偽書魔法少女じゅりあ×くりす☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI JURIA×KURISU MGICA   作:ジャックノルテ

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第3話 万物の全ては根源同一にして正邪一体 後編

 

 樹理亜が目を覚ますとそこは見知らぬ場所だった。

 身を起こして周囲を見渡すと木で出来た壁に所々に金網が張ってあり外から中の様子が見渡せる様にされていた。

「何だこれ?ドラマで見た・・・。飼育小屋みたいだな」

 学校と言う場所を殆ど知らない樹理亜だったがこの場所がドラマで見た飼育小屋に似ていると感じていた。

 けれど所々が壊れて蔦が生い茂っている箇所もあり決定的なのはこの中に動物がいないと言う事でもあった。

 樹理亜は立ち上がろうとして自分が寝かされていた場所にビニールシートが敷かれている事を見てここに自分を連れて来た相手には敵意が無いらしいと感じる事が出来た。

(多分・・・。連れて来たのは・・・。あの少女何だろうな)

 自分よりも年上に見えたオレンジの髪の少女を思い出しながら樹理亜は現状を少しでも把握する為に今いる部屋を出て見る事にした。

 壊れた扉を出ると外には通路があり他にも部屋がある事が分かった。

 隣の部屋をそっと覗くと樹理亜の目に驚くべきモノが写った。

 それは先程、樹理亜と出会ったオレンジ色の髪を生やした少女だった。

 少女はただ部屋の真ん中で正座して座っていた。

 それだけの事だったが・・・。

 樹理亜が驚いたのはそれだけが理由では無かった。

 その時を見計らったかの様に月明かりが少女を照らしだし覗き込んでいた樹理亜にも少女の表情が見えた。

 声も上げず身体を震えさせる事もせずに目を閉じた少女は静かに涙を流していた。

 死んでいる様にも見える人形の様に微動すらしない少女が、生きていると言う証は・・・。

 ただ頬を伝う涙を流していると言う事だけだった。

 地面にたれ続けている涙は、少女が泣き続けていると言う事を樹理亜にも分からせる事が出来た。

 まるで覗いては行けないモノを見てしまったかの様な背徳の感情を覚えた樹理亜は直ぐに自分が元いた部屋に戻り座り込みながら様々な考えが頭を巡っているのを感じていた。

 昔からの癖で壁をジッと見つめて物事を考えていた。

(あの少女って一体何者なんだ?どうして声も出さずに泣いているんだ?それに一体、何なんだ?今まであんな雰囲気を持った相手なんて会った事も無い・・・。何て言うか・・・。言葉が無い。あたしゃの持つ言葉で言うなら・・・)

