私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
それにしても……今話7000字弱かぁ。
伸びすぎた。そして漂うシリアス。
爽やかな空。太陽も十分に空高く登り、道路と自動車と、そしてガダルカナル島の自然を照らしている。
現在時刻は1040時。ホニアラ国際空港までの距離を示す道路標識が私たちの後ろへと流れてゆく。サスペンションの性能がいまいちなこの車、加えて道路の一部がガタガタに破損しているせいで伝わってくる衝撃が半端ではない。痛い。
ドンッと車体が揺れ、私も一緒に揺さぶられる。
「……だから後ろに置いた方がいいって言ったのに……」
彼女はハンドルを握り、私の抱えた艤装に目を遣ってくる……確かに軽く感じるとはいえ艤装には重さがある。この衝撃が痛みに変わるのに、艤装が全く役に立っていないかといえば嘘だろう。
「そんなこと言ったって、艤装は放しませんからね」
「古鷹さんのためになると思って言ってるんですけどねぇ……」
まぁいいですよ、と視線を前に戻す彼女。ホニアラ市街と国際空港の距離は十キロ弱ほどで、まぁ歩いてゆくのにはちょっぴし遠い距離だ。
そう言う点では、もちろん自動車を直して引っ張ってきた彼女とその妖精さん達には感謝している。しかしだ。これは一種の『接収』というやつ(盗難などという汚らしいものではない、おk?)。私は軍艦古鷹な訳で、軍艦古鷹の名誉を受け継がねばならない。そう考えると……なんだかとても悪いことをしている気分になる。なんせ接収に対する補償を今の私がすることは出来ないのだから。
……え? 軍票があるじゃないかって……? いやこの前言った通り軍票は支払いを約束するものでしかないから……。
閑話休題。今重要なのは情報を収集し、祖国への道のりに目途をつけること。そのために自動車は必要なことなのだ。目的は手段を正当化する。今はそれが適用されると考えよう……。
その時、私は道端に何か変なものを見た。
「あ、あれ……?」
「え?」
その声に彼女は一瞬怪訝そうな視線を送るが、すぐに察したようで私と同じところに視線を注ぐ。その視線の先には何かが横たわっている。動員できる知識の限りでは、道端の光景には見えない。
「ちょっと停めてください」
「了解です」
ブレーキが擦れ、自動車は減速、そして停車。私は艤装を抱えているので、先に降りたのは彼女の方だった。
変なもの……それは、布の塊だ。地面に力なくべたりと横たわる布。色はカーキの……所謂「国防色」というやつ。まばらになった民家の代わりに道の両側を占拠するように並んでいる。
「テント……ですかね?」
いくつものピンに支えられて立つタイプのテントだろう。かなり大きい。国防色が使われているあたり、如何にも「軍用」といった感じだ。
……そして、それが道沿いにいくつも横たわっている。どれほどの数があるのだろうか。
「これってもしかして……空港まで続いているんですか?」
私たちがいま進む道の先を見る。地図を見ながらここまで来たのだ、この道の先がホニアラ国際空港であることは間違いない。
テント……道端での集団キャンプなんて面白くもないだろう……一体何の目的で?
「それにしても、いい素材ですねぇ……」
彼女は物珍しげにテントであった布を撫でる。私もそれに倣ってみると、なるほど、つやつやしていて水もちゃんとはじきそうだ。ビニルでも使われているのだろうか?
だが、こういう素材は別に珍しいものではないはず。
……やはり世代、というか時代の違いを感じてしまう。彼女はなんだ?
