私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
11/7 20:18「ホラニア」ってどこだよ……訂正しました。大変失礼しました。
「……」
私、軍艦古鷹は、建物の屋上に登っていた。
眺めるのはもちろん空。壊滅したホニアラ市街なんて見る気にもなれない。
先ほどまでの星々が個々の輝きを見せ合う展覧会はもう終わりのようで、太陽の光が水平線下から星空を紫で塗りつぶしてゆく。散りばめられた星空ではなく、柔らかで統一性のあるグラデーション。
ふと、ある一節が浮かんできた。義務教育でも習う、誰もが知っているフレーズ。
「春は曙…やうやう白くなりゆく山ぎは……でしたっけ」
今の季節は知らないし、そもそも赤道付近の季節は雨季乾季しかないのだろうが……とりあえずは呟いてみる。
それにしても……昨日は迂闊であった。本当は一睡もせずに狸寝入り、相手の出方を伺うつもりが……いつの間にか眠ってしまい次に起きたのは夜警の担当時間。おかげで寝ている間に私の身体に何かされたのではないかと疑心暗鬼に陥りつつ時を過ごすはめに。
しかし、結局何かをされたような形跡はなかったし、昨日この世界で初めて出会った『他人』も平然と私に無防備な姿を晒していた訳で……なんだかなぁ。
とはいえ名前も名乗ろうとしない相手……やはり信用は出来ない。まぁ、名前を教えてもらってもすぐ信用できるわけではないのだが……それでも名前を教えあうことは信頼への第一歩、そうじゃないのか?
そう考えれば、彼女は私と『他人』以上の関係になる気などないのだろう。
……なぜ私の名前を知っているのかは本当に謎だが。
「……少しあかりて、紫だちたる雲の……細くたなびきたる、枕草子ですね?」
「……」
と、背後より続きをいう者が現れた。噂をすればなんとやら……そう、彼女こそ私が初めて出会った『他人』。
「おはようございます、古鷹さん」
彼女はこちらに、微笑みとも愛想笑いとも解釈できる表情を向ける。
「……おはようございます、早いんですね」
「古鷹さんほどじゃないですよ……っと」
そう言いながら彼女は座るのだ。私の真横に。
……変わった人……それが、私がこの他人に抱かざるを得ない印象であった。話を振れば明るく応じるが、私との間にどこか線を引きたがり、そのくせして今のように近づいて来る時もある。まだ半日も時間を共有していないのにこの対応の変わりよう。
当然、それに対して抱く感情は「不気味」でしかない。
勘違いしないでほしいが、私だって彼女と信頼関係を築きたい。だって悪い人にはとてもじゃないけど見えないのだから……甘い見立てだろうか?
「……顔を洗ってきますね」
別に洗顔ならもう少し待てば小人たち……彼女は小人のことを「妖精」と呼んだが、私はどう呼ぼう……が私の身体を洗ってくれるので必要ないのだが。まぁ口実というやつだ。
「階段を二回降りて突き当りです……あ、貯水槽の水しかないので、ちゃんと節約してくださいよぉ!」
「分かりました」
背中にかけられる声に一応の返事を返し、私は下へと降りる。
突き当りね……あ、そうか、彼女が言っているのは洗面台か……。
あ。
……鏡だ!
それに気づくや否や、私は走り出していた。
★ ★ ★
こう、ほら……緊張するよね。
いやまぁ、こんな風に言っても賛同が得られないのは百も承知なんだけど……そもそも遂に四日目に突入してしまったこの事態を私はまだ承知したくないんだけど……。
私は今、洗面台があるといわれた場所に来ている。洗面台ということは鏡があるということだ。自分が住んでいた家の鏡のように大きなものでなくとも、鏡がないはずがなかった。
正直、鏡を覗き込んでもいいのかは分からない。だってほら、そこには間違いなく私が映るわけでして……。
確かに、今まで私は散々受け入れざるを得ない事態に直面してきた。
小人、ソロモン諸島、攻撃、軍艦、軍票、ガダルカナル……これまでは生き残るため、祖国に帰るために必要なことだった。だから飲み込んで、理解に努めようとしてきた。
しかし今回のは違う。
……別に自分の容姿なんて、知らなくとも祖国へは帰れるはずだ。そうだろう?
