私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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急転直下。

 賽は投げられた。

 

 この言葉ならよく聞くことだろう。どっかの有名人が叛乱を起こすときに言ったとされる名言。

 転じて、もう引き返せないという意味。

 

 ちなみに「賽」とはサイコロのこと。

 

 ……確かに、一度投げたサイコロを空中で取り返すことはできないだろう。

 しかし、サイコロの目が、すなわちサイコロを投げた結果がどうなるかはまだ分かっていない。

 

 確率の中に結果が存在する限り、結果はどうとでも変えられる。

 

 

 

 ……では、今の私たちはどうだろうか。

 

 

 

《古鷹さん、そっち! 雷撃機五いった!》

 

「……っ! 高角砲!」

 

『了解! 高角砲一から四番、()ーっ!』

 

 高角砲と聞くと、やはり思い浮かべてしまうのは連装でかつ、防盾に守られたゴツイの。

 しかし私の備える高角砲に防盾はついていないし、ましてや連装でもない。

 

 単装の120mm高角砲が四基四門。それらが一斉に火を噴いた。

 本来なら両舷にそれぞれ二基づつ配置されている高角砲も、人型である私なら同方向へ四基指向することができる。

 

 203mmよりかは劣る、それでも十分に大きな音を立てて飛び出した四つの砲弾。調定通りのタイミングで弾け、そして数十の破片を振りまく。爆発によってもたらされる球状の危害範囲が、雷撃機の行く手に立ちふさがる。

 

 しかし堕ちたのは僅かに一機。炸裂の調定は間違っていなかったはずだが……いや、それでも十分だろう。大小の、火薬によって熱せられた破片をたっぷり浴びた攻撃機が水面に叩きつけられる。

 

 

 僚機の死を認識したのだろう、残りの攻撃機はさらに高度を下げ、水面ギリギリを突っ込んできた。

 

 それを確認した私は歯噛みする。

 なんせ……水面ギリギリの目標は狙いづらいと聞いているからだ。

 

 25mmと13mmの対空機銃も慌ただしく、慌ただしくと言いつつも規則的な間隔を保ちつつ吠え始める。その音が、まるで布に均等に針を突き刺すミシン針のように対空火網を縫い上げてゆく。曳光弾に装飾され、チラチラ光る布が攻撃機へと覆い被さる。

 

 当たっているはずだ、しかし成果は見られない。いやそれも仕方ないのだ。13mmなんてコックピットに直撃しない限り豆鉄砲。25mmだって威力不足が指摘されていたという。

 

 

『魚雷投下! 数は四!』

 

 

 私に向かって放たれたのは魚雷。身軽になった攻撃機が急に高度を上げてゆく。急に高度を上げたせいで私の高角砲の餌食となるが……投下を許した時点で対空火網の負けだ。

 

 とにかく回避。

 魚雷の位置、速度、そして肝心の任意秒後の未来位置。それらの情報が私にも伝わってきて、私はそれをちゃんと避けるために針路を調整する。この程度なら簡単に躱せる。

 というか、人型でかつ海面を自由に動き回れる私たちに低速の魚雷なんて、当たる気がしない。

 

 

「……回避完了」

 

 一応そう報告すると、無線の先に安堵の息使い。

 

 

 

 ……なんだろう、この感覚。

 

 

 

 今の雷撃が最後だったようで、三十から二十に数を減らした敵編隊は去ってゆく。

 

 しかし気は抜けない。

 

《敵艦再び発砲!》

 

 その言葉を聞いて私はもう一度変針。魚雷の回避で大きく変針した直後であるが、念のためだ。

 

 そして十秒ほどが経過し、自己主張の酷い敵弾が私たちから遠く離れた海を沸騰させ、大きな水柱を立ち上げる。

 私たちは今、敵艦隊からも(・・・・・・)攻撃を受けていた。

 

 来襲した三十機ほどの航空機。それと僅かに時をずらして到着した新手の敵艦隊。私たちが砲戦を繰り広げ、そして壊滅させた敵艦隊とは別の艦隊。

 そこに人型は混じっておらず、私が覗く双眼鏡の中には相変わらず形容に苦労しそうな形状をした敵性勢力の姿が。

 

「……どうします? 航空隊も帰りましたし、そろそろ定針して撃退しては?」

 

 

 先程までは対空戦闘に集中していたが、その間にだいぶ距離を詰められた。

 