いや、分かるはずもないか。星空や荒廃したホニアラ市街と違い、彼女は私に名乗りすらしないのだ。予測できるはずがないし、下手な推測をするように仕向ける彼女の罠かもしれない。
こちらがそんなことを考えている間に、彼女はテントから手を放した。その汚れ具合を見ずとも放棄されてからある程度の時間が経過していることは明白で、これ以上居座っても無駄だと判断したのだろうか。
「古鷹さん……進みましょうか」
私も同意見だった。知りたければ、進むことだ。こうして道が続いているのなら、きっとその先に答えはあるはず。
「……そうですね」
よく見ると、ホラニア国際空港の電波塔と思しき鉄塔が見えた。
……なんだか、傾いている気がした。
★ ★ ★
嫌な予感ほどよく命中する。と言われるのは、きっと嫌な予感ほど命中した時の後味が悪いからだろう。予感というのは決して第六感なんてよく分からないものとは違う。様々な状況、情報を意識、もしくは無意識のうちに整理して……そして結論として導き出されたもの、そう私は考えている。
……いやまぁ、第六感こそがそうだっていう人もいるけれどさ、なんか第六感って言い回しが好きじゃないんだよね。予感っていうのもぼんやりした言い回しだけどさ。
いやそんなことはどうでもいいのだ。
……最悪かも知れない。
「古鷹さん……これってもしかして」
もはやテント街ではない。何かが掘り返された後。それが延々と道端に広がっている。
しかし質が悪いのはその掘り返された後の不気味さである。
均等に、順序良く並んでいる。
「ぼ、墓地……?」
ここら辺の風習は知らない、しかし、しかしだ。少なくともここが農地には見えないし、印のように立てられた「十字架」がそれを示している。そう言えば、欧州の国々の植民地政策は宗教政策でもあったんだっけか。
「でも墓地にしたって、ちょっと掘り返された跡が大きすぎやしませんかね……」
その通りだ。一つ一つの盛り土が、あまりに大きすぎる。
「集団で……埋められた、とか?」
憶測に過ぎない。しかし私のその呟きは、嫌な現実味を帯びて二人の間に漂った。
「……」
その瞬間私の脳裏に浮かんだのは、いつか見たブルドーザーによる死体処理の現場を映した写真だった。全滅した日本軍。それを浅く掘った穴に並べ、乱暴に土をかけてゆく米国のブルドーザー。
その写真に米軍が日本兵を弔ったという記述はなく、しかし貶めたという記述もない。そんな一枚の写真。
いや……まさか……ね。
弔うべきかと迷うのも一瞬、しかし彼女と私を乗せた自動車はそんなことに構わず進み続ける。既に空港の建物がはっきりと見え……それは信じられないほどにボロボロであった。
駐車場と思われる空間の少し手前で彼女は自動車を止める。
「古鷹さん……着きました。ホニアラ国際空港です」
原型を留めていない三角形の屋根が、私たちを迎えてくれた。
★ ★ ★
腰から拳銃を抜いて、構える。双方とも一応艤装は装着しているが、共に合わせるように拳銃を握っていた。こうして手に持った拳銃の確かな触感が安心感に繋がるのは、どうやら私だけではないらしい。
彼女は私の前を、導くように歩いてゆく、私はその後に続く……背後は取った、ということだ。やはり私は彼女に対して有利な位置を取らずにはいられなかった。
「……やっぱり誰もいませんねぇ」
彼女はそれに気づかぬふりをして進んでゆく。私だって内心気づいてはいるのだ。彼女は「私に
進んでリスクを負う……ワタシを信用しろ、とでも言いたいのだろうか。
分からなかった。
でも一つ分かることは、彼女は私を助けるように動いてくれているということ。理由はどうあれ、だ。その事実は変わらない。実際、彼女がいなければ私は、まだホニアラ市街を散策していただろうから。
……そう言えば、ホラニアに関して彼女に聞いた情報、ほとんど裏どりしていなかったな……一応自分の眼で確認しておかないと。
ターミナルビルと思しき建物を見上げる。自分の住んでいた日本でガダルカナル島に対する観光PRがほとんどなかったように、どうやらこの世界のガダルカナルも観光開発はあまり進んでいないらしい。首都の空港であるはずなのにその規模は決して大きくなく、地図を見る限りだと滑走路も一本。
……まあ、それよりもあれか。
「古鷹さん……これ、崩れてきたりしませんよね」
「わ、私に聞かないでください……」
ターミナルビルの外壁は何というか……ぼこぼこと言うべきか、それともぐちゃぐちゃと言うべきか迷うぐらいに抉られており、恐らくガラスがはめられていたのであろう窓はすべてただの穴と化していた。
