私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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ここは……?

 扉を開ける。立て付けが悪いわけでもなく、スッと開く観音開きの扉。

 

「……お邪魔します……って、誰もいませんよね……」

 

 ここら一帯は一応小人の陸戦隊に事前偵察させてるわけで、誰もいないことは分かっている。いやいや、慢心することなかれ……警戒は怠れない。

 

 何時でも撃てるように構えた拳銃、その銃口と視線を合わせつつ、慎重に、そして素早くクリアリングを行う。室内でのクリアリングは鉄則だ。えふぴーえすで習った。

 

 案内されてやってきたのは鉄筋コンクリート造りの一階建て、長屋のような構造が学校のそれを思わせる建物。

 この集落ではこの建物が一番大きいわけで……どのような用途であれ、この集落で重要な役割を果たしていることには違いがないだろう。

 

 役所か、それとも本当に学校なのか……いずれにせよ、何らかの有益な情報を手に入れたいところだ。

 

 一つの部屋に入る。採光のためか窓が多く配置された部屋。天井を見ると照明器具の類は一切ない……電気が来ていないわけだ。やはりインフラ整備は発展途上国のそれである。

 

 一般な部屋と比べると遥かに広いその部屋。思った通り、ここは学校施設のようだ。黒板などはないが……発展途上国の学校ならば黒板がなくてもおかしくはない。自分は生徒がノートがわりに小さな黒板を持参してくる光景を、テレビで見たことがある。

 

 もちろん学校だと思ったのは部屋の広さからだけではない。数人がかけられる長机がいくつも置かれているし、教壇こそなかったが数冊の本が収められていたのであろう本棚が不自然に置かれている。ちなみに、収められて「いたのだろう」と表現したのは、本棚に収まって然るべき本は一冊も見当たらなかったからだ。

 不自然なのはそれだけではない。今言った長机、それらは全て後ろの方へ追いやられ、この教室と思しき部屋には広く何もない空間が生まれていた。そう言えば自分が学校に行っていた頃、掃除の時に机を教室の後ろへとこんな風に追いやったっけ。

 ……もっとも、ここには掃除当番がいないようだが。

 

 本棚に本が収められていないのは、元々資料不足だったのだろうか? それとも、ここの住民と共にどこかに行ってしまったのだろうか?

 考えても意味のないであろうことを考えつつ、何か資料がないかと壁を見回す。壁には学校らしく子供たちが描いたのであろう絵が飾られていた……ということは、発展途上国に白い紙が出回るぐらいに世界経済は余裕があるらしい。

 ……どうして自分は子供たちが純粋に絵画を楽しんでいる場面を想像できないのだろうか。

 

「あっ……」

 

 と、壁の一部に目が止まる……それは、紛れもない世界地図だった。英国の標準時子午線を中心として描かれた一般的な世界地図。

 思わず駆け寄り、そして目を凝らす……もちろん視線の先は極東である。JAPANという走り書きの英語を確認しひとまず胸をなでおろし、それからMANCHUKUOと書かれた朝鮮半島の付け根の上の部分を見て驚く。

 

「ま、マンチュクオ……?」

 

 思わず声に出して読んでしまう……ローマ字棒読みなのは勘弁してください。

 というかこれってもしかしなくても満州だよね? 満州というのは中国東北部の地域名でもあるけど、この場合は……つまり私が軍艦古鷹であるというこの奇妙な状況から連想してしまうのは、もちろん満州国である。

 

 ……満州国が存在する世界。

 ……自分が立てた対米戦争継続中という嫌な妄想は、意外と間違ってないのかもしれない。

 

 ともかく地図は一応もらっておこう。……小人が元から持っていた何時の時代のものか分からない地図よりかは、大衆向けでも、この世界の国名がきちんと記されているこちらの地図の方が自分としては役に立つ。

 地図を傷つけないように壁から剥がす……あれ、微妙に取りづらい……あぁそうか、比較対象がなかったので気にしていなかったが、私は自分よりも小柄だった。

 

 ……。

 

 ともかく、この部屋の探索は終了だ。隣の部屋に向かう。やはりというべきか隣の部屋も似たような造りになっており、ここが学校なのはもう間違いないだろう。

 

 

 しかしだ……この部屋、何もない……何もないというのには語弊があるか。部屋の中央に大きな机が置かれているだけで、他には何も置かれていないのだ。おそらくあったであろう他の机や椅子はどこへ行った?

