私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
戦える。
この国のために……戦える!
焼け石に水。という言葉がある。
《っ! 電探に感有り! 未確認航空機多数飛来!》
確かに、彼女の言葉は高揚の真っ只中にあった私にとって
『古鷹さん! 今の聞きましたか?!』
聞いたとも、未確認機ということは恐らく敵性勢力の応援に違いない。
彼女は私の持っていない優秀な電探を持っているようで、戦闘中という厳しい状況下(実際、砲戦が始まると電探に使われている真空管はよく切れたらしい)でありながらも敵機の接近に気づいたのは流石というべきなのだろう。
……で? それがどうしたというのだ?
「目の前の敵に集中! 次目標へ
『一斉打方、了解……装填完了!』
「
『撃ーっ!』
私の、軍艦古鷹の誇る203mm連装砲、その三基六門がこれで十回目となる斉射を放つ。距離は1800ほど、現在指向中の目標に対する攻撃はこれが初めてであり、命中公算が高い射撃ではない。
しかし私は交互打方で精度を高めるなどというまどろっこしいことなどしない。するつもりなどなかった。
……なんせ、私は自身の砲弾が命中することを
計算に基づいて飛翔する91式徹甲弾が、計算とは思えない軌道を描いて吸い込まれるように着弾。深海魚のような、なんとも言えない形のそれは命中弾により発生した爆発の煙、僅かに逸れた至近弾による水柱で見えなくなる。数秒経ってそれらが去れば、そこに敵の影も形もない。爆散したのだろう。
……この
私の名前も知らないのであろう敵性勢力風情に逆らえるはずがないのだ。
《古鷹さん?》
せいぜい、冥土の土産に
《古鷹さん! ちょっと、聴いてるんですか! 古鷹さん!?》
やれやれ、
研ぎ澄まされた神経を維持するのは難しいのだ。例えるならそれは綱渡りをするようなもので、たとえ些細な通信音であっても私の集中を阻害する可能性を持っている。
とはいえそれだけ。煩いとは思ったがそれだけだ。続けざまに鳴り響く爆音の中で集中を保ってきた私の神経が友軍からの通信程度で阻害されることはない。
現在装填中、装填完了まで後九秒。
次目標との距離は一万八五四〇メートル、諸元導き出せと砲術に指示を送る。即座に帰ってくる寸分の違いなく導き出された命中への諸元。様々な要因は全て考慮しきった。それを後は確率で、いや精神論で命中させるのみ。
既に砲戦を開始してかなりの時間が経った。敵艦隊はほぼ殲滅したが、それでもまだ頭も悪く突っ込んでくる。
正直、こちらの砲術にも疲れが見え始めてきている。いくら揚弾機構を搭載し、装填に機力を用いるといっても、やはり人手が必要なのが装填作業。戦闘開始時と比べると装填速度は落ち始めていた。
このペースなら後何分、いや何十秒で殲滅できる?
まだ発砲こそ確認できていないもの、もう敵の射程に入っているといっても過言ではない。先程から一番突出してきている敵を叩いているが、それでも徐々に間隔を詰められてきている。
敵が砲撃を開始する、いや散布界に入れられる前に、奴らを殲滅できるのか?