ホニアラの比ではない、損傷の度合い、よほど執念深く攻撃が行われたのだろうそれ。まだ建物としての輪郭を保っているのが不思議なぐらいだ。
「……迂回、しますか」
「そう、ですね」
虎穴に入らざれば虎子を得ず、とか何とかいうが……得た虎子の市場価値が低下していては虎穴に入る価値はない。この建物に入って何か良い情報が得られるとは、到底考えられなかった。
★ ★ ★
建物を迂回し、離陸前の航空機の待機場所であるエプロンへ。エプロンは危険なのでフェンスが設置されていると思うのだが、何故かここにはなかった。建物がぼこぼこにされているのと比べれば些細なことなので、気にすることなくエプロンへと進入する。
目の前に広がるのはエプロンと滑走路……しかし、おかしい。いやこれが普通なのだろうが、先ほどまでの光景と比べるとどうにも違和感があるのだ。
なんせ、目の前のエプロン、そして滑走路は使用可能な状態を保っているのだから。
攻撃を受けなかったのか……? いや、それは嘘だ。滑走路には本来あるべき誘導線が引かれていないし、舗装は空港のそれとは思えないほど雑な訳で、滑走路の脇には何やらゴミの山が積まれている。
「一度攻撃を受けて……とりあえず復旧した、ということですかね?」
そう考えれば、滑走路の脇に集められているのは破壊された滑走路舗装の残骸で、エプロンの一部分が舗装されてないのも頷ける。一度はあのターミナルビルのようにぼこぼこにされたが、このように修理した……ということだろう。
つまり復旧はホニアラが攻撃を受けた後……誰が、何のために復旧したというのだ?
そういう疑問も滲ませつつ彼女に聞くと、彼女が返してきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「空港も……舗装されているんですか?」
……?
逆に聞くが、舗装されてない空港ってなんだ。
「あの、それってどういう……」
しかし、私の声がそれ以上続くことはなかった。
「ん? 古鷹さん……アレ! アレ見てください!!」
先ほどまで警戒のためか息を潜めるように押し黙っていた彼女。急に息を吹き返し、ややうわずった声をあげる。
「……あれは……!」
彼女が指さす先には……擱座した回転翼機……そう、ヘリコプターの姿があった。
★ ★ ★
「うぉぉぉおぉぉぉおぉ! なんですかこれは?! ワタシの装備も馬鹿みたいに近代化しているなぁとは思っていましたが、これは何ですか?! オートジャイロとかそういう域にないですよこれ?!」
「……」
「……あれ、古鷹さんやけに冷静ですね」
いや、あなたのテンションがおかしくなっているだけですから。
しかし私だって冷静じゃない。人の振り見て我が振り直せとはよく言ったもの。彼女がいなければ、私も彼女ほどでないとはいえ興奮を表に出していたことだろう。
……目の前の回転翼機は収容能力も大きいのだろうでっぷりとした姿で、操縦席の窓も大きい。増槽から尾翼までグレー系の色で染め上げられている。確かこうゆうのを中型ヘリっていうんだっけか。色合い的に洋上仕様、海軍機か? 海軍の哨戒ヘリはどこもゆったりしていて、3~8時間ぐらいの作戦時間が取れるよう設計されていると聞く……オートジャイロなんて海のものとも山のものとも知れぬものと比べられても困るというもの。
……しかし、ヘリを知らずにオートジャイロを知っているなんて……オートジャイロの登場は確か1920だったか30年代、日本での登場はかなり遅れたんだっけ? で結局ヘリの方が優秀ということで現代では全く使われていないんだけど……ヘリの登場はいつだっただろうか? ベトナム戦争時では欠かせない航空戦力だったと聞くが、発動機付き飛行機の祖であるライト氏もヘリは実用的でないといっていた。
要するにヘリには馬鹿みたいな馬力を持ったエンジンが必要な訳で、攻撃兵器として使用できるためにはエンジンの技術革新が必要だったのだ。だからヘリの登場は第二次世界大戦の後に違いない。
「古鷹さん! ドア開きましたよ……ってあれ? 計器類が取り外されてますね……?」
子供のようにはしゃぎながらヘリと格闘する彼女、楽しそうで何よりです。
それにしても……この人は、ヘリコプターを知らず、オートジャイロを知っている。
……だが、理屈に合わない。目の前にはヘリコプターがあるじゃないか。彼女だってこの世界の人間だろうに。
……いや待てよ。彼女が『本当に』ヘリコプターを知らず、オートジャイロを知っているのだとすれば彼女は1930~1940年代の存在ということになる。タイムスリップとでも?