「神秘的ってヤツか?違うな・・・。何かずれてる・・・。あたしゃが理解出来ない存在って事か?」

「思考想外(しこうそうがい)と言う所でしょうか?」

 驚いた樹理亜が壁から目を離して振り返ると部屋の入り口には少女が立っていた。

 先程は雰囲気に呑まれて気が付かなかったが少女は制服と思しき服を着て樹理亜を見つめていた。

 そこの知れない何かを感じて樹理亜は少し後ずさりかけたが我慢して少女に話し掛けた。

「アンタがあたしゃを助けてくれたのか?」

「乱暴な言葉では伝達途絶(でんたつとぜつ)してしまいますよ」

 返事を聞いて樹理亜はこの少女が人の話を聞いているのかと疑問を感じた。

「質問してるんだから答えてくれても良いんじゃ無いか?」

「異者忠告(いしゃちゅうこく)に耳を傾けるのも必要な事だと存じます」

「あたしゃの話を聞くつもりが無いのか?」

「私めが、あなた様を艱難辛苦(かんなんしんく)から救い出した事に相違ございません」

 ようやく最初の回答に関する答えを聞いてこの少女と自分では何か違う流れの中にいる様な事を樹理亜は感じていた。

「えっと。アンタの名前は何て言うんだい?あたしゃは樹理亜。沙我樹理亜だ」

 人に名前を聞く時は自分から名乗らなきゃ行けない。

 かつて世話になった仲間から教わった最低限の礼儀と言える行動を樹理亜は始めて実践してみる事にした。

「あなた様の話を聞かずに申し訳ありません。この失敗は私めの心に殷鑑不遠(いんかんふえん)としたいと思います」

 ずれた答えを聞いて樹理亜はからかわれているのか?とも感じたが辛抱強く待つ事にした。こちらが合わせれば意思の疎通は可能では無いかと、まだ少しは思えたからだ。

「私めの名前は雨津木スミレと申します。寡聞少見(かぶんしょうけん)な、高校2年生に存じます」

 辛抱し続けてようやく少女の名前が雨津木スミレだと樹理亜は知る事が出来たが、それにしても特徴的な話し方だと感じる事が出来た。

 何と言うか音的にも漢字がやたらと多くて樹理亜の知識では、漢字を変換し切れず何を言っているのか物凄く分かり辛かった。

 ただ敵意を持っていないと言う事だけは樹理亜にも分かる事が出来た。

「さっきから一体、何を言ってんだ?どうにも漢字ばかり使い過ぎてあたしゃには理解が出来ないんだが?」

 樹理亜の言葉を聞いてスミレは少し顔を曇らせた。

 けど直ぐに表情を直したので曇らせたと言っても落胆と呆れ返る程、深い物では無いと樹理亜にも分かった。

「そうですね。確かに分かり辛いのかも知れません。四字熟語の多用は」

「四字熟語?」

「はい。漢字四文字で構成される言葉の事です。樹理亜さんへの理解が及ばず申し訳ありません。この事は求全乃毀(きゅうぜんのそしり)として心に刻み込みます」

 そう言いながらスミレは、地面に座りながら樹理亜に向かって深々と頭と手を下げた。

 大袈裟な謝罪をして来たスミレに樹理亜は面食らったが、空腹感を覚えて思考を引き戻した。

「とりあえず、スミレさんが謝りたいと言うのは、分かったんだけど、あたしゃは腹が減ってしょうがないから・・・。厚かましいの分かるんだけど何か食い物は無いのか?」

 樹理亜としては、精一杯の謝辞とも言える返事と一緒に自分の要望をスミレに伝えてみた。

「そうですか。私めが準備出来るのは粗衣粗食のみにございますがよろしいでしょうか?」

「ああ。とにかく食べれりゃそれで良いよ」

 樹理亜の答えを聞くとスミレは右手を開いて胸の位置へ翳した。

 何をするのかと思う樹理亜の眼前で、スミレの開いた掌へ魔力が集まって行く。

 一際、大きな輝きを見せたと同時にスミレの掌には長いフランスパンが乗せられていた。

「どうぞ。魔力具現(まりょくぐげん)で作り出したフランスパンです」

「それって魔力で出来てるのか?しかも食えるの!?」

「はい。譲渡快諾(じょうとかいだく)致します」

「ありがとな!」

 そう言って樹理亜はスミレからフランスパンを受け取ると直ぐに噛り付いた。

 特徴的な硬さを噛み締めながらも、樹理亜はどうも味が薄く感じていた。

(フランスパンってこんなに薄味だったっけ?)

「粗食薄味(そしょくうすあじ)なのでしょう?」

 樹理亜にはそのつもりが無かったのだが、抱いた感情を表情に出してしまっていたらしくスミレが答えた。

「私めの作り出す食事は、私めの好みで薄味になるのです。材料元身(ざいりょうげんみ)を活かした方が私めの好みな物で」

「ふーん。そうなのか。けどまあ良いか。って。何やってんだよ!?」

 驚く樹理亜の眼前で再びスミレは折り目正しく正座をすると深々と頭を下げていた。

「客人へのお食事にまで私めの好みを押し付けてしまい申し訳ありません。私めの成長努力(せいちょうどりょく)が至らないばかりに申し訳ありません」

「良いから。そこまで深々と頭を下げなくて良いから!」

「ですが努力の足りなかった事は事実です。試行錯誤(しこうさくご)が足りず申し訳ありません」

「だから謝らなくたって良いって言ってるだろ!?」

(本当に訳が分からない女だ)

 それが樹理亜の抱いたスミレへの第一印象だった。

 

 

 

 

 朱奈が雨津木スミレと出会ったのは2年程前の事だった。

 その日、《右目の呪い》によって結界の中に閉じ込められた朱奈は綾女の事をいつも通りに待ち続けていた。

《使い魔》や《魔女》は朱奈の事を、呪いの反作用によって同じ物、仲間と思っているのか気にも留める事は無い。

 けれどもおぞましさの固まりとも言えるこの空間で朱奈は必死に耐えて綾女の事を待ち続ける事しか出来なかった。

 何度か綾女以外の《魔法少女》とも遭遇した事があったが大抵の相手は朱奈の事を便利な道具位にしか思っていないと言う事が、発する言葉から朱奈にも感じ取る事が出来た。

 朱奈を巡っての諍いが生じた場合、綾女は直ぐに朱奈を連れての逃亡を選んでいた。

(実際には逃亡後、朱奈に見えない所で綾女は相手に対して仕返しをしていた)

 綾女が来てくれるのを朱奈は待ち続けるしか無い。

 それしか出来ないしそれ以外に選択の余地は無かった。

「綾女ちゃん・・・。速くわたしを迎えに来て・・・」

 結界最深部における隅っこで朱奈は体育座りで足に顔を埋めながら待ち続けていた。

 その時、突如として禍々しい悲鳴が辺りを包んだ。

《魔法少女》でない朱奈にも独特の禍々しさからその悲鳴が《魔女》か《使い魔》から発せられたと感じ取る事が出来る。

 そして悲鳴が生じたと言う事は、何か異変が生じたと言う事でもあった。

 結界内で異変を生じさせるのは《魔法少女》だけ・・・。

「綾女ちゃん!?」

 ハッとして朱奈は顔を上げると隅っこから結界最深部の様子を窺った。

 そこには《魔女》や《使い魔》の攻撃を流れる様な動きで避けて行く一人の少女が朱奈の目に写った。

 それは綾女では無くオレンジ色の髪を生やした少女だった。

「綾女ちゃんじゃ無い・・・」

 落胆と恐怖が声色に混じるのを朱奈は自覚出来た。

 綾女と同じ位の年で髪型をポニーテールにして清楚な外見をした綾女よりも気持ち太めな少女は《魔女》や《使い魔》の攻撃を風に乗って吹き飛ばされる落ち葉の様に避けていた刹那、少女と朱奈の視線がお互いを写した。

 その時、少女は優しい微笑みを朱奈に返した。

 朱奈に対する愛を惜しまない綾女の微笑みとは違う優しさを内包した微笑みを少女は朱奈に送った。

 戦いの最中であるにも関わらず。

 驚く朱奈の眼前で少女は、真横を通過した《使い魔》に手を伸ばして触れたと同時に《使い魔》は消滅した。

 少女は迷う事無く《魔女》に向かって歩を進めて行く過程で自分に触れようとする《使い魔》を次々と消滅させて行く。

 朱奈にも分かる程、怒りの感情を垂れ流すままに攻撃を続ける《魔女》だったが、その攻撃は1発たりとも少女に当たる事は無かった。

 突然、少女は跳躍すると《魔女》との間にあった距離を一気に詰めて自身の手を《魔女》へと向けた。

「流気逆流(りゅうきぎゃくりゅう)」

 少女が呟いたと同時に《魔女》の身体は内部から亀裂が入って来てそのまま霧状へと四散してしまった。

「これでもう安全状況(あんぜんじょうきょう)を作る事が出来ました。怪我はありませんか?」

 微笑を浮かべながら少女は朱奈の方に歩いて来た。

 思わず後ろに下がろうとした朱奈だったが少女の表情に良くない感情を感じ取る事が出来なかった為に押し止めて少女が来るのを待った。

(もしかしたらこの人は、わたしが《右目の呪い》を持っている事を知らないのかも知れない。ただの一般人が結界に囚われていただけだと)

