私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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※相変わらず重いです。心してお読みください。



意思のない武力はただの暴力。

私は……。



合戦準備!

 写真に写るのは、奇妙な姿のなにかに囲まれた、海を走る人型。私たちと同じ存在。

 

 

「こいつらが……ここ(ホニアラ)に向かってきています」

 

「……」

 

 ……やはり、そうきたか。

 

 口には出さなかったが、私が抱いた感想はそれだけだ。

 そう、それだけ。

 

 強いて言うなら、想定よりも早かった。というぐらいが追加の感想だろうか? 敵性勢力の目的は見えないが、私たちに何らかの理由で敵意を抱いているのは間違いない。それが何なのか、私のドッグタグが示す大日本帝国海軍(IJN)に何らかの関係があるのかどうかは分からない。

 

 それでも、向かって来ているなら……出会ったとき、きっと奴らは私に敵意を向けるはず。

 ならば、選択肢は二つ。

 

「逃げるか、戦うか……」

 

「そうですね……戦うか、それとも逃げるか……」

 

 私の漏らしたその言葉を、彼女は反芻するように、いや僅かに言葉の質を変えて返す。

 それを聞いた私は、僅かに眉をひそめた。

 

 

 ――――どくん。

 

 

「……あの、もしかして……戦うつもりですか?」

 

「え? ワタシ、そんな顔してました?」

 

 その顔が引きつったように見えたのは気のせいではないだろう。

 机の上の写真からこちらに視線を移した彼女の眼、それが私を捉える。

 

「いえ……そんなことは」

 

 なぜか思わず目線を逸らしてしまう。

 

 あ、どうしよう私……彼女としっかり眼を合わせられない。なんで? 昨日までは彼女を見ただけでこんなことには……。

 

 あぁそうか、私が彼女に酷いことしたから、それに今更気づいたから……。

 ……ううん、それだけじゃない、確かにそれもあるかもしれないけれど。

 

 私は思い切ってもう一度、彼女に視線を合わせる。

 

「? どうしたんですか、古鷹さん?」

 

 ああ、やっぱりそうだ。彼女の眼、なにかおかしいよ。これまで見たことのない、そう、どこか思いつめた眼。昨日敵性航空機に向けた獣のそれでも、何かを隠すようなそれでもない。

 

 なにを見ているの?

 

「……」

 

「どうしたんですか? はっきり言ってくださいよ」

 

 押し黙って見つめるだけの私に、彼女はそういう。その言葉に焦りが見え隠れしたのは、私の気のせいだろうか?

 

 でも、気のせいじゃやっぱり済ませられなくて、私はその問を口にする。

 

 

 ――――どくん。

 

 

「まさか……戦い『たい』なんて、思ってないですよね?」

 

 昨日あんな獰猛な顔を見せた彼女。戦いたいと思っている可能性は……いや、軍艦なら戦いたいと思うのが当然なの? 補給が修理がと、いろいろ言い訳して逃げを選ぶ私のほうが不自然なの?

 

 

 軍艦古鷹はどちらを望む?

 

 

 ――――どくん。

 

 

 軍艦古鷹なら……戦いを望む?

 

 その迷いが……私の言葉を弱くさせてしまう。

 そんな私に対し、彼女は口を開く。

 

「戦いたい、なんて思うはずもありませんよ……」

 

 そして彼女は、私の言葉が弱いことを利用して、続く言葉を強めるのだ。

 

「……ですが、降りかかる火の粉は、払う必要があります。全力で」

 

「……」

 

 流れる沈黙。火の粉を振り払う。それは分かる。しかしそれは違うのでは? 火の粉を払う労力を支払うよりも、火の粉が降りかからない場所に逃げればいいのではないのか?

 

 

 ――――どくん。

 

 

 分からない。それが彼女への疑問ではなく、軍艦古鷹への問だと気づくのにまた十数秒。

 そして、そうしている間に時間は流れていく。

 

 彼女は何を言ったものか迷うように、もしくは私の次の言葉を待つように沈黙を保つ。私もまた、自らへの問いに思考を奪われる。

 

 時間が流れる。

 ……こうしている時間などないはずなのに、だ。

 

「……ともかく、もう少し詳しく状況を説明します」

 

 沈黙に耐えかねたのか、それとも別の意味があるのか。彼女はそう言って艤装より図を取り出した。

 

「それから古鷹さんがどうするか、ご自身でお決めください」

 

 机の余りスペースに置かれたそれは、ガダルカナル島(ここ)周辺の海図である。

 それを広げつつ、彼女は付け足す。

 