何かが繋がりそうになる。
軍艦古鷹は1920年代就役、存在した期間は1930~1940年代と丁度ピッタリだ。そして、彼女は私が古鷹だとぴたりと言い当てた。
……だめだ、何かが足りない。これじゃあ彼女が何者なのかの説明がつかない。
この話はやめだ。まずは、目の前の現実を調べよう。
「どこかに国名は……」
国名を探す、海自(自分の世界の日本海軍)の哨戒ヘリなら見たことあるから分かる自信あるんだけどなぁ……まあともかく、国籍を示す印がない航空機など存在しないはずで、それはすぐ見つかった。
円形のマーク、外側から青、白、赤……この組み合わせは、英国だ。
そして真ん中の赤はカンガルー。カンガルーで英連邦といえばあの国しかない。
「オースト、ラリア……?」
手を伸ばし、そのカンガルーにそっと触れ……微妙に届かない。しかし機体は確かにそこに存在している。オーストラリア海軍の哨戒ヘリ。
そんな馬鹿な、ここを復旧したのはオーストラリアだとでも言うのか?
しかし事実はそうだといっている。この機体に戦闘によるものと思われる損傷はなく、先ほど彼女が言っていたように計器類が取り外されていることから何らかの故障により放棄、精密部品だけを回収したと考えられる。つまり、オーストラリア軍はここを復旧、何らかの目的のために使用した後、撤退したということだ。
……つまり、どういうことだろうか。ここガダルカナルには日本政府発行の軍票もあった。そしてここにはオーストラリア軍の機体が。
ソロモン情勢複雑怪奇とはこのことか。
「古鷹さん? どうしたんですか?」
「あ……いえ、なんでオーストラリア軍が……と思いまして」
「? きっとソロモン諸島はまだ英のテリトリーのはずですし、不思議ではないと思いますけど」
あ、そうか……彼女は私がこの島で日本の軍票を拾ったことを知らないのか。名前も教えてくれない相手に話す義理もないので、伝えていなかったのだ。まあ当たり前だね。
しかし……確かに彼女の言う通りだ。ホニアラの発展具合や私の艤装、目の前のヘリコプター。いずれも今が第二次世界大戦から遠く離れた時代であることを示している。
いくら大日本帝国が存続していようと、あの戦争でソロモンを取ることは不可能だった。そのくらいは分かる。
むしろおかしいのはここに日本の軍票があることや、対米戦争継続などという訳の分からない妄想をしてしまっている私の方であって、彼女が正論だ。私に攻撃を仕掛けた存在がいることからここら一帯が政情不安定なのは間違いないようだが……。
「……」
彼女に目を遣る。彼女もまた、私と同じようにオーストラリアの国籍マークを見つめていた。その眼差しはやけに冷たくて、先ほどまでの興奮した様子はかけらもない。どこを見つめているのだろうか。
「日本は……本当にどうなっているんでしょうね」
……呟いたのは私じゃない。彼女だ。思わず聞き返してしまう。
「え……今なんて?」
「え!? あ、今の口に出てました?!」
「あ、はい……出てましたよ」
そう言うと、彼女は笑顔を作った。それから笑う。
「あはは、やだなぁ……
嘘だ。今のが本当の発言なわけがない。直感だけど……嘘なのは分かる。
でも……追及はしたくなかった。彼女は名前を言わないが、そう言う点では、私だって最低限の情報しか彼女に流していない。もしもこの状況で私が彼女に明確な疑いを台詞としてぶつければ、このギリギリの協力関係が崩れる恐れもあった。
それは困る。もう繋がりを失いたくない。
その一方で、これが絶好の機会だと思う私もいた。問い詰めれば、彼女の出身や立場へ関わる情報が手に入るかもしれない。
それ故に即座に次の言葉を繰り出すことができず、沈黙が始まってしまった。
私たち……信じあえないのかな。