳴り散らしたのは。

 もっとも叫びながらもモトロは六本の腕をせわしなく動かし、スパナとハンマーとインパクトを同時に扱っていた。……口元は笑っていた。

 ◆

 濃淡の激しい濃流体(エーテル)が凄まじい煌めきをまき散らし、さながら虹のよう。回廊は(まばゆ)い光に満ちていたが、眼前それが段々深い色へ変わっていくのが先に見える。

 空間跳躍時に通る回廊は基本的には先へ先と流れてゆく蒼の川だ。少なくとも、ここまで色数に富んだ光景ではない。

 それはそれとして、その光景を艦橋から見ていたバルジは気が気ではなかった。

 正直(ぶっちゃけ)窯爺(おやっさん)に怒鳴られても「艦橋(ここ)じゃ何もできないぜ、おやっさん…」という事だった。

 というか、さっきから船が緋色の炎を噴き上げているのが恐ろ(羨ま)しくて堪らなかった。機関室では何かがどうなっているのだろうか。俺は運が悪い。

 ◆      ◆

 モトロもピナコも魔地(まち)も、機関室の住人は一人残らず全員が超頑張っ(ハッスルし)ていた。

 外の環境に対して出力系の調整のコツをだいぶ掴んできたカルシファーには少しだけ、ほんの少しだけ余裕が出てきた。…だからだろう、彼の口許は眉月を描いている。

「〈彦助、手ぇ貸しな〉」

 カイナの上で深緋の炎を拭きあげながら、かつて火の悪魔と恐れられたカルシファーがほろほろと仄めかせて笑う。これぞ大冒険だ(イイコト思いついた)と言わんばかりだ。

「〈ちょっち三番を切り離して流入口をちょこっと開け〉」

「はぁぁぁぁぁぁ!?待てよカル兄ィ。ここの亜空間深度幾つだか分ってんの! 死ぬよ?潰れるよ? ぺっしゃんこだぜ!」

「〈わぁ~ってるわぁ~ってる。でもこのまんまじゃオイラも彦もモトロもピナっちもお仕舞ぇサ。

そ、れ、に、だ。亜空の水を(いじ)れる機会なんざそうはねぇよ。物は試しだ。だめでも主機が一つ壊れるだけだ。あと二つも残ってンだから気にすんな!〉」

「いや、だからそういう問題じゃ」

「〈…面白そうだとは思わねぇか?成功すりゃあ、オイラ達が初めて『亜空』なんてわけの分からねェもんをエネルギー変換したヤツってことになるんだぜ? …なァ、モトロの親爺。どうよ?〉」

 通常空間で用いるべく造られた圧縮波動重力エンジンに流体をそのまま、それも亜空の底に流れる真性の流体を取り入れるような機構はついていない。しかし、通常空間とはいえ宇宙空間を満たすエーテルを取り入れて運行していることに変わりはない。ならば―――

「……ッたく、仕方がねぇなぁ。」

 こんな状況でも魔窟の住人の魂は変わらない。

「「「野郎ども! 祭りだ!!!!!!!」」」

 そう、とても残念なことに機関室に常識人などというものは存在しなかったのである。

 




2018年3月8日 初稿
2024年10月27日 改稿
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