私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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次回更新で、第一章はおしまいです。


探照灯照射!

 青葉の零式水上偵察機が放った吊光弾は、その全ても燃やし切ったようだ。

 光が急速にしぼみ、燃えカスが僅かに光を放ってそれから光が途絶えてしまう。

 

 再び暗闇に落ちる世界。当然不便極まりないので、私は即座に号令を上げる。

 

「古鷹2、吊光弾投下!」

 

《了解!》

 

 今度は私の番だ。古鷹2が元気よく返事を放ち、吊光弾を投下。

 

 先程まで光り輝いていた吊光弾のおかげで古鷹2も自機の位置をよく把握していてくれたことだろう。私たちの道を照らすように落とされた吊光弾は空を舞う。こっちは旧式複葉機の94式水上偵察機だが、照明弾に関して劣るつもりはない。

 

《おぉ~、古鷹さんの偵察機、いい仕事しますねぇ》

 

 僚艦から感嘆の声が。私たちは今、私を先頭とする単縦陣を組んでいた。

 

「青葉さんの偵察機あってこそですよ」

 

 むしろ、真っ暗闇の中で先に照明弾を落とした彼女の偵察機の方が優秀だろう。

 

《……恐縮ですっ》

 

 さて、こんな話をしている私たちだが、状況はそこまで呑気ではない。私は古鷹2に離脱命令を出しつつ。新しい吊光弾に照らされたこの世界を見渡す。

 残念ながら、というか当然ながら、吊光弾の光は太陽に比べればとても微弱だ。いわば寂れた田舎にぽつんと立つ電灯のようなもので、それだけでは大して役には立たない。

 

 敵の背後に落とすことで影を作り、そこを狙って撃つ。それが吊光弾の基本的な使い方。

 だが今回の吊光弾の役割はいわば提灯。道を照らすのが最優先で、敵の発見は二の次だった。

 

 しかし、そのはずなのに、私たちの目の前には敵がありありと見える。それほどに数が多く、発砲に伴う炎が途切れることがないのだ。敵方の砲声もいよいよ激しくなって、何度か近くに水柱が上がる。

 

 

 

『十時方向より急接近! 距離250、数一!』

 

 と、またしても急接近の報が。それと同時に近くの水面が弾ける。

 吊光弾があっても、このように撃ってこなければこんな至近距離にまでなるまで気付ない。奴らの姿は歪で醜かったが、それだからこそ闇に紛れてしまう。

 

 潜伏をやめた異形が私たちの間近で殺意を(あらわ)に、人魂を思わせる焔が灯る。

 

《青葉がやります!》

 

「……了解!」

 

 続いて響く三つの発砲音。速射性重視の交互打方(うちかた)である。急いで撃ったが距離も短いおかげで放たれた三発の内一発が命中。火薬庫にでも誘爆したのか、闇夜に花火が上がる。

 

 

 私たちは敵陣めがけて突貫しているのだ。当然、こうして圧力は強まってきている。

 私たちを取り囲んでいた敵さんはどれほど集結しただろうか。

 

 私たちの目標は明確だ。軍艦古鷹(あなた)を倒す。そしてまた軍艦古鷹(あなた)も、私たちを全力で潰しに来るだろう。

 

『魚雷急接近!』

 

「!」

 

 半ば反射で身体が動く、吊光弾の光が僅かに反射する海にて、魚雷のエンジン燃焼により生み出された大量の気泡が雷跡を描く。

 さっきの敵が放ったに違いない。というか見張り妖精さん、よく見つけてくれた!

 

《大丈夫ですか?》

 

 気遣ってくれる青葉の声。

 

「えぇ、なんとか……」

 

 それにしても。

 

 このままじゃ埒があかない……どうしようか。この際、探照灯を照射して……いや、まだだ、探照灯を照射するには早すぎる。まだ目標まであまりに距離がある。あと1200ほど? 夜戦としてなら遠すぎる距離であった。

 

 しかしこのままでは本当に埒があかない。今の吊光弾は単なる提灯としての役割しかしてくれず、とてもじゃないがこれを使って遠くの敵に弾丸を当てることなど出来ないのだ。まぁ、こちらも弾丸には限りがあるのでバトルジャンキーになる必要は……昼の私はなってた? まあ確かに認めるけどもさ、しつこいよ!

