私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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予感。

 零式通常弾。

 

 炸薬量が陸軍のそれと比べて少ないのは相変わらずであるが、対空砲弾であることは間違いない。

 時限信管により0秒~55秒の任意のタイミングで炸裂させることが可能。対空、軽装甲の艦船に対する攻撃にも用いる榴弾である。徹甲弾が対艦用なら、こっちは対空対地なんでもござれの多目的弾といったところか。

 

 対空戦闘=三式弾というイメージが強くこびりついている私であるが、もちろんこの場にないのだから使用できない。ない袖は振れない。

 

《まずは連中の鼻面にお見舞いしてやりますよぉ! 古鷹さん、初弾は同一時でいきましょう!》

 

 航空隊VS艦船という劣勢以前の対戦カード。そんな状況を誤魔化すように彼女の弾けるような声の指揮が飛ぶ。艦隊全体での統制射撃という離れ業はとてもじゃないが無理なので、あくまで発射タイミングを揃えるだけだが……それでも一発目ぐらいはなるべくでかい花火を打ち上げたいものだ。

 

「了解!」

 

 

 二人で向かってくる三十ほどの未確認航空機……敵性航空機へと対峙する。それらのフォルムは現代機でよく見られる後退翼を思わせたが、それにしては空気抵抗を考慮していないようなデザイン。初めて見るわけではない。似たようなものなら昨日もホニアラ国際空港で見たじゃないか。

 

 だが、やはり単機で飛んでいる未確認飛行物体(UFO)と、群れで確かな敵意をこちらに抱いて突っ込んでくる敵性航空機の編隊。その(おもむき)は全く違う。

 

 その表面に鈍く灯る光、私たちを認識するための観測装置か、それとも飛行灯(なら左右で色が違わなければおかしいのだが)なのか。

 分からないが、少なくとも不気味さの演出には役立っているようで……竦んでしまいそうになる。

 

 ……何を考えているんだ私は! さっきは過剰な興奮で今度は過剰な怯え? いい加減にしてくれ、私はちゃんと戦わなくちゃいけないのだ。

 はっきりと声に出して砲術妖精さんへ指示。私の闘志を声に籠める。私に籠めるだけの闘志があると確認するために。

 

「調定任せる、射撃用意!」

 

 既に旗艦を務める彼女から発射時機については指定されている。後はそれに合わせて、敵の未来位置を予測するだけ。空を飛ぶ物体だって距離を測るだけなら出来る。相手が一定速度、一定進路で進んでくれるなら、計算で未来位置は導き出せる。

 

『発射時機近づく!』

 

 

 そして圧倒的劣勢の第二ラウンドが、始まろうとしていた。

 

 いや、正確には。

 始まろうとしているはずだったのだ。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

『?』

 

 一番に異変に気づいたのは敵性航空機との距離を測っていた測距儀要員だった。

 

《……?》

 

 通信の先の彼女からも首を傾げる気配が伝わってくる。

 寸ほどの時間を置いて、私も気づいた。

 

「……近づいて、こない?」

 

 

 それってどういうことだ。近づいて来ない? なんで? こちらが対空射撃をすることを察知したから?

 まさか、ありえない。

 

 ならなんで? まさか私たちが向ける203mm砲に怖気づいた?

 

 それこそ考えられなかった。

 なんせあんな遠距離で撃って、こちらの弾が当たる訳が無いのだ。そもそもこっちの主砲による対空射撃はどちらかというと敵編隊を崩すことに重点が置かれていて、命中を期待するものではない。

 というか、航空隊なら対空砲火に突っ込む覚悟ぐらいあるでしょ普通。

 

 しかしどうしたことか、敵性であるはずの航空機の編隊は、私たちにこれ以上近づく気配を見せないのだ。興味がないかのようにそっぽを向き、私たちと距離を離すことも、詰めることもしない。

 

《……なんで仕掛けてこないんでしょう?》

 

 そんなの、分かるはずもなかった。

 ……しかし、何かヒントはあるはずだ。全ての行動には理由がある。そうに決まっている。

 何かヒントは……。

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 

 

 理、由?

