私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
双眼鏡から目を離す。
ホニアラ市街は赤い光に照らされていた。別に特別な意味じゃない、単に陽が沈もうとしているだけだ。太陽光線はいくつもの色の可視光線により構成されており、陽が傾いたために赤色の光線が目立つ。端的に言えばただそれだけ。
でも、ちょっとぐらいは感傷に浸ってもいいよね。昼でもなければ夜でもない、この幻想的な空間、マジックアワーとはこのことを言うんだっけか。
屋上に寝そべって双眼鏡を覗いていた私は立ち上がって、周囲をぐるりと見渡す。そこには赤く照らされたホニアラ市街。あの後水偵を回収し、もう少し捜索を続けた私たちは、彼女が拠点とする建物に戻ってきていた。
主人であるヒトを失った街は静かであったが、そこに寂しさはない。ただただ、この街が壊滅、いや消滅してしまったのだという事実を受け止めているだけ。
「警戒ですか? 精が出ますねぇ……」
と、後ろに彼女の声が。
「えぇ、まあ……いつ来るか分かりませんし」
「ホントに古鷹さんは心配性ですねぇ」
忘れてはいけないが、私たちは敵性航空機を撃墜した。この事実はどうやっても揺るがないわけで、私たちはそれに常に注意を払わねばならない。航空機が飛んできたということはホニアラに何らかの用事があるのだろうし、無警告で撃ってくるような連中の用事が観光とは思えないからだ。
だから私はこうやって監視を行っているのだし、日が明ければ持てる限りの物資をもって移動するつもりでもある。これについては彼女も同意してくれた。実際、これ以上ここ近辺を捜索してもいい情報は見つからなさそうだからだ。
「それで? 新聞の解読は終わったんですか?」
「解読って……読むだけじゃないですか……」
もしかして古鷹さん英語苦手です? と彼女。いやほんと、読めはするんですってば。要するに効率の問題ですよ、私が読むより彼女に読んでもらったほうが早いでしょ?
あ、重要なのはそんなことじゃないですよね。
そう! 新聞! 新聞が見つかったんですよ、遂に!
半壊した飛行機のハンガー(いや整備区?)に置いてあったんです! 本当にホニアラ空港をきちんと捜索してよかった!
ま、まぁ……どう見ても読まれた新聞の末路みたいなノリでまとめて置かれていて、しかも湿気っているので、正直いつの記事か……つまり、どのくらい新しい記事かはわからないけれど……まぁ大収穫なのに変わりはない。
「ええ、読み終わりましたよ……それにしたって、年号がすごいですよねぇ?」
そう言いながら持ってきた新聞の一つを振ってみせる。そう、新聞がどのくらい古いかは確かに分からない。しかし新聞が報じるのは既に起きたことであり、決して未来を報ずることはないのだ。
そして、その新聞の日付が示すのは、西暦2013年。
……西暦2013年。
「つまり……マヤ暦のアレはウソだったってことですよね?」
「あ、そっちなんですか」
ちなみに彼女が言ってるのはとうの昔に滅んだマヤ文明の
ごめん、話がすごい逸れた。いやだってさ、2013だよ?! 軍艦古鷹の戦没から一体全体何年経っているっていうんだよ。71年? すごいね。もう言葉が出ない。異常なことが多すぎてこのままじゃ感覚が麻痺しそう。
