偽書魔法少女じゅりあ×くりす☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI JURIA×KURISU MGICA   作:ジャックノルテ

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遅くなりましたがようやく完成しました。
今回の話は長いので前後編に分割しました。
後編は来週アップする予定です。

2016年6月15日、一部のセリフを修正。


第2話 どうやらあなたは運が良い見たいね前編

「くっ。ちぃくしょう!」

 夜の公園の中で《短刀の魔法少女》は1人で叫び声を上げていた。

 辺りには、結界が崩壊した後の魔力が漂い大抵の《魔法少女》ならば、これが《魔女》との戦闘が終わった事を見抜けるだろう。

 次に倒せたか倒せなかったかもグリーフシードが落下して来たのを見れば明らかだった。

 グリーフシードを孕んだ《魔女》を倒したと言う覆しようの無い勝利の事実。

 けれど勝利の代償に《短刀の魔法少女》は、全身に傷を負っていた。

 魔力による治療を試みている様だが旨く行っていないのか苦しげな表情を見せている。

「傷を治して次のチャンスを待つだけだ。無ければ・・・」

 自分で作り出す。

《短刀の魔法少女》の瞳には己の考えを推し進めるだけの意思が込められていた。

 そのまま跳躍し《短刀の魔法少女》は何処とも知れずに去って行く。

 誰にも見咎められないままに。

 

 

「あれ?さっちゃんがいない?」

いつもと同じ通学路を歩いて風見野中学へ向かおうとしていた朱奈は、いつもの場所に彩月がいない事に違和感を覚えた。

「先に行っちゃったのかな?」

 そう自分を納得させると朱奈も風見野中学に向かって足を進めた。

 何も起こる事が無く風見野中学に辿り着くと自分の教室へと入ったがそこにも彩月はいなかった。

「さっちゃん。寝坊でもしたのかな?」

 彩月とそれ程、付き合いが長い訳でも無い朱奈だったが、彩月が寝坊したとも思えなかった。

 これまでの間、彩月は寝坊をした事が無かった。

 何時も同じ時間に同じ時刻に登校していた。

 席に付いて朝のホームルームを待つ事にした。

「あれ?筒地さん。彩月は一緒じゃあ無いのさ?」

 隣の席に座るクラスメートが朱奈に声を掛けて来た。

 彼女は席が近い為、この学校に入学してから数少ない朱奈の友達の1人であり彩月とは中学校からの付き合いだと言っていた。

「今日は、さっちゃんが待ち合わせの場所にいなかったの」

 朱奈は見えている左側に顔を向けて答えた。

「ふーん。彩月が遅刻なんて珍しい事もあるもんさ」

「うん」

 それから他愛無い会話を暫くしていると担任の先生が来てホームルームを始めた。

「出席の前に今日、菖蒲は風邪で休むそうだ。大人になると風邪をひくのはだらしないからだと言われる事もあるからみんなも風邪には注意する様に。じゃあ出席を取るぞ」

 周囲が出席の返事を返しているのを聞きながら朱奈は別の事を考えていた。

(やっぱりさっちゃん。昨日、わたしが公園で寝てるのを、待っていた所為で風邪をひいたのかな・・・)

「筒地」

「はい」

 心に小さな痛みを感じながら朱奈は担任に返事を返していた。

 

