私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
「航海科さんー!」
水平線に浮かぶは始まりの地であり、自分が知っている通りの地球であればフロリダ諸島(アメリカのは半島)と呼ばれている所。既に小さくなって、波に隠れてしまいそうだ。
『なんですかー?』
肩に乗る航海科小人も心なしか楽しげである。彼の心を表すように、掲げてある日章とそこから放たれる光を表す旗がはためく。
日本海軍所属であることを示す軍艦旗。小人はこんなものまで隠し持っていたのだ。
確かに、軍艦旗ほど軍艦において重要なものもないだろうが……。
その軍艦旗、掲げるのは艦尾だったはずだが、どこが艦尾なのか全く分からないのでとりあえず今は目立つところに掲げてある(初めはマストらしい艤装の突起物に着けようとしたのだが、小人の猛反対にあってやめた)。停泊中でないから国籍旗は掲げなくて良かったはず。
……指揮権もあやふやなのに日本海軍を名乗っていいか不安だが、かと言って旗を掲げずに航行するのは不味いだろう。
……まあ、そんな事よりも。
「もう経済速度はやめましょーよー!」
風に身を任せ、飛び立たんばかりにはためく旭日旗は、私の気持ちを代弁していた。
★ ★ ★
夜も明け、三日目となる朝。欠伸をしながら朝の甲板清掃を受け、朝食が済めば、予定通り出発となる。
で、問題となるのがどの方向へ進むかなのだが、昨日の協議の結果、ひとまずはガダルカナル島へと進むこととした。
何故か、理由は至極簡単だ。
自分はソロモン諸島の地理をほとんど知らない。
確かに航海科小人が海図を持っていたために道(海に道があるかどうかはともかく)に迷う心配はないだろう。しかしそこに書いてあるのはあくまで海と陸の境界、主要な町の名前だけである。とりあえず町に行けばいいというのは安易な考えだ。なんせそれぞれの町がどのような役割を果たしているかは分からないのだ。自分がソロモン諸島という国家に興味を持っていれば行政の中心地なども分かったのだろうが……まぁ、ソロモン諸島なんて戦史でしか知らない自分には到底無理な相談なわけで。
となると、この辺りでは大きい島となるガダルカナルに向かおうとするのは必然だろう。自分は一刻も早く行政機能……でなくとも何らかの情報収集が可能な場所に行きたいのだ。大きな島なら多分人口も大きいだろう。人口が大きいならそこに行政機能は置かれるはず。
……まぁ、ソロモン諸島に何人住んでるかなんて、把握すらしてないんだけどね。情報がなければ計画は雑になる、当然のことだ。
いや……はっきり言って「お前ガダルカナルしか知らなかったから目的地に決めただろ」という批判は受け付ける……いや! 何度も言うようにここ大日本帝国が超技術持ってる世界だから! とにかく人が住んでいそうな島ならどこでもいいから最短距離の島に行くべきだ。この目覚めた島の海岸線は既に航空偵察済みであり、その際に民家や漁船と言った文明、ヒトの居住を思わせる設備を発見したという報告はない。こんな南国の島の、内陸部(と呼んでもいいか分からないぐらい島は狭いが)にしか人が住んでいないとは思えないので、この島には誰もいないのだろう。
さて……そんなことを言っているうちに、そろそろ準備が出来たようだ。
ふつふつと心の奥底が熱くなってくるのが感じられる。艤装が海を目の前にしていざ旅立たんとぶるぶる震えているのだ。ちなみにこの時代の船は燃料を焚き、その熱エネルギーを使って水を蒸発させ缶の中の圧を上げ、その圧力を用いることでタービン……つまり主機を回している。
従って、缶内の圧力が十分になるまで出航することは叶わない。ちなみにこの圧力を上げるための余熱作業のことを気醸というらしい。
そして今……準備が出来たということが私に艤装を通して伝わってくる。実際には半日ぐらいかけて行う作業のはずだが……まぁ海自(自分が住んでいた世界の日本海軍のこと)では一時間ちょっとで気醸を終えるらしいし、大日本帝国の超技術がここにも生かされているのだと考えよう。そもそもこんな小さな足のユニットが機関とか信じられないのだし。
「……機関科さん、航海科さん、準備はいいですね?」
『もちろんです!』
『いつでもどうぞ!』
私の目の前には、広大な海が広がっている。この地球における全生命体の母である海。海は人類最後のフロンティアだなんて言う人がいたっけか。個人的には宇宙こそがフロンティアだと思うのだが……まあ海であれ
そして、私は帝国海軍の一等巡洋艦。古鷹。
折角の処女航海だ……派手にいこう。
……処女か。
……あーもう! 折角の雰囲気がこの一言のせいで台無しだよ! 誰だ、処女作とか処女航海とか、何でもかんでも処女ってつけたがる奴は!