「いやまあマヤ暦云々は半分本気半分冗談ですけど……」
半分は本気なのか……。そう呆れる私に構うことなく彼女は続ける。
「まぁでも、それなら空港で見たあの機械にも納得です。半世紀も経てば、そのぐらいの技術革新はありますよね」
あぁそう言えば、彼女はヘリコプターを知らなかったんだっけか。彼女は続ける。
「21世紀……信じられないほど未来ですよねぇ」
「そうですね……」
なんとなく同調してしまう。いやだって、私がいつの年代に住んでいたのか分からないんだもの。
……しかし、おかしな話ではある。
彼女は私のことを古鷹と呼ぶ。もちろん古鷹という名は私が置かれている状況であり彼女はその名を知っている、だから古鷹と呼ぶだけなのだろう。別にそれはおかしい事じゃない。自衛艦こんごうは軍艦金剛の名を受け継ぐ。私も恐らく、そのように軍艦古鷹の名を受け継ぎ、そして
そこで問題となるのが、どうして私の装備は『第二次大戦期の軍艦古鷹』に準ずるものなのだろうか。というものである。自衛艦こんごうに356mm砲を積もうとする阿呆はどこにもいないわけで、おかしいのである。
しかも妖精さんたちの反応を見る限りは私はやはり『第二次大戦期の軍艦古鷹』であるらしいし、実際私もそういうものだと考えてきた。
しかし目の前に横たわるのは、2010年代という私の知る軍艦古鷹からはあまりに隔絶した年。
「? どうかしたんですか古鷹さん?」
こちらの顔を覗き込んでくる彼女。いけない、また顔に出ていただろうか。
「あ……いえ、大丈夫です」
流石に、彼女にほいほい相談できるほど簡単な話題じゃないと思う。
だから私は話題を変えるように明るく次の言葉を出す。
「それで、新聞の内容はどうでした?」
「あぁそうでした、それが本題でしたね」
そう言いながら彼女は新聞を広げる。早く安くを意識して、とてもじゃないが良質とは言えない新聞紙の擦れる……いや湿気っているせいで擦れる音は聞こえなかったね。
開かれた面には文字がびっしりと。写真も一応掲載されているけど、まさに英字新聞といった感じだ。
「結局気になるような話題はなかったですね……普通に地方新聞って感じです」
「そう、ですか……」
やっぱりそうなるか……といった感じである。確かにホニアラがここまで被害を受け、そして人一人残さずどこかに行ってしまったということはただならぬ事態であり、普通に新聞が発行されているわけがないのだ。
すなわち攻撃はこの新聞が発行されてより後、ということがこれで分かった。もちろん役に立つ情報ではない。
「となると、やっぱり一番新しいのはあの手紙ですか……」
「そうなりますね」
私の言葉に彼女は同意の意を示す。あの手紙とは空港で発見されたオーストラリア軍の士官(?)に当てたと思われる家族からの手紙……つまり、オーストラリア本土から送られてきた手紙だ。
その内容は本国から離れたソロモン諸島にて任務に当たることを心配する声であり、早く帰ってきて欲しいという内容。
今の時代ならこういうやりとりはEメールが主流だと思うのだが……いや、手紙からは他国の様子が分からないことを嘆く風も読み取れた。
……他国の様子が分からないということはつまり、情報通信網がダウンしているということだろうか?
