偽書魔法少女じゅりあ×くりす☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI JURIA×KURISU MGICA 作:ジャックノルテ
その送電線は鉄骨を多用して作られており地域の人々からは、立っているのが当たり前な建造物でもあった。
少しでも高い建物から、建造された方角を見れば、直ぐに視界に写る事が当たり前であった為に、送電線の上部に小さな影が写っても鳥だろうと気にも留められなかった。
小さな影は1つの方角を見つめている。
その視線には人の抱く感情の持つ特有の色が、見え隠れしていた。
「そろそろか」
この言葉から小さな影が言葉を発する存在、人間であると感じさせた。
「予想通りには、行く筈が無い。でもあたしゃは、立ち止まる訳には行かないんだ」
先述の言葉によって自分の心を引き締めると、小さな影は、送電線から飛び降りた。
送電線から何かが落ちる光景も遠くから見れば鳥としか思われなかっただろうし、近くにある歩道には、誰も通る人はいなかった。
それだからこそ、人間が送電線の上部から飛び降りても誰も気に留める事も無かった。
○
朝の教室で朱奈は彩月の横顔を、そっと覗いたが苦笑とも取れる笑みを見せていた。
ホームルームが始まる前の時間であり教室にいる生徒はまばらだった。
朱奈は自分の席に座りながら今し方登校して来た彩月に声を掛けた。
「さっちゃん。もう体調は大丈夫なの?」
「昨日は済まんかったな。別に何処も悪い所は無いで。ぶっちゃけた話、サボってたんやからな」
「えっ?そう・・なの?」
「どうしても読みたい本があったんやからな。一日掛けて全部、読んだんや。まあ勉強に関しては、自分で予習もしたんやから問題、無いやろ」
「でも、それって・・・」
「悪いかどうかは解釈する人次第やと、ウチは思うで。朱奈はどうなんや?」
教科書を鞄から取り出しながら彩月は、問い掛けを朱奈に当てていた。
「学校をサボるのは悪い事だと思うけど予習もしたって言うし・・・」
悩む様子を見せる朱奈に彩月は自分の答えを述べる事にした。
「償いとしては十分やろ?」
「うん・・・。そうなのかな?」
「ふぅ。サボるのは、良くないさ。彩月」
そう言いながら朱奈と彩月の会話に登校して来た1人の生徒が溜息を吐きながら入って来た。
「あては、サボりとは、思いたく無かったのだけど、さ」
大人の様に少しきつい声色で語る彼女は石菖香乃木(せきしょうかのき)。
彩月と朱奈の友人であり、彩月とは中学からの付き合いでもあったが、そうは見えない程、仲が良かった。
「筒地さんに、心配させて悪いさと?」
クラス委員でもある香乃木は至極真面目に問い掛ける。
「そう思ったからこそ謝ったやろ?」
皮肉な笑みを浮かべて彩月は応じた答えを返す。
「・・・。あてには?」
「そやったな。御免なあ。香乃木」
そう言って彩月は香乃木に頭を下げたがその時に笑みを浮かべているのが朱奈には見えていたが、口にする事は無かった。
香乃木の表情の強張りから朱奈にも香乃木は、彩月が反省していない事に気付いたと言う事を感じさせる。
その間、僅かな間、静けさが訪れたが鞄を下ろした香乃木が静寂を破った。
「相も変わらずさ・・・」
言い終えると香乃木も笑みを浮かべた。
「でも、彩月とは話甲斐があるのさ」
そう言って香乃木は自分の席に座った。
「そうやな。ウチもそう思うで。香乃木と話すのは刺激的やからな」
「それだけは、あても同感(どうかあ)さ」
彩月と香乃木はお互いを見ながら笑みを浮かべていた。
その笑みを朱奈はハラハラとした思いで見る事しか出来なかった。
○
「なあ朱奈。ウチを、どう言う人間やと思う?」
昼休みの雑談の最中に彩月は急に朱奈に対して質問をして来た。
「えっと・・・」
急な質問に対して朱奈は答えに詰まった。
正直な所、朱奈は彩月と言う自分と同年代の少女の事を計りかねていた。
朱奈から見て彩月は、変わった言葉使いをする同級生と言う認識の他にもう1つ、誰にも話せないでいる認識があった。
何を言っていても本心と思えないし何を言っていても本心とも取る事が出来る。