 

 ……でも、大丈夫。今の私は冷静だ。

 ちゃんと戦場が見えてる。

 

 今からすべきことは何? 目的への最適解は?

 

 砲弾が命中するか否かは確率である。

 当然ながら試行回数、つまり時間が長くなるほど被弾の可能性は上がる。

 

 

「青葉さん……!」

 

 僚艦に声をかける。きっと彼女なら、今の言葉だけで私の言わんとすることを察してくれるだろう。

 

 

 ……突っ込みますよ!

 

 とにかく、速く、前へ。

 最大戦速だかなんだか知らないが、とにかく加速させる。

 

 私を撫でる風が僅かに強く。迫る殺気は更に強く。

 

 

「独立打方……弾種、三式……調定任せる!」

 

 彼女からどさくさ紛れに渡された三式弾。これを使わない手はないだろう。対空砲弾と名高い三式弾であるが、対艦に対して効果が無かったわけではない。

 

 

 

 

 あるとき、三式弾を装填中に会敵してしまった艦がいた。帝国海軍は砲戦に関しては徹甲弾一択主義であり、砲術長は三式から徹甲への再装填を命じようとしたそうだ。それに対して艦長と意見が対立。艦長は再装填は時間がかかる上に危険である。とりあえずは撃つべきだと考えたのである。砲術に口を出すなと砲術長は抗議。

 結局、そんな意見を戦わせている暇があるなら早う撃てということで三式弾を発射。

 

 当然ながら三式弾は対空を想定して作られた砲弾である。航空機ならばいくら防弾仕様といえ米軍機も脆いが、装甲が施されている軍艦に対しては有効なはずがない。

 

 しかし、米軽巡洋艦「アトランタ」に命中した日戦艦「比叡」の356mm三式弾は彼女の艦橋(くび)を見事に吹き飛ばした。歴戦の次席指揮官を生温かいナニカに変え、生き残った幕僚は一人だけ。

 

 もちろん、その後の海戦の結果を読めば三式弾の対艦効果など吹き飛んでしまう悪夢の連続なのであるが、とにかく軟目標に対しては有効なのである。

 

 

 

 

 速度を上げて突っ込む私、周囲の敵さんもさせるかと行く手を阻む。

 

『一番主砲、発射!』

 

 妖精さんからの報告とともに203mm三式弾が闇へと放たれた。施条(ライフリング)によりその初速の一部を回転数へと変換する。回転数の上昇が搭載された零式時限信管の安全装置を解除、命中への……すなわち、死へのカウントダウンが始まる。

 

 炸裂。

 焼霰弾(しょうさんだん)と呼ばれるに相応しい何百もの弾子が放出され、それらは焼夷、非焼夷弾子構わず異形の顔面にぶち当たる。化学薬品やら可燃性の素材やら、とにかく燃え盛る花火が指向性の殺意となって襲いかかったのだ。

 

 水は百度になれば蒸発してしまう。だが弾子には勿論水なんて使われているはずもなく、数千度という一桁繰り上がった数字の焔で焼き尽くす。撃沈せずとも、表皮を焼かれ、もはや半殺しである。痛覚があればの話だが。

 

 私は各砲塔がそれぞれに目標を探し、そしてなぎ払ってゆく様子を見ていた。零式通常弾の球状の攻撃とは違う、敵に向かって開かれる円錐状の危害範囲。それに一種の畏怖すら覚える。

 

 後方からは青葉による91式徹甲弾の援護射撃。向かう先の敵艦は爆ぜ、横から飛びかかってくる敵には三式弾の灼熱地獄。

 