 そう思って朱奈は自分を安心させようとしていた。

 けれど少女は朱奈を見ると眼前に手を掲げると表情に疑問の色が浮かんだ。

「妙な魔力を右目から感じます。浅学非才(せんがくひさい)な、私めが今までに感じた事の無い魔力・・・。もしかしてあなたは《右目の呪い》を持つ少女なのですか?」

 確信とも言える事を言われて朱奈はビクリと身体を動かし驚きを表情に出してしまった事に気が付いた。

「やはりそうなのですね。何という艱難辛苦(かんなんしんく)なのでしょう。私めよりも幼いのに・・・。そんな辛い目にあっているなんて・・・」

 そうして少女は涙を両目から流し始めた。

 突然、泣き出した少女を目の前にして朱奈はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。

 つられて朱奈の瞳からも涙が流れてしまう。

(どうしたら良いの?)

 少女は静かに涙を流し朱奈は泣きながらどうしたら良いのか分からずにおろおろとしてしまう。

 暫くすると結界が崩れてこの場所が元の林へと戻って行ったと同時に朱奈の頭上から何か伸びて振り落とされたが、本人は気が付いていなかった。

 何かが擦れる音が周囲に響いた。

 振り返った朱奈と少女の視界には、突如として現れた赤と青の人影が注意を引いていた。

「綾女ちゃん!」

「来ては駄目よ!」

 朱奈が思わず綾女に駆け寄ろうとしたのを綾女は朱奈の方を振り返る事無く答えた。

 見ると綾女の右腕には何か蛇の様に鱗が詰まった長い物が巻き付いていた。

 正確には巻き付いているのでは無く巻き付かれていると言うのが、綾女の苦しげな表情からも正しい事が判明している。

「我々の鞭からは逃れられませんよ」

 綾女の右腕に撒き付く長い物、鞭を巻き取りながら木立の影からフードを被った相手が姿を現した。

 声色からして少女である事が朱奈にも分かり朱奈にも相手が自分を狙っている事を直感する事が出来た。

「大人しく我々に《呪われた少女》を引き渡して下さい。醜いマダラ模様に用は無いので」

《鞭の少女》は、優越感を隠そうとせずに綾女に迫った。

「私がそんな事、すると思うなら甘いわね!」

 意に介さない綾女は苦しげならも拒絶の意志を込めて《鞭の少女》を睨みながら答え左手で握り締めている武器、魔力で具現化した箒を《鞭の少女》へ向けようとした!

 動きからそれを察した《鞭の少女》は巧みに鞭を動かす事で綾女の動きを殺して反撃のチャンスを潰した。

 背を向けながら朱奈を守ろうとする綾女の意志は朱奈にも痛いほど伝わっていた。

 今は朱奈に背を向けた事が功を奏していると綾女は感じながら笑みを浮かべていた。

 朱奈は知り得ないが既に綾女と《鞭の少女》は一進一退の攻防をし続けている。

 このままでは埒が明かないと思っていた綾女は自分の右腕を見ながら思い切った行動を取ろうと普通の人間なら狂気とも取れる笑みを浮かべながら自分の右腕を見た。

「自暴自棄(じぼうじき)はよろしくありません」

 突然、事態を静観していた少女が口を開きながら綾女に向かって来た。

 その場に現れた異分子に綾女と朱奈も《鞭の少女》も驚いていると少女は言葉を続けた。

「それは自分だけで無く周意傷広(しゅういしょうこう)、心の痛みを周囲へ広げてしまう良くない行動とお見受けします」

「何を言ってるの?」

 答えた綾女にも朱奈にも《鞭の少女》にも少女が語る言葉は理解出来なかった。

「ですから、私めが孤軍奮闘(こぐんふんとう)するあなたを助けて差し上げます」

 同時に少女が綾女の右腕に絡んでいた鞭に触れると鞭は綾女の右腕から解けてしまった。

「!?」

《鞭の少女》は思わず身構え綾女と朱奈は驚きの余り何も言えなかった。

「同時に落花狼藉(らっかろうぜき)する相手を懲らしめる事に私めに躊躇いはありません。そう。これは悪因悪果(あくいんあっか)と言う事です」

 喋りながら少女は《鞭の少女》へと歩を進め、次々と捌かれる鞭を回避せずに、まるで真横へと受け流しながら《鞭の少女》へと近付こうとした。

 しかし《鞭の少女》も静観するだけでは無く、鞭を捌きながら跳躍による移動を繰り返し少女が安易に近づけない様にしていた。

 やがて少女は歩を止めると目の前を横切ろうとした鞭を無造作に無造作に摘み止めた。

 驚愕の表情を受かべた《鞭の少女》が、動かそうとしてもそれ以上、鞭が動く事は無かった。

 ただ相手の武器を摘み上げると言うたった一つの行動で少女は完全に《鞭の少女》の動きを止めてしまったのだ。

 すると少女が摘み上げた鞭が分解されて行き驚いた《鞭の少女》が飛び退こうと、同時に《鞭の少女》の掌にあった鞭の握り手が弾けた刹那、一方的で強力な衝撃が起きて《鞭の少女》を、飛び退いた方向へ吹き飛ばした。