 

 

「……あ、あの」

 

 そのまま口に出してしまいそうになり、そして口に出すのをやっぱり止める。

 

《……? どうしたんですか、古鷹さん?》

 

 口篭った私に続きを促す彼女。

 

 気づいてしまった。

 

 彼女に言ってもいいのか分からない。

 私が気づいた、その根本的におかしな点。

 

 あまりに異常で、なぜ私も彼女も気付かなかったのだろうかと思ってしまうほどおかしな点。

 

 彼女に仕組まれた?

 ……ううん、彼女のこと、信じるって私は決めたじゃないか。

 

 だから私は口を開く。相談するために。

 

 

「……私たちは、なんで戦っているんでしょう?」

 

 

 通信先が押し黙った。

 

 

 私たちは戦っている。現に今、何故か攻撃を仕掛けてこない敵性航空機たちと対峙している。

 

 でも、敵性航空機の目的はなんだ? ここに居て、私たちと対峙する理由はなんだ?

 それを考えるとおかしくなるのである。

 

 敵性航空機の目的。それはもちろん私たちを航空攻撃で沈めることだろう。

 

 でもそれだったら、

 私たちがさっき相手取っていた敵艦隊と共同すればいいのではないのか?

 

 同士討ちが怖い?

 まさか、ありえない。こちらと敵艦隊との距離は1800ほど、航空機の攻撃がどうやったら同士討ちにつながるというのだ。

 

 説明がつかない。

 

 

 説明がつかないといえば、私自身にも説明がつかなかった。

 

 そう、私たちにも当てはまるのだ。

 

「私たちは……なんで海に出たんでしょうか?」

 

 言葉を間違えないよう、ゆっくり紡ぐ。

 

《そりゃあ、ワタシが敵艦隊を発見したから……》

 

 そんなことは聞いていない。

 彼女のその答えに本能的に拒絶反応が出て、私は彼女の方をぱっと見た。

 遮るように言葉を続ける。

 

 

「なら、どうしてあなたは朝から航空偵察を行っていたんですか?」

 

 

 私たちに、補給のアテはない。

 

 そして彼女が行っていた航空偵察。航空機を飛ばすという行為はそれだけで航空戦力の消耗を意味する。飛行機が一回飛ばすたびに部品は摩耗し、いつか交換しなければならなくなる。そして当然ながら、部品は無限にあるわけじゃない。飛ばすための航空燃料だって限りがある。

 

 

 だから実際、彼女は……もちろん私も……これまで無闇には航空偵察を行わなかったはずなのだ。

 

 

 でも今回はそれを彼女はやっていた。何もいないと思われる海に偵察機を放ち、そして敵艦隊を発見した。

 

 確かに、だから敵艦隊に奇襲を受けずに済んだという言い方もできるだろう。

 

 ……しかし、発見しなければ「見つかること自体なかった」とも言える。

 

 なんせ私たちは敵に発見された訳ではない。

 自ら敵の前に躍り出たのだ。自ら進んで。

 

 それを言われた彼女は息を止める。それが通信越しに伝わって……いや、通信なんかに気を配ってなくとも、彼女の様子がこちらから見るだけで伝わってくる。

 

 

《……言われてみれば、どうしてなんでしょう……?》

 

 彼女の迷いを反映するように彼女は速度を落とし、二人の距離が近づいてゆく。私はある程度近づいたところで針路を僅かにずらし、彼女の横に並走する形をとった。陣形がまた崩れる。命令無視と言われれば確かにそうだが、旗艦である彼女からそれへの指摘はない。

 

 二人は並走する。

 

「……」

 

「……」

 

 お互いに、見つめ合う。疑いあっているのではない。

 

 互いに、自分自身を疑っていた。

 

 

 彼女の行動はおかしかった。でも、私の行動だっておかしい。戦闘というのは弾薬も消費するし、なにより被弾する可能性のある行為だ。補給のアテもない私たちに修理のアテなどあるはずもなく。被弾すればおしまいなのに。

 ……どうして私は、戦いを選んだのだろう?