 いや詰められたと言っても、別に危険なほどではないのだ。そもそも発見した時点で敵艦隊と私たちの距離は大分開いていた訳で、それが砲戦距離まで縮まっただけのこと。

 

 向こうは今も射程いっぱいで撃ってきている。だから被弾の可能性はかなり低いし、こちらは空からの攻撃を避けるためにバラバラで自由な機動をとっている。未来位置など予測できるはずがなく……つまり、当たらないということだ。

 

 しかし、それでも一方的に攻撃を受ける状況は精神衛生上よくない。

 

 

《……いえ、攻撃するくらいなら距離を取ります。はじめの艦隊と同様に囮である可能性もありますし……それに》

 

 それに、の先を彼女が口に出すことはなかった。

 代わりに私の方をジッと見つめる。無言で。

 

 あぁ、そういうことね。

 

「確かに……そうですね」

 

 

 私がおかしくなって、私を塗りつぶしていたのは何だ? まさしく砲戦である。砲戦は私に高揚をもたらし、それが私の状況判断を鈍らせ、いや消えさせた。もしこの状況で再びそうなったら……それこそ、私たちをここまで引きずり出した「なにか」の思惑通りである。

 

 

 

 ……でも、本当に引き返せるの?

 

 

 

 

《続いてください!》

 

 彼女が海を滑り、大海原というキャンパスに綺麗な孤を描く。私もそれに習い、似たような航跡を残す。

 

 背後に再び発砲の気配。

 

《そういえば……古鷹さん、さっき、なにか言いかけましたよね?》

 

 着弾の見込みがなさそうなことを確認してから、彼女は無線でそう問いかけてきた。

 

「……」

 

 さっき言おうとしたこと。

 私たちが、なんでこの意味のない戦いに身を投じたのか。守るものが自身だけでしかないこの状況なら、退くという事も立派な選択肢だったはずだ。しかし私は正当防衛という理屈をこね、彼女に至っては敵艦隊を発見した当初から戦う腹積もりを見せつけてきていた。

 

 いや、私も戦うつもりだったか。この戦いに意味がないと迷ってくれた最後の理性を、責任感を、彼女に責任転嫁することで潰し、そして狂喜乱舞しつつ海に飛び込んだ。

 

 どうして私たちは、こうも眼を、心を曇らされていたのか。

 

「……私たち、は」

 

 考え回すほどその意味は重くなり、もはや口に出すのも憚られる。口に出すことで本当になってしまうのが怖かった。「可能性」として心に留めておくだけにしたかった。

 

 でも、もう「可能性」なんて生易しいものじゃない。

 

「私たちは……沈むために海に出たのではないでしょうか?」

 

《なにを……》

 

 馬鹿なことを、と続けたかったのだろうか。しかし彼女の言葉は飲み込まれてしまう。それは否定の沈黙なのか、

 

 

 ……それとも、合点の沈黙なのか。

 

 

 しかし私とて、彼女の様子を考慮するほどの余裕はない。構わず続ける。

 

「今この瞬間も、私たちは何かに導かれているのではないでしょうか?」

 

 

 思えば、先程まで襲いかかってきていた航空隊。

 数三十と聞いた割に敵の攻撃は激しくなかったようにも思える。激しくない、というよりか攻撃自体がとても雑だったのだ。

 

 爆撃機の投弾タイミングはてんでバラバラ、雷撃機も魚雷投下直後にそのまま高度を上げるなど……さっきも言ったとおり、水面ギリギリを飛ぶ飛行機は狙いづらい。魚雷投下によって機体が浮かび上がるのはわかるが、それを押さえ込んで敵艦をかすめるように通過したほうが、被弾の可能性は低くなるのだ……はっきり言って下手くそであった。

 

 それに加えて上空で待機していた戦闘機。制空権は完全にとってるはずなのに奴らは私たちの機銃要員に全く攻撃を仕掛けてこないし、おかしな点が多すぎる。

 

 そしてなにより、結局遅れて到着した新手の敵艦隊の到着タイミング。

 

 航空隊は突入を待っていた。

 待つぐらいなら、新手の艦隊が到着するまで待てば良かったじゃないか。

 

 

 ……そして私は答えを導き出した。

 

 これは「沈めるための攻撃じゃない」。

 

 