導き出される不可能という答えに焦る私がいる。でも計算は計算でしかない。その結論を精神論で覆すことはできない。
硝煙の匂いにより最適化された私の思考回路は、しかしそれでもここに踏みとどまっての攻撃を推奨していた。攻撃が全てだった。
次の『
《二番艦古鷹! 撃ち方やめ! やめ!!》
唐突な『上位からの』指示であった。上位の指揮系統なんて存在したっけか? その疑問はすぐに氷解する。
あぁそう言えば、私は彼女に指揮権を預けていたんだっけか。
命令違反は重罪である。まだまだ足りないが、しかし軍艦古鷹は国家の所有物である。国家の所有物ならば上位に対しては忠実でならねばならない訳で、命令違反こそ軍艦古鷹の名を汚す行為である。
だから、私は命じるしかない。
「……撃ち方やめ」
予定していた砲撃時機を過ぎる。もちろん中止命令を出したゆえに斉射の音は鳴り響かない。
耳がいやに淋しく、流れるのは空虚な時間。最高の興奮の真っ只中にいる私にとってしてみれば未だ立つ海も熱く煮えたぎっており、周りが静かになり空気が俄かに冷え込めば、この世界へ急激に拡散してゆくその熱を感じるだけ。
世界を掌握したかのような全能感もそれに伴って引き潮の如く消えてゆく。感じるのは足元の揺れ。思えば私は、自身を支える海面の揺れすらも掌握してはいなかったのだ。
……もちろん、その拡散を、完璧に纏め上げられていた軍艦古鷹の集中の糸が解れてゆくのを、私は認めるつもりはない。
私だって国を護るための戦力の一つ。今は確かに指揮権を預けてはいるが、それはつまり意見具申の権利があるということだ。間違ったことを看過すれば祖国に害を及ぼす。
しかし、その主張は、自身の高揚と集中の持続を優先したかっただけに発せられたものだったのかもしれない。
なんせそれは意見具申と呼ぶには感情的過ぎて、そして理論を欠いていたから。
「なぜ攻撃中止を命じたのですか? このままじゃ追いつかれます! 今すぐにでも攻撃再k」
《古鷹さんっ! 落ち着いてください!!》
通信に初めて耳を叩かれ、私は驚いてそちらの方を見た。
「……落ち着いて、ください……!」
思いもよらぬほど、声が直に聞こえるほど彼女は近くにいて、こちらを向いて仁王立ち。
私は困惑した。
「何やってるんですか……?」
「古鷹さん……いいから落ち着いてください」
彼女の声は、重く、強く。
「……なんで陣形を崩しているんですか?」
私は困惑した。
当然……戦術的に、だ。
現在の私たちは見事に向き合う形になっている。私たちは先程まで同一方向へと前進していたはずで、それなら二人が「向き合う」という状況はまず起こりえないはずである。というか、それはつまり彼女が前進を止めてしまったということで、それはこの針路を命じた旗艦であるはずの彼女がなすべき行動ではないはずだ。
この私の疑問。至極普通であるはずだ。
「古鷹さん……どうしちゃったんですか?」
しかしどうしたことか、彼女は驚いたように顔を上げ、私を悲痛に満ちた眼で見据えるのだ。
なんでそんな顔をするの?
私はどうもしていない。そう反論しようとした。
「どうしたって……そんなのぉ……はぁ、はぁ……」
あれ……喉が詰まって、上手く発音できない。
そこで気付く。
私がいつの間にか、肩で息をしていたことに。
唐突にもたらされた自身が酸素不足に陥りかけているという情報、即座に酸素を手に入れようとする私の呼吸器が私の意に反して空気の吸入を始め、過呼吸にも似たような状況に陥る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私は、身体の状態も把握していなかったのか。
気付いてしまえば後は将棋倒しである。視界が歪む。目に入ったゴミを追い出すための涙であるということに気づくのと同時に、自身の脈動が恐ろしい程大きくなっていることに気づく。強く胸が唸るのに合わせ、ぴくりと血圧を高くするこめかみ辺りの血管。首から下の意識がぼんやりする。アドレナリンか何かで感覚が鈍っていたのだろうか? 直撃弾がないゆえに痛みこそなかったが、身体中が鈍い悲鳴を上げている。
庇うように頬に触れるとそこはとても熱くて。
身体を見てみると服は心なしか汚れていた。発砲による煙や燃えかすが付着したに違いない。
「わ、私は……はぁ、はぁ……」
口に出したかった。
別に、そういうつもりじゃない。
目の前のあなたにそんな、悲しそうな顔をさせるためにここまで無理をしたのではないと、そう言いたかった。
……無理?
ああそうか、私は無理をしていたのか。
でも……なんで?