 よもや妨害する者などいない、いやそもそも、これらは私たちが嫌う「被弾」の象徴だったのかもしれない。嫌っていれば向こうは寄ってくるが、命を捨てて突貫すれば、存外に恐ろしいものではなかったのかもしれない。

 

 死ぬときは死ぬ。そんな言葉が頭をよぎる。運命を決めるのは確率統計のルーレットではない。

 

 

 集中力の高さのおかげか、時間はゆっくりと流れてゆく。私は落ち着いて自身の針路を乱す要素がないかを確認しつつ、歩みを進める。

 

 目指すは、待ち受ける『彼女』。

 

 三式弾も残り少なくなってきていた。現場では決して評判が悪くなかった三式弾。しかし上層部としては、零式通常弾の方を最後まで重視していたと聞く。

 ……人型なら、案外近接戦としても使えそうだ。補給を受けられたなら増やせと具申してみようか。

 

 おっといけない、そういう思考は終わってからだ。

 

 

 次の瞬間。

 

「……!!」

 

 本当に信じられない感覚だった。鋭く貫かれるような感覚だった。

 先程までとは比べようもない、濃さの気。爆発の瞬間前に起こる無音の冷たさ。

 

 通常の避け方でどうにかなるとは思えずに、自分の本能に任せて『転がる』。海といえどまともに当たればコンクリート、いやそれ以上のモノと衝突した衝撃を食らってしまう。受身を取りつつ海へ飛び込む。

 

 沈んでしまうかと思われたが、意外にも海は優しく、しかし厳しく私を弾き返す。おかげで私は転がった勢いをそのまま活かして再び海に起き上がることができる。 

 

 振り返れば、私の居た場所をすうっと流れてゆく細い雷跡。

 

 暗闇だから視認することができていなかった。海を転がるなんていう私の行為は下手をすれば艤装に浸水を招き、そして古鷹を戦闘不能に陥らせるものだった。

 

 しかし魚雷命中からの爆沈と比べてしまえば、むしろ大正解である。

 

 

 私は顔に付着した水飛沫を拭いつつ闇の先を見据える。

 

 

「随分と、狙いすましたおもてなしですね……」

 

 

 あぁ、間違いない。さっきの雷跡を見て確信した。

 

 

「……古鷹!」

 

 

 軍艦古鷹(あなた)の殺気でなければ、この懐かしさすら感じる殺気でなければ、私は感じることができなかっただろう。魚雷を避けられなかっただろう。

 私は闇の先を睨む。

 

 視線が交差した。軍艦古鷹(あなた)の眼は金色に輝いていて、何者をも寄せ付けぬかのような光を放っている。青葉に酷い仕打ちをした軍艦古鷹(あなた)でも、その姿は誇りに輝いており、やっぱり軍艦古鷹であった。

 

 

 背後より私に雑魚が飛び掛かる。即座に三番砲塔に装填された最後の三式弾が弾け、退場。

 ……残りの砲塔には既に徹甲弾が装填済みである。

 

 相手が表情と思しきものを浮かべる。私はそれをキッと見つめる。

 

「……大勢で寄って集って(よってたかって)、卑怯じゃあないですか?」

 

 私は笑った。嬉しかった。

 

 自分は軍艦古鷹の影に怯えていた。いくら自身『が』古鷹であると皆に言われても、やっぱり怖かった。自信がなかった。

 でも、やるしかない状況に私はいる。私が軍艦古鷹であろうとなかろうと、祖国への想いは持っているつもりだ。私として、軍艦古鷹を誇りに思ってる。

 

 何人たりにも、その誉れは穢させない。今はその誇りを信じて、全力で戦える。

 

 

「軍艦古鷹なら……私とサシで勝負してくださいよ」

 

 

 無言。肯定と受け取ることにする。

 

 

