私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
地球は丸い。
故に……このフィールドに制限はなく、文字通り無限に広がる海。
波はほとんどなくて、私が
こういうのを、凪いだ海って言うんだっけか。
……でも私は知っている。この海の穏やかさは表面上だけということ。
――――どくん。
そこには形容しがたい緊張で張り詰めており、今にも足元から膨れ上がって破裂してしまいそう。
何で張り詰めている? 殺気だろうか?
……いや、殺気というよりは、いろんな禍々しいものを闇鍋にしたような……そんな感じ。いい言葉が浮かばない。
――――どくん。
私が過敏になっているせいだろうか、その緊張は空気中にすら拡散し、炭酸飲料のシュワシュワのように私の身体を外から刺激してくるようにも思える。
そしてその海を、空気をかき分け、いや切り裂いて進む私。私は古鷹であり、祖国を守る
――――どくん。
私は今、信じられないほどの熱い高揚感と、それを押さえ込む冷たい海の狭間にいる。この緊張を生み出したのは私か、それとも迫る敵性勢力か……それとも私の目の前をゆく彼女か。
それは分からない。
――――どくん。
この異常な鼓動を押さえ込みたくて、私はゆっくりと息を、長く吐く。
しかし収まるはずもない。かえって意識したせいで余計に鼓動は強くなり、全身へと神経を張り巡らせ直すかのような感覚に襲われる。
……飲み込まれそうだ。
いやもしかすると、既に飲み込まれているのかも知れない。
《あー、テステス、古鷹さん、聞こえますか?》
彼女から通信が入る。
「はい、良く聞こえますよ……どうぞ」
……そう、通信だ。
私が軍艦古鷹ならば、これから始まる戦闘に用いられるのは20.3cm砲。耳をつんざく様な轟音が鳴り響く世界。女の子が軍艦であるというこの奇妙な状況においても、これは変わらない。
そうなれば、彼女の声はもちろん、私自身の声すら聞こえないことだろう。
私は責任逃れのように彼女へと自らの指揮権を委譲したが、指示が届かなければ指揮権なんて関係ない。当たり前だよね……彼女に言われるまで失念していたのは秘密だ。
まあともかく、そういう事情で私たちは互いに妖精さんを連絡役として交換。
私の肩に乗っているのは妖精さん。ワタシの妖精さんを可愛がってあげてくださいね? と彼女に言われて渡された連絡役の妖精さん。
……なんだか私の妖精さんと大差ない格好をしているけれど、所詮はデフォルメされた水兵服。国籍の判断はつかない。まあ私はそもそも世界の水兵服知らないから、どうしようもないことなのだが。
それにしても……交信に必要なのは通信機器、無線機である。妖精さんはあくまで私をサポートするためにこの取り付け式の機器を扱っているわけではないはずなんだけど。
……もしかして妖精さんにも何かのキーになるのか? 大日本帝国の超技術がこんなところにも……凄いね。
《こっちも良く聞こえます、さて……敵さんを「おもてなし」しますよ。古鷹さん……準備はいいですね?》
と彼女から返信。
「もちろんです」
私は自分の前を進む彼女へと頷く。
私は彼女……この即席艦隊の旗艦となった彼女と速度を揃え、進む。
……そう言えば、昨日は海に出なかったんだっけか。