「他気操発(たきそうはつ)。己の気、魔力で飛ばされながら撥乱反省(はつらんはんせい)致してくれると良いのですが・・・」

《鞭の少女》が飛ばされて行った方向に少女は呟いた。

 綾女にはそれが祈りの言葉に、朱奈にはまるで語りかける様に聞こえた。

 何故、2人にそう見えたのかと言えば・・・。

 少女は再び一筋の涙を音も無く流し拭った。

「私めは雨津木スミレと申します。下学上達(かがくじょうたつ)による自己研鑽(じこけんさん)に勤しむ魔法少女にして高校生にございます」

 優雅と形容出来る仕草を見せながら少女、雨津木スミレは名前を述べながら深々と頭を下げながら《魔法少女》としての衣装を解いた。

 その行動には明確に戦う意思が無いと言う事を示す《魔法少女》同士の暗黙の了解とも取れる行動だった事から綾女としては、珍しく信じても良いかも知れないと判断していた。

「朱奈を助けてくれてありがとう。私は筒地綾女。流浪の魔法少女よ」

「わたし・・・。朱奈。筒地朱奈」

 綾女の背後に隠れていた朱奈も綾女に促される形で頭を下げ続けるスミレに名前を伝えたが、スミレは頭を下げ続けていた。

「良名授人(りょうめいじゅじん)な、お方に会えて光栄に存じます」

 緩やかで可憐な動きを見せてスミレは綾女と朱奈に邪気の無い微笑みを見せていた。

 

 

 

 

「ここなら来人心配(らいびとしんぱい)が無いので隠れていても平気だと思います」

 薄い笑みを浮かべたスミレに案内されて朱奈と綾女はある場所を訪れていた。

「私めにとってもここは後生大事(ごしょうだいじ)な、隠れ家なのですから」

 スミレの言葉を聞いて朱奈と綾女は周囲を見渡してみた。

 確かにここが隠れ家と言われれば、そう思える。

「でもどうしてこの場所には誰も近付かないの?」

「それは魔法によって認識されないからでしょう?」

 朱奈の疑問に答えてあげながら綾女は浮かんで来た疑問をスミレに話した。

「それだけじゃあ無くて・・・。この場所って元々、誰も知らないんじゃないのかしら?」

「その通りにございます。無視認識(むしにんしき)されていたので元々、この場所の事は誰も知りません」

 スミレが綾女と朱奈に説明した所によると、ここは元々、飼育小屋だったらしいが、この学校が再建されてからも忘れ去られて放置されていた物だったと言う。スミレの魔力によって生き物は認識出来ない様にされており、この場所は誰にも発見される事は無い。

 今、綾女と朱奈がスミレと共にいるのは式部学園高等部と言うサザンカ市内にある小中高の一貫教育を行う学園内との事だった。

「もしよろしければ、この場所を提供いたします。この場所には、先程も申し上げた通り人が来る事はありません。隠れているのにこれ程、良質場所(りょうしつばしょ)は無いと思われます」

 直ぐに回答をしなかった綾女は少しだけ悩んでいた。

 スミレを信用するか、綾女はまだ回答を出せないでいた。

「ありがとう・・・。スミレさん」

 唐突に朱奈はスミレに返事を返していた。

「綾女ちゃん。スミレさんは悪い人じゃ無いよ」

 朱奈は綾女の目を見てそう告げたのを見て答えが出揃った事を綾女は感じた。

 信じるか、信じないかは、二の次にしても朱奈が選んだ答えを否定する行動を綾女は取るつもりは無かった。

「分かったわ。それじゃあ、この場所を借りる事にするわ。雨津木さん」

 言いながら綾女は左手を握手の為に差し出した。

「はい。善隣友好(ぜんりんゆうこう)を築いて行きましょう」

 迷い無くスミレは綾女と左手で握手を交わしながら右手で朱奈とも握手を交わした。

 2人では無く3人。

 手を取り合い仲睦まじく見える3人。

 綾女は心の中で警戒心を隠し、スミレはただ流れの波紋を見ている。

 そんな中で朱奈だけは純粋にこの出会いを喜んでいた。

 

 

 

 

 

 それから数日の間、綾女と朱奈は飼育小屋に隠れながらスミレとの交流を続けていた。

 ある日、綾女が近隣に出現した《魔女》を退治しに向かって留守にしていると飼育小屋に残っている朱奈の前にスミレが顔を出した。

「スミレさん。こんにちは」

 飼育小屋内部にある一部屋に綾女が魔法で設営したテントの入り口で朱奈は顔を出した制服姿のスミレに挨拶をした。

 テントを設営したのは飼育小屋の雨漏りが酷かった為と野営目的でもあった。

「朱奈さん。こんにちは。来客挨拶(らいきゃくあいさつ)を、欠かさずにありがとうございます。1つだけお願いがあるのですがよろしいですか?」

「なあに?」

 スミレからのお願いにきょとんとしながら朱奈は答えた。

「今から私めは心理瞑想(しんりめいそう)し心脳探求(しんのうたんきゅう)を行いたいと思います。私めが瞑想を終えるまでは、出来るだけ話し掛けないで頂けると助かります。勿論、何か異常事態(いじょうじたい)が起これば話し掛けて構いません」

「うん。じゃあわたし、大人しくしてるよ」

 朱奈の返答を聞いて頷くとスミレは隣の部屋へ足を向けた。

 1時間が経過するも綾女は、未だ戻って来る事無く朱奈は大人しく本を読んで過ごしていたが、不意に右目が何かを感じ取った。

 音の様にも感じられたが、耳には音が響かない。

(なんだろう?)