 「私たちを追い込むための攻撃」だ。

 羊飼いか何かのように、私たちをどこかへと追い込むための。

 

 

「……私たちが誘導させられた先には、なにか物凄いものがあって」

 

 それが何かは知らない。しかしそれが存在する可能性、それに横腹を貫かれるかのような錯覚に陥る。身体中を駆け巡る恐怖が血のように流れて、肌を伝った。

 

「それが、私たちを」

 

 皆までいう必要はない。

 

 

 敵の砲声が虚空に響くBGM。私たちが海を走ることを可能としている機関の推進音が、波を切る音に混じって聞こえる。

 

《もし、古鷹さんの言う通りなら……》

 

 息が詰まりそうな間を置いて、彼女は落ち着いた様子で言った。

 肺の空気を全部吐き出すような声。

 

《……そのときは、古鷹さん『だけ』でもお守りします》

 

 どこか冷えた声音だった。

 

 その言葉を、その冷たさを、私には咀嚼する必要もあっただろう。

 

 そして実際、咀嚼するだけの時間的余裕も与えられていただろう。

 

 

 でも私は、

 

 その声に、いやその言葉を、

 

 即座に否定しなきゃいけないような気がして。

 

 

「ご冗談を……『二人(ふたり)』で、生き残りますよ」

 

 

 そう言い切った。

 

 

 すると彼女はこちらを振り返る。

 

「そうですね……」

 

 無線を通じずとも、彼女の声が聞こえた。彼女はこちらをしっかり見据えていた。

 

「それでこそ、古鷹さんです」

 

 

 私がそこに見た表情は「諦めではなかった」。

 

 「決意」だった。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 果たしてどれくらい経っただろうか。

 

 

 追いすがってくる敵艦隊と変針しつつされつつの追いかっけこ、鬼ごっこに興じ始めてからなかなかの時間が経った。幸いか不幸か彼我の足の速さは極端に違わないようで、追いつかれることはない。

 

 しかし距離をつけることもできなかった。そう考えると、相手は速度をわざとこちらに合わせているのかもしれない。

 

 つまり状況は悪い方向へと転がってゆく。転がって行く先が崖なのは分かっているが、どうすればいいのか全く分からない。

 

 

 そして、そんな小康状態も終わりのようだ。行く手に敵影。

 

《……これで三つ目、ですね》

 

 彼女がうんざりした様子で言う。

 

「……」

 

 そう、三つ目(・・・)

 

 私たちが二つの(・・・)鬼を振り切ろうと何度目かとなる大きな変針を行った時だった。その進路の先に待ってましたと言わんばかりに新手の敵艦隊がまたしても(・・・・・)出現。

 

 二時間ほど前に現れた敵艦隊と合わせると、これで私たちは三つの艦隊に追われていることになる。相手に未来位置を読ませない、仮に読まれても射撃から回避できるぐらいの距離を保とうと思えば、現在選べる針路は一方角のみ。

 

 

《……敵艦隊を回避します》

 

 

 彼女はその、まだ敵艦隊のいない方向へ舵を取ろうとする。

 

 ……もう、限界だ。

 

 確かにまだ進める針路はある。しかし私たちは三つの艦隊と追いかけっこをしているのである。三つの艦隊と追いかけっこをして、それでも進める航路が偶然落ちているものだろうか?

 

 そんなことはありえない。これから行く先は敵さんが「用意してくれている」道だ。

 

 今はいいだろう、戦闘を避けて進むことができる。

 

 

 でも、用意された道を進めば、やはりいつかは崖が待っている。

 

 いつ来るかも分からぬ崖、それの存在は、包囲する気のない三つ目の艦隊の出現から明らか。私たちは今、どこかで待ち受けるかも分からぬ終わりへと突き進んでいる。

 

 私たちをそこへ追い込まんとする周りからの敵意。それは鋭く、当たることのない散発的な砲撃と比べると百発百中の命中精度。ぶすりぶすりと鈍く突き刺さる。

 

 そして、その敵意が向かってこない針路の先にも、やはり敵意が隠れている。

 

 

 引くもダメ、進むもダメ。私たちの首には見えない真綿がするりとかけられ、焦らすように、ゆっくりと締め付けてきていた。

 

 

 ……もう限界だ。こんなの耐え切れない。

 既に緊張の糸を引っ張るのにも疲れ、それでも糸を緩められない私。少しでも素早く終わらせられる方法を求めて、口を開く。

 

