私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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戦いをなぜ求めるか?

それは強さの証明だから。







撃ち方始め!

 203mm連装砲。三基で六門。

 

 

 これが私の主砲の概要だ。

 これをどう活かすか……それが全ての運命を決める。

 

 

 しかし私の号令に基づいて飛び出した203mm砲弾の数はたったの三つ(・・)。六門あるはずなのに三つである。発砲炎と音速を突き抜けた砲弾との摩擦により熱せられた砲身の数も三本。次弾装填のため、ゆっくりと水平位置(厳密には仰角五度)へと下ろされる。未だ沈黙を保つ片方の砲門は振り上げられたままだ。

 しかしもちろん、その砲門だってただ遊んでいるわけではない。数秒の間をおいて、時間差分だけの僅かな発射角調整を受けた残り三門も咆哮する。

 

 これが交互(こうご)打方(うちかた)である。

 

 交互打方というのは射撃管制の仕方の一つ。連装砲もしくは三連装砲、これらの備砲をそれぞれ交互に発射する射法である。

 ……確かに一斉打方よりは打撃力にも、迫力にも劣るだろう。連装砲の性能の半分しか発揮できないのだから当然である。

 

 しかしその最大の利点は連射速度にある。海に出る前に砲術科妖精さんに教えてもらった付け焼刃の知識によると、私の備砲である203mm速射砲の射撃速度は「速射」とついているにも関わらず毎分四発ほど、つまり次弾の発射までに15秒はかかる訳で、まあ私の知る「速射」とは程遠い数字である。ついでに言うと長距離砲戦では砲身の仰角をかなり大きく取る必要があり、これで撃った後は次弾装填のためにいちいち砲身を下げなければならないので、期待できる発射速度はさらに低下する。

 

 先程も触れたとおり、現近代の射撃管制はなかなかに優秀で、誤差が極端には大きくならない。で、その誤差のことを、つまり想定される着弾誤差の範囲を散布界という。

 まぁ散布界と言えば聞こえはいいが、要はこの範囲のどこに当たるかは分からないということ。砲術に出来る仕事はここまでで、散布界に入れて以降は確率の世界になってしまう。

 

 命中するか否か。

 こればかりは「天命」を待つしかないというわけだ。

 

 が、逆に言えばそこまで、散布界に入れるまでの「人事」は尽くさねばならないということで……それが砲術の仕事である。戦闘中に行われる砲術の計算は、とにかくこの散布界を敵影に合わせるための計算だ。

 

 そして、肝心の散布界に目標を入れる方法だが……初弾から確実に入れる方法は「ない」。

 いくら計算で未来位置が予測できてもそれは予測でしかないし、私たちが砲戦を仕掛けているのは一度のズレが千メートル超のズレになる世界である。

 

 ではどうすればいいかというと、着弾を見てから修正するしかない。

 こればかりは、試行回数と観測の精度がものを言う世界。

 

 ……説明が長くなってしまったが、ここで重要となってくるのが射撃速度。散布界に入れるまではどうせ命中の見込みなどないのだから、数をこなすことでさっさと諸元を修正し、散布界に入れようというわけだ。交互打方なら射撃速度も二倍。つまり単純に考えれば半分の時間で散布界に収められるということ。弾薬消費も抑えられて一石二鳥である。

 

 

 私の91式203mm徹甲弾は空を翔る。音速を超えるために空を切る音は聞こえない。

 私の睨む先には敵影。砲弾を見ずともその飛翔経路が思い描かれ……今!

 

《着弾!》

 

 戦端を切った砲門が再び射撃位置に戻る頃、ようやく第一射の着弾報告が入る。いくら砲弾が音の世界を飛び越えるとはいえ、距離をとっていれば着弾まで時間はかかるものだ。

 

 そして、素早く観測結果が上空よりもたらされる。

 第二次世界大戦時には技術の遅れから電話通信機の搭載など夢のまた夢であった帝国海軍。搭載するモールス通信機すらもよく壊れ、なかなか難しかった飛行機観測だが、ここでは大日本帝国の超技術が生きる。私の94式水偵に搭載された電話通信機(オーパーツ)で分かりやすく伝えられた観測値は即座に反映、僅かな誤差修正を経て再び射撃。

