私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
11/7 20:22「ホラニア」ってどこだよ……訂正しました。大変失礼しました。
書物とは偉大である。
人間人生五十年。なぜ50年という短い……そう自然にとっては一瞬にも満たない時間しか生きられない人類。何故ここまで発展してこれたのか。
それはひとえに先人の記した書物のおかげだ。自分もヒイヒイ言って勉強していたものだが、その一つ一つを無から学ぼうと思ったら、人生がいくつあっても足りないことだろう。
……で、なぜこんなことを言っているのかというと、私はこの学校と思われる場所にて、ついに地図と呼ばれる書物、文明の利器を手に入れたからだ。
地図なんか文明の利器じゃない? それは大きな間違いだ。地図一つ作るのに、どれほど多くの技術が要求されるかを考えてみればすぐわかる。
目の前には地図があった。小人が出してきたどこから得たのか分からない代物ではなく、どこから発行されたのかよく分からない代物がそこにある……うん、確かに信憑性は五十歩百歩だ。
それでも、一つ分かったことがある。
「ガダルカナルって……ソロモン諸島の首都だったんですね」
もちろんこの言い方には語弊がある。今の発言では日本の首都は本州、と言っているようなものだ。ガダルカナルにはソロモン諸島の首都である「ホニアラ」という街が存在するらしい。地図によれば、歩いてゆくのには遠いようだが……とはいえ同じ島の中、たいした距離ではない。陸路で行くことも可能だ。
「……機関科さん、あとどのくらいです?」
『もう数分待ってくださいねー』
とはいえ、私は軍艦古鷹。陸路を選ぶ理由などない。現在は海岸の物置に隠れつつ、出航に必要な気醸が終わるのを待ちながら、少し早い昼食を摂っていた。今回の食事は民家から拝借した……もとい、先ほど拾った軍票で購入した缶詰!
……そこ、為替レートも分からない世界で、しかもインフレを起こしがちな軍票で支払うのかとか突っ込まない。いくら缶詰でもいつかは腐るのだ。まあ許してくれ。
身元に確信が持てるならちゃんと名前も付けて書置きするのだが……流石に「一等巡洋艦 古鷹」じゃ不味いだろう……あぁ、不誠実なのは認めるとも。
ばれなきゃ云々なんて、口に出すのも憚れるが……致し方あるまい、誇りで飯は食えぬのだ。
嗚呼! どうかこれが、軍艦古鷹の名誉を傷つけることとなりませんように!
「ごめんなさい……頂きます!」
ナイフを取り出し、缶詰のふたを取り外す作業に入る。薄いめっき張りの鉄にぶすりと突き刺さり、そして中身の液体がプシュと音を立てながら少しだけ飛び散った。なるべく液をこぼさぬように切り口を広げてゆく。
……当たり前のことだが、プルタブ付きで開けやすくなっている缶詰というのはごく一部の製品だ。缶切という商品が存在するのは缶が開けられないから。しかし、実は自分、こんな風に道具を使って缶詰を開けるのは初めての体験だったりもする……うん、自分の住んでいた日本がいかに便利だったかよく分かるというものだ。まあ自分の生活でお世話になるのは缶詰よりむしろレトルト食品だったしね。仕方ないね。
切り口で指に傷をつけるという馬鹿な事故が起きないようにふたを取り外し、そして小人に出してもらった箸……相変わらずどこに隠しているか謎だが……を手に取って中身をつまむ。中身はラッキーなことに肉であった。ふたに書かれていたのは日本語で「牛肉大和煮」という文字列。まさかの日本製である。だからこそ見つけた瞬間に手に取ってしまったのだが。
缶詰は暖かくはない、しかし缶詰は缶詰らしく味付けは濃い……これぞまさに文明の味である。
……貧乏くさいだろうか?
それにしても。
祖国の味を楽しみながら考える。なぜこんないいものが残されていたのだろう? 入手したのが民家であったことを考えると、日本政府関連の組織(まだ施設を使用していたのが軍隊である確証はない)が持ち込み、何らかの交換条件で住民に手渡されたのだろうか?