それとEメールでこの手紙が送られていないことを考えると状況はなんとなく分かる。つまり、通信にひどい痛手を負っているのだ。オーストラリアは。
具体的には
もちろん、ここで重要なのはオーストラリア『も』攻撃の対象になっている可能性があるということ。それすなわちオセアニア全体がここのような紛争地帯になっている可能性があるということである。
……それほどに敵性勢力の力は強大、ということだ。どこに移動すればいいかははっきりしないが、ともかく、移動はするべきだろう。もしも標的にされたら、無事でいられる保証はない。
ふと、彼女が空を見上げた。
「あ、古鷹さん! 一番星が見えますよ!」
私たちの心配をよそに、紫を取り戻しつつある東の空に星が輝きはじめていた。
★ ★ ★
何度目かとなる。満天の星空。不思議な話だが見飽きるということはない。しかし、今夜は違った。
「よく見えますねぇ……」
隣で感慨深げに呟く彼女。私の隣に、そう手を伸ばせばすぐ届きそうな場所に彼女がいる。
「……」
私の見ている空は昨日とほとんど変わらないはずなのに、不思議と違った風に見えるのだ。なぜか? そりゃだって昨日は背後から刺されまいかと怯えながら過ごしていたからだ。空を見ている暇があったら警戒しろということだ。
でも、今隣にいる彼女を、私は信じることにした。信じるというか、今は仲間というか。そんな感じ。
「星空って不思議ですよね、ねぇ古鷹さん?」
「私は……あなたとこうやって星を見ていられることのほうが不思議です」
昨日であったばかり……それも、初めは銃を向けあった仲。
「あはは……確かにそうかもしれませんね」
それを聞いた彼女も笑った。
あぁホントに、どうして私は彼女のことを信じているのだろう。彼女は私に名乗りもしないというのに。今まで協力してきてくれたのが、全部罠の可能性だってあるのに。
でもどうしてだろう。気が置けないのだ。
私は彼女を見る。二人共寝転がっていて、星に照らされた彼女の横顔、その眼差しは、宇宙の奥底へと向けられていた。
と、その眼が僅かに見開かれる。
「あ! 流れ星!」
「え? どこどこ?」
慌てて空を見上げるが、もちろんさっきまで人の横顔を見ていた私に流れ星を捉えられるはずもなく。
「もう流れちゃいましたよ」
「そんなぁ……」
まぁ流れ星って、あくまで大気圏に突入してしまった何かが燃えているだけの現象なんだけどね。それでも流れ星なんて何年も見てないし、見たかったなぁ……。
「古鷹さんは何かお願いごとでもあったんですか?」
お願い事?
なんのことだかよく分からず、回答に困る。
「ほら、アレですよ、流れ星が流れる間にお願い事をすると、願いが叶うとかいう……」
「あー、ありましたね……そんな伝承」
これって伝承って言うんだっけ?
……ともかく、それは私も聞いたことがある話だ。流れ星に三回お願いすると願いが叶うんだって……隕石や
……無論、流れ星は本当に一瞬で流れてしまうので、お願い事を三回なんて不可能なんだけれども。
だからこそ、成功したら願いが叶うなんて言われるのだろうか?
「それにしても……願い事ですか……」
「何かあるんですか?」
彼女が片目でこちらに聞いてくる。
……願い事、ね。
願い事ってなんだろう。私の目的は決まっている。私の、軍艦古鷹の祖国である日本へと帰ることだ。たとえこの世界の日本がどうなっていようと……それこそ、日本州や倭人自治地区と成り果てていようとも……私の故郷は日本だ。それは絶対に変わらないし変わって欲しくない。だから帰りたいのだ。
でも、それは願い事じゃない。やりたいことで、そして出来ることだ。
星に願いをしなくても叶うんなら、それは願い事とは言わないだろう。
……それだったら。
「私の願い事は……そうですね、私のことを知りたいです」
「古鷹さんのこと?」
彼女が疑問符を付けたがる理由もわかる。自分のことを一番知っているのは自分、なんてよく言われるしね。
「はい」
でも、私には分からないことがいっぱいある。
私……つまりこの身体だが、この娘は元々どういう娘だったのだろう? 私が目覚めた時には既にここまで成長した身体だったわけで、その前が分からない。ある程度の歴史や社会情勢は知っているし、自分が確かに日本国に住んでいたとこは間違いないというか確信できる物事なのに、どうしてだかこの身体にはなんの覚えもないのだ。
一体私は、どこで生まれ、そしてどのように育ったのだろう。どんな食べ物が好きで、どんな物語に涙を流したのだろう。誰と出会い、そして誰かに恋をしたりしたのだろうか?