言いたいことが、疑問が山ほどある。
しかし私の酸素不足は収まらない、現実が私に猶予を与えることはなかった。
呼吸を整えきれない私、そんな私と目があった彼女は、笑った。
「眼が生き返りましたね……それでこそ、古鷹さんですよ……」
拭うように顔に手を当てる彼女。よく見ると、彼女の額にも汗が浮かび、既に正午を過ぎた太陽がそれを照らしている。さっきから目の前にいるというのに、私はこの瞬間までそれに気付かなかったというのか。
私は、また、彼女に無配慮になってしまっていた。
小さく浮かんだ罪悪感が瞬時に膨れ上がった。私はこんなところで何をしているんだろう? 答えを求めるように視線を泳がせても、答えは海の上にない。
そんな私をどう思ったのだろう。彼女は「にやり」という擬態語を冠するにふさわしい笑みを浮かべ、そして振り返って空を睨んだ。
「さぁて、対空戦闘用意です……」
いつの間にか突っ込んできていた敵艦隊が引き返していく。彼女が見据える空には、既にトンボ大にまで大きくなった未確認航空機。
いくら増援にしたって、早すぎる到着だ……私の思考回路は今更そんな感想を抱いた。
★ ★ ★
『装填完了!』
装填が完了したことが砲術妖精さんを通じて伝えられる。装填されているのはもちろん、対空砲弾である零式通常弾。
対空戦闘配置を命じたゆえに、私の身体に取り付けられた艤装のあちこちに機銃や高角砲が展開され、そこに妖精さんたちが張り付いている。航空機カタパルトの時もそうであったが、この艤装は必要に応じて様々な装備が出てくるのである。
『対空戦闘よーいよし!』
そして、それらは空を睨む。向けるはこちらへと突っ込んでくる未確認航空機。数は、十、二十……三十ほど。
数があれだけいるならまさか航空偵察ということはありえないわけで、状況からして先ほどの艦隊の増援……いや、後釜と言ったほうが適切だろうか? ともかく新手の敵性勢力であることは間違いない。
航空攻撃だ。
《こちら古鷹1、退避完了!》
そして、偵察機からそんな報告が入る。
常識を当てはめるなら爆撃機でだけの航空攻撃はありえない。日本海軍でも一時期「戦闘機不要論」が流行ったものだが、結局戦闘機が絶対に必要なのはその後の戦争で証明されている。
つまりあの三十の編隊の中には少なからずの戦闘機が含まれているということ。下駄履k……もとい、フロート付きの水上偵察機には戦闘機と正面からやり合う火力も速度もない。とはいえ回収による隙を見せるわけにもいかないので、戦場退避が妥当である。だから退避させた。
……これで、対空戦闘に全力を注ぐことができる。さっきまで追いすがってきていた敵艦隊もなぜか帰ってしまったわけで、敵は空のみ。
「……」
全能感を失った代わりに冷静さを取り戻した私は、そのせいで全く生きた心地がしていなかった。
……軍艦古鷹、いや第二次世界大戦期の軍艦ほとんどに言えることであるが、これらの対空兵装はあまりに貧弱、というか命中精度が悪すぎる。米海軍の艦艇はなかなかの対空兵装を誇ったが、それでも米海軍が精強であったのはその潤沢な資源の生み出す直掩戦闘機、護衛対象の主力艦からピケット艦まで艦隊の全てが体系に組み込まれた完璧な防空体制あってこそのもの。
ついでに言えば、それでも特攻機の攻撃を受けることがあったのだ。それに比べて現在の私たちは二人。たった二隻の艦隊で、どうやって防空網を構築せよと?
航空隊VS艦船。
軍配は、既に上がっているようなものだ。
もちろんそれで諦めることはしない。戦艦だって雷撃機の、爆撃機の攻撃を躱せる。巡洋艦に出来ない道理があろうか?
ますます迫って来る敵性航空機。私自身が空を向くことで主砲の仰角取りが最低限で済むようにする。なんだかセコイが、人型なんだから利点は生かさなくては。
《来ますよ……古鷹さん》
確認するような彼女の声。それを聞いて気づく。彼女も先ほどの戦闘で多少は私のように興奮していたのではないだろうか、と。
圧倒的な優勢だったのだ。高揚するのは当然なのかもしれない。
……こうやって自己擁護ができるようになったあたり、私も大分落ち着いたらしい。
……なら、先ほどのあの熱い高揚は、天に昇るような全能感、盲目的な使命感はなんだったのだろうか?
しかし残念ながらそれを考えるほど時間はない。
『敵機接近……主砲零式弾、まもなく射程に入ります!』
砲術妖精さんの報告に私は空を、より強い眼差しで見据える。
先ほどの砲戦が第一ラウンドなら、これは第二ラウンド。
圧倒的劣勢の第二ラウンドが、始まろうとしていた。
……何言ってるんだろ、私。
そもそもこの戦い、祖国のため?
そんなことないよね。
なら……何のため?