『古鷹さんー、出航準備完了です!』
まぁいい、全てはホニアラへ行けば分かることだ。
懐かしい(たぶん三日ぶり)に祖国の味に舌鼓を打ち、満足感を得た私は、久々の楽観を抱えながら海へと繰り出した。
★ ★ ★
海を駆けるこの爽快感と昂る気持ち。やはりいい。
念のため言っておくが……別に気持ちがいいとか、軍艦なんだから海を走らなくてはとか、そういう単純な理由で海路を選んだわけではない。陸路と違って海路は周囲が完全に見渡せる。相手から発見された時こちらも気づくことが出来るし、なにより陸から距離を取ってしまえば陸の相手にこちらの存在を気づかれる心配もない。人間というのは海に立てない生き物(いや、海に立てる動物なんていないよ?)なわけで、発見される可能性はどう考えても海の方が低かった。
それに、海路で行った方が陸路より何倍も速い。
《こちら古鷹1、古鷹さん、応答願います》
と、偵察機からの連絡。
「はい、こちら古鷹、よく聞こえますよ、どうぞ」
《はい、こちらはホニアラに到着しました、送れ》
流石航空機といったところか。足は速さは誰にも負けない。
「了解です、ホニアラの状況はどうなっていますか? どうぞ」
《……それがですね》
状況を聞くと、向こうは急にトーンを落とした。何があったというのだろうか?
「え……壊、滅……?」
★ ★ ★
ホニアラ、ソロモン諸島の首都であり、ガダルカナル州の州都。人口は五万ほどと自分基準ではかなり小さな街であるが、もちろんこの地域の街としては相当大きい部類に入るわけで……。
「……どうして……?」
港湾部にはそれぞれ彩られたコンテナが整然と置かれていた。しかし整然としているのはそれだけだ。荷積み荷降ろしのためと思われる車両は見事に放置され、港湾管理に使われていたのだろう庁舎は残骸をそこら中にばら撒いて、屋根を支えていたのであろう鉄骨もひしゃげてむき出しになっている。石油備蓄基地と思しき大型タンクには激しく炎上した痕跡が残されており、それは私の上陸後、目の前に広がっているのであろうホニアラ市街の様子を物語っていた。
目の前には、離脱しようとして失敗したのだろうか……中途半端な位置でばら積み船が半分ほど沈んでいる。
……損壊が船上構造物にも及んでいることから、ただの座礁でないことは明らかであった。
どこからも煙が上がっていないことを考えれば、ここがこのような被害を受けてからある程度の時間は経っているのだろう。そして、これが災害やテロといった生易しい事態でなかったこともよく分かる。
……正直に言おう。訳が分からない。
先ほどの施設はきれいに撤収がなされていた。戦闘はしていなかったのではないのか? 軍は何のためにある? 普通に考えてみれば分かる、国を護るためだ。あの集落なら立地的に哨戒基地か何かに使われていたことも予想できる。しかし哨戒基地周辺に戦闘の痕跡はなかった。
……どうなっている。
哨戒基地は攻撃を受けず、ここだけが攻撃を受けた? それならあっちは大慌てで撤収したはずだ。あんなきれいに撤収できるはずがない。
事前に撤収していた? それならそれでいいが、なぜ撤収したというのだ? ここを攻撃した敵性勢力が何なのかは知らないが、少なくとも日本政府が出張ってくるほどの事態にソロモン諸島は直面していたはず。
そしてなにより……現地住民はどこへ行った。偵察機による航空偵察は既に行っており、ヒトの痕跡がないという報告は受けている。無人の首都なんて、それはもう首都じゃないだろう……。
『古鷹さん、やはり陸戦隊を先行上陸させますか?』
肩に乗った航海科小人がそう聞いて来る。
「そうしたいのはやまやまなんですが……」
私は空を仰ぎ見る。既に陽は傾き始めている。まだ水平線を朱に染めるほどではないが……日没までの時間は、それほどに多くはなかった。
とはいえ、このまま上陸するのは危険だ。航空偵察など当てにはならない。塹壕を観測できても地下道までは見えない。そういうものだ。敵対勢力が何なのか、そもそも私に友軍はいるのか。何一つ分からない。ここが無人地帯という保証はないのだ。
しかし、時間もなかった。
「……今日は安全圏の確保を最優先とします。捜索範囲は港湾部にとどめますが……時間がありません」
……私が、単独で上陸します。
『……正気ですか?』
「リスクは承知の上です」
陸戦隊による先行偵察は確かに有効だろう。しかしそれは彼らの手で全てが調べられるなら、の話だ。この広さ、日没までに残された時間でそれは不可能。
『海上で一晩過ごすという選択肢もありますよ?』
航海科の意見は間違っていないだろう。もしホニアラで敵の待ち伏せを受けたらどうなる?