「……私はなんでここにいるのか、それが知りたいんです」
「……」
私たちを吸い込むように広がる星空。そこに吸い込まれていく私の声。
どの星に聞いても、きっと答えは帰ってこないのだろう。
だからこそ、私の願い事だ。
「ところで……あなたは何かお願いしたんですか? 流れ星に」
するとどうしてだろう。彼女からの返事はなかった。
不思議に思ってまた彼女の方に視線を投げると、彼女は私から顔を背けていた。
「……ワタシの願い事は、星に願えるほど高尚なものじゃないですよ」
その言い方はいやに彼女らしくなくて……いや、確かに出会って一日の彼女に「らしい」もクソもないような気がするが、でもとにかく彼女らしくなかったのだ。
なんでだろう。エキセントリックな人だから印象が強く残ったのだろうか?
その違和感を拭いたくて、私は間違ってはいないことを言う。
「そんなことないと思いますよ、だって願い事って……その人の理想じゃないですか」
すこし意味が違うかもしれないけど、願い事に高尚なものなんてないはずだ。自身の理想とする状態になりたいと願うのが、願い事なのだから。
「理想……そうですよね」
それでも彼女は、顔を背けたままだった。
私と、目を合わせないように。
そこに僅かな拒絶を感じ、私は何か変なことを言ってしまっただろうかと自分の発言を振り返る。
しかし、思い当たるものはなかった。
「古鷹さんは……」
「?」
躊躇うような間。私は彼女が目を背けたまま口を開くと思ったが、彼女は急にこちらへと顔をぐいっと向けてきた。
「ち、近いですよ……」
近い、はっきり言って近い。なんせ私たちはともに寝っ転がって空を眺めているわけで、お互いに見つめ合えばそりゃ近い。
でも彼女は、そんなことに構わず次の言葉を継いだ。
「古鷹さん……ワタシのこと、本当に思い出せませんか?」
胸が痛くなった。
その言葉を……というより、彼女の眼を見たから。
「ご、ごめんなさい……」
今度は、私が顔を背ける番だった。
「本当に、何も分からないんです……」
私だってあなたのことが知りたいよ。だってあなたは私を見ただけで分かったんでしょ? ならきっと私たちは知り合いだったんだよね?
苦しい。
どうすればいいのか分からないし、どうしようもないというのが答えなのだろう。
「いいえ……いいんです、古鷹さん」
……良くない。良くないよ。
何も返せなかった。沈黙がこの世界を支配する。
彼女は私に良くしてくれる。食料もくれたし、敵性航空機を撃墜してもくれた。新聞も読んでくれたし……何より、私を孤独から離してくれた。彼女を疑うのが辛いぐらいには頼りにしてる。
だから、彼女にそんなさみしい顔をさせるのが、苦しいのだ。
結局その沈黙を破ったのは、彼女の方だった。
「……古鷹さん」
「……」
「少しだけ、ワタシのワガママを聞いてもらっていいですか?」
嫌に遠慮げな、小さな彼女の声。
「なんでしょう……?」
何が来るんだろうか。
そう思った次に続いた言葉、それで私は自身の耳を疑うことになる。
なんせ、
「手を、繋いでもいいですか?」
それは、あまりに小さなお願いだったからだ。
でも確かに、彼女のことを私が信じていなければ私は許可を下さなかっただろう。
「……大丈夫ですよ」
「それじゃ……」
そっと遠慮気味に触れた手。
握る手の弱さから迷いが直接伝わってくる。
彼女も私と壁を作ったが、また私も彼女との間に壁を作った。
それは、彼女にとってとても残酷なことではなかったろうか? なんせ彼女は、私に名乗らない理由を「古鷹さんのため」と言っていたわけだし……。
……私、このヒトに酷いことしちゃったんだ……。
その事実、今更気づいたその事実。
それが重くのしかかってきた。
彼女はゆっくり、その意味を噛み締めるように、言葉を紡いだ。
「……古鷹さんは、ここに……ここにいるんですよね」
どう答えればいいのか分からなくて、私は沈黙を守る。
なんて答えれば良かったのだろうか。
星空は、もちろん解答を教えてくれなかった。
……解答なんて、存在しないのだ。