「……やっぱり、やっぱり反撃しましょうよ! これが最後のチャンスですよ?! 立ちふさがる前方の相手を撃破して、強行突破しましょう! 相手に人型はいません、一艦隊ぐらいなら……!」

 

 そんな私の声を聞いた彼女は振り返る。

 

《……古鷹さん、それは上空を見てから言ってくださいね?》

 

 

 ……実は、私たちを追ってきているのは水上部隊だけではないのだ。

 

 上空には航空機。

 

 そう、航空機である。

 

 

 これらが現れたのは丁度二つ目の敵艦隊が現れ、行く手を遮るこれを突貫するか否かで私たちが瞬間の思考を働かせていた時。

 

 こいつらのせいで、私たちは追いかけっこの続行を迫られた。

 

 航空攻撃を受けつつ敵艦隊と砲戦など、愚の骨頂である。定針すれば航空機の餌食となり、そもそも制空権を失っているという事実だけでも私たちを劣勢にするのだ。

 

 そしてなにより、新手の航空戦力という衝撃が、私たちから戦いという選択肢を奪い去った。

 

 そのタイミングは……まさに私たちに戦闘を与えぬかのようであった。

 もしそれを狙ったのなら、相当な連携である。敵ながら天晴(あっぱれ)……などと言っている余裕はないか。

 

 

《連中、本当にワタシたちのことを馬鹿にしてるんですかね……? 攻撃も仕掛けず、居座り続けて……》

 

 空を睨む彼女の声にも苛立ちが混じる。信じられない話だが、あれは「第二陣」だ。第一陣……つまり私たちに追いかけっこの続行を命じた航空隊だが……は結局私たちの対空砲火の射程に一切入らずに帰投。代わりにやってきたのが今私たちを見下ろしている第二陣の航空隊、というわけだ。

 

 入れ替えっこで航空隊を派遣できるということから、かなりの航空戦力を持っていることが伺える。数も揃っていることだし、真面目に攻撃すれば私たちはひとたまりもないだろう。

 ……なのに、仕掛けてこない。

 

 一切の爆弾も、機銃弾も放たずに帰っていった航空隊。もはや滑稽の域を通り越し、怒りを覚えるほどである。そこまでして私たちと戦いたくないのか、と。

 

 とはいえ……仮に戦えば私たちは劣勢、いや間違いなく敗北を喫する。

 それゆえにこちらからは仕掛けられず、思い通りにどんどん首を絞められてゆくのである。

 

 もう天秤は、傾ききっていた。

 

「このままじゃあ……どうするんですか?」

 

 私は問う。責任転嫁で押し付けた私の指揮権を保持する彼女に。

 その問はあまりにも無責任、あまりにも傲慢。

 

 でも、本当にどうすればいいのか私には分からないのだ。散発的な砲撃は冷静な思考を奪う。長時間に渡る鬼ごっこは正確な思考を奪う。私はもう目の前の海が布団でもいいような気がしてきて、早く安心を得たいという叶わぬ夢ばかり考えている。

 

 

 しかし、そんな私と違い。

 彼女は冷静だった。異常な程に。

 

《……大丈夫。策はあります》

 

「え……?」

 

 彼女が振り返る。困惑気味の私と目を合わせる。

 いろんなものがごちゃまぜになった眼だった。しかしそれは強く、確実にある一点を見据えていた。その一点とは、結末である。

 

 彼女は口を開く。重かったがしかし、一切の絶望を感じさせない声。

 

《最大の問題は上空の航空機です。古鷹さんの言うとおり、敵艦隊はそれほどの驚異じゃない。振り払うことは出来ませんが、突破することは可能でしょう》

 

 

 でも、航空機がそれを邪魔する。突破は現状難しい。

 しかし彼女は笑う。それは余裕の笑みではなかったが、しかし何かを誤魔化すそれではなかった。

 

《……でも、夜になれば好機が来ます。絶好の好機です》

 

 

「……」

 

 私はただ気圧(けお)された。彼女の言には航空機が夜間になれば攻撃できなくなるだろうという甘い見立てや、敵艦隊が脆弱であるという決めつけ。その他様々な穴が見えた。

 

 でも気圧された。

 

 彼女の自信に。

 

 彼女の言葉に。

 

 そしてなにより……彼女の強い意志に。

 

 

「……」

 

 