私が軍艦古鷹ならば、海が恋しかったという表現も正しく思えてくる。
軍艦古鷹。
私が軍艦古鷹というのなら、それに見合う振る舞いが求められるはず。
さぁ、出てこい。
――――どくん。
そして、遂にその報がもたらされる。
《古鷹さん、電探に感あり……敵さんのご登場です》
――――どくん。
私の鼓動は、正確に軍艦古鷹の高揚を……私に伝えていた。
★ ★ ★
艦隊戦。
遥か昔の艦隊戦とは、相手の船に体当りすることであった。敵は目の前にいて、まさに肉弾戦。
対して現代の艦隊戦は、水平線下から飛翔するミサイルと航空機で戦う。相手を一切見ることなく、戦いは終わる。
そういう意味では、この近代の、遠くもなく近くもない距離での砲戦。
それはそれは、特異なものなのかも知れない。
『古鷹1! 発艦準備よし!』
私の目の前では、今まさに飛び立たんとする94式水上偵察機。
エンジンは好調になようで、スペック通りの馬力により機体を震わせていた。これに託す任務は上空に旋回しての弾着観測。今回はこちらの被害を抑えるためにも砲戦距離を長く取る。その関係から、上空の観測は私たちをかなり有利な状況にしてくれるはずだ。
「発艦!」
『射出!!』
火薬が急激に反応、破裂音を響かせて偵察機は空へと飛び出す。飛び出した鷹は海面から一気に大空へと飛び上がる。ある程度の高度を稼いだら、そのまま敵性勢力のいる方角へ。
「偵察機、発艦完了です」
《了解です……ワタシの艦載機も発艦させますよぉ!》
それから一瞬の間おいて、彼女からも偵察機が飛び出す……って、あれは。
見たことのあるフォルムだった。深緑に着色され、一部に塗られた黄色が映える単葉の翼。操縦席の風防はなんだか無駄に長くて……。
あれは、零式……水上偵察機……?
正確には零式三座水上偵察機か。大戦末期まで使われた(あ、もちろん私の94式も末期まで使われているよ)日本の傑作航空機の一つで、三座と長い航続が生み出す圧倒的な偵察能力……といってもやはり水上機なので空母発艦の艦上偵察機と比べられると劣るが……により太平洋における序盤の戦いで大活躍した機体。
いや……そんなことより。
私は黙ったまま前を進む彼女を見る。
……やっぱり、彼女は日本の艦だったのか。確信へといたる証拠を見たのはこれが初めてだ。でも大して驚きはしなかった。あれこれ理屈をこね回した私だが、まぁなんとなくそんな気はしていた。
それを言おうと口を開きかけ、やっぱり閉じる。
なに言おうとしてるんだ私は……「やっぱり日本海軍でしたか」とでも言うのか?
……こんな洋上で、しかも戦闘開始直前にそれを口に出すのは流石におかしい。一旦この件は置いておこう。
というか、というかですよ……なんで零式なんですかねぇ? こっちは94式なんですけど。というかそういう点ではさっきスルーしたけど『電探に感有り』って言ってたよね? そんな実用的な電探も持っているということか……羨ましい。
《よぉーし、敵さん、まだこちらに気づいてないですよぉ……古鷹さん、定針お願いします!》
そんな折、耳に飛び込む彼女の声。彼女もまた、隠しきれない興奮を声に滲ませている。
「……っ! 定針ですね、了解!」
私は慌てて意識を水平線上の敵性勢力に戻す。こんな時まで何考えてるんだか、気を引き締めろ私! 気の昂ぶりでおかしくなったか?! しっかりしろ!