 もっとも、彼女にも選択肢はない。私の背後では軍艦青葉が踊っている。ただの的のごとくがむしゃらに突っ込んだ私をも止められないのだ。彼女の配下に、まさか『あの軍艦青葉』が落とせるはずがない。

 

 

 そう、この場には私と軍艦古鷹(あなた)の一隻だけ。奇妙な決戦場に私たちはいる。

 

 

 だから私は命じる。この距離なら確かに必要ないとする声もあるだろう。実際、古鷹2の放った吊光弾はまだ輝きを放っている。

 

 でも、これが、私が見せ付けられる証だ。

 

 軍艦古鷹を受け継ぐ意志だ。

 

 

 

 ――――左舷探照灯、照射!

 

 

 

 カタログスペックでは照度一万CP超の探照灯、今の私にとっては、左舷探照灯とは左眼のことである。

 視界に電撃が迸り、直後にぱあっと開ける視界。全てを照らし出す道が開け、私と軍艦古鷹(わたし)を一直線に繋ぐ。

 

 

「主砲狙って……そう、」

 

 

 

 撃て!!

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 古鷹型重巡洋艦。その一番艦、ネームシップの古鷹。

 

 英国議会でその名を挙げられる程の高い実力を示した彼女。

 

 しかし彼女も、一隻の軍艦である。

 

 

 かつて露・バルチック艦隊を撃滅する奇跡的勝利の一因となった丁字戦法。偶然とは言え、これを見事に敵方に取られてしまったエスペランス岬沖海戦。

 

 

 わざわざ探照灯をつけて躍り込む軍艦古鷹。

 煙幕を張りつつ退避中だった旗艦青葉と比べれば格好の標的であり、敵方との間に割り込む形となったことから当然砲火は集中する。

 

 それでもなお、撃ち続ける。

 

 魚雷はその矛先を目標へと向ける前に誘爆、大炎上。

 もはや探照灯などなくとも格好の目標となった彼女。

 

 

 被弾、第三砲塔旋回不能。

 

 

 大火力の代償として当然のように捨てた防御力、隔壁の配置の悪さもここでは災いし、ついに艦体は傾斜。

 

 

 機械室貫通。

 

 

 しかし、撃ち続ける。彼我の距離の短い夜戦、高角砲だって戦力になる。

 

 

 停電。

 

 

 45口径の十年式12cm高角砲、幸いにも人力操作であった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 薬包が主砲砲身腔内で撃鉄により発火、爆発。その莫大なエネルギーの一部を運動エネルギーに変換した203mm弾が闇を滑る。初速500m毎秒を突破する203mmが視認できるはずはなかったが、私の眼にはその赤く熱の移った弾丸の尻が見える。

 

 数秒ほどの勇猛な空の旅を終えた203mmが着弾、徹甲弾は設計図通りに弾ける。

 ……探照灯を照射したのである。こんなリスクを犯しているのに外したならば呆れるほかはないというもの。

 

「間髪入れないで!」

 

 続いて高角砲が吠える。機銃も光をバラまく。全火力を指向する。

 

「水雷!」

 

『待ってましたァ!』

 

 狂喜乱舞の水雷科妖精さんが応え、即座に聞こえる圧搾空気の破裂音。ぼちゃんぼちゃんと気の抜けた音が聞こえる。

 

 技術的に難しいとされた酸素魚雷である。

 酸素を使用することで排気ガスは炭酸ガスになる。炭酸ならば水によく溶ける。水によく溶けるということは、気泡が少ない。即ち、雷跡が見えないということ。

 

 とはいえ命中は期待しない。繋がれた私たちにとっては相手の動きなど手に取るように分かることだろう。

 向こうは私が魚雷を放ったのを感じ取ったことだろうし、私だって向こうがさっき放った魚雷を再装填していることが分かる。

 

 

 そう、そのくらいには分かるのだ。

 

 

 ならば、

 

「軍艦古鷹ァ! どうして! 探照灯を照射しなんですか!」

 

 

 既に照らされたから、こちらの位置を把握しているから必要ない? 戦術的に不要? そんなありふれた答えは求めていない。

 

 探照灯を照射しなければ沈まずに済むから?