「思った通りやな」

 呟きながら彩月は自分の推理通りに事が運んでいる事に満足を覚えていた。

 今は一般的な中学校における下校時間である。

 山茶花(さざんか)中学校門の近くにある公園で私服姿の彩月はずっと校門から出て来る生徒を観察していた。

 この様子から彩月は風邪をひいてない事は明白である。

 つまり学校をサボったと言う事だった。

 けれど彩月にはそれが重要でも無かった。

 今は探し人を探すのが重要だった。

 昨日、見た通りの服装ならばこの山茶花中学の生徒である事は明白だった。

「見つけた」

 確認の意味で呟くと彩月は目当ての人物に近付いて行った。

 幸い目当ての人物は1人で人通りの無い道を歩こうとしていた。

 思い切って彩月は背後から近付くと声を掛けた。

「アセビクリスさんやろ?昨日の事で話があるんやけど」

 振り向いた栗栖の黒と白の髪の毛が揺れた。

 服装は昨日、彩月と会った時と同じ山茶花(さざんか)中学の白いセーラー服であり昨日と同じ抑揚の無い表情を見せていた。

 眼鏡を掛けている所為か余計に表情に変化が無い様に見える。

 暫くの間、栗栖は返事を返さずただ彩月の事を見つめ返していた。

 彩月が少し苛立ちを覚えた頃にようやく返事を返して来た。

「よく自分を見つけられましたね」

 返された返事は、暫く考えた返事にしては凡庸な物だった。

 彩月が期待(何を期待していたのか本人にも分からない)した答えでは無かったが、話を続ける事にした。

「少し話したいんやけどええか?」

 彩月の言葉に対して栗栖は頷く事で返事を返した。

(どうもとっつき難いんやな)

 そう思いながらも彩月は自分が校門を見ていた公園を指した。

「じゃあ公園で話を聞かせてもらうで」

 彩月が先に立って歩き出すと栗栖も付いて来た。

 そのまま2人で公園のベンチに座った。

「アセビさんって読んだらええんか?」

「好きな様にして下さい」

 まるで関心が無いかの様な言い方だったが彩月は無視して話を進める事にした。

「どうして昨日、ウチと朱奈、ウチと一緒にいた子の事なんやけど助けてくれたんや?それに・・・。アンタの魔法にウチは見覚えがある。同じ様な魔法を使っている《魔法少女》を知ってるんや」

 一気に確信を突く様に彩月は喋りながら彩月は栗栖の様子を観察していた。

 相変わらずのポーカーフェイス。

 まったく感情を読ませない。

 もし栗栖の表情から何かを読み取らなければ行けないとしたら彩月に勝機が無いのは明白だった。

 いや。世の中の誰でも栗栖の表情から何かを読み取る事は不可能では無いかと彩月に思わせる様な雰囲気を栗栖は身に纏っていた。

「アンタ、筒地綾女さんと何か関わりがあるんやないか?あの箒を使った魔法はウチの知っている《魔法少女》では綾女さんしか使わない筈や。と言うよりも同じ魔法なんやろ?もしかしてアセビさんは綾女さんの・・・。実験体なんか?」

「そうです」

 言葉を濁した彩月に対して栗栖は簡潔に答えた。

「えっ!?」

 これに彩月の方が驚いていた。

「ここから先は自分が説明しましょう。これを使って」

 栗栖は指輪にしていたソウルジェムを白とオレンジに輝く宝石型に戻して彩月に見せた。

 そのソウルジェムに彩月は見覚えがあった。

 自身の記憶ではなく筒地綾女の記憶に基づくが。

「昨日も見たけどそのソウルジェムは」

 一瞬、ソウルジェムが輝くと彩月の視界を奪った。

 瞬きをするか、しないかの間に彩月の周囲は黒く染まっていた。

 驚く彩月の真横には栗栖がいた。

「これはソウルジェムの魔力を使ったテレパシーの映像版と言えます。これから先の事は自分の言葉で話すよりも映像で見せた方が合理的に思えます。それではまず自分の過去から順を追って見せます。その方が理解も深まると思います。まず自分は阿瀬比栗栖と言います」

 栗栖がそう宣言すると同時に彩月の頭の中にアセビクリス(阿瀬比栗栖)と言う名前の漢字がイメージされた。

 驚きながらも彩月は同じ事をテレパシーで返してみる事にした。

「ウチは・・・。菖蒲彩月や」

「覚えました。では菖蒲さん。自分の過去を抜粋してお見せします」

 彩月の目の前で光が飛び込んできた。

 と同時に目の前にはまるでテレビか映画の様な映像が写り始めた。

 

 

