私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
殺気という言葉がある。
辞書通りに言うならば、人を殺そうとする気配。激しい憎悪、敵意に満ちた、緊迫した雰囲気。
表現としての殺気を使うのは簡単だし、用いられることも珍しいわけではない。
しかしまあ……実際に向けられればたまったものではないというもの。
「……」
目の前に広がっているはずの海は昨日と同じはずなのに、違う。これが殺気だというのなら、相手さんは恐ろしい程のエネルギーを用いて殺気を放っているに違いない。殺気が「放つ」ものなのかどうかは分からないが。
……それにしても、まさかこうなってしまうとは。
いや、分かってはいた。昨日私たちは敵性航空機を撃墜したのだ。こうなることは分かっていたじゃないか。
世の中には正当防衛という言葉がある。それ故に、私が今から始めることは決して非道なことではないし、ましてや間違っていることなどでは断じてない。
それでも、私の持つ恐怖、人としての最低限の恐怖は……最後までこの殺気からの逃避を望んでいた。
無論、その提案は却下である。
「……皆さん、問題ありませんね?」
独り言のように確認すれば、即座に返ってくる声。
『砲術科、問題ありません!』
『水雷科、配置完了、至近距離まで近づいてくれれば怖いもの無しです!』
『機関科、気醸終わりました! いつでもどうぞ!』
そんな報告を返す妖精さんたち。僅かに張り詰めた声。彼らも心なしか緊張しているのが感じられる。いや当然だ。緊張しないはずがない。
なんせ、これが初の本格的な戦闘となるのだ。これまで実際に敵性勢力と対峙したのは偵察機一番機のみ。私にとっても、彼らにとっても……こうして全員で臨戦態勢を取るのは初めてだ。
そして、今これから私が海へ飛び出せば、まず間違いなく戦闘となる。
軍艦は、軍隊は何のために戦闘を、戦争をする?
答えは簡単だ。国家の、国民のため。
……そういう意味では、これからの戦闘が是であると言い切ることはできない。逆に間違っていると断定することは簡単だ。
なんせ私が所属しているはずである大日本帝国が、存在するのかどうかすら私は知らないのだから。
だがそれでも、やる必要はあった。
祖国を守るための力。なにより軍艦古鷹の名誉。それを私は守らなきゃならないし……その為に、むざむざこんなところで殺られるわけにはいかないのだ。
「一等巡洋艦古鷹! 抜錨します!」
飛び出す、もしくは飛び込む、どちらの表現が正しいのかは分からないが、私は海へと繰り出した。一気に加速をかける。
私を潮の香りが迎え、そして風となって私の横を駆け抜ける。
さて、なんでこんなことになったのか。
ことの始まりは……今日の朝まで遡る。
★ ★ ★
妖精さんの起床ラッパが鳴らされ、私は昨日と同じように身体中を綺麗にしてもらう。妖精さんたちは何回もこの「甲板清掃」をやりたがるのだが、正直これは日に一回か二回でいいと思う。なんか偉くなったみたいで(当然、私が一隻の軍艦であるのなら一般人よりは偉いと思うが……)気分はいいのだけれど、でもこう……なんというかさ、やっぱり少しはくすぐったいし、それにほら、甲板清掃中は身動きが取れなくなるんですよ。何度もやられるとちょっと不自由。
という訳で、甲板清掃は朝夜の二回だけにしてもらっている。
『必要になったら、いつでも言ってくださいね?』
「はい、分かってます」
多分頼むことはないのだろうが、そう言ってきちんとお礼もしておく。向こうにとっては義務のつもりだろうから、それを適当にあしらってしまうのは失礼というもの。
『さっ、すぐに終わらせるぞ!』
『『応っ!』』
そういって身体をどんどん清めていってくれる妖精さんたち。その掛け声は体育会系の香りがする(いやまあ、海軍だし当たり前と言えばそうだけど)ものだったのだが、こんなに小さいと何故か可愛く見えてしまう。不思議……でもないのかな?
本当ならそうやってずっと妖精さんたちの様子を眺めていたいのだが、実はそうもいかない事情があった。
「あの人は……どこへ行っちゃったんでしょう……?」
そう、彼女がいないのである。もちろん失踪というわけではない。なんせ書置きがあるのだ。それは彼女が持っていたメモ帳の一ページを破ったもので、内容はこうだ。
"ちょっと取材に行ってきます"
通りすがりの巡洋艦
……訳が分からない。
というかもうずっと思ってたけど通りすがりの巡洋艦っておかしいというかおかしいよね。どこにも所属してない巡洋艦なんている訳無いじゃん。なに? 祖国解放のために戦う義勇軍とかそういうのなの? 自由フランス云々的な感じですか? でも自由フランスだって一応臨時政府の体をとってたよね、確か。
うーん、まあもうこれは彼女の言葉遊びのようなものだからあんまり深くは考えちゃいけないのかもしれないけどさ。でもやっぱりこうして書面にされると違和感がビンビン伝わって来る訳で、考えずにはいられないんだよね……。
あ、そこ、私『が』軍艦古鷹であるという最大の違和感に触れないで。もうこればっかりは説明すら叶わないんだから。
で、問題はそこじゃない……これどうしよう。というか、彼女はいつ帰ってくるんだろうか。というか本当に何しに行ったんだろう。取材ってなにさ。偵察のことを気取って言ってるんだろうか。あ、そう言えば軍艦古鷹の初期の分類は偵察巡洋艦だっけ? いやそんなこと今はどうでもいいか。
そんな風にとりとめもない事を頭の中で回しつつ、朝食を済ませる。
彼女が帰ってきたのはそんな時だった。
階段を駆け上がってきた彼女は、こちらの姿を認めると立ち止まる。肩で息をしている彼女。ここまで走ってきたのだろうか?