邪念を振り払うように目をつぶってブンブンと顔を振る。
「はい! 仕切り直し!」
『……古鷹さん』
「いいから!」
『アッハイ』
私の目の前には、広大な海が広がっている。この地球における全生命体の母である海。海は人類最
(中略)
……そして、私は帝国海軍の一等巡洋艦。古鷹。
折角の処女航海だ……派手にいこう。
「一等巡洋艦、古鷹! 抜錨します!」
……そもそも投錨してないだろ! という意見は受け付ける。
★ ★ ★
沿岸部にいると気づかないが、天候が荒れてなくとも波は高い。よくよく考えたらニュースでやってる天気予報とかでも分かるように常に波の高さは1メートルとか普通にあるわけで、こうして今広がる海にも私と同じぐらいの高さの波が立っては消えていた。
とはいえこちらの速度は経済速度(最も燃費の良いとされる主機の回転数で動かす速度)とはいえ時速20km/hは超えているわけで、波を避けつつ、というよりかは波を乗り越えるように進んでゆく。こんな良い天気でも結構揺れるのね……まあ、私が人型という漁船以下のサイズであることが主な原因だけれども。
あ、ちなみに海に『立ってみて』転んだり体勢を崩したりするようなことはなかった。まあ、私が巡洋艦であり、機関科小人が調整してくれていることを考えれば、海上でこけるなんてヘマをやらかすはずはないのだが。
髪の毛が風によって揺らされる。私の髪の毛は首筋にかかるぐらいの長さでまだ違和感は抜けないのだけれど、これも全身で海を感じるということなのだろう……。
「航海科さんー!」
そして、先ほどの会話に戻る。
『なんですかー?』
「もう経済速度はやめましょーよー!」
『でも補給のあてもないですし、そもそも経済速度が一番主機に優しいんですよー?』
経済速度は燃料節約のために大切だ。どこに友軍の基地があるのか分からない以上、主機に優しい航行をする必要もよく分かる。
しかし、しかしだ。自分は今、人生初どころか人間じゃ出来ないようなことをやってのけている。自分自身、ウェイクボードぐらいのマリンスポーツはやったことがあるが、ボートに引っ張られるだけのウェイクボードとはやはり違う、右に行くのも左に行くのも、もちろん波に乗っかり跳ねるのだって自由である。惜しむらくは、
……いや、うだうだ言うのもあれだ。もういい、一言で言おう……。
もっと自由に駆けたい!
昨日軍艦古鷹に恥じぬ云々言ってた奴の発言としてどうなんだという意見は受け付けない! 駆けたいんだからしょうがない!
「でも早く目的地に着きたいですし……せめて強速でいきましょうよ」
『いや、でも……』
思ったよりも渋る航海科。こちらも欲求丸出しで悪いが、どうせこれからもストレスの多い生活なのだ、少しでいいからもっと疾走感を味わいたい。この身体から溢れる全能感!
……あ、今の厨二くさいな。撤回。
「……分かりました、なら、私の性能をチェックするということでどうです?」
旋回性能や最大速度、そういった艦を運用するうえで絶対に必要な感覚をつかむ。
……これなら航海科も文句は言えまい。
『うぅ……分かりましたよ……あんまり無理しないでくださいね』
やった、バランスを崩すのでしないが、小躍りしそうな気分である。
「じゃあ機関科さん、いきますよ!」
『了解! 飛ばしますよー!』
どうやら機関科の方は乗り気らしい。当然だ、軍艦は浮かべて鑑賞するものじゃあない。動かしてなんぼ!
「強速前進!」
掛け声とともに身体に加速度がかかる。主機のうなりが全身を通じて伝えられ、髪の毛を撫でる潮風も加速する。
……海に出たからだろうか、まだ、まだいける。そんな気がする。抽象的な考えは自分の嫌うところであるが、だが、伝わってくるのだ。
軍艦古鷹から。
なら、こちらの返す言葉は一つ。
……貴女も一緒に、踊りましょう!
「機関科さん! 十分の十、やっちゃってください!」
『あいあいさー!』
さらに増速、どんな艦でも公試の時ぐらいにしかやらない全力運転である十分の十に切り替え、私は波を切り裂いてゆく。
★ ★ ★
『なにか弁明は?』
「……ありません」
『……ないです』
……フィギュアスケートもどきの運動をしたことは謝る。正直言って、調子に乗りすぎた。先日軍艦古鷹に恥じぬ云々言っていた人間と同じ奴がやることとは思えない、そう自己批判するも、やはりというべきか、海をかける爽快感の後味の方が旨い。
……クセになりそうだ。
『あういう風に高機動されると航路が取れないんですよ、燃料消費も無駄に多くなるし……』
「でも、最後は航海科さんだって楽しんでたじゃないですか……」
『自分のことだけ棚に上げるとは……』
『……いやいや、私は最後の良心としてですね……』
現在位置はガダルカナルにほど近い海域、既に目標地点である地上は視界に捉えることが出来、船速も経済速度に戻してある。
さて、少々はっちゃけてしまったが、茶番は終わりだ。
ガダルカナル。第二次世界大戦の激戦地であり、この軍艦古鷹の没した地。
ここへの上陸は、吉と出るか……果たして。私はその視線を目前に迫った陸へと注ぐ。
作者だって海を自由に駆け回りたい。