 中学2年生になったある日、唯一の友人である釣鐘常盤は栗栖に大切な話があると切り出した。

「栗栖・・・。あたしね・・・。好きな人が出来たんだ」

 恥ずかしそうに俯く常盤に栗栖は

「そうなのですか?」

 と多少、戸惑った様な返答を返した。

「好きな人って言っても家族の事じゃ無いよ。同級生の・・・。男の子で好きな人が出来たんだよ」

 栗栖の戸惑いを察した常盤は付け加える様に語った。

「つまり、誰かに恋をしたと言う事ですか?」

 率直に栗栖が答えを告げると常盤は顔を真っ赤にしてしまった。

 中学2年生となった栗栖もクリスティーナからの助言と友人である常盤から様々なマンガや小説を借りて目を通した事によって恋と言う概念が理解出来る様になった。

 最も概念を理解する事は出来ても心情的には全く理解出来ていない。

 つまりは表層的な意味しか栗栖は理解出来ないと言う事でもある。

「うん。栗栖には教えてあげるね。誰にも内緒だよ?」

「分かりました。自分は誰にも話しません」

 流石に中学生にもなると栗栖も他者の秘密を守ると言う観念を持ち合わせる様になった。

 

 

「同じクラスの音切君が・・・。音切薊(おとぎりあざみ)君が好きなの!」

 

 

 常盤の小さな告白を聞いて栗栖は思考を同じクラスの音切薊へと向けていた。

 余り喋った事は無いが(と言うよりも栗栖は元々、他人と喋らない)自分の犯したミスや罪を誤魔化す事無く認められる潔い人物と栗栖と言うのが栗栖の抱く人物評だった。

「良い相手、だと思います。」

 どう言ったら良いのか分からなかった栗栖は、自分の中の回答で一番、当り障りが無いと思える物を口にした。

「ありがとう。栗栖も応援してくれるの?」

「はい。自分に出来る限りは・・・。応援をします」

 多少の戸惑いを感じながらも栗栖は常盤にそう答える事にした。

 その戸惑いが何処から来るのかは分からなかったが。

 

 

 

 

