偽書魔法少女じゅりあ×くりす☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI JURIA×KURISU MGICA 作:ジャックノルテ
「だぁああああらあああ!」
「・・・」
魔力を帯びた短刀を両手に握り締めて樹理亜は栗栖に向かって武器を振るい続けた。
強力な魔力の一撃が、また一撃と栗栖に迫る。
落ち着き払った栗栖は握り締めている箒や自らの足を使い跳躍を続けて攻撃を避け続けていた。
ここまで攻撃を避け続けられるのは、一重に栗栖が持つ相手の攻撃を観察する高い能力があっての事だと言えた。
最も樹理亜の攻撃が雑だと言う点もあったが・・・。
武器を振るいながらも樹理亜の心は、目の前の景色を写していなかった。
反射と衝動を持った行動を繰り返しながらも樹理亜の頭の中には1つの事だけが、思い出されていた。
それは自分の身体を失い雨津木スミレの身体を得てしまった時の事でもあった。
○
一年程以前・・・。
その日も樹理亜とスミレはサザンカ市内に深夜にも関わらず出現した《魔女》を退治し終えて帰宅する最中だった。
始めて出会ったあの日から樹理亜とスミレはコンビを結成してサザンカ市内を守る《魔法少女》として活動をしていた。
夜や深夜は2人で活動し昼間は、学校に通っていない樹理亜が市内をパトロールすると言う手筈を整えていた。
暗い路地を歩きながら2人は、言葉を交わしていた。
樹理亜に言わせればこんな暗い路地を黙って歩くのは性に合わないとの事だった。
(怖いと言う意味の裏返しかも知れない)
「飼育小屋での暮らしも悪くねえんだがよ、スミレの作る食い物が薄味なのは何とかならないのか?」
「そうですね。私めは、薄味良味(うすあじりょうみ)ですので作り出すのは難しいかも知れませんね。でしたら今度、寮の食堂にある調味料でもお持ちしましょうか?」
「それは、遠慮しとくわ・・・」
樹理亜の求める味はそんなモノでは無かったがスミレには永遠に分からないだろうとも感じていた。
出会ったあの日から樹理亜は、飼育小屋の中で暮らし続けていた。
スミレが飼育小屋全体に覆っている魔力は生き物が飼育小屋を認識出来ないと言うモノであり虫や鳥、ネズミと言った生き物は一切、飼育小屋に近付いて来る事は無かった。
更には飼育小屋全体を覆う蔦が皮肉にも小屋の強度を高める結果をもたらしていた。
流石に内部にあった水道は使えないと思われたが、意外にも使う事が出来た。
スミレが魔法で作り出したテントを家にする事で眠る事の心配も無くお陰で樹理亜は飼育小屋の中でそれなりの生活を送る事が出来た。
「それよりも薄味を濃くするやり方を研究してみるってのは良いんじゃ無いかとあたしゃは思うんだけど・・・。どうしたんだ?スミレ」
話の最中にスミレは、あらぬ方向を見つめていた。
そうして行動に慣れている樹理亜は直ぐに何かが起こっている事を悟っていた。
なお樹理亜がスミレを呼び捨てにしているのは、さん付けを慣れていないからでもあったが普段はしている。
それをしなかったと言う事は緊張を高めている事を表していた。
「未知認識(みちにんしき)しました。近くに《魔法少女》がいます。それも・・・」
途中で言葉を区切った。
「何だよ?」
「来客万来(らいきゃくばんらい)。こっちに来ています」
そう答えながらスミレは《魔法少女》としての姿を取っていた。
「敵かい?」
同じく《魔法少女》としての姿を取った樹理亜は既に武器を構えて、いつどんな相手が来ても対処出来る様にしていた。
「歪みを感じます。怒気暴発(どきぼうはつ)と言った所でしょう」
「毎度毎度、申し訳無いけど、それはどう言う意味なんだい?」
「怒りの気が満ちて暴走して爆発していると言う所です。適者適所(てきしゃてきしょ)へ行きましょう」