《呪いの右目》を押さえながら恐怖と好奇心を感じながらも朱奈は周囲を見渡すが何も無く音を発する物も存在しなかった。

 風の通らない部屋から朱奈は慎重に音を立てない様に周囲を見渡しながらスミレがいる筈の隣の部屋へと慎重に移動を試みた。

 自分では何かに対処する事は出来ないが《魔法少女》であるスミレならば対処する事が出来るかも知れないと感じていたからだ。

 音を立てない様に通路へと辿り着いて直ぐに隣の部屋へと入ろうとしたが、先程のスミレのお願いが頭を過ぎった。

 

 

「今から私めは心理瞑想(しんりめいそう)し心脳探求(しんのうたんきゅう)を行いたいと思います。私めが瞑想を終えるまでは、出来るだけ話し掛けないで頂けると助かります。勿論、何か異常事態(いじょうじたい)が起これば話し掛けて構いません」

 

 

 けれど今、起こっている事は朱奈にとっては異常事態に感じられたが、スミレに気を使って朱奈はそっと隣の部屋を覗き込んだ。

 視界に入った光景に朱奈は言葉を失った。

 そこに写っていたのは正座して音も無く涙を流しているスミレの姿だった。

 地面に涙を流した後が残るほど泣き続けたスミレの姿を見た朱奈は自分が感じ取った何かがスミレから発せられる事を知りどうしたら良いのか躊躇していた。

「単独恐怖(たんどくきょうふ)してしまったのですか?朱奈さん。」

 朱奈の躊躇を知るかの様にスミレは声を掛けて来た。

「スミレさん・・・。その・・・。変な何かを感じたの。瞑想してるって分かってたけど・・・。怖くなって・・・」

「良いのです。どんな人でも例外得無(れいがいえむ)と言う所です。いらしても良いのですよ」

 スミレに促されて朱奈は傍によると正面に正座した。

「何か疑問質問(ぎもんしつもん)がある様ですね。回答可能(かいとうかのう)ならお答えしますよ」

 促される形で朱奈は質問を行うことにしていた。

「スミレさん。どうして泣いていたの?」

「私めが泣いていたのは、不幸存在(ふこうそんざい)からです。この世界には限りない不幸があり、それと相対する様に幸福も存在します。その反作用からどうしても不幸を多く感じてしまう人がいるのもまた必然なのかも知れません。それこそが不条理や幸福につながるのかも知れませんが、私めはその事が悲しいのです。けれど不幸が無ければ幸福も存在しない。世の無常さに私めは悲しみを押さえられずにこうして涙を流しているのです」

 答えを与えられた朱奈はそれに納得し掛けたが何故か違和感を覚えた。

 自分でも違和感の正体は分からない。

 好奇心からなのか、自分でも理由が分からないままに質問を重ねていた。

「本当にスミレさんはそれだけで泣いていたの?わたし、何だか分からないけど違う気がする?」

 一瞬、スミレは苦しむ様な表情を朱奈に見せた。

 けどそれは苦しみとは違い芯を突かれた人の表情でもあった。

「そうなのかも知れませんね。真実所在(しんじつしょざい)は、私めが選んだ選択を悔いている部心がそうさせたのかも知れません」

 意味を上手く理解出来ない朱奈は静かに語るスミレを見つめる事しか出来なかった。

「後悔はしていないつもりでしたが、そうもいかなかった様ですね。私めの修行不足(しゅぎょうぶそく)とも言いましょうか・・・・。けれどあの時、私めは確かに迷う事なく契約を致しました。ですから朱奈さんにも教えましょう。私めが契約をした経緯を」

 瞳を開く事無くスミレは朱奈に言葉を続けた。

「待って。それは本当にわたしに話しても良い事なの?」

「はい。私めが、過去解放(かこかいほう)をする分には、何の問題もありません」

「でも契約って大切な事なんでしょ?綾女ちゃんもわたしに契約の事だけは教えてくれないし・・・。だからわたしは聞き手としては間違ってると思うの」

「そうなのですか。それが朱奈さんの意思実行(いしじっこう)とするのなら私めは尊重いたします」

 スミレは静かにそう答えた。

 拒絶や否定では無くただ静かに受け入れていた。

「スミレさん・・・。ごめんなさい」

 悲しい訳では無いが朱奈の瞳からは涙が流れていた。

 他者が向けた思いに答えられなくて申し訳無いと思う気持ちから流れる涙だと朱奈も理解していたが止める事は出来なかった。

 開眼したスミレが涙を流した朱奈を見て取った行動は、ただ朱奈を抱き締めてあげる事。

「良いのです。個人生々(こじんせいせい)。人の人生は人の数だけ異なる物です。私めの話を聞けないとしてもそれは、それで良い事なのです」

 小さな子供をなだめ聞かせる様にスミレは朱奈の頭を撫でながら言い聞かせた。

 スミレの言葉を聞いて朱奈は、初めて綾女以外の人間から安堵の感情を覚えていた。

 

 

 

 

「なあ。スミレ。アンタはどうして《魔法少女》なんかになったんだ?」

 深夜の飼育小屋の中に設置したその辺から拾って来たパイプ椅子に座りながら樹理亜は目の前で同じ様にパイプ椅子に腰掛けるスミレに話し掛けた。

 スミレも樹理亜と同じ様にパイプ椅子に座っていたが、ただ座っているだけにも関わらず樹理亜と違い何故か、優雅さと言える雰囲気を醸し出すのは生来の気質から来るモノと樹理亜は思っていた。

「樹理亜さんは、そんなに私めに興味関心(きょうみかんしん)を抱いているのですか?」

 少し思索した様子を見せながら笑みを絶やさずにスミレは答えて来た。

「まあな。もう2ヶ月も付き合ってるけど、あたしゃにゃ、どうしてもスミレと《魔法少女》のイメージがどうしてもイコールにならないんだ。だってそうだろ。スミレは何か戦うとか野蛮な事と違う視点にいる人間に感じられんだ」

 樹理亜は抱いたイメージを、そのままスミレに伝えた事に少し不安を覚えながらスミレの答えを待った。

「そうかも知れません。確かに私めは、一般的な家庭環境(かていかんきょう)で育ったとは言いがたい一面が、ございます」

 言葉を区切ると一瞬、遠くを見つめる様な表情を見せた後に喋る事を続けた。

「だからこそ私めは《魔法少女》としての契約を選んだのかも知れません」

 スミレの表情を見つめながら考え方の鈍い樹理亜も悟っていた。

 今、スミレはあたしゃを見ていない。

 過去を見ている。正確には思い出している。

「樹理亜さんには私めの過去を話しましょう。過去と歴史は隠蔽沈黙(いんぺいちんもく)する物では無く、どんな形でも伝えておくべきだと私めは思います」

 迷いを見せる事無くスミレは自分の過去を話し始めた。

 