 数日の後の朝・・・。

 栗栖と常盤が2人で通学路を歩いていると唐突に常盤は告げて来た。

「栗栖。迷ってたけど・・・。あたし今日、音切君に告白する事に決めたの」

「そうなのですか」

 栗栖は自分の反応が適切なのか自身が持てなかったが、栗栖はとにかく反応を返した。

「放課後に告白をするから栗栖には教室で待っていて欲しいの」

「何故ですか?」

「もし駄目でも旨く行っても栗栖には一番に報告したいから・・・」

「良いですよ。教室で常盤を待っていれば良いんですね」

「うん。ありがとう。栗栖」

「はい」

 そしてその日、授業が終わった後・・・。

 常盤が音切薊を「大切な話があるの」と言って連れ出すのを栗栖はいつもと変わらない表情で見ていた。

 特にする事も無かった栗栖は鞄から国語の教科書を取り出した。

 既に何度も読み返しているが栗栖に取って理解し難い感情的な反応が教科書には載っていた。

 それらを理解したいと思う探究心めいた感性が栗栖には存在していた。

 最もそれは日常生活におけるトラブルを限りなく減らす為と言う理由からだったが・・・。

 暫くすると教室の引き戸を大きな音を立てて誰かが入って来た。

 普段は聞かない大きな音だったが栗栖の目は教科書に注がれている。

 しかし嗚咽の様な音を聞いた時、栗栖は初めて顔を教科書から離して音のする方向を見つめた。

 そこにはクラス委員である小梅孔雀(こばいくじゃく)が物凄く悔しげな表情を見せながら息を高ぶらせていた。

 他者の感情をまったくと言って良い程、察する事の出来ない栗栖にもそれが怒りの様な感情だと察する事が出来た。

「ッ!!」

 小梅孔雀は栗栖と目が合った瞬間、憤りの様な物を一瞬、見せたがそのまま黙って直ぐに教室から急いで出て行った。

 既に小梅孔雀に対する関心を無くした栗栖は再び教科書に目を落とした。

 栗栖には小梅孔雀の見せた感情に対する関心は無かった。

 けれどもし栗栖が関心を持ったのならばこの先に起こる出来事は変化が生じたのかも知れない。

「栗栖」

 自分を呼ぶ常盤の声を聞いて栗栖が目を上げるとそこには、これまでに見たことの無い嬉しそうな表情を見せた常盤がいた。

「音切君、じゃなくて・・・。薊君は・・・。あたしの事を好きって言ってくれたの」

「そうなのですか。おめでとう・・・。ございます」

 この場にこの言葉が似つかわしいか分からなかったが栗栖は頭に閃いた言葉を常盤に告げる事にした。

「栗栖。こう言う時は《良かったね》で良いんだよ」

「そうなのですか?」

 理由までは栗栖にも分からない。

 けれど栗栖は常盤の告白が旨く言って良かったと思えている事に違和感を覚えていた。

 何故、そう思ったのか、このときの栗栖には理解が出来なかった。

「じゃあ栗栖。帰ろう。3人で一緒に帰ろう!」

「3人ですか?」

「うん。あたしと薊君と栗栖で」

 そこでようやく栗栖は教室の引き戸に音切薊が立っている事に気が付いた。

「良かったらと言うか・・・。普段、常盤さんと阿瀬比さんは一緒に帰ってるんだから俺も便乗して良いかな?」

 常盤は同意を求めるかの様な視線を栗栖に送っていたが栗栖には分からない。

 けれど特に断わる理由は無かった。

「良いですよ。3人で帰りましょう」

「ありがとう栗栖!」

 常盤は栗栖の手と薊の手を掴み3人で手を繋いで嬉しそうに教室を出た。

 笑顔の常盤と薊を見て栗栖も合わせて笑顔を見せようと努力はした。

 少なくとも栗栖はその雰囲気が嫌なモノでは無かった。

 そして翌日・・・。

 栗栖と常盤、それに薊は3人で朝の通学路を歩いていた。

 3人を知るクラスメートは、そんな3人の様子に驚きを見せていたのを栗栖にも分かった。

 その時、栗栖は何かを感じて脇に目を向けた。

 視線が交わった。

 栗栖の無感情とも言える視線と怒りの視線が。

 けれど怒りの視線の持ち主だった孔雀は栗栖と視線が交わった事に気が付くと同時に視線を逸らしてそのまま歩き去った。

 栗栖にはそれが何を意味するのかその時はまったく分からなかった。

 

 

 

 

 昼休み・・・。

 栗栖は常盤と薊、3人は昼食を終えると3人で喋っていた。

 薊は常盤だけで無く栗栖にも話を振って会話に入り易い様に気を配っていた。

 最も栗栖にはその気配りの意味が未だ良く分かっていなかったが。

「音切君。少し宜しいですか?」

 そう言って薊に言ったのはクラス委員でもある孔雀だった。

 一瞬、栗栖と常盤に射る様な視線を見せたが3人は気付けなかった。

 それに気が付けなかったのは仕方が無かったのかも知れなかった。

 この時、まだ3人は物事が常に表裏一体だと言う事を知らなかった。

「なんだい。小梅さん」

 薊は孔雀の事を苗字で呼んでいた。

 苗字で呼ぶのは礼儀を大切にしているから。

 名前で呼ぶのは親しい仲の人間に限っている。

 それが音切薊の礼儀だった。

「わたくし。小梅孔雀は、音切君の事が好きです。心の底から愛しています!だから!わたくしの・・・。思いに応えて下さい!」

 孔雀は大声では無いが教室中に響き渡る声でハッキリと言った。

 周囲の生徒達は突然、行われた孔雀の告白に驚きの余り沈黙していた。

 それは薊も同じだった。

 栗栖も常盤も黙っていたが、栗栖が黙っているのは特に発言する必要が無いと考えているからであり常盤が黙りながら目を伏せてしまっているのは打ちのめされたからに他ならなかった。

