私、重巡洋艦なんです! 作:探照灯要員
さて、偵察機は送り出した。偵察の結果が分かるまで、自分は別のことをしよう。なんせ、やることなんか多すぎる。嬉し涙が出るほどに、だ。
「……やっぱり、入らなきゃダメ、なのかな……」
海岸沿いに広がる森を見る。熱帯気候らしく多くの種類の草や木が入り乱れ……深い。森というのはヒトが抜け出てきた場所なわけで、いわばヒトの故郷だ。森林浴などという言葉を聞くぐらいには人間も森に愛着を持っている。
しかし、今の自分にとっての森はただ危険な場所だ。この熱帯雨林に何が生えているのかも分からず、どんな生物がいるのかも分からない。食べられる草の知識があるわけでもないし、危険な植物の見分けも尚更つかない……毒々しい色をしていても食べられるキノコがあるのと同じだ。安易な予測で下手を打つことは出来ない。
自分には、私と小人たち全ての責任がかかっているのだから。
『古鷹さん!』
「えっ?」
と、急に視界に小人が入ってきた。
「どうしたんですか?」
『意見具申を致します!』
意見具申……あ、何か提案してくれるのか。
『古鷹さんは森の探索を行うつもりのようですが、その前に食糧確保を優先すべきかと』
いや、そのくらいは分かるよ、というか私は森を意味ありげに眺めてただけで入るのには気が引けていたのだけれど……まぁ、見ている方にしてみれば今にも突撃しそうな雰囲気だったのかもしれない。
「ですが……食糧を探すためにも、森には入らないといけませんし……」
森には入りたくないし、小人の意見も最もなのだ。しかし自分に漁の才がないことははっきり分かったし、そもそもこのへんの魚は多くないのではないだろうか?
すると小人は小さくため息。
『もっと自分らを頼ってください、古鷹さんと自分らは、文字通りの一蓮托生なんですから』
「あ……ごめんなさい」
『なんで謝るんですか、そんなんじゃ自分らに示しが付きませんよ?』
仰るとおりである。ついつい反射で謝ってしまったが、この小人たちは自分の従える部下なのだ。上司がしっかりしなくてどうするというのだ。
それを小人本人に注意されるのだから、赤っ恥もいいところである……しっかりしなくては。
「はい、そうですね!」
『あと、食糧確保なら森に入らずともできますよ?』
「え?」
★ ★ ★
……こんなものまで持っていたのか。というのが素直な感想だろう。今私は焚火の場所より僅かに離れた場所……そう、先日盛大に爆弾漁を開催した場所へと来ている。
……釣り道具持ってたなら言ってほしかった。時系列的に無理な相談だけど。
「……楽しそうですね」
『釣りは立派な趣味ですよ!』
『そうそう!』
私たちは海軍だ。やはり海軍が陸にずかずか踏み込むということは好まないわけで、こうやって海岸で釣りをしている。なんというか、現状は孤立無援のサバイバル生活を送っているはずなのだが……こう、なんだ、緊張感がない。
しかしそれは仕方がないことなのだ。自分が自分でないことはもう嫌というほど味わい……そしてこれからも味わい続けることになるのだろうが、私もまた、人間とはかけ離れた存在だと分かった。
まず水。携帯食料がぱさぱさなので朝食は水を少しだけ含んだが、よくよく考えるとおかしいのだ。人間、一日に必要とされる水の量は2Lと言われている。もちろんこれは災害パンフの受け売りなので、正確にはもう少し違うのだろうが、ともかく一日に大量の水を消費するものなのだ。それは汗や排せつといった形で体の外へ抜けて行ってしまうのだが……私は水を碌に摂っていない。既に脱水症状の兆候が出てもおかしくないはずなのに。
怖いが、水筒の水は少なすぎる。自分が軍艦であると(都合のいい時だけ)信じて、飲まずとも何とかなると信じよう。
あ……そうだ。こういう話をするとアレかもしれないが、結構重要なので一応言っておく。
……この二日間。私は排せつを一切していない。アイドルはトイレに行かないという都市伝説も存在する(ファン諸君には申し訳ないが……んな訳あるか!)が、これは流石に異常ではないだろうか。
……まぁ……私が目覚めたときに私が『始まった』のだと仮定すれば、一応説明はつく。消化器官は食べ物を丸一日以上消化し続けるからだ。昨日口にしたのは焼き魚だけだし、それは夕方だった。
目覚めたときに完全装備だったことを考えると、この仮説は成立するだろう。
……なら私を『始めた』のは『誰』だ?