 

 雨津木スミレは比較的、裕福な家庭に長女として生まれた。

 共働きの両親の愛情を受けてスミレは幸せに成長していた。

 やがてスミレが7歳の時に人生の中で転機が訪れた。

 母親のお腹に新しい家族が宿ったからだ。

 新しいスミレの家族は双子の弟妹。

 両親と共にスミレは弟妹の誕生を心から喜んでいた。

 けれど数年が経って深刻な事態が起こった。

 スミレの弟妹は倒れて入院してしまった。

 原因は現代では治療法の確立していない不治の病だった。

 楽しみにしていた小学校入学を行う事が出来ず、弟妹は病院内の院内学級で学習する事を余儀なくされていた。

 両親は弟妹の治療費、本当に治療出来るかも保障は無いが、院内生活を余儀なくされた為に今まで以上に働いていた。

 スミレも両親に代わって弟妹のお見舞いをし続けていたが、始めはスミレが来る事を喜んでいた弟妹もだんだんとスミレの顔を見ただけで機嫌を損ねる様になって行った。

 スミレには分かっていた。

 だからこそ受け入れていた。

 でもあくる日、とうとう弟妹の心が限界を迎えた。

 

 

「お姉ちゃんに ぼく わたし 達の気持ちは分からない!どうしてここにいなきゃ行けないの?どうしてお姉ちゃんは元気なの!?」

 

 

 弟妹の放った一言が切っ掛けだった。

 2人は悪くないとスミレには分かっていた。

 何も言う事無く大きな無力感から思わず涙を流しながらスミレは病室を去る事しか出来なかった。

 それから一ヵ月後にスミレは両親と協議した上で自宅から遠く離れた全寮制の式部学園の中等部に転入した。

 式部学園はサザンカ市内にある私立の小中高の一貫教育機関。

 敷居の高い、上流階級のお嬢様やお坊ちゃまが通う学校と認識されているがそれは誤りでもある。

 創設されてまだ10年に満たないが創設者の意向によって特殊な家庭事情を抱えた子供達が中心に集められている。

 その為に一般の学校よりも生徒数は少なめと言える。

 生徒の親類が長期療養、危険地域へ足を踏み入れる為に十分な子供の教育が出来ない状況にある親御の為に作られた学園であり全寮制なのもその為であった。

 その為に学生寮は希望する生徒がいれば学園が夏季、冬期、春期休業中でも滞在が許されている。

(ただし滞在と引き換えに滞在中は1、2時間、学校の設備の清掃が課せられる)

 希望すれば長期間寮に滞在する事が可能と言う点をスミレはインターネットで調べ上げて式部学園へと転入した。

 比較的優秀な成績の持ち主だったスミレの転校は比較的スムーズに行われた。

 特に校長との面談でスミレは自らの家庭事情の全てを明かし自らの思いの丈を全てさらけ出した事が大きな要因とも言えた。

「私めが式部学園に転入すれば両親弟妹(りょうしんていまい)への心命負担(しんめいふたん)は避けられます。ですからどうか私めを式部学園に転入させて下さいませ」

 式部学園に転入してからスミレは、両親との連絡を意図的に絶った。

 と言っても両親共に弟妹の為に働き弟妹の様子を見る事だけで手一杯だった為、連絡は時々、あるか無いかだった。

 その事に両親は電話する度に謝罪するもスミレは自分の選択だと告げて弟妹を励ます様に両親に頼んでいた。

 式部学園の中でもスミレは優秀な成績の持ち主だったが、自己主張する事無く親しい友人を作る事も無くただ、淡々と日々、勉学に勤しんでいた。

 特定の宗教を信じないスミレだったが、それでも弟妹の回復を心の中で祈り続けていた。

 ある時、式部学園の敷地内を散策していると側溝の中に放置された校内の案内図が目に入った。

 強いて言うなら好奇心から案内図を覗き込んだスミレはこの案内図が式部学園となる前、公立小学校の案内図だと気が付いた。

 案内図から雑草が生い茂る中に放置された飼育小屋を見つけて、スミレは誰に言う事無く飼育小屋の中で1時間程、座禅をし始めた。

 深い意味は無くただただスミレ自身の思索の為に始めた事だった。

 やがて数ヵ月、スミレが高校一年生となった時、校外学習の一環としてリンドウ市の山林地帯を訪れていた。

 ゴミ拾い等の清掃活動等にも式部学園は、年に一度の取り組みを行っていた。

 周囲にクラスメートがいる中でゴミ拾いをしていると不意にスミレの視界が歪んだ。

 始めは、気のせいかと思ったが、直後にスミレは、落ちていた。

 落花しながらスミレは何が起こったのかを把握しようと試みようとしたがその直前に身体に何かが撒き付くと同時に拘束されるのを感じ取った。

 何が起こったのか訳が分からなかったがスミレは冷静に周囲を見渡し耳を済ませようとしていた。

 異常事態に対して自分が冷静な事に多少の驚きを感じながらもスミレはその理由を悟っていた。

 執着の無さ。

 式部学園に来てからスミレは、全てに執着しなくなって来た。

 大切な物は何も無い。

 自分の命にすらも執着しなくなって来たと感じていた。

 

 

「へぇー。人質ですかぁ。アタクシに切られた事が原因で綻んだ結界の外から人質を瞬時に連れ込む判断力は《魔女》にしては優秀ですねぇ~」

 

 