「……私たちの指揮権は、統一されていませんから」

 

 あくまでも私の自由意思を尊重するかのように、付け足した。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 私は軍艦古鷹。

 

 と妖精さん、そして彼女はそういう。

 

 そして私は『IJN CA-Furutaka01』と刻まれたドックタグを持っている。それなら、私が大日本帝国海軍(IJN)に所属しているのは不思議な話じゃないし、納得も出来る、というかせざるを得ない。

 

 でも、大日本帝国海軍(IJN)所属というのは私に心の安寧をもたらしてくれるものではない。むしろ足かせとなるものだ。

 

 

「……ここが写真を撮った位置。で、その時点での方位と想定される速力から求められるおおよその現在地はここからここの間……」

 

 目の前で海図に敵性勢力に見立てた小さな駒を置き、状況を分かりやすく説明してくれる彼女。恐らく彼女の情報は正確で、その通りなら大した猶予もなく敵性勢力はここホニアラへとたどり着くのだろう。

 

 出会ったら戦闘になる。

 

 本当に?

 

 もちろん敵性勢力が私たちにそういった対話の機会を与えてくれることはこれまでなかったし、これを今から望むのは間違っていると思う。

 ……いや、確かに情報が少なすぎるし接触という接触もしていない。それならと対話に臨む姿勢は大切だ。それはそうだ。

 

 

 しかし、対話するにせよ戦うにしろ。

 

 私『が』軍艦である、すなわち私が国家の所有物であるという確信に近い推測(・・・・・・・)がそれを不可能にする。命令を待たずしてこれとの接触を行うことはどう考えても不適当なのだ。

 

 国家とは意識を持った集合体。集合体に必要なのは、皆の同意だ。

 

 そんな国家に属する私が戦闘行為を行う……それはすなわち、国家が暴力を振るうこと。

 ……国家が振るう暴力は、その国の運命を180度変えてしまう。

 

 私は……国家の実力、その象徴たる軍艦。古鷹。

 

 もし私の独断が……祖国をも危険にさらすとしたら。

 

 

 ――――どくん。

 

 

 そんなの絶対ダメだ。私だけのことなら私でも責任が取れる。でも国全体に関わる責任をとる? そんなの無理に決まってる。誰がどうやって一億の責任を取れって言うんだ。そんなの出来る、出来るわけがない。

 

 なら逃げる?

 

 

 ――――どくん。

 

 

 その選択肢を提示したとき、はっきりとした拒絶が来るのである。

 そう……それは、軍艦古鷹を汚すことだ。なんでか分からないけど、それは私の中で、確定事項であった。

 ……なんで?

 

 と、彼女が説明を止めた。

 

 

 しまった、よく聞いてなかったのがバレた?

 ちゃんと聞いてましたよ私!

 

「き、聞いてましたよ? 進路通りならホニアラ到達の予測は早くても正午以降、あなたの経験通りなら周囲を固める『仲間たち』の砲門はそれぞれ一門ずつで、遠距離からの交戦であれば脅威にはならない……」

 

 ほら、あなたが今まで話してた内容言えますもん!

 

「もういいですよ」

 

 早口でいきなりまくし立てる私。しまったと思うより早く、彼女はあっけにとられたようにそう言った。

 

「……ごめんなさい」

 

「別に責めてないですってば、本当に聞いていたみたいですし」

 

 まさか謝られるとは思っていなかったのか、彼女はやや面食らって様子でいう。

 そしてそれから、謎の沈黙。

 

「ぁ……」

 

 私は何かを言おうとして、やめる。何が言いたかったんだろう? 私。

 そして私が何も言えぬ間に、彼女は私から目を逸らし……そして即座に再び合わせた。

 

「古鷹さんは……何に迷ってるんですか?」

 

 そんなの、喉まで声が出かかる。

 

 

 ――――どくん。

 

 

 でも言えなかった。気づいたから。

 

 私が迷っているのは、戦うか、逃げるか。その二択じゃない。

 だってそれならとうに結論が出ているはずなのだ。逃げる一択である。補給のあてもないのに無闇に弾薬を消費する馬鹿がいるだろうか? 砲弾が当たれば私の皮膚は容易くぶち抜かれるだろうし、そうなれば私は失血死だ。戦闘など、百害あって一利なし。

 

 ならなぜ迷う?

 

 そう、私は、戦闘をすることによる影響について迷っているのだ。

 戦闘するなら私はどんな責任を負うのだろう、戦闘するのならどういった損害が出るのだろう。全て、戦闘することを前提に。

 

 信じられない。以前の自分はここまで獰猛だったろうか? 戦闘を私が望んでいる? ありえない?