心理の表裏がまるで分からない人物。
朱奈の抱く菖蒲彩月と言う人間のイメージだったが、流石にそれを口に出せる程、強気な人間で無い朱奈は言い淀んでいた。
「そんなに悩む事かいな?」
「彩月は梅干見たいな人なのさ」
呆れた彩月が言った時、香乃木の鋭い返答が返って来た。
「塩梅って言葉あるのさ。酸っぱさと塩辛さを兼ね備えた人と言う所なのさ。塩辛すぎてもいけないし、酸っぱすぎてもいけない。だからバランスは取れているんじゃ無いのさ?」
「香乃木は上手い事は言うやない」
「でも、それは彩月個人の事であてから見ればズルさに少しだけ傾いていると思うんだけどさ」
「はは。香乃木からは、そう見えても仕方が無いのかも知れへんね」
乾いた笑みを浮かべる彩月に香乃木は言葉を続けた。
「そりゃあんな事やこんな事をあての前ですればそう思われても仕方が無いのさ」
「そうかも知れへんね。ウチは香乃木が堅物やと思うんやけどね」
負けじと彩月が告げると香乃木は反論しなかった。
むしろ鋭い視線で続きを語る事を促していた。
「無遅刻、無欠席で成績も良い。けんど頑固で自分の意見を曲げようとしないやろ。だから堅物や」
皮肉を浮かべた表情で彩月は香乃木に告げていた。
言われた香乃木は起こっている訳では無いようだが表情は硬かった。
「意思は固いにこした事は無いと思うんだけどさ」
硬い口調だが機嫌を損ねた訳では無い香乃木がそう答えると彩月は再度、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ウチの様な柔らかさも必要やと思うけど?」
香乃木と彩月はお互いの意見を譲るつもりが無いと言う事は話を聞き続けている朱奈にも分かった。
だからこんな事で、おかしい事だが、勇気を振り絞って自分の主張を発した。
「でもさっちゃんと香乃木さんが力を合わせれば丁度、バランスが取れる筈だよ」
朱奈の発言に2人は呆気に取られた様だが程なく笑い出した。
「ハハハハハ。やっぱ朱奈がいると楽しいな」
「そうさ。話がより楽しくなるのさ」
香乃木と彩月が笑い出したのを見て朱奈も自然と笑顔を浮かべていた。
これが朱奈と彩月の過ごしている日常。
《魔法少女》や《魔女》と関わりの無い日常の中にある一瞬に過ぎない。
けれどこれが朱奈の過ごす大切な日常でもあった。
○
午後に行う体育の授業で彩月、香乃木はランニングをする為に準備運動を行っていた。
2組に別れてランニングを行う為に今は朱奈が校庭を走っていた。
真面目な話、速いとは言えないペースだったが朱奈らしく一生懸命に走っている事が見ている者に伝わって来る拙い走りだった。
「香乃木。体育でどれ位の力を出すんや?」
「程々さ。あては一日の授業で使う体力配分は、決めてるからそれに従うまでさ」
「真面目やから全力を出すと思ったんやけどな?」
「それさ真面目さとは、関係が無いと思うんだけどさ」
「ウチは全力を出すで。自分の限界を知っておきたいんやからな」
「学校はサボるのに全力を出すのさ?」
「そうや。今は全力を出す時やと思うからや」
「彩月はムラが多いのさ」
「いい加減やと聞こえるんやけど?」
「その通りさ」
「ウチにそう言うなら香乃木は良い加減をしていると言いたいんか?」
「そう受け取っても良いさ」
そこへ走り終えた朱奈が戻って来た。
順番で言えば最下位だったが気にする様な素振りは見せなかった。
「朱奈。ご苦労さんや。中々の走り振りやで」
「速いとは言えないけど一生懸命だから良いんじゃないさ」
息の上がっている朱奈に彩月と香乃木は話し掛けた。
「うん。ありがとう。やっぱり一生懸命に何かをするって達成感があるよね」
朱奈がそう答えたのを聞いた香乃木の瞳が細くなった。
「達成感・・・。最近、感じて無かった。彩月。あてと競争をやるさ?」
「ええで。ウチは負けるつもりは無いんやけどな」
「あても無いさ」
2人は他の生徒達と一緒にスタートラインに立った。
「2人とも、頑張ってね!」
朱奈は純粋に2人を応援しえていた。
「ウチに勝てるんか?」
「あては負けるつもりが無いさ」