 これ以上私を、古鷹を失望させないでくださいよ!

 

 

 しかし相手は腐ってもかの古鷹。首筋を殺意が通過し、衝撃波(ソニックブーム)のせいなのか、それとも本当に触れたのかそこがかあっと熱くなる。損傷具合を気にする暇はない。

 

 

 照準のために再び照射。

 

 探照灯は通常の熱電球と同じ原理で炭素棒を燃やしている。十キロ先でも綺麗に照らすためにはバカ強い電圧、電流をかける必要があって、太い炭素棒が数十秒の間に摩耗する。

 

 左眼が焼けるほど熱い。

 でもそれが、私の想い。

 

 

「第二斉射!」

 

 

 六発の、いや二隻六基から十二発の203mmが再び駆ける。入れ替わる様に殺意が交差し、そして互いにぶつかり合う。

 

「……っ!」

 

 右肩から先に強い衝撃、直後に痛み。被弾したのである。

 寸瞬遅れて衝撃が全身へ、右肩から全部モゲそうな痛みも、ガツンと殴られる衝撃が打ち消す。

 

「被害報告……!」

 

『脱臼してます!』

 

 脱臼、なるほど脱臼か。通りで右に力が入らず、モゲそうな痛みが襲うわけだ。

 だがここで弱音は吐けない。

 

「そっちじゃ、ないでしょ!」

 

『……一番、二番砲塔異常ありません!』

 

「ならよしぃっ!」

 

 左手で庇いたくなってしまうのを必死に押さえる。今は、今が踏ん張りどころ、ここで耐えずしていつ耐える!

 

 

 痛みに歪む視界の中で、ぼんっと火の手が上がった。

 

『敵艦大炎上! 魚雷に誘爆した模様!』

 

 そして私の放った殺意もその目論見通り突き刺さったようだ。私は魚雷を放った、それは即ち、軍艦古鷹(あなた)に回避運動を要求するということ。

 

 移動先さえ読めれば、こっちのものである。第二斉射は魚雷の誘爆を狙ったのだ。

 果たして狙い通りに着弾。

 

「水雷! 次発装填まで後どれだけ?!」

 

『現在急速装填作業中! しばしお待ちを!』

 

 水雷と情報を交換し、次の一手を組み立てる。

 

 その間にも状況は動く。

 

『古鷹さん! 外れた右腕を戻しますよ! 歯ァ食いしばってください!』

 

 確かな手応えと共に、腕に稲妻が走る。しかしそれは接続の痛み。私の指揮下に右腕が復帰、これに支えられた一番、二番砲塔も復帰。

 

 

「第三斉射ァ!!」

 

()ーっ!!』

 

 

 またしても飛び出す203mm、もはや説明は要るまい。

 

 

 交錯、着弾。

 

 次の瞬間、視界の半分が真っ赤に染まった。

 

「ぐっ……あぁぁあぁ!」

 

 思わず獣のごとく声を上げてしまう。貫通したのか、それとも不発で食い込んでいるのか。とにかくグサリと深く刺された。左眼が使用不能となる。

 

『古鷹さん落ち着いて! 眼球の方は無事です!』

 

 妖精さん必死の励まし。恐らくは眼のすぐ真上に着弾、鮮血が眼孔に流れ込んだのだろう。

 

「探照灯は右に切り替えて! 第四斉射急いで!」

 

 眼を抑えることはしない。とにかく冷静に左眼を閉じ、装填完了の報告を待つ。

 

 一刻も早く、カタをつけるために。

 

 

『装填、完了!』

 

 

 

 

 嗚呼、軍艦古鷹が燃えている。

 

 

 帝国海軍の誇る酸素魚雷が誘爆して燃えている。

 

