私、重巡洋艦なんです!   作:探照灯要員

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そして。

「う、うーん……」

 

 私は今、ホニアラの拠点としているビル。その洗面台の前にいる。

 

 短い期間だったが、この洗面台にはお世話になった。

 今日で最後かと思うと名残惜しい……のだけれど。

 

 私は今、ちょっとした問題に直面していた。

 

 

 あれより数日。身体の随所に負った傷を癒すには流石にある程度の時間が必要で、私たちは休息を取らざるを得なかった。

 でもそのおかげで身体の傷も大分……治ってきた? と言っていいのだろか?

 

 いやだってほら、私は重巡「古鷹」な訳で、被弾したら船渠(ドック)とかに入って修理しなくちゃいけないと思うんだよね。普通なら。

 もちろん世の中には応急修理というものもある。今私の傷が塞がってきているのはそういうものだと考えれば……いや、でも艤装の被弾箇所は妖精さんたちがちゃんと「応急修理」していたわけで……。

 

 いや、やめよう、考えても無駄だし、そもそもここには修理施設などないのだ。ないものを考えてもどうしようもない。

 

 とにかく出血は止まり、私が負っていた傷はほとんど塞がっていた。黒鉄の軍艦だったら生々しい傷を負ったまま青葉さんと行動しなきゃいけなくなるから、不思議だけれどこれはこれで良かったと考えよう。

 

 ……まぁ、右肩の脱臼に関してはその場で無理やり戻したとは言え安静にしておかなければいけない訳で、今現在も添え木と三角巾でしっかりと吊るされているのだが……。

 

 

 おっと話が逸れた、問題は鏡の中の私なんですよ。

 

「……」

 

 鏡の中の少女、不安げな面持ちで左目に動かせる左手を添える。

 

 そう、被弾した左眼(左眼が直接被弾したとは思えないが)の様子が変なのである。戦闘で出血し、その血糊で固まってしまった左眼。

 下手なことは出来ないし、妖精さんの診断の結果膿んでいないことが分かった(これって何気にすごいことだと思う)ので自然に任せていたのだけれど……なんだか開くようになったと思ったらおかしいのである。

 

 ぱちぱちと瞬きさせると同時に開閉する左瞼と右瞼。しかしそれらがそれぞれ保護している眼の色が違う。

 

「これって……所謂『オッドアイ』ってやつですよね……」

 

 オッドアイ。医学的には「虹彩異色症」と言われ、人間よりも猫などの動物に多い。まあ一卵性双生児のような珍しさだと思ってもらえればいい。

 ちなみに私の祖国では黄色と青色系統の組み合わせの目を持つ猫は金目銀目と呼ばれ縁起が良いものとして珍重されたとか。

 

 ふーん、縁起がいいのかぁ……。

 

 ……いやいやいや、こういうのって後天的なものだっけ?

 人間は後天的に一卵性双生児になったりしないよね?!

 

 でも私の目に入ってくる色彩情報では確かに右目と左目が色違いになっている。右は今までどおりで……左は、そう、電光を思わせるような金色。

 

 闇を照らすような力強い左眼。

 

 ……。

 

 鏡の中の私がゴクリとつばを飲む。おかしな事ばかりだけれど、流石にこれは私が軍艦であることを用いても説明のしようがないよ?

 

 

「古鷹さん? どうしたんですか?」

 

「わっ!」

 

 いきなり背後に現れた気配。

 

「も、もうっ、びっくりさせないでくださいよ!」

 

 思わず左目を手で隠して振り返る。右目に映るのは私の僚艦である青葉。まだ三角巾を吊るしている私と違い、ほぼ完治している。彼女もあちこちに切り傷を負っていたが、私ほどは酷くなかった。さすがは軍艦青葉といったところか。

 

「あ、別に青葉、驚かせるつもりはなかったのですが……眼、どうかしたんですか?」

 

 疑問をそのまま口にする青葉。そりゃまあ、現状唯一自由に動かせる左手でわざわざ眼を隠すなんて、おかしいし気になるよね。

 

「いやその、それが……」

 

 まあ隠すことでもない、というか隠しきるのは不可能なので、覆っていた手を外す。

 青葉は興味深げに左眼へ注視。

 

「その、なんか左目が変になっちゃって……あ、別に見え方が変とかそういうことはないんですよ? 妖精さんたちも特に異常はないって言ってくれましたし……」

 

 そう私が説明する間も、じいっと覗き込んでくる青葉。

 

 へ、変に思わないでくださいよ? 私だって好きでこの状況になったわけじゃないんですから。

 

「……」

 

「あ、青葉さん?」

 

 すると彼女はすこし口角を釣り上げるのだった。

 

「なんだか、古鷹さんらしいですね」

 

「え?」

 

 どういうことか分からず返すと、向こうも少し言葉を濁す。

 

「こう、どう言ったらいいか分からないんですけど、とにかくそれっぽい、っていうか」

 

 まあとにかくそんな感じです。そう締める。ふわっと笑う。

 

「そんな感じ……」

 

 そう思いつつ洗面台の鏡へと視線を戻す。こちらをしっかりと見つめている少女。

 

 ……ああ、なるほど。確かに「それっぽい」。

 なぜか? だって私の左眼、限りなく似ていたから。

 

 もうひとりの私に。彼女の眼にだ。

 

 闇を切り裂かんばかりの想いを、誉れを持ったあの眼。

 その眼は、私をしっかりと見据えていて。

 

 これはきっと、私が軍艦古鷹である証、もうひとりの私が見守ってくれている証拠なのかもしれない。

 

 ……いや、深く考えなどしまい。

 私は受け継ぐと決めたのだ。そんな決めつけなどせずとも、古鷹(わたし)は確かにここにいる。

 

 