 私は一言も、同意も反論も出来ずに彼女を見た。

 

 どことなく儚い、しかし強い意志を持った彼女、その横顔は、もう夕日に照らされていた。

 

 

 夕日に、照らされていた。

 

 

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

 そして、夕日はいよいよ水平線に沈まんとする。

 

 よもや陣形を保つことにすら意味を感じられぬ私たちは、並走する形で赤く染まった海の上を進んでいた。

 

 

 そして、彼女が唐突に足を遅くした。経済速度かと一瞬思うが、まさかそんな訳が無い。

 

 足を止めたのだ。

 

 そして私も、疑うことなく足を止める。彼女とともにどこかを睨む。

 

「……ここが、終着点ですね」

 

 終着点。その言葉は私がこの場所に抱いた感想と酷似していた。

 

 私たちが止まったのに合わせて三つの艦隊が機動を変える。結局攻撃を仕掛けることがなかった航空隊が役目を終えたかのように飛び去ってゆく。

 

 

 足を止めた私の前に広がる世界はあまりに広かった。どこまでも広がる大海原に、波が立つ。そこに太陽の光がぶつかり、反射する。

 無音でギラギラと音を放つ真っ赤な太陽。もう半分以上沈んでいたが、しかしその勢いは衰えず、いやかえって強く海を照らしている。

 

 不規則な波が散々積み重なればそれは規則性を持ち、平均値という規則性に支えられた海は輝いていた。

 

 夕日がもたらした自然の芸術、私に自然の偉大さを伝えている。

 

「……」

 

 ここでは波の無音さすらも芸術の一部となっている。なにか声を出してはいけないような雰囲気に飲まれた私は、黙ってそのまま周囲を見渡す。

 

 

 ……ここが、転がった先の終着点。崖っぷちということか。

 

 

 全周360度。全てが私に敵意を向けている。

 囲まれていた。自然は奴らを全て隠してしまうほど雄大であったが、奴らのそれにそぐわない強烈すぎる殺意が私に場所を知らせてくれる。

 

 これが、ここが、私をお出迎えしてくれるステージというわけか。

 なるほど確かにいい場所だ。

 

 

「辿り、つきましたね」

 

 先に沈黙を破ったのは彼女の方だった。私は力なくそちらへ視線をやる。

 

 

 そして、驚いた。

 

 彼女は震えていた。口角がつり上がっているように見えたが、それは単に歯を食いしばったことによる筋肉の動きだった。

 

 何故? さっきまで、さっきまであんなに自信満々で私を導いてくれていたのに。

 

 ……導いて?

 

 その、己の頭で繰り出したはずの表現に戦慄する。

 

 いや、違う、そんなことはない。彼女の眼には強い意志があった。ほら、今もそれは健在じゃないか。彼女は震えてこそいたが、その敵影に注ぐ眼差しは真っ直ぐで、歪みもない。

 

 なら、今、いやさっきからずっと、彼女は……なにを見つめているのだろう。

 

 

 敵?

 違う。

 

 目的だ。

 

 彼女は今、彼女の目的の前にいるのだ。

 

 だって彼女は、とても嬉しそうなのだ。

 

 なら、なぜ震えるというのか。武者震い?

 

 もし武者震いなら、どうしてそんなに悲しい顔をしているの?

 

 

 彼女がこちらを向いた。二人の視線が交差する。

 

「……」

 

 私はやはり、何も言えなかった。

 また胸が締め付けられる。私は今回も、彼女にかけてやれるような言葉を持っていなかったのだ。

 

「古鷹さん、作戦の概要を説明します」

 

 作戦?

 

 予想外の単語だった。

 

「えぇ、作戦です……攻撃目標は、あの向こう、ひときわ大きな敵意を私たちに向けている敵さん」

 

 彼女は指を差す。そこには、先程までいなかったはずの人型。

 なぜ気づかなかったのだろうか。相手はあんなにはっきりとした、もう目に見えてもおかしくないような強さの(さつい)を放っているというのに。

 

「……」

 

 相手はやる気十分でかつ、圧倒的な数的優位。対してこちらはたったの二隻、散々搾り取られた集中力はどこまで残っているだろう?