 突然、スミレの耳に妙な感覚で伸びる女性の声が響いた。

 スミレが視界を戻すとそこには山吹色の髪を生やした少女が白く所々に黒い刺繍が施されたドレス、更に身体の要所に赤色の鎧が付けている。

 特徴的な怪物の剣を持って少女が傲慢さを隠そうともしない事をスミレでも感じる事が出来た。

「でもぉ~。アタクシが人質なんか取られて躊躇すると思ってるんでえすうかぁ!」

 叫ぶと同時に跳躍すると大きく剣を振り下ろした。

 驚くスミレの眼前で輝きを強めた怪物の剣が躊躇う事無く振り下ろされる。

 不思議と冷静にスミレは瞬きすらせずに怪物の剣を振り下ろす少女を見ていた。

 それでも少女は躊躇わない。

 傲慢な笑みを浮かべて怪物の剣を振り下ろすのを止めない事に対してスミレを拘束していた何かの動きが鈍った事が感じ取れた。

 スミレの身体を拘束していた何かが、紙を切る様に何の抵抗も起こす事無く切り裂かれたが、ほんの僅かの差でスミレの身体は切られなかった。

 身体が落花する事でスミレは自分が落ちている事に気付いて自分が拘束されて巻き上げられていた事に思い至る。

 不意に後ろを振り向くと少女が怪物の剣をこれまで見た事の無い形容しがたい化け物に向かって振り下ろしていた。

「《魔女》は《魔女》らしくアタクシにやられろ!」

 今までに聞いた事が無い嫌な音が耳に響くと同時にスミレは落花していた筈が地面に投げ出されていた。

 状況の変化にスミレは戸惑いを覚えていた。

 スミレの中にある良識と照らし合わせればこの状況が異常だと結論付けられる。

 背後に視線を移すと怪物の剣を握り締めた少女が地面から何かを拾い上げるとこちらに向かって来た。

 様々な可能性を考えるが、スミレは途中で考えるのを止めた。

 どの道、少女が来れば何を目的としているかハッキリとする。

 スミレに危害を加えたいのかどうしたいのかも。

 けれど少女はスミレと視線を合わせる事無く擦れ違い去って行った。

 自分が少女の眼中に無かったと言う事もスミレには理解出来た。

「眼中人外(がんちゅうじんがい)と言う所でしょうか・・・」

「それを言うなら《眼中人無し》じゃないのかい?」

 突然、聞こえてきた声にスミレは驚かなかった。

 ただ何処から聞こえて来たのか判別出来なかった事に困惑を覚えていた。

「違う違う。僕は君の足元にいるよ」

 その声が耳では無く頭に直接響いたと感じたのは間違いでは無いと感じながら足元に視線を移すとそこには白い猫の様な生き物がいた。

 直ぐにスミレはこれが今まで見た事が無い未知の生き物だと感じる事が出来た。

「ふーん。君はとても変わった存在だね。雨津木スミレ」

 声の主が目の前にいる生物だとスミレは直ぐに信じられなかったが、とりあえず持ち上げて目線を合わせて見た。

「あなたは・・・。未知存在(みちそんざい)?」

「うん。君達、人間からすれば未知の存在である事は否定しないよ。雨津木スミレ。名乗り遅れたけど僕の名前はキュウべえ。僕は君に頼みたい事があるんだけど良いかい?」

「頼みたい事ですか。実現範囲(じつげんはんい)に限定させて貰いますがよろしいですか?」

「うん。大丈夫。君には実現出来るよ。僕と契約して《魔法少女》になってよ!」

 契約と言う単語を聞いてスミレが浮かんだのは詳細を丁寧に詳しく知る必要があると言う事だけだった。

「契約と言うのならきちんとした説明が必要なのでしょうね。今、行っている校外学習が終わったら説明を聞くと言う形でよろしいでしょうか?」

「うん。別に構わないよ。急いでいる訳じゃ無いからね」

 答えを聞くとスミレはとりあえず他の生徒を探そうと周囲を見渡した。

「君のクラスメートはこの先にいるよ」

 キュウべえは前足で1つの方向を差した。

「それから僕の姿は君にしか見えないから僕が先導してあげるよ」

 スミレがキュウべえを地面に降ろすとその後を付いて行った。

 直ぐにゴミ拾いを続けているクラスメートの姿が目に入った。

 実際、クラスメートの生徒達は、スミレの傍にキュウべえがいる事を認識していない事がスミレにも直ぐに分かった。

 けど目の前のゴミ拾いをサボって良い理由にはならないと考えてゴミ拾いに意識を集中した。

 校外学習後にスミレは自室に戻って暫くするとキュウべえが窓の外から尋ねて来たので部屋に入れると契約に関する詳細な説明を質疑応答しながら行った。

 一日、一時間の説明で十日目にしてようやくキュウべえの説明は終わったが・・・。

「契約の説明にここまで時間が掛かったのは久しぶりだよ・・・」

 多少呆れた様子を見せながらキュウべえとスミレは、も来る事の無い飼育小屋で向かい合っていた。

「けれど契約と言うからにはなるべく微細詳細(びさいしょうさい)を知り互いにベストな回答を尽くして納得してから結ぶのが正しい形では無いでしょうか?」

「スミレがそれで良いと言うのなら僕はそれで構わないよ。けど本当に良いんだね?」

「はい。私めの願い事は決まっております。唯一無二(ゆいいつむに)の願いが」

「分かった。では雨津木スミレ。君は一体、何を願う?何を願って《魔法少女》になるんだい?」

 ここで大体の少女は息を整えるなり願いを振り返るなりするのだが、スミレは淡々と教科書の朗読でも行う様に答えた。

「私めの願いは、弟妹の病気を完全治癒(かんぜんちゆ)し、私めの家族が魔法少女に関する全てに関わらない事です」

 キュウべえの額の上に生じたソウルジェムをスミレは当たり前の様に摘み取った。

 躊躇や恐れ、渇望。そんな思いはスミレの心には生じず、ただ歩く際に脚を動かすのと同じ様にソウルジェムを摘み取っただけだった。

「本当にそんな願いで良かったのかい?」

 願いを叶えた後にも関わらずキュウべえは、そう質問をしていた。

 感情の無い筈のキュウべえにそこまでの事を言わせるスミレの願いは、願いから生まれる反作用をも含めて大き過ぎる願いとも言えた。

「はい。私めの心には、最善選択(さいぜんせんたく)を行えた事を良かったと思っています」

「けど、願いの反作用で君は二度と家族と関わる事は出来ない。僕の推測だと、電話や手紙と言った副次的な繋がりを持つ事は出来ても、前にも教えた通り、もう二度と直接、家族と顔を合わせる事は出来ない。人と人との交わりを操作してしまった代償は大きい。本当にそれで良かったのかい?」

