私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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我、夜戦ニ突入ス!

 夜戦は日本海軍のお家芸。

 そんなことを初めて言ったのは誰だったのだろう。

 

 夜戦とは大変危険な行為である。まず夜間の艦隊運動だけでも危険なのである。衝突を回避するために灯火をつけるのは当然のことだが、それは平時だから許される行為。夜戦という敵陣へ突っ込んでゆく局面においては、灯火をつけっ放しにするなどというアホなことはしない。すると僚艦の姿も見えなくなるので、当然衝突の危険は増し、更には作戦行動中にはぐれてしまうかもしれない。

 

 だが、日本海軍は夜戦を他海軍に比べて多用する傾向にある。

 何故か、簡単だ。夜戦では数的不利を覆しやすいのだ。

 

 第一次から第二次世界大戦までの間の戦間期。ここで帝国海軍が直面していたのは『対米七割』という難しい問題である。

 軍縮により日本海軍は財政破綻を免れたが、それで直面したのが戦力不足というわけだ。

 

 条約の内容は対米六割。仮想敵国が既にアメリカとなっていた日本海軍にとっては、対米七割はないと戦えないという意見が一般的であった。

 ……ちなみに、七割という数字は「攻めるには1.5倍くらい必要でしょ」というなんとも言えない理論から来ている考え方なので、これに固執してしまった海軍にも問題がなかったわけではない。

 

 ただ、仮に対米七割を達成していてもそれは七割、正面からぶつかれば絶対に負けるのである。

 

 真昼間に戦艦同士で撃ち合えば大敗を喫するのは目に見えている。

 ならば、その艦隊決戦の前に戦力を削ってしまえばいい。

 

 もちろん戦争という外交駆け引き中に平和的手段をもって敵戦艦の数を減らすことはできないので、どうにかしてこれらを攻撃する手段が必要だ。

 

 そこで夜戦である。補助艦艇の出番である。

 

 補助艦艇の射程は短い。一等巡洋艦の備える203mm砲ならば戦艦相手にかすり傷をつけることも出来ようが、駆逐艦で被害を与えようとするならば魚雷を必中距離で……必中距離とは、戦艦の射程数万メートルに対して僅か千五百メートルである……放つしかない。

 

 無論、昼間に突撃してはやられてしまうので、夜間に水雷戦隊を突撃させることに。

 必然的に射程距離が低下、雷跡も視認しづらくなる夜間ならば、水雷戦隊の独壇場というわけだ。闇夜に紛れて突貫すれば、狙われる道理もない。狙われなければ、被弾しなければ、戦力差もそこまで大きな問題にはならない。

 

 主力艦艇対米六割、補助艦艇対米七割。この厳しい現実が、日本に夜戦の道を選ばせたのだ。

 今に始まったことにない小国故の苦しみが、夜戦の道を選ばせたのだ。

 

 

 

 

「古鷹2! 吊光弾(ちょうこうだん)用意、発艦!」

 

 カタパルトを展開、暗闇の中で飛行科妖精さんがそこに飛び乗り偵察機に変化、エンジンから発せられた炎がチロチロと飛び出し、即座に射出命令。暗闇だからこそ分かる火薬の爆発、94式水上偵察機の空を切る音。夜間発艦など危険極まりないが、この状況下ではそんなことに気を使っていられない。

 

 爆弾の代わりに装備するのは吊光弾。闇夜を照らす、夜戦の必需品だ。

 

《古鷹2、発艦完了!》

 

「計器飛行にて待機をお願いします……吊光弾の投下時機は、後で伝えます、どうぞ」

 

 星明かりもない状況となれば、もはや頼るものは水平儀や高度計といった計器類しか存在しない。そう、古鷹2に私が課した任務は完全な暗闇の中での上空待機命令。愛機の映し出してくれる数値情報を三次元化して私との距離を把握、私からの投下命令に対応できる位置に待機し続けなければならないのだ。

 

 暗闇の中での飛行は恐怖だと聞いたことがある。もし計器が間違っていれば、次の瞬間海に飛び込んでしまうかもしれない。いつ誤作動するか分からない計器に、自らの全てを託さねばならない。