 常盤は、誰も無い場所でこっそりと告白する事しか出来なかった。

 臆病だったからとも言える。

 けれど孔雀は大勢のクラスメートがいる前で告白を行ったのだ。

 その度胸に常盤は打ちのめされていた。

 目の前にいる孔雀が自分以上に薊を好きでいると思い込んでしまったからだ。

「もし今、答えられないのなら音切君が答えられるその時まで待ちます。ですから・・・。ハッキリとした答えをわたくしに下さい!」

「大丈夫。もう答えは決まってる」

 孔雀の言葉に薊は躊躇う事無く答えた。

 その目は真っ直ぐに孔雀に向けられ孔雀は驚きの表情を見せていた。

 薊の隣で常盤が目を更に下へと逸らしていた。

 それを見て栗栖は思わず常盤の手を掴んだ。

 何故かは分からないが栗栖は、そうする事を反射的に選んでいた。

 常盤がハッとして栗栖を見つめなおした時、薊は答えを口にしていた。

「俺にはもう好きな人がいる。だから小梅さんの思いには応えられない」

 真っ直ぐに孔雀を見つめて薊は答えを口にした。

 そこには一欠けらの躊躇いも無かった。

「えっ!?」

 孔雀は呆然としていた。

 まるで上手く行かない筈が無いと思っていた事が上手く行かなかったかの様に・・・。

「俺の事を《かけがえの無い大切な人》だと告白してくれた彼女の為にも・・・。俺もずっと《彼女をかけがえの無い大切な人》だと思っていた。だから俺には小梅さんの告白には応えられない。申し訳無いけど、これが嘘偽りの無い俺の答えだ」

 薊は孔雀の思いを受け入れなかった。

 孔雀は呆然とし常盤も驚きの余り固まっている。

 周囲のクラスメートもあまりの出来事に沈黙してしまっている。

 まるで音が止まってしまったかの様だと栗栖は思った。

 同時に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

 チャイムを聞いた生徒達は自分の席に戻って行く。

 呆然としていた孔雀も例外では無かった。

 傍から見れば動揺している事は明らかだった。

 けれどそうした面を押し殺して孔雀は自分の席に付いた。

 栗栖はこうした出来事にも関心を抱かなかった。

 ただの会話に過ぎない。

 栗栖はそう思っていた。

 この時は・・・。

 

 

 

 

 放課後に栗栖は委員会の仕事を終えて教室に戻ろうとしていた。

「栗栖!」

 脇にある階段の上から同じく委員会の仕事を終えた常盤が手を振っている。

「常盤」

 栗栖が振り向き常盤の姿を確認した時、急に常盤が驚きの表情を見せた。

と同時に常盤は大きな音を立てて階段から栗栖の前に転げ落ちて来た。

 驚いた栗栖は固まって動く事が出来なかった。

 どうして自分が動く事が出来ないのか栗栖には分からなかった。

 けれど栗栖の脳裏には《真っ赤に血塗られた手で自分を撫でようとする人》のイメージが浮かんでいた。

 そのイメージが意味するのが死と言う不吉なイメージだと感じた時、栗栖は思わず常盤に駆け寄った。

「常盤!」

 常盤は頭から血を流している。

 出血を確認した時、栗栖の目に金色の光が反射した。

「ちょっと何があったの!?」

 栗栖が反射的に金色の光が差す方向を見た時、大きな声が響いた。

金色の光から目を逸らした栗栖の周囲に委員会を終えた生徒達が集まり始めていた。

 誰かが呼んだのか教員達も来た事を確認した栗栖がもう一度、光の反射した方向に目を戻した時、栗栖の目に光は反射しなかった。

 つまり光を反射させていた何かが無くなった事を栗栖は分かっていた。

 常盤は直ぐに教員達によって救急車で病院へと運ばれた。

 教員達は職員室で栗栖に事情を聞き栗栖は素直に答えた。

「自分の目の前で常盤は階段から落ちました」

 栗栖にはそう告げる事しか出来なかった。

 ただ事実を淡々と述べる事しか出来なかった。

「阿瀬比さん」

 職員室を出ると廊下にいた薊が声を掛けてきた。

 薊の様子は栗栖の目から見ても憔悴し切っていた様に見えた。

「常盤は・・・?」

「病院に運ばれました」

 栗栖の答えに薊の顔色が平常に戻る事は無かった。

 強く手を握り苦しげな表情を見せていた。

「俺は・・・」

 そのまま薊は栗栖の前から立ち去ってしまった。

 薊の横顔は栗栖でも分かる程の怒りの表情が見えていた。

 それを見た時、栗栖の心にも何か強い感情が跳ね上がるのを感じていた。

 この時もまだ栗栖は自分の心に跳ね上がる感情の正体に気が付いていなかった。

 けれど・・・。

「自分は何を感じているのでしょう?」

 自らの感じた感情に戸惑いを覚えながらも栗栖はいつもと同じ様に17時までに自宅へと帰宅した。

 

 

 

 

 翌日・・・。

 クラスのホームルームで常盤が階段から落ちて入院した事が担任から告げられた。

 未だ常盤の意識は戻らず事件が事故なのか故意なのかハッキリとしなかった。

 クラスメート達がざわめく中、突然、薊が席を立ち言った。

「誰かが常盤を傷付けたなら俺は相手を決して許さない」

 たった一言だけだったが効果は大きかった。

 薊の言った、たった一言の言葉が波紋となりクラスの雰囲気を一変させていた。

 ギクシャクとした雰囲気の中で授業は進んで行く。

 何も起こる事無く授業が終わると栗栖は帰宅しようとして何かが足りない様な気がした。

(常盤がいないからそう感じるのでしょうか?)