 

 ここまでくれば、これの繰り返しである。此方が先手を取ったのは確定であり、どうしたことか相手さんは押し黙ったまま。

 

 ……向こうも定針はしているようなので、そろそろ撃ってくると思うのだが……。

 

 そう思うのに答えるようにキラリと光る海の先。始まったか……相手の人型はたったの一隻、残りのよく分からない形をした仲間たちの砲戦距離は2000以下と彼女が言っていたので、それを信じるならここで攻撃を受ける心配はなかった。実質一対二。負ける道理がない。

 

 しかしそれでも、敵の反撃が始まったという事実。それが先程から頂点を維持していた私の興奮を急激に押さえ込んだ。

 

 先程も言った通り初弾から散布界に収められることはないし、命中などましてやない。

 

 しかしそれでも、その『ゼロではない』可能性が、ただ獰猛なだけではない、冷静な感覚を私にもたらす。沸騰して今にも蒸発、消えてなくなりそうなお湯の中に、ギンギンに冷えた氷をぼちゃぼちゃと落としてゆくような感覚。

 さっと冷たい何がが突き刺さっては猛烈な勢いで溶けるような、そんな感覚。

 

 

《散布界に先頭艦を収めました……我、一斉打方に移行》

 

 

 彼女からの通信、もう収めたのか……。感嘆が焦りに変換される。私の砲術は何をやっている!

 

 しかし焦る必要などなかったのかもしれない、一射分遅れ、こちらの砲術科からうわずった声で報告が飛んできたからだ。

 

『入った! 古鷹さん、夾叉しました!』

 

 夾叉とはもちろん、散布界に敵艦を収めたということである。

 ……人事は尽くした。ということだ。

 

「待ってました……! 砲術、一斉打方へ移行……第一斉射!」

 

 ならば後は、天命を待つべし!

 

『撃ーっ!』

 

 その指示を出せばしきりに鳴り響いていた砲声に僅かな隙間が生まれる。瞬間おいて、先ほどの二倍……頼もしさは累乗となった轟音が轟く。

 

 

 さあ、ここからが本当の戦いである。

 

 

 轟音にかき消されそうな理性と、着弾を示す水柱が彼方に上がるたびにそこに命中弾が混ざらぬかと目を皿にして探す焦り。鼻孔を焦がす硝煙の刺激臭。それらが絶妙なバランスで混じり合い、盲目にされる私の感覚。

 いや、盲目という言い方はおかしいか? 盲目というよりかはむしろ、不要となった無駄な感覚の排除。高性能電探があれば別に目視はいらないだろう? それと同じだ。

 

 

 相手の放った実体のある殺意が着弾。しかしそれは私たちから程遠く、上がった水柱の飛沫すらかかってこない。相手は艦載機を持っていないようで、この距離ならば即座に当ててくることはないだろう。

 

 とはいえ、こちらの命中弾もまだ出ていない。

 

 

 ……それが、その状況が、私に物凄い『何か』をもたらす。

 

 先手はとった、此方の戦力は倍。とはいえ一撃で状況がひっくり返る可能性がない訳ではない。計算尽くしの統計論が瞬間で根拠のない精神論へと置き換わる『確率』。その存在が、いやこの中途半端と言える長距離砲戦を私が今行っているという事実が私をおかしく……ううん、境地へと導く。

 

 自身が、そう最適化されてゆく……そんな感じ。

 最適化? 最適化って何に対する最適化だ?

 

 その問への答えは砲声だった。自身が放った弾頭(さつい)の飛翔経路、それが散布界に飛び込んだことでもたらされる命中公算、再装填と再発射の所要時間から導き出される私の継続火力。

 

 今、私はそれらをすべて掌握している。運というどうしようもない要素を抱えつつも、しかしそれ以外は間違いなく私の手のうちにある。一分後の戦局を予想しろと言われれば、機械式計算機よりは素早く算出できることだろう。

 

 認めよう。これは気持ちいい。

 初めて海に出た時の感触もこうではなかったか、まだ、まだいける。そんな全能感。怖れと呼べるものはそこにない。私はこの瞬間、命のやり取りをしているはずなのに、だ。

 

 

 ……衝動に侵されている?