 

 難しいだろうが、やってもらうしかない。

 

《了解! 投下命令、心待ちにしてますよ! おわり》

 

 それでも古鷹2は快諾、吊光弾をぶら下げた94式が暗闇のどこかを駆けてゆく。

 

 

 

 そして、闇はまた自身の艤装の駆動音、そして自身が波を切り裂く音だけに。

 

 光がない空間なら感じられるのは気配だけ。しかし困ったことに、360度全てが敵意。

 

 

 それでも、水面だけ、水面だけは味方だ。私の立つこの海だけは、優しく、そしてしっかりと10,000tの古鷹を支えている。

 

 その底では、きっと、いや必ずや軍艦古鷹が見ていてくれている。

 

 私が正しいと証明してみせる。

 

 

 

 刹那、三時の方向より突出する殺気。

 

「……!」

 

 

 

 

 夜戦の利点は、先程も言った通り射程が短くなることだ。小口径しか備えない小型艦艇は当然ながら射程が短い。足の遅い魚雷では命中公算も低い。だから極端に近い距離を取る必要がある。

 

 闇夜に紛れれば、それは可能。

 

 我が方が可能なら、敵方にも可能なのは当然の摂理である。敵の魚雷だって馬鹿ではないし、日本が夜戦を選ぶなら対策はせざるを得ない。砲戦のために定針すれば敵の魚雷だって命中する。

 

 

 

 

 

 真横を取られた。

 

 慌てて動かした眼球に、敵影の幻が見える。人型ですらない海の異形。

 

 私はこの更に奥で待つ軍艦古鷹(あなた)を撃破しなければならないが、その実、軍艦古鷹(あなた)の目標は私と青葉を沈めることにある。

 

 当然ながら、「こういう結末」だってあり得るのだ。

 

 主砲塔、全て零時方向に指向中。

 高角砲、一門が三時方向へ指向中。一応の射撃は可能。

 魚雷発射管、零時方向へ指向中。

 

 瞬間の判断を迫られる。数瞬の後に放たれるであろう敵の攻撃を増速、もしくは減速で躱すのはいいが、その次の一手をどうする?

 敵は諦めずに追いかけてくるだろう。軍艦の継続火力=弾薬残量である。積載量を考えれば、私を包囲する全ての敵にプレゼントできるほどの弾丸は持ち合わせていない。

 

 二手先を考えずに一手を打つことは許されない。

 

 しかし考えてみれば、この思考に割いたカンマ一秒が命取りとなるのだ。

 

 

 「こういう結末」

 

 

 その可能性に、冷や汗が落ちる。

 ……いや、落ちることはなかった。

 

 瞬間に敵影が頭の中で描かれた予想図から可視光線にて表される視覚情報へと変化、なにが起こったかを把握する前に飛び込んでくるのは爆風、爆音。

 

 

 ……砲撃?!

 

 

《青葉のこと、忘れてもらっちゃあ困りますよぉ!》

 

 

「青葉さん?!」

 

 そんな、どうやって?

 

 ここは完全な暗闇、私だって敵影を視認できていたわけではないのに、どうやって?

 

 

 その疑問は、笑う青葉さんの息使いと共に、通信で回答が伝えられる。

 

《レーダー射撃が米帝(メリケン)の専売特許だなんて言わせませんよ?》

 

「……帝国海軍の電探って、そこまで高性能でしたっけ?」

 

 帝国海軍の使用する電探のスコープは非常に難解であると聞いている。熟練者でも砲撃に必要な細かい諸元を導き出すのには時間がかかるはずだ。

 それでは、動目標を狙う砲撃は当たらない。

 

 しかし彼女は当ててみせた。初撃で。

 

《そこら辺は電探妖精と……後は青葉の意地です!》

 

「意地……なるほどね」

 

 理論を欠いているはずだが、すごい納得できた。私たちが戦うのは、そういう理論値に支えられた意地の世界なのだ。そういう風に敵を倒すのである。

 

 