 

 しかし、戦う以外に道はない。

 なんせ、ここで戦わされるために、私たちはここまで追い込まれたのだ。

 

 だから彼女は続ける。作戦を説明する。

 

「航空機の脅威は去りました。日が沈むのと同時に全兵装をもって攻撃を仕掛けます」

 

 彼女は自身の艤装を撫でる。

 

 正直、彼女が次に続ける言葉は予想がついた。

 彼女はこれまでどうやって私に接してくれたかを考えれば分かることだった。

 それに、はっきりと口にも出していた。

 

 だから、余計に認めたくなかった。

 

 認めたくないから、とにかくそれらしいことを言ってみた。

 

「……なら、このまま並んで突撃ですかね」

 

 並んで突撃? そんなこと、彼女が考えているわけないじゃないか。

 でも、否定したかったのだ。

 

 そして、ことは私の予想通り進む。

 

 

「いえ、古鷹さんは反転、ワタシが敵を引きつけている間に闇夜に紛れ、離脱ください」

 

 

 彼女はそういった。表情が私に見られぬよう、背を向けて隠す。

 

 私はその彼女の背に、せめてもの正論をぶつける。

 それしかできない。

 

「……言っておきますが、夜になっても星明かりはあります。逃げられませんよ」

 

「いいえ、空を見てくださいよ」

 

 そう彼女が言うと、太陽の沈むのと反対の方から雲が広がり始めていた。

 南方の天気は変わりやすいとは言うが、それはこういうものを指すわけではないだろう。だってアレはあまりに有機的で、自然法則によるそれと思える動きをしていない。意志を持ったかのような、禍々しい雲が広がってくる。

 

「随分とまぁ、臨機応変な天気ですよねぇ?」

 

 同意を求めるように彼女はせせら笑う。

 

「でも、当然なんですよ……なんせここは、ワタシたちのための場所なんですから」

 

 その表面上の笑みも消えた。

 

 

 ワタシたちのための場所。

 ……その言葉は、彼女がこの場所の意味を、この場所にいる私たちの意味を、全て理解しているようにも思わせた。

 

 私の視界から現実味が一気に消える。今の私は彼女とともに、禍々しい雲の装飾に彩られた闘技場のような場所に居た。私たちを包囲した敵影が闘技場の壁となる。逃がしはしないと無言で言う。

 

 そして彼女は、笑っていた。

 

 

「ここは……やっと見つけた、ワタシ(あおば)の死に場所です」

 

 

 ……え?

 

 私は眼を見開いた。彼女の言葉を、もう一度脳内で再生する。

 

 その間に彼女は私に急接近。艤装よりなにかを取り出して、

 そして私の手を無理やりとった。

 

 私は抵抗も忘れ、されるがままに掌を差し出す。

 

 彼女はそこに何かを置いた。小さなつぶつぶだったはずだが、私にはそれが203mm砲弾の一種だと分かった。

 

「三式弾っていいます、金剛さんがヘンダーソン砲撃で使用した新型の砲弾といえば分かりますよね」

 

「ま、待ってよ……」

 

 震えて声が上手く出せない私をいいことに、彼女は続ける。

 

「正直艦載機相手の対空戦闘には役立たずですが、大型爆撃機相手なら十二分に戦えます。数はあんまり多くないので、大事に使ってくださいよ?」

 

 畳み掛けるような彼女の口調、私は反論も忘れ、とにかくこの流れを止めたいと願う。

 

「待ってよ……!」

 

「ああそうだ、この方もお返しします」

 

 情報の整理がつかないまま、彼女に預けていた私の妖精さんが一方的に渡される。妖精さんも抵抗を試みていたが、無論そんな小さな体で満足な抵抗ができる訳が無い。

 

「待ってくださいよ!!」

 

 

 叫んだつもりだった。叫べていないのかもしれない。だって彼女は聞かない。

 

 

「あぁ……通りすがりの巡洋艦で、通すつもりだったんですけど、やっぱり無理です。このまま名乗らずに沈むなんて、耐えられない……!」

 

 

 そして彼女は一歩下がる。私の目に、その全身を焼き付けてもらうため。

 

 私に見せるのは澄み切った表情。息を呑むほど清らか。

 

 

「最期のワガママです。名乗らせてください」

 

 

 添えられた敬礼は私の幻視だろうか。

 

 まだ沈みきっていない真っ赤な炎が、彼女の頬を伝う河を燃やしていた。

 

 

 

「お久しぶりです古鷹さん……青葉型一番艦の青葉、です」

 

 

 

 

 

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