 そう思いながら栗栖は、たった一人で通学路を帰宅していた。

 通学路にある誰もいない寂しい公園の前を通った時、栗栖の瞳に金色の光が当たった。

 反射的に金色の光が射した方向を見つめるとそこには思い詰めた表情をした小梅孔雀がブランコに座っていた。

 孔雀の右手に付けられている金色の腕時計に太陽の光が反射して栗栖の顔に当たっていた。

 現象を理解した時、栗栖は昨日、常盤が落ちた時の事が脳裏に浮かんでいた。

 あの時もあり得ない角度から光が栗栖の瞳を照らした。

 光を照らしたのは、金色の時計をした腕!

 自分の瞳を照らす光の色はあの時とまるで同じ光の反射!

 そこまで考えが至った時、反射的に栗栖は走り出すとそのまま孔雀に近付いた。

「阿瀬比さん!?」

 急に現れた栗栖に驚きを見せた孔雀だったが更に驚く事になった。

 栗栖は自らの拳で孔雀を殴ってブランコから叩き落とした。

「何をするの!?わたくしが何をしたと言うの!?」

 驚愕の表情を見せながらも孔雀は、まだ平静を保っている様だった。

「小梅さん。あなたが常盤を突き落としたんですね。常盤を突き落とした時に自分は、その金色の腕時計を見ました」

「!?」

 ハッとして孔雀は腕時計を栗栖の視線から隠したが、栗栖にはその行動が犯行を自供したと言える様に思えた。

 更に近付き栗栖は孔雀の顔面を殴り付けた。

「どうして常盤を突き落としたんですか?」

 言い方は静かだったが、燃え盛る炎が簡単に消えない様に栗栖は孔雀に暴力を振るい続けた。

 腕を踏み付け、腹を蹴飛ばし自分が振るえる暴力を次々と孔雀へと振るった。

 恐ろしさの余りに孔雀は悲鳴を満足に上げる事も出来ない様子だった。

「言いなさい」

 栗栖は孔雀首を掴み上げ無理やり自分の方向に向かせた。

 既に顔は腫れ上がっていたが喋る事は出来る様に喉は傷付けなかった。

 怯える孔雀に対して栗栖が拳を握り示すと、声が漏れ始めた。

「悔しかったからよ・・・。わたくしの好きな音切君に先に告白されたのが悔しかったからよ!」

 泣きながら叫んだ孔雀は栗栖の一番知りたかった事を告白した。

「小梅さんが常盤を傷付けた。分かりました」

 確認の意味を込めてそう告げると栗栖はその場を去ろうとした時、周囲の風景が一変している事に気が付いた。

 栗栖と孔雀は公園にいなかった。

 移動した訳では無い。

 周囲が歪んだ、まるで悪夢を具現化したと言える様な空間の中に栗栖と孔雀は何時の間にか存在していた。

「何が起こったのですか?」

 呟いた栗栖には、何が起こったのか分からなかった。

「きゃぁああああああ」

 悲鳴に栗栖が振り向くとそこには《異形のナニカ》がいた。

《異形のナニカ》が孔雀に纏わり付き孔雀の身体を黒く染め上げていた。

「たっ助け・・・」

 身の危険を覚えた栗栖は全力で駆け出した。

 孔雀を見捨てる事に何の感情も無かった。

 自分の身を守る為に危険な場所から去る。

 至極真っ当な考えを抱いて実行に移しただけ。

 迷う事無く栗栖は出口を求めて駆け出していた。

 けれど幾ら走っても出口を見つける事は出来なかった。

 理由は分からないが、この場所から出る為には何か他の要因が必要なのかも知れなかった。

 

 

「阿瀬比さん」

 

 