 

 記憶を辿る。でも出てこない。私が戦いを否定しようとした記憶がない。

 いや、そもそも私が戦いを否定したことはなかったか。敵から逃げるような無様な真似などしまい。そして無様な真似といえども、逃げぬことで意味もなく沈むのなら話は別だ。生き残ることも戦術。敗走と撤退の意味は違う。事前に撤退するというのも戦略の一つ。

 

 

 私が戦いを避けたかったのは無闇矢鱈に物資を消費したくなかったのと、なにより修理ができないからだ。

 

 修理が出来なければ、いつかは沈んでしまう。

 

 何の意味もなく、沈んでしまう。

 

 ……沈んでしまう。

 

 沈んで?

 

「……私たち、もしかして」

 

 

 嫌な感じがした。

 

 何か、冷たいものに触れるような。

 

 

 

『敵機変針! 突っ込んでくる!』

 

「「!」」

 

 

 遮るように、そう、私たちの会議を邪魔するように飛び込む報告。

 

 

「しまった! 主砲撃て、撃て!」

 

 主砲には既に調定済みの零式通常弾。弾頭部の零式時限信管に刻み込まれた発火タイミングは敵機が突入してくるのと同時に発射することを想定し、最大射程で炸裂するように設定されている。

 

 しかし私たちがのんきに考え事をしている隙を見計らうように敵機は突入。なんと私たちは、発射時機をいとも間抜けな形で逃してしまったのだ。

 

 再調定を行うには一度尾栓を抜き、もう一度装填し直す必要がある。

 

 当然ながら時間はアホみたいにかかり、下手をすれば暴発の危険性もある。

 そんなことをしている暇はなかった。

 

 だから撃つ。

 

「撃て!」

 

 当たらないのを承知の上で、撃つ。さっさと薬室を空っぽにし、再装填を行うために。

 

 弾き出された203mm砲弾、当たる見込みもないことを知らずに勇ましく飛翔、炸裂。

 

 敵機のはるか後方に白い花が咲く。役に立たねば、形も整っていない汚い花だ。

 

 

「古鷹さん、散開しますよ!」

 

 

 航空攻撃を躱すためには自由な機動が必要だ。僚艦と激突してお陀仏なんて展開は避けねばならない。

 

 でも、

 

「あの……!」

 

「話は後で! 今は上空の敵機に専念してください!」

 

 

 私が思わず伸ばした手。端から掴む相手などいないが、しかし虚しく空を切る。

 

 

 でも、伝えなきゃ。

 

 

 

 私の感じた、この変な、嫌な……何かに引き寄せられるような感覚。

 

 それは先程までの過熱した高揚にどこか似ていて、寒気がした。

 この寒気……これって、私がさっきまで忘れてた感覚?

 

 忘れてた感覚……いや、塗りつぶされていた感覚。

 

 塗りつぶされていた……?

 何に?

 

 ……そんなの、分かりきっているじゃないか。

 あの熱い高揚、あの漲る全能感……そして、私を駆り立てた使命感(なにか)

 

 それがきっと彼女もおかしくしたのだ。

 今なら断言できる……私たちは朝から何かに突き動かされていたのだ。

 

 

 ……マズい。

 

 何がマズい? そんなの分からない。説明できない。

 でも、だが、このままじゃ大変なことになる気がするのだ。

 

 なんで私たちは駆り立てられた? どうして朝からせっせと航空偵察を行い、敵を見つけると喜び勇んで飛び込んだ?

 

 それらを考えて……導き出される答え。

 

 それにたどり着いた私。今更たどり着いた私。

 

 

 ……まだ、引き返せるよね?

 

 

 

 

《……古鷹1より報告》

 

 

 しかし凶報は飛び込む。

 発信源は退避したはずの偵察機。

 

 

《……そちらへ向かう敵艦隊を、発見しました》

 

 

 ……私たちはとうの昔に乗せられていたのだ。

 途中下車不可能の、バスに。

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