 いや違う。

 

 私は今、その衝動を計算尽くの行動で押さえ込んでいるのだ。

 なんと自身の有能なことだろうか。

 

 

「……最高ですね」

 

 通信機に拾われない程度の小さな呟き。

 無意識のうちに口端が歪んでいた。

 

 歪めたのだから……私は今笑って見えるに違いない。

 

 ともかく最高だ。

 

 

 ……私は今まさに、軍艦古鷹の戦いをたった一つの身体で再現しているのである。この高揚を最高と形容せずしてなんと形容したものか!

 

 

 第二斉射。着弾。また水柱ばかり、いい加減にあたれ。

 

《距離2100……古鷹さん、そろそろ回頭の準備を》

 

 彼女から事務的な連絡がもたらされる。回頭? なんでまた……そこまで思考が回ったところで思い出した。そうである。私たちがこうも都合よくワンサイドゲーム(不幸なことにまだ命中は出ていないが)を演じていられるのは、2000以上で撃ち返してこれる相手が一隻しかいないからであった。

 それゆえに私たちはその一隻だけに砲火を集中することができている。

 

 しかし近づき過ぎればどうなるか?

 数で逆転されてしまう。1%の命中率の攻撃が100回繰り出されれば公算上は命中するわけで……まぁそういうことだ。

 

 ……こんなところで傷を負うのは論外である。

 それは、軍艦古鷹の誇りを傷つけることになる。

 

 となれば回頭までに後何回斉射が出来る? こんなワンサイドゲームで攻撃が当たらなかったとなればそれは軍艦古鷹への侮辱にすらなりうる。それは絶対に認可できないことだ。私は絶対に軍艦古鷹の名誉を守る。

 

 ……ならば、命中させるしかないだろう。

 

「第三斉射!」

 

 火照った表皮が動いて私が発声するための道を……つまり口を開く。今の私なら射撃準備が完了したことぐらい報告を受けずとも「分かる」。同じ要領で射撃命令も感覚的に出せるはずだが、しかし私は声に出した。

 

 

 言霊(ことだま)に籠めるのである。必中の念を。

 

 

 私の、軍艦古鷹の第三斉射。執念の六発は敵影へとまっしぐらに飛び込んでゆく。命中公算に基づくルーレットがぐるりとまわり……果たして視界に映ったのは飛び散る煙。

 

 水面を叩く水柱ではない。命中、命中弾だ。

 

「命中!」

 

《畳み掛けますよぉ!!》

 

 私の一撃に触発されたのか、彼女の第四斉射でも命中弾が出る。

 

 

 ……ここまでくれば、完全な出来レースである。その後二斉射ほどで人型を沈黙させた我が艦隊は、距離2000となった敵さんの群れに対して私たちは距離を保ちつつ砲戦を展開。

 その群れも艦隊であるのならば、その旗艦のポジションを務めていたのだろう人型を失った連中はあまりに頭が弱いようで、ただただ真っ直ぐ突っ込んでくることしかしない。

 

 ……圧倒的じゃないか。

 

 撃てば当たる。はっきり言ってそんな状況。動きは分かりやすく、反撃を受ける心配もない。

 娯楽として行う狩猟と同じだ。

 

 

《古鷹さん、すごい命中精度ですね……期待値振り切ってますよ?》

 

 彼女の感嘆の声が聞こえる。しかしそんな中途半端な賞賛などいらないのだ。

 

 

 必要なのは、命中、炎上、撃沈。

 

 私の網膜に映し出された私の戦果が私の全てであり、そして誇ることのできる軍艦古鷹の勇姿である。

 もっと戦果を、撃てば命中公算以上によく当たる。当たり前だ。私は完結した存在として、この軍艦古鷹であるのだから。

 

 

 

 私は、この瞬間。この世の全てを掌握した気分でいた。それほどに軍艦古鷹が偉大な存在であるのだと、私の放つ一発一発の砲弾が証明してくれていた。

 

 

 だからこそ。

 

 

《っ! 電探に感有り! 未確認航空機多数飛来!》

 

 

 通信の先で彼女が上げた悲痛な叫び。その意味を瞬時に理解できなかった。






私は証明したい……違う、しなければならない。

軍艦古鷹が、まだ戦えるということを!
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