「……私の偵察機が攻撃を受けたのは海上ですよ? 移動手段としてならともかく、待機場所としての海上は危険すぎます」
そういえば、航海科は一瞬の間を置いた。それから、ゆっくり次の言葉を吐き出す。
『古鷹さん……焦ってますよね?』
……焦っている。その通りだ。自分は今、焦っている。攻撃を受けたのは私の偵察機だけではない。この街も攻撃を受けていたのだ。ソロモン諸島には関係ないはずの日本政府が軍票を発行するほどに深く介入していることを鑑みれば、もはやこれは単なる紛争ではない。
しかしだからこそ……ホニアラに早く上陸したい。そう思ってもいるのだろう。実際、早く上陸すればより早く情報を得ることが出来る。無知とはそれだけで恐怖なのである。
だが、一度死ねば終わりだ。焦りは禁物……理解はしている、つもりだ。
聞こえるのは波が波止場のコンクリートに打ち付ける音のみ。
そして、航海科小人が根負けしたようにため息をついた。
『……分かりました、でも無理はしないでくださいよ』
「大丈夫ですよ、それに……」
艤装を外せば……私はただの女の子にしか見えませんから。
★ ★ ★
「……ここでいいですか?」
私は港湾部に上陸、コンテナの山の一つに登り、艤装を固定させる作業をしていた。
『はい、これならかなりの広範囲を射程に収められますよ! まぁ……固定砲台なのは気にくわないですけど』
我ながら妙案だと思う。私が軍艦であり、そしてその高火力を得ているのは全てこの取り付け式装備品である艤装と、それを運用する小人たちのおかげである。従って、これらを取り外せば私はただの女の子という訳だ。
相手が女子なら誰だって舐めてかかるに決まっている。もちろん私が上陸した瞬間を見られていたら意味ないが、そんなところまで観察されているのならどの道詰みだ。なんせ、どんな経緯を経ようとホニアラには上陸するのだから。
……半ば賭けだが、艤装を降ろした瞬間を見られていたらいたでやはり相手は油断するはず。自分の容姿(まだ把握してないけど)を利用するのだ。
イメージとしては……
「お、ねぇねぇカワイ子ちゃん?」
と相手さんが寄ってきたところを大砲でズドン!
……可愛いは正義。これ常識。
あ……自分が女の子というのに納得したわけではないからね? これも常識。
「では……行ってきます」
そう言いながら陸戦隊一個分隊(これだけは連れて行ってくれと小人たちが言って聞いてくれなかったのだ)を服の下に隠しながらコンテナを降りる。小人という存在によって怪しまれるのを避けたいから一人で行くという意味合いもあったのだが……まぁ仕方ない。隠れててもらえば大丈夫だろう。
★ ★ ★
まずは艤装の射線から離れないようにして崩壊済みの庁舎の周囲を見て回る。第一印象ほど損傷は激しくなく、身を隠すにはちょうどいい場所かも知れないと思いつつ見て回る。どうせ今日は大して捜索できないだろうし、今夜の仮宿はここになりそうだ。
そして、次はその庁舎の周囲に放置されている自動車などの運転席を見て回る。運転席の物入れに何か資料などがないかを探すためだ。
「……収穫はありませんね……」
厳密には何かが書かれた資料を見つけたが、見る限りは行程表のようなもので、重要度は低いと思われる(もちろん、英語に堪能な小人を探して読んでもらうつもりではあるが)。自分としては新聞などが欲しいのだが……もし新聞だったら自分も気合で英語を読み解く所存だ。私はそれほど新聞を欲している。
さて……次は……そう思って周りを見回す。波止場には放置、もしくは行動不能と思われる状況に追い込まれた船舶が残されており、きっとあそこにも情報が……。
その瞬間であった。
「……?!」
背後に現れた唐突な殺気。