しかしまぁ、昨日私は思いつきとはいえ女の子であることを利用してしまった身だ。受け入れる受け入れないはともかくとして、確認だけはしておかないと私に申し訳が立たない。そう思う。
では……鏡の前へっ!
「……」
「……これが、私……」
なんだろう、なんというか、自身のこととなると急に評価がしづらくなる。間違えようがないのは、髪は茶で肩のあたりまで伸びてて、ふさっと髪留めなしできれいな……あ、髪留めついてた。
髪留めにそっと触れてみる。それは鏡で困惑した笑みを浮かべる柔らかい顔だちとは対照的に、硬さを感じさせる……そう、どこかの町工場の端材で作ったといわれても納得できる感じのヘヤピンだった。
……工業マニアなのだろうか。そういえば私のつけている腕時計もずいぶん実用的だったな……そう思いながら腕時計に目をやる。0451時。まだ妖精さんたちは眠っているのだろう……うん、妖精さんの方が口の中で転がしやすい呼び方だ。今日からはこっちで呼ばせてもらおう。
……。
「それでは古鷹さん……改めて、よろしくお願いします」
鏡の少女もぺこりと挨拶。挨拶は大事。挨拶は基本。
さて、あの場を離れる口実だったとはいえ、折角だし顔を洗っておきますか!
そう思った私は蛇口に手をかけ、ひねる。金属の擦れる音と共に流れ出てくる水……あぁ、ここは文明圏なんだなぁ。この常識ともいえる光景の懐かしさといったらである。
……あ、そういえば水を無駄にしてはいけないのだった。慌てて横に置いてある洗面器(これまた用意がいい)を蛇口の下に持ってきて、手を洗うついでに水をためる。
それから、洗面器にたまった水を顔にぶつける。
ぴしゃりと水の細かい分子一つ一つが顔と衝突し、その冷たい触感を伝えてくる。何回かそれを繰り返したのちに、濡れた手で頬を軽くたたいた。
冷たい手にも伝わってくる確かな弾力を持ったほっぺたの感触。
これ……引っ張ったら、どうなるんだろう。そう思ってしまったら止まれず、鏡の中の少女は両手で頬を摘まむ。
伸ばしたり、揉んでみたり。自分の思い通りに動いている彼女を見ていると、なんだかくすぐったくなる。
私は綺麗だなぁ。そう思うと、鏡の中の少女も笑った。
……なんかナルシストみたいだ……いやしかし、自分が私を評価する限りは、ナルシストとは誰にも言わせない。言わせないともさ。
……パシャ。
「え?」
物凄い嫌な音が聞こえた。
振り返るとそこには、他人の姿が。
手には随分とレトロなカメラ。
どっかの家政婦みたいに半分だけ隠れている彼女。
「ふっふっふ……古鷹さんのカワイイところ、見ちゃいました!」
呆気にとられた私をいいことに、もう一度カメラを構える。
「ちょ、ちょっと! 撮らないでください!」
パシャ。
★ ★ ★
「……頂きます」
「ふ、古鷹さん……そんなに怒らないでくださいよ~」
「無許可で盗撮されて、怒らない人がいるんですか……?」
向かい合ってテーブルに座る。対面に座った相手はこちらを宥めようとしているようだが、知ったこっちゃない。
「軍艦の撮影はマナー違反ですよ?」
「古鷹さんは手厳しいですねぇ……」
ははは……と力なく笑う彼女。こっちは結構本気で怒ってるというのに。
……まったくもう、調子狂うなぁ……。なんか憎めないのがホントもどかしい。私は彼女のことを疑ってるんじゃないのか? なんかもやもやするなぁ……。だめだめ、万に一つ……いや千ぐらいの確率で彼女は私の敵かもしれないのだ。懐柔されるな、懐柔されるな!
汚い盗撮マン(正確にはウーマン)からカメラを奪ったりデジタルじゃないせいで写真の確認すら出来ないことに気付いたり……ともかく紆余曲折を経て時刻は0539時。妖精さんたちの総員起こしが六時丁度で、それから朝の甲板清掃が始まることを考えると何か作業をする訳にもいかず、かと言って数十分を無為に過ごすのもアレなので、と私たちは早い朝食を摂ることにした。
……生活リズム……いやまあ、目の前にあるのも健康食とはいえないし、まぁ多少はね?