 私が一発砲弾を撃ち込めば、確かな感触として軍艦古鷹がさらに燃える。

 

 

 痛い。すごい痛い。

 被弾の痛みが共有される。

 

 まるで再現しているようだ。

 

 私が軍艦古鷹を沈めているようだ。

 

 

 だからこそ、早く終わらせなきゃいけない。

 

 目の前で軍艦古鷹(あなた)の金色の眼が輝く。信じられないほど私たちは近くにいる。

 

 一体何発撃ち込んだのだろう。

 軍艦古鷹は100発弱の被弾を受けたという。

 

 それでも、40発弱の主砲弾、多数の高角砲弾を撃ち返したという。

 

 

 私たちは獰猛で、このまま撃ち合っていても終わるはずがない。

 

 気づけば、それとも無意識のうちの作戦だったのか、私と軍艦古鷹(あなた)はこんなにも近い。

 少し手を伸ばし、少し無防備に踏み出せば届きそう。

 

 

 それ即ち……魚雷必中距離。人型であっても絶対に避けられない。

 

「これで……終いです!」

 

『主役は最後に! 魚雷発射ァ!!』

 

 

 私の、軍艦古鷹の610mm酸素魚雷が飛び出す。ロングランスと名高い第二次大戦期における至高の魚雷が水面を静かに駆ける。

 

 向こうも避けらぬと悟ったか、そのままそれを受け止める。

 水柱。耳をつんざく爆音。

 

 確かな手応え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、無音が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 静寂。

 

 私は前に踏み出す。

 

 向かう先はもちろん、目の前の相手である。

 

 

 もうひとりの私は、今まさに沈もうとしている。

 

 人型が海に立つというのはおかしいが、彼女はそのおかしさを支える力を失ってしまったようだ。どんどん沈んでゆく。

 

 

 彼女には軍艦旗が掲げられていなかった。軍艦旗は降ろされたのだ。

 

 そして、軍艦古鷹は艦尾から沈む。

 

 

 

 軍艦古鷹が目の前で沈む。そんな辛い風景など見たくはない。

 

 だってそれは私が沈む姿だ。

 それを看過するつもりなどないのだ。

 

 

 だから、近づく。

 

 

 ぎゅっ。

 

 

 私は私を抱きしめた。沈む行程がキャンセルされる。

 

 もうひとりの私の身体、それは冷たくなんて全然なくて、むしろ熱い。

 熱い想いが伝わってくる。

 

 

理解し(わかり)たくはありません、理解する(わかる)つもりもありません……」

 

 

 私は私のやり方で軍艦古鷹の名を、名誉を護る。

 

 私たちは同じだけれど、その対立点があったからこそいがみ合ったのだ。

 

 

「……でも、沈むのは辛いですよね?」

 

 

 それくらいはわかる。

 

 私は腰の拳銃……そう、軍艦古鷹の持ち合わせない、私だけの武器……を取る。

 

 彼女と間近で見つめ合う。本当にそっくりだ。

 これがもうひとりの私なんだ。

 

 金色(こんじき)の瞳は、初めから、ずっと、私を探照灯で照らしていてくれたのかもしれない。

 

 

「ご安心ください。軍艦古鷹の栄誉は、私が受け継ぎます」

 

 貴女の分まで、しっかり。

 

 だから……。

 

 

 撃鉄を引く。引き金に指をかける。

 

 

「私のこと、見守っていてください」

 

 

 

 

 軽く。小さく。

 

 でも確かに、音が響いた。

 

 

 

 

 

 もうひとりの私は沈まない。そのまま砕けて、水に還ってゆく。

 軍艦を作ったのはヒトだ。ヒトは、生物は、海からやって来た。

 

 還っていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 空を、私たちを覆い隠していた禍々しい雲は消えた。

 

 軍艦古鷹(あなた)が還ったからだろうか。敵意もキレイになくなっていた。

 

 

 

 

 ここは紛れもない、軍艦古鷹の場所。

 

 

 

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