教員がスタートを告げたと同時に二人は他の生徒達と一緒に走り出した。
結果は・・・。
彩月が最下位で香乃木が僅差で先にゴールしていた。
二人とも全体で見れば下の方と言う事だった。
「あての勝ちさ」
「今回はウチの負けや。でも次は負けへんで」
最下位の2人がそう言っているのをクラスメート達は不思議そうに見つめていた。
○
放課後になると帰り道の違う香乃木と分かれて朱奈と彩月は帰路に付いていた。
「ねえさっちゃん。香乃木さんは話し方がいつも少し怖いけど怒っている訳じゃ無いの?」
「ああ。香乃木は会った時からあんな喋り方や。きつく感じるかも知れないんやけど別に怒っている訳じゃあ無いで」
含み笑いとも言える表情を見せながら彩月は答えた。
「それに怒らせたらもっと口調が怖くなるんやで。それこそ物凄く激しく怖い口調にな」
「えっ?そうなの?」
驚いた朱奈は少しだけもっと口調が悪い香乃木の事を想像していた。
普段ですら朱奈には相当口調が厳しく聞こえるのに更に怖くなると言う。
それを聞いただけで朱奈は少し香乃木を怖く感じてしまい立ち止まった。
「朱奈・・・。怖がる事は無いで。香乃木を怒らすなんて余程の馬鹿でなければ出来へん。朱奈に怒る事なんて決して有り得んで」
道端で彩月は朱奈を慰めながらふと朱奈の方から視線を外した時、決して見たいと思わないモノが視線に入って来た。
物陰からそっとこちらを窺う沙我樹理亜に彩月は気付いてしまった。
(まずい!?阿瀬比さんが気付く前に沙我樹理亜が来てしもうたか!?)
直ぐに逃亡と言う一点に思考を集中させるとこちらを見てきょとんとしている朱奈に告げた。
「朱奈。今日は普段通らない道を行って見るで。とりあえずこっちや!」
そう言って彩月は朱奈の手を引っ張ると普段は通らない道に朱奈を引き込んだ。
「え!・さっちゃん。でもこっちは普段通らないし・・・」
「たまにはええやろ。ほら行くで!」
彩月は朱奈の手を引っ張って普段通らない道を歩いて行く。
上手く行けば沙我樹理亜を撒けるかも知れないと思ったが、相手が《魔法少女》である以上、それは不可能だと悟っていた。
けれどせめて阿瀬比栗栖が現れるまで時間を稼ぎたいと言う計算もあった。
民家の多い裏道を少し速足で歩く彩月と手を繋いで付いて行く朱奈。
流石に民家のど真ん中で攻撃を仕掛けては来ないだろうと彩月は稚拙な計算をしていた。
だがその計算は見事に破られる事になる。
速足で裏道を歩いていた彩月と朱奈の視界が突如として歪んだ。
それは《右目の呪い》を持っていた朱奈と《筒地綾女の記憶》を受け継ぐ彩月には直ぐに何だか分かった。
「まさか結界やと?」
「どうして急に?」
立ち止まった彩月と朱奈が周囲を見渡すと二人は結界の内部に囚われてしまっていた。
独特の禍々しい雰囲気からしてここが結界である事は一目瞭然だった。
彩月が鼻腔に不快な物を感じた時、隣にいた朱奈が倒れてしまった。
「朱奈!?」
身体の弱い朱奈は結界の内部に流れる瘴気の影響を受けて倒れてしまった。
以前の、《右目の呪い》を持っていた頃の朱奈であれば、《右目の呪い》が持つ反作用によって結界の中にある瘴気の影響を受ける事は無かった。
けれど今の朱奈は見滝原市における出来事で《呪いの右目》を失った状態にある為に瘴気の影響を直接受けて倒れてしまった。
その事を悟った彩月は朱奈に肩を貸すと直ぐに近くに出現した穴に隠れた。
結界の中では迂闊な行動が取れない。
契約をしている《魔法少女》で無ければここから出る事も不可能に近かった。
(どうして急に《魔女》が現れたんや?まさか・・・)
彩月は沙我樹理亜が現れたと同時に結界が出現した事に都合が良すぎる様に感じていた。
前に沙我樹理亜が現れた時も都合良く《魔女》が現れて彩月と朱奈を結界に閉じ込めていた。
(恐らく沙我樹理亜は《魔女》を操るか、さも無きゃ結界を操る事が出来るんじゃ・・・)
憶測に過ぎないが当たっている様な気がしていた。
彩月は《魔法少女》と《魔女》の因果関係を把握している。
《魔法少女》の魔力を結界に同調させれば操作も可能では無いかと考えられる。