 

 

 ――――どくん。

 

 

 ……なら、望んでいるのは、軍艦古鷹?

 

 そんな、それこそありえない。

 軍隊が無闇に戦いを望むなんて……。

 

 

「……話してみてください、古鷹さん」

 

 

 彼女が言った。受け入れる準備があると、私は彼女の言葉をそう受け取った。

 だから私は、とにかく自身に被さった重しを取り除きたくて。こぼしてしまう。

 

「……私は、そうですね。迷っています」

 

 とにかく取り除きたくて。この、国をまるごと背負ったような重みを。彼女に答えのないであろう問をする。

 国をまるごとだなんて、なんて私は尊大なのだろうか。なんて誇張表現なのだろうか。私が軍艦古鷹だとしてもそれはやっぱりあくまで軍艦の一隻に過ぎなくて、やっぱり国全体を思うなんておかしい?

 

 でも、でも、軍艦古鷹なら、そう思うよね? そうやって国全体を考えるよね?

 

 たとえパーツであろうと、それはやっぱり祖国を代表しているのだから。

 

 ……それなら、戦闘を避けるべきだって、どうして思わない、思えないのだろう? 戦いたいと思っているのは私?

 

 

 ――――どくん。

 

 

 

「私が……いいえ、『軍艦古鷹が何を為したい』のかが、分からなくて」

 

「古鷹さんが、何を……したいか」

 

 それに対する彼女の反応はなんとも形容しがたいものだった。そんなあやふやなオウム返しをわたしが望む訳もなく、彼女の言葉を待たずに私は続ける。

 

「私は……軍艦古鷹だといいます。それなら、私の存在価値は……少なくともここで戦闘行為を行うことではないと思います。思うんです」

 

 ここで戦う。それは祖国の意志じゃない。

 

 

 ――――どくん。

 

 

 だとしたら、なに? 何が私の存在価値?

 私がここにいる理由、そして私の為すべきこと。それが分からない。

 

 そういう点では、彼女が羨ましい。彼女はここにいる目的を持っている。私と違って。

 

 ……目的を持っている人間の言動には一貫性が生まれるのだ。

 彼女に感じられるのはどこかに、突っ込んでゆくような一貫性……なにか危ないような、そんな一貫性。ごめん、これは私の直感。とにかく彼女にはきっと目的が見えている。

 

 私に一貫性はない。目的ももちろんない。祖国に帰るんだと言いつつ、果たして私はそれに向かって一直線で向かっているだろうか? 今もまた、戦闘という大回り道を望んでいる私に一貫性などない。いやそれ以前に、私……この身体を意思のあるヒトとして意識したり、単に国家の所有物である軍艦として意識したり、私自身への見方すら二転三転。

 

 

 ――――どくん。

 

 

「なぜ私はソロモン諸島にいるんでしょう? 私が軍艦古鷹なら、私の使命は、私の為すべきことは?」

 

 返事が返ってこないとわかっているから。沈黙が怖くて、私はまた言葉を重ねる。

 

 

 ――――どくん。

 

 

「私には……何ができるんでしょうか?」

 

 彼女は押し黙る。そう私は予想した。

 

 でも違った。彼女は一瞬迷う素振りを見せたが、それでもはっきりと意思の篭った目で私を見る。

 笑っていた。結論を得て納得した生徒のような、そんな笑み。

 

 

「では……私に指揮権を委譲してみませんか?」

 

 

「……え?」

 

 指揮権を委譲……? いや、何を言っているのかは分かる。でも、それってどういうことだ?

 私がその言葉を飲み込めないのは織り込み済みなのだろう。彼女は私に構わず説明を始める。

 

「古鷹さんが今迫ってきている奴らともし仮に戦うならば、ワタシたちは二人で戦う事になる」

 

 いつの間に用意したのだろう。彼女は図上に二つの駒を並べる。

 

「二人……二隻とはいえ、艦隊行動は艦隊行動です。そうなると指揮を執る艦が必要です」

 

 

 どうです? 指揮を執らせてもらえませんか? ワタシに。

 そう彼女は言う。二つの駒が、一纏めにされる。

 

「で、でも……それってつまり」

 

 戦うってことですよね?