「はい。これで弟妹の病気は治癒全快(ちゆぜんかい)し両親も喜んでいる筈です。私めは、これから弟妹には両親の元で幸せに生きて欲しいのです。その為には私めが願いを叶える必要があったのです。これで良いのです」

 スミレの答えには迷いが無い。

 ただ、淡々と事実を、答えていただけだった。

 キュウべえの推測通り、スミレはそれから家族と再会する事は無かった。

 電話や手紙でのやり取りは出来ても家族が直接、スミレに会いに行こうとすると何かしらのトラブルが起こった。

 トラブルと言っても電車や自動車が急な故障で動かなくなったり、玉突き事故で動けなくなったり、仕事上でのトラブルであったり・・・。

 毎年、スミレの両親は、式部学園における手続きの為に入学式前に一度は、式部学園に来ていたが、スミレが契約して以降、何かしらのトラブルが起こり式部学園に来る事は、二度と無かった。

 なおスミレが在籍し続ける為に必要な手続きは異例とも言えるが教員による家庭訪問の際に同時に行われていた。

 

 

「これが私めの契約経緯(けいやくけいい)にございます。他者とは少しの差がありますが違いの大小を覗いても契約を行ったと言う事は他の人とは変わらないと思います」

 話し終えたスミレの表情はいつもと変わらない微笑を樹理亜に向けていた。

 その表情こそがスミレの話を真実だと確信を持たせていた。

「今の話って・・・。本当なんだな」

「はい。全ては真実実在(しんじつじつざい)にございます」

「なあ・・・。変な質問かも知れないけど・・・。家族と会えなくて・・・。寂しく無いのか?」

「寂しいです。けれど、その寂しさを、覚悟決意していました。それでも・・・。寂しさは、心中保留(しんちゅうほりゅう)のままなのです」

「苦しく・・・。無いのか?」

「はい。でも、それが・・・。生存実在(せいぞんじつざい)の証ではありませんか?」

 スミレの答えに樹理亜は直ぐに答えられなかったが、そうかも知れないと感じていた。

「そうだな。そうなのかも知れないな・・・」

「樹理亜さん。あなたの契約した経緯は、話したくなければ、話さなくても良いのですよ。私めはいつでも聴役相槌(ちょうやくあいづち)を致しますし、聞き出そうとは思っていません」

 考え込もうとした樹理亜は、不意に告げられたスミレの言葉を聞いて否応無しに過去を思い出していた。

 必要に迫り契約を行った時の事を・・・。

「いつか、話したくなったらあたしゃは話すよ」

 そこまで思い出して樹理亜の思考は現実に戻った。

「スミレ・・・。あたしゃは・・・。もう後戻り、出来ないんだよな・・・」

 夜空を見ながら樹理亜は呟くと同時に視界が歪んで涙が出そうになったのを悟ると涙を堪えた。

 今はもう弱音を吐かないで、前に進み続ける。

 決意を新たに樹理亜は、涙を乱暴に手で拭うと樹理亜は、マンションの屋根から飛び降りると夜の闇の中へ姿を眩ました。

 

 

 

 

 朱奈と綾女は1週間程、式部学園でスミレと交流した後、再び流浪の旅に出た。

 それから約1年半振りにサザンカ市を朱奈と綾女が訪れた時、朱奈はスミレとの再会を心待ちにしていた。

 けれど、スミレを探しに行った綾女は、夜になって戻ると残念そうな表情を見せて朱奈と視線を合わせない様にしてこう言った。

 

 

「雨津木さんは、家族の元に帰っていて今は、いないそうよ」

 

 

 朱奈はとても残念がり悲しんでいた。

 けれど、次の日には、その事を忘れていた。

 と言うよりもそれからずっとスミレの事を思い出さないで綾女との度を続けていた。

 綾女が記憶を封じて行方不明となった後、《右目の呪い》を失ってから朱奈は綾女の事だけで無くスミレの事も徐々に思い出していた。

 過去を思い出す事で朱奈は自分がスミレの事を思い出せずにいた事を思い出していた。

 それは同時に朱奈にとっては認めたくない事でもあるが・・・。

 綾女は朱奈の記憶を操作していた。

 あんなにも優しい綾女が朱奈の記憶を操作した理由。

 その理由を、今の朱奈は察する事が出来る。

「きっとスミレさんは・・・。もう・・・」

 言葉には告げなかったが心が告げていた。

 雨津木スミレは、もうこの世にいないかも知れないと・・・。

 式部学園の事を知っていてもスミレの事を調べられずにいたのは、自分の知っている人間が死んでいると言う事を認めたく無かったからでもあった。

 布団の中でスミレの事を思い出していた朱奈は人知れず涙を流していた。

 樹理亜と朱奈は共通の知人を思い浮かべ涙を流していた。

 もし2人がお互い、スミレと言う共通の知人を持っている事を知り出会っていたなら・・・。

 こんな争いは起こらなかったのかも知れなかった。

 




 今回は、雨津木スミレと言う新キャラに振り回されてしまった回と言う感じです。
 正直、ここまで大きなキャラクターになるとは思っていませんでした。
 やっぱりセリフに漢字四文字の四字熟語めいた言葉を使うと言うのが、功を奏したのかも知れません。
 でも正直、セリフを考えるのが一番、大変なキャラでした。
 楽しい人でもあるんですけどね。
 スミレの使う漢字四文字はデタラメな物が多いのでは信じては駄目ですよ(笑)
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