けれど現状ではこの推測が意味を成さないと言う事も彩月は把握しており今出来る事を彩月は直ぐに把握していた。
「待つしか無いか・・・」
無力な自分への苛立ちと多大な恐怖を抱きながらも彩月は阿瀬比栗栖の救援を待つ事にするしか無かった。
○
彩月と朱奈が結界に引き込まれた裏道から少し離れた道にいた私服姿の沙我樹理亜は目論見が上手く行った事を感じ取っていた。
「後は・・・。行くだけか」
樹理亜が歩を進めようとした時、上空から斜めに横切る様に阿瀬比栗栖が飛び降りて来た。
「速かったな。あたしゃはもう少し遅いと踏んだんだが」
樹理亜からの質問に答える事無く栗栖は手に出現させた箒で樹理亜を突こうとした。
対する樹理亜は奇妙な事に武器を構えようとしない。
「あたしゃを相手にしていて良いのか?2人は結界の中だぞ」
その言葉を聞いて栗栖は動きを止めた。
「どう言う事ですか?」
「ほんとはアンタが来る前に蹴りを付けたかったけどそうも行かないみたいだからな。あたしゃの魔法で《魔女》の結界を操作して2人を結界の中に閉じ込めた。速く助けに行かないと2人は《魔女》に食われちまうぞ」
「・・・」
直ぐに栗栖は樹理亜から武器を逸らさなかったが《魔女》の気配を感じ取ったのは確かだった
「なら救助を優先し、その後にあなたを倒します」
そう宣言すると栗栖は結界の入り口を自らの魔力で抉じ開けて結界に入り込んで行った。
「応用ではあたしゃの勝ちだな」
栗栖の入り込んだ入り口を外側から塞ぐと樹理亜は慌てる事無く朱奈と彩月が結界に引きずり込まれた裏道へと向かった。
彩月と朱奈は気が付かなかったが電柱に樹理亜の武器である短刀の一本が刺さっていた。
この短刀がいわばアンテナの役割を果たし近くに潜んでいた樹理亜の見つけた《魔女》の結界へと朱奈と彩月を閉じ込めたのだ。
勿論、今なら朱奈と彩月のいる場所へ直ぐに向かう事も出来た。
この点だけでも確かに樹理亜は栗栖を見事に出し抜いていた。
「行くか」
樹理亜は《魔法少女》としての姿に変身すると同時に飛び上がり電柱に刺さっている短刀を掴んだと同時に樹理亜は結界の中へと入り込んだ。
落花する感覚と同時に樹理亜は自分が落ちていると言う事を認識すると同時に《使い魔》が次々と襲い掛かって来た。
両手に握った短刀から放つ魔力を帯びた斬撃が飛び交い次々と《使い魔》を切り刻んで行く。
そんな事に目も暮れる事無く難なく地面に降り立った樹理亜は周囲を見渡した。
見渡した感じ、誰もいない様だったが、習慣的に樹理亜は、魔力を探査していた。
直ぐに近くに《魔法少女》ではあり得ない程、低い魔力を持った人間の魔力を感じ取る事が出来た。
《魔法少女》にとっての魔力が生命力なら普通の人間が持つ生命力=魔力と言う事でもある。
その方向へ足を向けるとそこには意識が無いのか、倒れている朱奈を庇う彩月の姿があった。
「沙我樹理亜!」
怯えの様なモノを見せながらも彩月は朱奈を庇う事を止めなかった。
勇気があるなと樹理亜は思ったが別にそれ以上、関心は無かった。
「あたしゃの名前を知っているのか。そうか。阿瀬比栗栖か。まあ良いや。さっさそこをどいてくれ。そうしたらアンタの事はこの結界から安全に返してやる」
その時、樹理亜に対して敵意を向けていた彩月の表情が変化して視線が樹理亜から外れた事に樹理亜は気付いた。
反射的に真横へ飛ぶと同時に背後を振り返ると《魔女》が現れていた。
《魔女》の接近に気付かなかった事に樹理亜は驚きを覚え直ぐに《魔女》を観察した。
赤と青の入り混じった身体に半身が枯れて半身が葉に覆われた植物の様な魔女。
魔力を探って樹理亜は接近に気付けなかった理由を直ぐに察した。
この《植物の魔女》は魔力を体内に溜め込んでいる。
だからこそ直ぐに接近に気付けなかった。
厄介なタイプだと彩月が直感すると同時に《植物の魔女》は半身にある蔦を伸ばして彩月を押し飛ばすと朱奈を縛り上げた。
「このっ!あたしゃの獲物に手を出すな!」
そう言って樹理亜は一気に距離を詰めると朱奈を拘束した蔦を片手で器用に切り刻んだ。
朱奈の身体に傷1つ付いていない。
同時にもう片方の手で縦一文字の斬撃を放つと《植物の魔女》の身体を縦一文字に切り裂き致命傷を与えた。