《こちら古鷹2、聞こえますか? 送れ》
まるで遮るかのように耳に入る……正確には受信する声。
偵察機から連絡が入ってきたのだ。二番機は沿岸沿いに探索を命じていたのだが……思ったより早い。
「はい、こちら古鷹です。早かったですね。どうぞ」
《ここはどうやら島みたいですねー、思ったより大きくないですよー》
……やっぱり島だったか。やはりここはオセアニア……いやまだだ、希望的観測に基づいて行動することは許されない。島は所詮島、沖ノ鳥島だって島なのだから、島などどこにでも存在するものなのだ。
「分かりました、それでは帰投してください、おわり」
《分かりましたー》
航空機による偵察は使いどころが肝心である。今の二番機にはまだまだ十二分な燃料が残っているだろうが、かといって島内部をむやみに探索させたり別の方面に差し向けたりするのは賢い選択ではない。なんせ相手は地形、動かない相手である。周囲の捜索は一番機に任せているのだし、焦る必要などないのだ。
……正直、補給の目途が立たない時点で偵察機など飛ばしたくはなかったのだ。今は早急な地理情報の確認が必要だったから艦載機を二機とも動員したが、飛行するだけで稼働率の落ちる航空機はなるべく使いたくない。もちろん軍艦古鷹は艦載機の運用を前提とする艦であるから整備は出来るだろうが……あとで飛行科に整備部品がどのくらい持つのか聞いておかないと。
さて、二番機はすぐ戻ってくるだろうから、受け入れの準備をしないと。
★ ★ ★
「……あ、来た来た」
偵察機の出発地点に戻り数分。艤装を装着して待っていると、偵察機のエンジン音が聞こえてきた。偵察機の回収法はいたって簡単。艦の横に着水し、クレーンを使って引っ張り上げる。まあ荒っぽい運用法であるが、荒っぽいというのは繊細なそれよりも単純明快、運用がしやすいということだ。実際、火薬式カタパルトで打ち出すという発艦方法がかなり強引だし……このために、脆弱で有名な日本機も偵察機に関しては頑丈なのである。
「飛行科さん?」
『はい?』
呼べばすぐに出てくる小人。
「回収の準備をお願いしますね」
カタパルトが収容式なら、クレーンとかも収容式に違いない。そう思ったのだが、小人は首を傾げた。
『いえ、回収に準備はいらないですよ?』
「え?」
そんな会話をする間にも、94式水上偵察機はどんどん大きくなる……といっても元が小さいので「さっきと比べると大きく見える」レベルの違いだが。
《古鷹2、アプローチ入ります! 許可を!》
「えっ?」
え、なんか突っ込んでくるんだけど。しかし向こうはこちらにカミカz……もとい、着艦する気満々のようだ。
『古鷹さん! 許可をお願いします!』
「え……えっと、はい! 許可します!」
飛行科に急かされる形で許可を出してしまった。それに後悔する間もなく、偵察機は突っ込んでくる。重巡は空母じゃないですよ! あ、ロシアの『あれ』は実質空母か。
《古鷹2、着艦!》
と、目の前まで来たところで偵察機が光を帯び、風船が破裂するような音を立てて変化。
『ただいま帰投しましたー』
……どこから出したのかパラシュート姿の小人がふわりと降りてきた。とりあえず両手で受け止める。掌に着艦した小人が背負っていたパラシュートを丁寧に畳むと、途端にパラシュートは光の粒となって消えてしまった。
「……」
えーと、何から突っ込んだらいいのだろう。
「……ひ、飛行機は?」
『もう片付けましたよ?』
なに当たり前のこと聞いているんですか。みたいな調子で返されても困る。いやどういうことだよ、誰か説明してくれ。まあ確かに小人が偵察機に変身したわけだし、別段おかしくないのかもしれないが……世界がおかしいのか? それともこれも大日本帝国の超技術なのか……?
『そんなことより、報告です! 私、頑張りましたよね?!』
そう言いながら掌の上で跳ねる小人。
……なんだ、可愛いじゃないか。
「はい、ありがとうね」
そう言いながら人差し指で頭を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細める小人。触れられるというのが本当に不思議だ……。
★ ★ ★
事態が急変したのはそれからどのくらい経った時だったろうか。自分は偵察機二番機の持ち帰った情報を見ながら、今後の探索計画を立てているところだった。川らしきものを見つけたという報告があるが、それは入り江かもしれない。偵察機を疑うわけではないが、熱帯雨林となると上空からの偵察はあてにならないものなのだ。幸いにも小島という訳ではなさそうなので、今周囲を探索している一番機の情報次第では直接歩いて島内の水源を見つけるつもりだ。流石に真水が現状使えないのは辛い。
……あ、流石に島の全景が分かったからってどの島かを特定することは出来ません。無理です。こればかりは一番機の情報頼りになる。
まあそんなこんなで、釣りの成果は碌に出ていなかったが、まあそれでものんびりとやっていた時だった。
《こちら古鷹1、古鷹さん、応答願います!》
噂をすればなんとやら。まだ帰ってきていない偵察機から連絡だ。一体どうしたというのだろう。
「はい、こちら古鷹です! どうぞ」
《海上を移動中の艦船を発見しました!
……え?