 それじゃ私の問いに答えたことにはならない。

 

「大丈夫ですよ……」

 

 彼女は言う。嫌なほど……柔らかい笑み。

 

「ワタシに指揮権を委譲して下されば、全責任はワタシのものです」

 

 

 最悪、あなたはワタシに騙されたとでも言えばいいんですから。

 

 

 ……信じられなかった。彼女はそんなことを言う人間だろうか? 遂にそういう本性を現したのか? いや違う。今の彼女はむしろ達観しているようで、私のことも彼女自身のことも、この世の中のことすら見通したように見えた。

 そんな彼女は、全ての最適解を見つけたように見えて。

 

「……」

 

 ……なんで私は彼女に指揮権を譲る。それを選択肢の一つに加えているのだろう?

 

 全ての最適解なの? これが?

 まさか。

 

 

 ――――どくん。

 

 ――――どくん。

 

 

 私にのしかかった重圧は重い。上手く呼吸が出来なくなりそうで、動悸がする。

 私の独断で、戦端を切ることはできない。

 

 でも、私は敵性勢力接近の報を受けた時、僅かにでも高揚しなかっただろうか?

 今もこうして、戦いを望んでいるのではなかろうか?

 

 

 ――――どくん、どくん。

 

 

 それを見越した彼女が、甘い提案を私にしてきたのだ。

 

 

 その戦闘の、責任を持つと。

 

 

「……」

 

 

 なにか口にしたかった。でもなんと言えばいいのだろう。

 

 でも彼女の眼は、迷いを通り越しているようにも見えたから。

 頼りたくなってしまった。

 

 あぁ、本当にどうかしてるよ私。彼女が友軍であるという保証なんてないのに。

 本当にどうかしてる。

 彼女に責任を押し付けようとしている。

 

 

 彼女は一歩引く。急かすでもなく、私の背中を押すでもなく……ただ私を見つめる。

 

 彼女の瞳に浮かぶのは……義務?

 そんな単語が浮かんだ。義務って、いったいなんの義務だって言うんだ。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 結論から言うなら、私はそれを……つまり彼女の提案を受け入れた。

 

 

 腕時計を確認。時計の針を読む。

 

「1030時、現時刻を持って、私……巡洋艦古鷹の権限を、あなたに」

 

 私の上位の指揮系統……存在するはずの司令部を、私は知らない。

 従って今私の権限は私にあるはずで、それを委ねるのは私にもできるはずだ。

 

 正確なやり方は分からないから、それらしいやり方で。

 書類にも残らないけれど……うん、残らないほうがいい。

 

 だって、こんなの私の、責任放棄だもの。

 

「……確かに、受け取りました」

 

 彼女はそれを、私の責任を受け止めた。

 ……私を見据える、二つの瞳。

 

 頼ってしまった。彼女が差し出した手を、私はほとんど迷うこともなく受け入れてしまった。

 

「作戦開始は1130時……準備に取り掛かってください」

 

「……了解です」

 

 

 でも、

 

 

 "戦える"ってことに、私は信じられないほど高揚してて。

 

 

 ……これが、私……なのかな?

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 世の中には正当防衛という言葉がある。それ故に、私が今から始めることは決して非道なことではないし、ましてや間違っていることなどでは断じてない。

 

 それでも、私の持つ恐怖、人としての最低限の恐怖は……最後までこの殺気からの逃避を望んでいた。

 無論、その提案は却下である。

 

 

「……皆さん、問題ありませんね?」

 

 独り言のように確認すれば、即座に返ってくる声。

 

『砲術科、問題ありません!』

 

『水雷科、配置完了、至近距離まで近づいてくれれば怖いもの無しです!』

 

『機関科、気醸終わりました! いつでもどうぞ!』

 

 

 

 祖国を守るための力。なにより軍艦古鷹の名誉。それを私は守らなきゃならないし……その為に、むざむざこんなところで殺られるわけにはいかないのだ。

 

 

 もう一度言う、これは正当防衛だ。そして私は彼女の指揮下で戦う。

 

 戦いを否定する要素は、全て押さえ込んだ。

 

 

 

「一等巡洋艦古鷹! 抜錨します!」

 

 

 

 風を切る。艤装から伝わってくる自身が無限の力を秘めていると錯覚させるほどの脈動。いや、こうして戦闘を望むのだ、私は本当に無限の力を秘めているのかもしれない。

 

 

 今の私には『戦闘を肯定する』要素しかなかった。

 

 迷いは押さえ込んだ。やるしかないのだと言い聞かせた。

 

 

「……合戦準備!」

 

 

 

 

 帝国海軍の誇る一等巡洋艦古鷹……その力、知らしめてやるんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私は……がむしゃらに戦いを求めているの……?

そんな馬鹿な。

馬鹿な。
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