「……古鷹さんは、乗り越えられたんですね」

 

 私の無言をどう受け取ったのだろう。後ろで彼女が少し息を抜くように言う。

 

 振り返ると青葉と目が合って。

 彼女は照れくさげに目をちょっとそらす。

 

「青葉は……乗り越えられるでしょうか?」

 

 やや寂しげな疑問形。

 

 

「……乗り越えられますよ」

 

 

 彼女はなにを乗り越えると言ったわけではなかった。私は彼女がいう乗り越えるべきものが何か、どれほど多いのかは知らない。

 

 でも、はっきり言える。

 

「だって、青葉さん。もう一つ乗り越えたじゃないですか」

 

 私は彼女の手を取る。多分これが、一番分かりやすい伝え方だから。

 

「次からは二人で乗り越えられるから……きっと簡単ですよ?」

 

 ちょっとむず痒い気がしたけど。やっぱり触れ合った手からは想いが感じられて。

 

「あの……古鷹さん」

 

 彼女はちょっと気まずそうな様子。

 

「なんですか、青葉さん」

 

「そう、それですよ!」

 

「え?」

 

 なにがそれなのだろう。

 

「その『青葉さん』ってさん付けするの、止めてもらえませんか?」

 

 ……あぁ、そういう。

 

「でも、青葉さんは私のこと古鷹さんって」

 

「古鷹さんにさん付けされるの、なんかしっくりこないんですよぉ」

 

 しっくりこないと言われても……。それは個人の趣向の話だろう。さん付けで呼ぶのはただの丁寧な表現というわけではない。私が青葉に敬意を持っているからだ。

 

「じゃあ、青葉さんも私のことを呼び捨てにしてくださいよ」

 

「えっ……」

 

 ほら、口篭るじゃあないか。人にやられて困るお願いはしちゃダメですよ?

 しかし彼女に諦める気はないようで、目を瞑り、ふるふる震えつつ次の言葉を放つ。

 

「……ふ、ふるたか……ぁあっ! やっぱり無理です!」

 

「そ、そんなに顔を真っ赤にさせなくても……」

 

 呼び捨てで顔を紅潮させる人はなかなかいないだろうに……こっちまで恥ずかしい。

 彼女は紅潮を振り払うように首をぶんぶん振る。

 

「ああもういいです! 貸しを使います! 古鷹さんは青葉のことを呼び捨てにすることっ! いいですね!」

 

「貸しって……こんなところで使うものじゃないでしょう……」

 

 

 もちろん「貸し」というのは、私が軍艦青葉を罵ったことに関しての貸しである。

 私は全てをさっさと清算仕切ってしまいたい性格なので、さっさと殴って、罵ってくれと言ったのだが、青葉は「古鷹さんはマゾなんですか?」と言って全然取り合ってくれなかったのだ。別に私はマゾじゃない。ただ殴っていいと彼女に言質をとらせたのだ。責任はしっかり取るべきだろうというだけのこと。

 

 で、結局彼女は殴ってくれなかったので、それは「貸し」となっているのだ。

 

 

「どこで使おうが貸しは貸しですっ」

 

「……」

 

 せめてもの反抗にと無言でじっと見つめてやるが、無論たじろぐ様子はない。

 それどころか「どうよっ!」と言わんばかりの自信に満ちた顔を見せ付けられる。

 

「もう、しょうがないですね……」

 

 ため息を吐いてやる。

 ……まぁ、殴られなくてよかった。ということにしておこう。貸し借りの状態が続くのは良くないし、いまさら貸しだとか借りだとか、彼女と利害関係も持ちたくない。

 

 私は彼女に対して姿勢を正す。彼女も合わせるように直立。

 

 

「じゃあ……青葉」

 

「はいっ、古鷹さん」

 

 

 とても不思議なことだと思う。

 

 でも私は古鷹で、

 

 あなたは青葉で、

 

 

 今は二人でここにいる。

 

 

 それはなんでとか、どうしてとか、もう意味を求めるのもバカバカしい。

 

 事実としてそうなのだから、そうだって言い切れるのだから、そうなのだ。

 なら、やれることをやろう。

 

 できることをやろう。

 

 

「これからもよろしくっ!」

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

 私は海を往く。

 

 背後にはそびえ立つポポマナセウ山。ガダルカナル島、いやソロモン諸島の最高峰であるその山が、のんびりと私たちを見下ろす。

 

 この雄大な自然が、以前は国家と国家が覇権をかけて争った激戦地などと、きっと知らぬ人の方が多いのだろう。

 

 でも、それは私には関係ないことだ。

 

 だって私は、確かに知っているのだから。

 

 

「古鷹さん~!」

 

 

 いつの間にか僚艦との間隔が開いてしまったようだ。数日だったが、あまりに濃いガダルカナルの……鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)で過ごした時間。

 

 ちょっと感傷に浸ってしまう。

 

「早く来てくださいよ~!」

 

 でも、のんびりしてる暇もない。

 

 私たちの故郷は日本。

 いつか帰りたいなら、その歩みを止めることはできないし、止めたくもない。

 

 だから旅立つ。

 

 

「今行きます!」

 

 

 そう返しつつ、最後に振り返る。

 視線の先には、軍艦古鷹の眠る海。

 

 

 

 

 呆れられているのか、それとも託されているのか。

 

 

 

 軍艦古鷹は、今も静かに眠っている。

 

 

 

 

 

 第一章 了




 




第一章、完結です。

今日までの感想、評価、お気に入り登録のおかげで、ここまで走りきることができました! 本当にありがとうございました!

第二章以降の更新に関しては……時期のお約束は出来ませんが頑張ります。
もしよろしければ、お気に入り登録していただいて、のんびり待ってくださると幸いです。



あとがきというか、反省会のような文章
http://privatter.net/p/1202996
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