 

「……」

 

 いや、質問を変えよう……机一つだけ残されたこの部屋は、何のために使われていた?

 

 全ての建物、部屋には何かしらの目的があるはずであって、仮にそれがなかった施設であるとしても意味もなく放置させることはないだろう……多くの空き部屋が、物置部屋として活用されるように。

 

 となればこの机がひとつだけ置かれた部屋には意味があるはずだ。しかし学校で机一つを囲んで行う授業などあっただろうか?

 

 しゃがんで床を指でなぞり、私の細い指にくっついた埃を確認する。やはりというべきか埃は大して積もっておらず、そして、その積もり方が均一であることからこの部屋には元々何もなかった、もしくはこの状態になったあとも掃除が行き届いていたことが伺える。最近は誰も踏み入っていないようだが。

 

 椅子もなく、机だけが置いてある光景。この部屋が使われている情景が思い浮かばなかった。

 

『古鷹さん! 古鷹さん!』

 

 と、私のことを呼ぶ声が。振り返ると陸戦隊小人の一人がこちらに何かをアピールしている。

 

「どうしたんですか?」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 何でも、隣の部屋に来て欲しいとのこと。そう言われて机しか置かれていない部屋を後にする。廊下に出て、隣の部屋へ。その部屋は私が入った二つの部屋とやはり同じ構造。こちらは机や椅子が定位置らしきところで綺麗に並べられている。この集落に建てられた学校施設にしては、やけに大きい気がする……周辺の集落からも生徒が来るのだろうか?

 

『古鷹さん、これを……』

 

 そう言いながら小人は彼のサイズ以上に大きい紙切れを持ち上げた。一体何だろうと思いながら受け取り……。

 

 

 そして、驚愕する。

 

 それは紙幣だった。数字が書かれ、南国の風景が細かい線で書き込まれている。特有の質感もあるし、紙幣なのは間違いない。

 

 問題は、そこに刻まれた「THE JAPANESE GOVERMENT」という文字列。知っての通り、日本政府は紙幣を発行できない。

 日本で使われている紙幣は日本銀行券というものであり、日銀が発行したものだ。

 

 日本政府の、紙幣。

 

「ぐ、軍票……?」

 

 軍票、一言で言えば口約束の紙幣である。自分の住んでいた時代では普段日常生活で使われる紙幣も口約束だが、昔は兌換紙幣という金(カネじゃなくてAu)で価値を担保された紙幣を先進各国は用いていた。金は当然ながら有限だ。紙幣が金と交換できるという前提を守るためには、無闇矢鱈にお札を刷るわけにはいかない。もし無闇に刷れば、その国の紙幣価値は暴落し、大変な目に遭うことは目に見えているからだ。

 

 とはいえ、戦争には莫大な費用がかかる。それは軍需品の生産といった後方支援にとどまる話ではない。前線においてだって、金が必要な場合がある。

 

 例えば、現地人の所有する財産……食料であったり、時には建物であったり……を使わせて欲しい時。当たり前だが接収という荒業が使える場合はあまり多くない。多くの戦争は自国から遠く離れたもので、侵略戦争であろうとなかろうと、現地住民にどのような印象をもたれるかはその後の占領政策に大きく響いてくるからだ。せっかく戦争に勝って手に入れた領地、反乱など起こされて逃げられでもしたらたまったもんじゃない。

 

 で、そうなると財産を使わせてもらうにあたって対価を支払う必要が出てくるわけで……そこで軍票の出番というわけだ。先程も言ったとおり兌換紙幣を無制限に刷ることは出来ない。だが、いつかの支払いを約束するくらいなら出来る。『支払いを受ける権利』で現地住民の財産の対価を払うのだ。

 ……もちろん、刷り過ぎで使用地域の経済が混乱することはよくあることである。出来ることなら戦争がどう転ぼうと価値に大きな変動のない、第三国の通貨を支払いに使いたいものだ……理想の話だが。

 

 あ、ちなみに自分の住んでいた日本も例に漏れず大量の軍票を乱発しているが、サンフランシスコ条約にてその支払い義務を免除してもらっている。何だかんだで優しい米帝さまさまである。

 

 

 ……で、問題なのは。

 

 軍票が発行されるのは普通、被占領地。つまり、ソロモン諸島は被占領地……現在日本に占領されているということ……?

 

 

 あれ……対米戦争説、確定?

 

 

 いやいやいやいや! まさか! ありえない! いやホントに困るって、それは! 最前線だよ?!