しかし抑えようにも、その定針という単語が、私の心を余計に昂ぶらせる。
……定針とは、端的に言うと真っ直ぐ進むこと。
軍艦同士の撃ち合いといっても、結局やっていることは大砲を撃って相手の陣地(=艦船)に当てるだけだ。
砲術の発展した現近代では、実は目標に砲弾を命中させるのは難しくない。なんせ近代の射撃装置は緯度はもちろん空気の温度や湿度、撃つ方向によって大きく変化するコリオリ力(地球の自転による力)すらも考慮に入れて砲撃を行うことが可能であり、誤差はかなり狭いものとすることができるのだ
にも関わらず、軍艦同士の砲戦ではそう簡単に命中弾は出ない。
それは当然だ。なんせその射撃装置がもたらしてくれるのは「発射地点に固定された砲門から目標地点へと砲弾を送り届けるための諸元」であって、それらは海上という特殊な状況下では役には立たないからだ。
海軍にあって陸軍にはないもの……もちろん、相互が戦闘中も自由に動き回ることである。戦車も砲撃時には停車することで命中率を高めることが明瞭期では多かったというのに、軍艦はかなり昔から戦車の比でない速度で戦場を駆ける。
仮にジグザグに動きながら砲撃を行えばどうなるか? 変針しながら……つまり艦体を傾けた状態での砲撃は命中率をガクリと下げるし、なにより彼我の距離や相対速度の計算が複雑化……というかそれらがさっぱり読めなくなる。先ほど砲撃の誤差はそこまで広くないといったが、当然その誤差の範囲内に相手を収めない限り当たる道理はない。
……ちょっと説明が伸びてしまったが、それが定針の理由である。定針することで命中精度を上げるのだ。
もちろん相手も考えることは同じだろう。相手も定針。
互いににらみ合い……そして撃ち合うのである。海の上なら障害物なんて邪魔なものはない。
ノーガード、ハイリスクハイリターンの撃ち合い。
――――どくん。
私がらしくもなく興奮するのを誰が咎められるだろう?
これから始まるのはそういう戦い。
やるか、やられるか。
「航海科さん! 定針!」
その号令にも力がかかる。表情筋の全てに力を入れるような感覚で叫んだ命令は、古鷹の命令として受理される。
『よーそろー!』
すぐに返された定針完了の報告。これと同時に伝わって来るは、自由に動かせていた足元が固定される感覚。
私は逃げはしない、しかしむざむざやられるつもりなど毛頭ない。
狩るのは、私のほうだ。
《距離2300より砲戦を開始します……左舷砲戦、交互
可能な限り研ぎ澄ましたような、そんな声が聞こえる。横目で見遣った彼女は、小さく映る敵性勢力……いや、敵艦隊を見据えていた。
「交互打方……よーい」
私も目を細め、意識を敵艦隊へと注ぐ。今更砲術科妖精さんを呼び出すまでもなく準備は整っている。既に203mm砲には徹甲弾の91式が詰め込まれ、その撃鉄の衝撃と火薬のチカラで飛び出す瞬間を待ちわびていることだろう。
《……距離2600》
既に私の射程に入った。しかしまだである。補給の見込みがない弾薬の消費を抑えるためにも、最大射程での砲戦は控え、命中公算の高くなる8割ほどからの砲戦開始を狙う。
先手を打つのは此方だ……気づいてくれるな。
時間は流れる。それは一瞬か、はたまた無限か。
――――どくん。
始まる。砲術科妖精さんは発射時機まで的から砲門の
旋回し続ける連装砲塔の駆動音も私の鼓動と重なり……奇妙な、いや必然と言える一体感が私を包む。
もう一度、息を深く、ゆっくり吐く。今度は落ち着くためではない。全ての調子を、整えるため。
《……距離2500》
その瞬間、空気が変質した。
「……っ! 気づかれた?!」
それは口で説明したりとか、言葉で言い表せるものではない。私の今の昂ぶりが「異
そんな理解に苦しむものを……相手はこちらにぶつけてきた。これが殺意? そんな生易しいものでないようにも思える。
《やることは変わりません! 距離2400!》
彼女の言葉からも動揺が全く感じられないわけではない。しかしそんなことはどうでもいいのだ。
私は息をすうっと吸い込む。私の横隔膜が箱状の肋骨内にその張り詰めた空気を吸い込む。
心の中で指示を送る。それを察した妖精さんは、私の耳を塞ぐ。
……砲撃の衝撃で鼓膜を破りたくなければ、耳を塞いで口を開けること。これ鉄則。
――――どくん。
そして、通信は耳を塞いでいても届く。
《距離2300……砲戦開始せよ》
目を見開いて、号令一喝。
備砲の雷のごとき轟きとともに、私の高揚はまさに頂点へと達した。
だって私は……軍艦古鷹なのだから。