不幸なことに私の拳銃はまだ腰に差したまま。慌てて手をかけ、抜こうとしたが……。
……カチャリ。
……手遅れだったようだ。向こうは私の背後を取った。それに対し私は、腰から拳銃をようやく取り出したところ。
「ほーるどぁっぷ!! ぎぶあうぇい、ゆぁぁうぇぽん!!」
……確かに、背後を取られ、こちらは反撃不能。陸戦隊の面々が飛び出すころには私の頭に拳銃弾が突き刺さるのだろう。
しかし、私は落ち着いていた。当たり前だ。ここは私の艤装の射程圏……すなわち、キルゾーンである。私に拳銃を放てば、いや放つ前に203mm砲が背後の相手に直撃するはずだ。
想定通り……私に食いつくぐらいが丁度よい。もちろん多少は慌てた。自分に拳銃が向けられたのだ、恐怖の感情もあるだろう……その一方で、私は僅かに興奮していた。
やっと他人に会えた……そして何よりも。
私は拳銃から手を放す。僅かな金属音と共に私の自衛武器が地面へと着地。
そして、ゆっくりと両手を挙げる。
「……そのジャパニーズイングリッシュ……日本の方ですね?」
日本人の英語発音には大きな特徴があると聞く。例えばアクセントの違いとか、アルファベットを文字通りに読むとか文法がなんかおかしいとか……まぁそんな予備知識などなくとも、直感で分かる。相手は日本人だ。
「あちゃー……ばれちゃいましたか……」
聞きなれた日本語。懐かしいし、喜びもわくというもの。
「日本の方かとは思ったのですが……あいにく警戒心が強いものでして」
異国の地で同胞に敵意を抱く人間もなかなかいないものだ。とはいえこちらは銃口を向けられた身。無暗に動くとこも出来ないし、口を開くこともしない。相手の言葉を待つ。
「あー、もしかして緊張してます?」
後ろからケラケラと笑う声。
「ご安心ください、ワタシが求めているのは情報ですから。互いに協力しましょうよ?」
「……なら、銃を下してもらえますか?」
すると相手はニヤリと笑った……気がした。
「そうですねぇ……では、あちらの固定砲台もどきに攻撃中止命令を出して、もらえますよね?」
……なるほど、お見通しという訳ですか。二人の間に緊張が走る。
「こちらの情報収集能力を、舐めないでもらいたいですねぇ~」
こちらの考えを読んだ発言で私をけん制する相手……前言撤回、やはり同胞と言えど、すぐ信頼し合えるわけではない。当たり前か。
「分かりました、砲術科さん、砲弾を抜いてください」
『……いいんですか?』
砲術科小人から通信が入る。心配するのももっともだ。砲弾を抜けば少なくとも数秒は攻撃できなくなる。その数秒の放棄は、攻撃権放棄に等しい。
「大丈夫ですよ……さて、そろそろ信用してくれてもいいですよね?」
殺気が緩んだことを確認した私は、ゆっくりと振り返る。いつまでも相手に背を向けて話す理由はない。
「えぇ、もちろんで、す……よ……?」
振り返り、相手の姿が目に入る。相手はセーラー服姿。紫にも見えるグレー系の髪は後ろで一纏めにされており、青みがかった瞳がこちらを見据えている。声質から女性であることの予想はついていたが……予想よりも若く、発達し始めの、もしくは発達し終えた直後のような身体つきであった。高校や大学生ほどだろうか。
しかし……問題はそこにない。
何故だろうか、私が見たその顔は驚愕に染まり、眼も見開かれていたのである。
「あ、あなたは……」
彼女が片手に持っていたメモ帳がぽとりと地面に落ちる……って、この人片手で拳銃構えていたのか……素人にも程がある。自分だって片手で拳銃撃っちゃいけないことは知っているというのに……あれ、でも二丁拳銃とかあるし、使えるのか?
しかし、混乱したような彼女が放つ次の言葉は……私をも混乱させた。
「ふ、古鷹……さん?」
……え?
あ、タグ追加しときました。