「あ、おかえりなさい。朝食食べました?」
さて、今彼女が帰ってきたということは予定通り昼食前には移動できるだろう。本当はソロモン諸島の最大都市であるホニアラにもう少し留まりたかったが、まあ敵性勢力はホニアラ国際空港に興味を持っているようだし、仕方ないね。
彼女と意見は纏めてあるし、後は荷物をまとめてさっさと移動するだけ。
私のそんな今日の予定は、次の一言で見事に打ち砕かれることになる。
次の一言とは、もちろん彼女の一言だ。
ようやく息を整えた彼女は、なるべく冷静を保とうとする声で、言った。
「古鷹さん……思ったよりも、面倒なことになりました」
★ ★ ★
机の上に広げられた写真。それらは元々別々の写真であったようだが、綺麗に切り貼りされて一枚の大きな写真となっている。海の上に映し出された『あるもの』の姿を傷つけぬよう繋げたために、ジグゾーパズルよりも複雑に接合部の境界線が走っている写真。
丁寧な仕事だった。
だが、そんなことは悪いけどどうでもいい。
「……なんですか……これ?」
「昨日お話した『お母さん』とその仲間たち……っていう言い方が一番適切ですかね?」
写真に写った『あるもの』とは、こう……えーと、なんというか、とにかく形容しづらい姿見をしている。
え、具体的に? そうですね……魚?
なんか黒光りしてるし、多分そんな感じです。深海魚みたいな?
あ、魚みたいっていうのは彼女の言う「その仲間たち」の方ね。
「……で、これが『お母さん』だと」
私は写真に触れないように注意しつつ、その仲間たちに囲まれた中心の影を指差す。
「ええ、そうなります」
『お母さん』と彼女が呼ぶそれは……人型だ。
すなわち、私と、私たちと同じような存在。
「飛行科さん、これで間違いないですか?」
彼は私の偵察機、古鷹1の無線手を呼び出して聞く。古鷹1を攻撃してきた航空機を放ったのがこの『お母さん』なら、これの目標は古鷹1……すなわち私の捜索である可能性もある。
しかし、肩に現れた飛行科妖精さんは首を傾げた。
『うーん、どうでしょう……分からないです』
「そうですか……」
まあ、初めて接触した……つまり初めて襲われた……時も艦種識別すら(人型をどうやって艦として識別するのかは謎だ)出来ていなかったのだから分からないのも仕方ないか。
「あれ、古鷹さん、これのこと知っているんですか?」
と別の方から横槍が。
……そう言えば、彼女には話してなかった。なんせ話す必要がなかったからね。
「はい……これかどうかは分かりませんが、私の偵察機が活動中に攻撃を受けています」
「ということは……ワタシたちを見境なく攻撃しているのは間違いなさそうですね……」
ふむ……といった様子で顎に手を、そして唇を尖らせる彼女。
ん? なんか私今さらっと情報流しちゃったね。ちょっとした後悔が湧き上がる。いや別にどうでもいい情報かもしれないけれど、それでもやっぱり情報共有は等価交換じゃないと……よし、こっちからも質問しよう。
……つくづく悪い性格だなぁ、私。
「その写真って、誰が撮ったんですか?」
半分は予想のついてる質問だ。だってこの写真のアングル、かなり高いところから撮らないと実現できないものだし……海の中にタワーがいきなり建ってるとか、そういうアホなことはないだろうから、多分空撮。
「そりゃあ、ワタシの偵察機が撮ったものですよ」
やっぱりね。でも重要なのはそこじゃない。
「偵察機……あなたも持ってたんですね?」
「そりゃまあ、巡洋艦ですから」
確かに。偵察機は巡洋艦の重要な戦力だ。
待った。
……まさかとは思うが、彼女が「取材」へ行っていたのは彼女の偵察機を「私に見られない」ため?
確かにその可能性はある。私は存在する全ての機体を網羅しているわけではないが、確かに見ればどの国のものぐらいかは分かるかも知れない。
少し考えてみる。これは彼女を疑うものじゃない。彼女の行動を理解するための考察だ。そう言い聞かせつつ疑ってみる。
彼女は私に国籍を知って欲しくない。それは前々から感じられたことだ。そしてそれは「古鷹さんのため」。どういうことだ? 知られちゃ不味い国籍とはなんだ? かつて祖国と戦争していた、軍艦古鷹を沈めた連合軍? いや、違うだろう? そんなことで私は怒らない。怒らないと思う……本当に?
「ちょっと古鷹さん、また変なこと考えてますよ?」
「えっ?」
たしなめるように私のことを指差す彼女。また顔に出てたのだろうか。
「えっと……」
さてどう答えたものか、そう目を泳がせる私に、彼女は小さくため息をついた。ちょっと寂しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
「まぁ気にしませんけど……で、話を戻しますね。この写真はワタシの偵察機が撮ったものです。周囲を囲んでいるこのよくわからない物体は『お母さん』の護衛ではないかとワタシは思っています」
「なるほど……」
向こうも追求するつもりはないようで、写真の説明を始める彼女。
……ごめんね? 私は声に出さず謝る。
それにしても……護衛ですか。確かにこれが私と同質の存在だとしたら……つまり巡洋艦なのだとしたら、普通は護衛がついていて然るべきだろう。ある意味では随伴のいない私のほうが常識はずれなのだから。
「で、ここからが重要です」
そして、彼女はテストに出そうなポイントを強調する教師のように指を立てた。
繰り出される次の言葉を予想した私は、呼吸を止めて唾を飲み込む。
「こいつらが……
「……」
……やはり、そうきたか。