 栗栖が背後を振り向くとそこには声の主である孔雀が立っていた。

「わたくしを見捨てて逃げるんですか?」

「はい。用は済みました。自分は小梅さんが常盤を突き落とした事を白状させれば良かったのですから」

 栗栖はストレートに自らの考えを述べた。

 けれど直ぐにそれが過ちなのかも知れないと感じる。

 孔雀の顔は歪み始めた。

 顔だけじゃなく全身が歪み栗栖の眼前で孔雀は《異形のナニカ》に変貌していた。

「さっきはよくもわたくしをあんな目に・・・。もう・・・。わたくしは化け物になってしまった。こんな姿じゃ音切君にも家族にも友達にも会えやしない・・・。だからわたくしをこんな目に合わせた阿瀬比さんも音切君も釣鐘さんも・・・。コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル!!」

《異形のナニカ》と化した孔雀のかつて腕だった部分から何かが伸びて来る。

 避けようとした栗栖だったが避ける事無く黒い触手に拘束されてしまう。

 黒い触手が栗栖の喉に巻き付き栗栖は苦しげな声を意思に反して上げてしまった。

「今度はあなたが苦しむ番よ。さあ苦しんで。わたくしよりも傷付いて苦しんで死んで」

 喉を締め上げられ苦しんでいた栗栖だったがその時、不思議な事が起こった。

 栗栖の頭の中に何らかのイメージが流れ込んで来たのだ。

 そのイメージがかつて小梅孔雀だった《異形のナニカ》から流れ込んで来ているとしった時、栗栖にも大体の全容を把握できた。

 これは小梅孔雀の記憶。

 小梅孔雀は釣鐘常盤と同じく音切薊が好きだった。

 けれど孔雀が告白する前に常盤が一昨日、先に薊へと告白してしまった。

 偶然、常盤が薊に告白する所を立ち聞きしてしまった孔雀はショックの余りに呆然としていた。

 憤りを覚えながら教室に戻るとそのまま学校から帰った。

(常盤が告白した日に栗栖が目撃した孔雀の憤った表情の真相でもあった)

 悔しさの余りベッドで泣いていた孔雀はふとある考えが頭を過ぎった。

 常盤は1人でこっそりと薊に告白をしたのなら自分は大勢の生徒が見ている前で告白して押し切ってしまえば良いと。

 告白する為の言葉を選び文章に書いて練習をした。

 何度も何度も書き直してようやく納得の行く文章を完成させると必死に暗記した。

 そしてタイミングを見計らい昼休みに薊に告白をした。

 けれど薊は孔雀の思いに答えなかった。

 彼は自分を《かけがえの無い大切な人》だと言ってくれた《彼女をかけがえの無い大切な人》だと思っているから孔雀の思いに答えられないとハッキリと答えた。

 孔雀には分かっていた。

 常盤こそが薊にとっての《かけがえの無い大切な人》だと言う事を。

 ショックを覚えた。

 それまで孔雀は挫折を知らなかった。

 自分を押さえようとも思った。

 忘れるべきだとも思った。

 けれど思いと裏腹に薊への思いは膨らむ一方だった。

 相反する様に常盤への憎しみも募らせ爆発させてしまった。

 昨日、常盤が笑顔で階段にいる所を見た時に孔雀は衝動的に常盤を突き落とした。

 悲鳴を聞いて直ぐに逃げ出し自宅に帰った孔雀は改めて自分のしてしまった事への驚きを感じていた。

 でも感じていたのは驚きだけじゃ無かった。

 孔雀は喜びを感じていた。

 邪魔者がいなくなったと言う・・・。

 翌日、学校に行くのが楽しみでしょうがなかった。

 ホームルームで担任は常盤が意識不明だと告げた。

 良かったと孔雀は思っていた。

 でもその思いは直ぐに打ち砕かれた。

 ホームルーム中に薊が急に立ち上がり静かな声で告げた。

「誰かが常盤を傷付けたなら俺は相手を決して許さない」

 その言葉を聞いて孔雀は・・・。

 突如としてイメージが消失すると同時に栗栖は落ちる感覚に襲われたが誰かが栗栖を受け止めた。

「ふーん。どうやらあなたは運が良い見たいね」

 栗栖を受け止めた声の主は余裕の様な感情を隠そうとしなかった。

 その姿は左右非対称な髪形に右側の目と髪、可愛らしい衣装を青く、反対の左側を赤く染めた自分よりも年上でとても背の高い女性が左手で箒を持ちながら右手で栗栖を支えていたのだ。