 

 いろいろ血の気が引いてゆく。当たり前だ、ガダルカナル島は一部の皮肉屋から餓島と呼ばれるほどの場所。補給を失った日本陸軍が悲惨な最期を迎えた地だ。自分も同じ状況に置かれていると知って、慌てないやつがいるだろうか?!

 

 いや! まだだ……落ち着け、落ち着け。さっきまで見てきた家々を思い出すんだ。どれも第二次世界大戦の時代に建てられたように見える家などないじゃないか。

 

 ……いや、それ以前として、戦闘の痕跡などこれっぽっちもなかったではないか。

 

 

 ……。

 冷静になれば分かることだ。戦争が起こっている証拠などない。米軍占領下の沖縄でも普通の通貨として軍票が使われていたと聞くし、軍票=戦争は考えすぎだ。いや、沖縄占領は戦争か……やっぱり戦争なんですかね。

 

 よし、考えよう。

 なぜ、軍票が落ちているのか。それは簡単、ここで軍票が何らかの目的で使われているからだ。ここは自分の住んでいた世界ではソロモン諸島という国だった。日本発行の軍票が使われているということは、ソロモン諸島政府が相当深刻なダメージを負っている、もしくはソロモン諸島という国がこの世界には存在しないということが予想される。

 で、そうなるとこの施設も何かの関係があるかもしれない、ここが学校だとして、何らかの目的で政府に貸し出されているとしたらどうだろう。もしそれが軍事目的なら、ここまでの家々が無人だったのも納得だ。住民たちは避難しているのである。きっとさっきの部屋も、作戦室か何かとして使われたのだろう。

 

 ……では、なぜここ『も』無人なのだろうか。おかしい。徴用されていたのなら使われていなきゃおかしい。そもそも軍事施設を匂わせる書類や道具などこれっぽちも存在しないじゃないか。

 

 撤退? 痕跡も残さないよう計画的に撤退したのか? そんな馬鹿な。突撃以外は転進しかしないのが大日本帝国陸軍ではなかったのか……あ、別に陸軍に偏見があるわけじゃないよ。撤退するならするでいいのだけれど、それが引き上げなら住民は戻ってきて然るべき、なぜ誰もいないのだ? それが問題だ。

 

 情報が必要だ。

 

「こちら古鷹です……古鷹1、応答してください」

 

《古鷹1、感度良好、送れ》

 

 間をあけずに周囲にヒトがいないか探索に送り出していた偵察機から返事。

 

「何でも構いません、人工物などあったら報告してください、どうぞ」

 

《いえ、ここ周辺には何も……道なら続いていますが。送れ》

 

 この周囲には他の集落がないということだろうか? どの程度の距離で?

 ……偵察機の把握力と行動の速さをしっかり頭に入れておかないとダメだな、これは。まあそれは後で確認するとして、歩いていけるような距離には誰もいない。とりあえずそういう解釈でいいだろう。

 

「分かりました、では今までの捜索をいったん中止して、道沿いに飛んで行ってください……どうぞ」

 

《了解です、終わり》

 

 

 ……さて、ガダルカナル島は広い。流石にここしか民家がないという訳はないので道沿いに偵察機を飛ばせば必ず成果があるはずだが、別の集落が見つかったとしてどう行動すべきかが問題となる。そこに人はいるのか? どんな情報が手に入るのか? などだ。軍票はこの島に日本政府の関係者が存在する可能性を示唆するものだ。しかし、私の偵察機が攻撃を受けるという異常な事態が国単位で起こっている可能性の根拠ともなる。

 より一層の警戒が必要だ。

 

「……詳細な地図が欲しいですね」

 

『ありましたよー』

 

 陸戦隊の小人がそう言った……あるのか。

 

「って、なんで教えてくれなかったんですか?!」

 

『あ、いやー、古鷹さん青くなったりしてたんで……』

 

 まあしてたけどさ、多分さっきの状態で報告受けても聞こえなかっただろうけどさ。

 

「とにかく見せてください!」

 

 地図を手に取る。見つかってラッキーだった。学校施設なら当たり前だろと言われるかもしれないが、なんせ軍票が発行されるような状況。世界地図はともかく、詳細な地図は破棄されている可能性もあった。計画的にここが放棄されたのであれば、尚更だ。

 

 

 ……あ、英語か。

 

 ま、まぁ情報がないことには始まらない。自分だって英語教育は受けてるし、それに英語で書いてあってもそれほとんど地名だし大丈夫。

 

 ……多分。

 

 

 

 

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