そう言い聞かせながら乾パンをつまむ。そう言えば幼いころから自分は乾パン大好きだったっけ。この味がついてないのに食べ応え満載な食感がクセになるんだよね。
……あ、お察しの通り、今目の前に並んでいる食料品は目の前の彼女が集めたものである。昨夜この建物の一室を利用した食糧倉庫を見せてもらったが……彼女が自慢げな様子になるのも納得がいく位には食糧が集められていた。なんか昨日携帯食料をあげてしまったのを後悔する私もいるが、まあ終わったことはどうでもいい。
ところで……自慢したいのは結構だが、食糧はこんな状況下では優秀な取引材料である。誰しも欲しがるアイテムである。それを隠す様子もなく見せびらかす……それは、どうなんだろうか。仮にも彼女は名前を伏せて私と接触している訳だし……。
やはりというべきか、不信感がぬぐえない。憎めないし、根は優しそうに見える……実際、食糧を恵んでくれている訳だし……のだが、どうも「演じている」言い回しが目立つように思う。本当に彼女は私の……すなわち、日本の敵対勢力ではないと言い切れるか? 確信に至るための証拠がない。彼女はその証拠を提示する素振りも見せないのだ。
……質が悪い。
とはいえ、彼女は敵ではないと私は感じてしまっている……第六感なんて信じないぞ、私は。さっきも言ったがもう一度、私は懐柔されないぞ。
「ところで、古鷹さん?」
すっかり考えに気を取られていたせいで、応答に遅れる。
「……えっ、はい! なんでしょうか?!」
「今日はどうしましょうか?」
あぁ、そう言えば昨日の夜はホニアラの状況を彼女から聞いただけで終わったんだっけか。正直この目で確かめない限り彼女の教えてくれたことが正しいかは分からないのだが、それでも一応聞くだけ聞いて損はないはず。そう思って聞いたのだ。
彼女の話によれば、既にホニアラに人間は残っておらず、電気も止まっているらしい。行政はもちろん機能していないし、街のあちらこちらには激しい攻撃の爪痕が残っているとか。
彼女が今私に聞く「どうする」とは、今日一日をこのホニアラでどのように過ごすかであった。もちろん私がここへ来た目的は情報収集。首都であるここなら何か情報が手に入ると思ったわけだが、行政機能が死んでいるなら意味がない。
「……そうですね、ホニアラ国際空港に行くのはどうでしょうか? そちらの方には、まだ行っていないんですよね?」
なら、国際交通の要所ならどうだろうか? ホニアラにほど近い国際空港が無事とは考えていないが、攻撃に関するより詳しい情報が手に入るかもしれない。人が残っていないのなら移動手段としての飛行機も使われたはずだし、何かの痕跡はあるはず。
「なるほど……でもワタシ国際空港なんて行ったことないんですけど……」
……そう言えば不思議なのだが、彼女の話はやけに古さが感じられる。
もちろん艤装の超技術に驚いていたのは私も一緒だ。だが、他のところで食い違い、というか彼女の知識に欠如が見られたのだ。そりゃもう、半日過ごしただけで気付くぐらいに決定的な欠如。
分かりやすい例えを出すなら……彼女が昨日見せてくれた食糧。その中にカップ麺(実際、防災備蓄品として用意している国は多いと聞く)があったのだが、それに対する彼女の感想は「乾麺にしては柔らかいですし、変な食品ですよ?」というものだったのだ。カップ麺も知らないのかとお湯を沸かさせて三分待たせてみれば「古鷹さんは魔法使いだったんですか?」の反応である……流石に魔法使いは冗談だったらしいが……カップ麺も知らないのか、この人は。
……ちなみに「なぜ古鷹さんが知っているんですか」と聞かれることはなかった。嘘をついているようで心苦しいが、彼女もまた、私に名前を言わないのである。こういう風に距離を取るしかないのだろう。私たちは。
「大丈夫ですよ、国際空港の構造は似てますから」
多分ね。
「へぇ……古鷹さんは空港に行ったことがあるんですね」
なんだか変なニュアンスを含めた言い方である……今の時代、空港に行ったことがなくともそんな反応しないと思うのだけれど。
ともかく、今日の目標は空港の探索にしよう。決めた。
「あ、でもその前に古鷹さん、『アレ』に行きましょうね?」
「……『アレ』?」
唐突な提案、何なのか見当もつかない。そんな私に、彼女はイタズラっぽく言うのだった。軽いウインクを添えて。
「買い物ですよ、買い物!」
買い物(100%Off)