《植物の魔女》は崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。
直ぐに樹理亜は朱奈へと向き直り状態を観察する。
気絶しているだけだと言うのは直ぐに分かった。
「朱奈!起きるんや!朱奈!」
肩を押さえながら《植物の魔女》に吹き飛ばされた彩月が朱奈に一生懸命に声を掛けていた。
「安心しろよ。別にあたしゃは朱奈を殺すつもりなんか無い。ただ聞きたい事があるだけだ」
「なっ!?」
樹理亜の言った一言は彩月を混乱させた。
その為に彩月は次に何をすべきか迷い動く事が出来なかった。
朱奈を起こす為に樹理亜が揺さ振ろうとしたその時、結界の壁を破壊して栗栖がその場に飛び込んで来た。
「ようやく辿り着きました。好きにはさせませんよ」
箒の穂先を向けて来る栗栖に対して樹理亜も朱奈を背にして両手の短刀を構え直した。
「どうやらやっぱり先にアンタを倒さなきゃ行けない様だな!」
「自分も同意権です」
武器を構えた樹理亜と栗栖は、いつ均衡を崩すか彩月には分からなかった。
○
「う・・・ん」
その時、樹理亜の背後で倒れていた朱奈が目を覚まし始めていた。
と言っても瘴気を吸い込んでいる所為で意識はかなりぼんやりとした状態だったが。
鼻腔に入って来る臭いからここが結界だと言う事を習慣的に朱奈は認識していた。
「綾女ちゃん・・・」
自分を庇護し、愛してくれた人の名前を呟いた時、朱奈は綾女がもういない事を思い出した。
涙で視界がぼやけながらも前を見つめた時、馴染み深いオレンジ色の髪が目に写った。
朱奈が知っている人物の中でオレンジ色の髪を生やしているのは1人しかいない。
綾女より気持ち太めな体つきも変わっていない。
そして懐かしさの余り朱奈は名前を叫んだ。
「スミレ・・・さん?」
けれどそこで朱奈の意識は再び途切れてしまった。
でもここで意識が途切れた事は、その後の事を考えれば良かったのかも知れなかった。
○
朱奈が樹理亜に向かって「スミレさん」と行ったのを栗栖も彩月も聞いていた。
「スミレ?あなたは沙我樹理亜では無いのですか?」
「違う!あたしゃは・・・」
栗栖は最もな疑問をぶつけていたが、それ以上、樹理亜は答えない。
様子を見ている彩月は自らの持つ《筒地綾女の記憶》を思い出そうとしていた。
けれど彩月に移植された《筒地綾女の記憶》は大まかな部分は、ハッキリと思い出せるが細かい部分や彩月が理解出来ない部分は思い出しにくかった。
特に《魔法少女》の技術に関する記憶や綾女の交友関係に関する部分は虫に食われたパンの様に抜け落ちていた。
だから彩月は雨津木スミレの顔を知らないし栗栖はそもそも知りもしない。
「そうか。そう言う事か・・・」
やがてスミレと言われた樹理亜が重い口を開いた。
口調から動揺している事が彩月にも感じ取れた。
栗栖は動きに変化があったと認識したが箒の構えは解かなかった。
「そうだよな。筒地綾女と旅をしていたならスミレの事も知っている筈だよな。だからあたしゃの今の身体を見てスミレの名前を告げても可笑しくは無いよな」
自嘲気味に告げた樹理亜の告白に彩月は理解が及ばなかった。
けど分かった事がある。
沙我樹理亜と言う《魔法少女》の今の肉体はスミレと言う朱奈が知っている人物の物らしい。
でも未だ沙我樹理亜の目的は分からない。
「だから、あたしゃは止まる訳には行かねえんだあ!」
叫ぶと同時に樹理亜は激情の迸るままに栗栖へと切り掛かった。
栗栖は黙ったまま箒を使って攻撃を裁いて行く。
「何がどうなってるんや?」
誰一人として事態を理解しないままに物語りは続く。
そしてこの戦いを観察する者もこの場に足を踏み入れていた。
「なかなか興味深い出来事が起こっている様だね。僕は観察させて貰うよ」
樹理亜の抉じ開けた入り口から入り込んだキュウべえは誰に言う事無くそう告げた。
今回は少し短いかも知れませんが考えてみると前回と前々回を上下に分割したのが問題だったかも知れません。
なお大体、物語の中盤に差し掛かったと思います。
最後までどうかお楽しみ下さい。