「滅多に無いわよ。私が人助けをするなんて」

 笑みを浮かべて女性は右手で栗栖を降ろすと左手で握った箒を《異形のナニカ》に向けた。

 すると箒の穂先は次々と発射されて《異形のナニカ》の身体に突き刺さった。

 大きな悲鳴が周囲に響くと同時に、《異形のナニカ》は全身から黒い霧を噴出させると周囲は暗闇に包まれたと思った瞬間に元の公園に戻った。

 公園の時計を見ると栗栖が孔雀を殴り付け《異形のナニカ》に遭遇してから30分しか経っていなかった。

 栗栖を助けた女性は一瞬、輝いたと思うとその服装はスーツ姿となり左右非対称だった色も元の色と思われる黒に戻った。

 栗栖には女性が社会人の様にも思えた。

 けれども《異形のナニカ》と戦ったこの女性が、《普通の人間》とも思えなかった。

「逃げられたわね・・・。そうそう。あなた、今日の事は忘れた方が良いわよ」

 そう告げると女性は、その場を去ろうとした。

「待って下さい」

 栗栖は反射的に女性の手を握って引き止めた。

 自分の起こした行動に困惑を覚えながらも栗栖は思う事を、そのまま口にした。

「あなたはあの《異形のナニカ》と戦う術を持っているのですね?」

 目撃した事を確認する為に栗栖は女性に話し掛けた。

「そうね。確かにそうよ。けどそれがどうかしたの?」

 困惑した女性は栗栖が握っていた手を離しても去ろうとはしなかった。

 どうやら栗栖の話を聞くつもりになったらしい。

「自分にも戦い方を教えて下さい。自分はあの《異形のナニカ》を殺したいのです」

 栗栖は思ったとおりの事を女性に伝えてみると女性は軽い笑みの様な表情を見せた。

「長い間《魔法少女》をやっているけど、そんな事を言われたのは始めてね。でもね、私には、あなたを《魔法少女》にする事が出来ないわ」

「どうしてですか?」

「だってあなた、私の肩に乗っている妖精のキュウたんが見えてないでしょう?」

 栗栖は目を凝らしたが女性の肩に乗っている妖精のキュウたんは見えなかった。

「あんな化け物と戦う事なんて無いのよ。今日、ここで起こった事を忘れれば少しは平和に暮らせると思うわ。それに人は何時か死ぬんだからせめて平穏な生き方を選んだ方が賢いと思うけれど?」

 苦笑とも取れる表情を見せながら女性は栗栖にそう語った。

 けれど栗栖の決意は変わらない。

「それでも自分は大切な友達を傷付けた同級生が変化した化け物を放置する事は出来ません。自分の手で殺したいのです」

 女性の表情が変化したのが栗栖にも分かった。

「あなた・・・。面白い事を言うのね。普通の少女なら大抵の場合、あの化け物、《魔女》に襲われれば逃げたいと思うのに、あなたは殺したいと言うのね・・・。良いわね。もし決意が変わらないのならあなたに戦う力を与えても良いわ」

「本当ですか?」

「ええ。けどかなりの代償を伴うわ。一度、戦いを始めてしまえば死ぬまで《魔女》と戦い続ける事になるのよ。良く考えた方が良いわよ。そうね。決意が変わらないのなら明日、またこの時間にこの公園で会いましょう。もしあなたの決意が変わらないのなら私はあなたに戦う為の力、魔法をあげるわ」

 そう告げると今度こそ女性は去って行った。

 栗栖は女性を追わず自宅への帰路を歩きながら考える。

 自分が《異形のナニカ》と呼ぶ化け物、《魔女》と戦う力=魔法を得てしまえば死ぬまで戦い続けなければならない。

 けれど栗栖が小梅孔雀を殺す為には、戦う事を選ばなければならない。

 死ぬまで続く戦いを・・・。

 けれど栗栖の決意は変わらなかった。

 既に戦う事を決めた栗栖に迷いは無かった。

 だから明日、女性と会う事に迷いは無かった。

 

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