「……というか、通信できるんですね、さっき妖精さんを突き返したくせに」

 

 完全に僚艦の存在を失念していた私は苦笑いを浮かべつつ青葉さんに声をかける。勝手にヘンテコ特攻作戦を立て、顔をぐちゃぐちゃにしていた彼女とは思えなかった。

 

 真横にやってくる彼女の気配。肉声として声が聞こえた。

 

「同じ帝国海軍ですよ? 通信できない道理がありますか?」

 

「艦隊内通信の技術も確立されていないはずですけどね」

 

 やれやれご都合だこと、と私は笑う。

 

「ま、装備の近代化(そこら辺)は目覚めて以来さんざんありましたからねぇ」

 

 今更言われても、と彼女も笑う。

 

「ふふっ、確かに」

 

 互いに笑い合う。

 

 

 暗闇だが、確かに感じる見えもしない僚艦と背を預け合う感覚。

 

 私の隣には今、確かにあの軍艦青葉がいるのである。負ける気がしなかった。

 

 

「……で、古鷹さん、悪いお知らせです」

 

 気配の彼女が真顔に変わる。

 

「?」

 

「青葉の電探、さっきの一斉射撃で真空管が吹っ飛んじゃいました」

 

 電探などの電子機器に使われていた真空管、砲撃の衝撃で壊れることはざらにあったという。よくここまで持ってくれた、というべきなのだろう。

 

「……やっぱり大日本帝国ですね」

 

 しかし電探が初手で敵艦に砲弾を直撃させ、私を救ってくれたのだ。

 十二分の活躍である。

 

「まあやることは変わりません……青葉2! 吊光弾投下!」

 

 

 いつの間に展開していたのだろう、この暗闇のどこかにいる青葉のもう一機の艦載機が爆弾の代わりに吊光弾を投下する。

 

 薬剤の反応が始まり、激しく発光、パラシュートにぶら下がり、この暗闇を照らす。

 

 

 闇夜を切り開く小さな、でも大きな太陽が海を、その上に浮かぶ敵影を照らす。「0」に何を掛け算しても答えは「0」。でも、少しでも0より大きければ、話は変わってくる。どんな小さな光でも、あるとないとでは大違い。

 

 そう、見える。軍艦古鷹(あなた)の姿が。

 

 それは仮面に隠されていたが、しかしとてつもなく似ていた。いや似ていたという言い方はおかしいか。同じなのである。

 だって同じじゃなければ、こんなに距離があるのに見えるはずがないのだ。感じられるはずがないのだ。

 軍艦古鷹(あなた)のことを。

 

 こんなに違うのに、こんなに同じだ。

 

 

 現実に過去がどうだったのかは自分は知らない。きっと目の前の貴女も知らない。

 

 それを知っているのはここに眠る軍艦古鷹のみ。

 私たちはその想いを汲み取るのみだ。その汲み取り方が私たちは違うのだ。

 

 

 誇り高かっただろう。精強であったのだろう。

 

 だが、それは祖国を護るために発揮されるべき力であるはず。

 

 軍艦古鷹の想いは護国であったはずだ。

 ただ強さを証明するために、暴力(チカラ)を振るうのは間違っている。

 

 護り抜いてこその軍艦古鷹である。そうして名誉を証明する。

 

 だから私は軍艦古鷹(あなた)と戦う。戦うだけの価値が有る。

 

 戦って護るのだ。

 軍艦古鷹の誇りを。軍艦古鷹が身を呈して護った全てを。

 

 

 

「……目標は人型、でしたね。古鷹さん」

 

 僚艦へと視線をやれば、ほんのり浮かび上がった輪郭。自信に満ちた表情だった。

 

「ええ……『彼女(フルタカ)』は、私がやります」

 

「なら、青葉は道を拓きましょう!」

 

 無言の合図で二隻は増速、この作為的に作られた闘技場を駆ける。

 

 吊光弾はなるべく長い時間燃焼するように設計されてはいるが、それでも効果は数分。私の古鷹2はまだ吊光弾を使用していないが、敵影はまだまだ遠い。

 

 

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