そう言いながらスミレは樹理亜を先導し、魔力を足に集中する事で跳躍し樹理亜も続いた。
スミレの言う適者適所(てきしゃてきしょ)は適した者は適した所へ向かうと言う意味で言っていた。
これから行うのは十中八九、《魔法少女》同士の戦いである事は明白だった。
つまりは戦いを行うに適した者が、戦いに適した場所へ向かうと言うのが言葉に込められた意味だったとも取れる。
無論、樹理亜は完全には理解をしていないが、スミレが何をしようとしているのか何となく分かっていた。
スミレが戦いの場に選んだのは、サザンカ市とリンドウ市を挟んで流れる川の隣に存在する河川敷だった。
ここならば万一、戦いになっても周囲への被害は最小限に止められ、万が一にも不意打ちや、長距離からの攻撃でも対処が可能だと計算する事が出来た。
「来たな」
樹理亜の呟きに合わせる様に相手は現れた。
一人一人の服装は異なるが特徴的な宝石、ソウルジェムを付けている事と、隠そうともしない魔力から直ぐに《相手の魔法少女》と言う事は分かった。
その数は8人・・・。
相手の姿を認識した瞬間に樹理亜とスミレに魔法による砲撃?と言える遠距離魔法が放たれていた。
樹理亜が別の場所へ飛んだ事に対してスミレは、その場に留まり右手を掲げただけで相手の魔法を逸らしていた。
(相変わらず凄いな。スミレの流転認識は)
樹理亜は流転認識の仕組みをスミレから聞いてはいたが理解は出来ていないが、相手の攻撃を確実に逸らしてしまうと言うその能力が驚異的だと言う点だけは理解出来ていた。
そんな事を考えていた樹理亜とスミレの元へ《8人の魔法少女達》が降り立って来た。
樹理亜とスミレに対して包囲しているのが見て分かった。
「異常憎悪(いじょうぞうお)を感じます。私めに恨みでもあるのですか?」
相手は誰もスミレの言葉に何も答えない。
けれど1つだけハッキリとしているのは、《相手の魔法少女達》が、見に覚えの無い憎悪を樹理亜とスミレに向けていると言う事。
樹理亜にとって今、この場に現れた《魔法少女達》は、誰一人として見覚えが無かった。
相手を観察し記憶と比較した樹理亜は、相手の憎悪がスミレに向けられているモノとも考えるが先程、スミレの言った言葉からもそれは違うと思われた。
「あなた達の顔には過去視認(かこしにん)した覚えがあります。確か《魔法少女隊グロリオーサ》のメンバーだったとお見受けしますが・・・。また私めを勧誘に来たのですか?丁重にお断り申し上げた筈ですが・・・」
珍しくスミレは少し困惑した様子を見せ相手を見渡すと1人の顔に注目した。
「瑞光璃阿さんでしたね。どうして私めに憎悪を向けるのでしょうか?冷静沈着(れいせいちんちゃく)な考え方を捨ててしまったのですか?」
その時、瑞光璃阿と言われた少女に樹理亜が注目すると《他の魔法少女》と比べて何故か瑞光璃阿からは異質な雰囲気を感じ取れた。
《他の魔法少女達》に比べて全身が傷だらけで髪の色を、わざわざ魔力を用いて山吹色に染め上げ怪物を模した剣を持っている。
スミレの言う様な冷静沈着な人物とは樹理亜には思えないとの思いが過ぎったと同時に瑞光璃阿と《他の魔法少女達》は一斉にスミレと樹理亜に攻撃を仕掛けて来た。
跳躍を行いそれぞれ得意の攻撃を放つも樹理亜は必死に回避して行く。
スミレは得意技でもある流転認識(るてんにんしき)によって相手の攻撃を逸らしていた。
攻撃を逸らし続けるスミレの能力に手を焼いたのか直ぐに《他の魔法少女達》の動きに変化が生じた。
宝石が埋め込まれた杖を持った《魔法少女》が、宝石を魔力によって輝かせたと同時に今までスミレが逸らしていた魔力による遠距離攻撃がスミレに命中して大きな煙を立てて行った。
「スミレ!」
驚く樹理亜に怪物の剣を掲げた瑞光璃阿が襲い掛かる。
両手の短刀で難なく斬撃を押さえる樹理亜だったが、瑞光璃阿から離れる事は出来なかった。
けれど樹理亜の表情には、驚きがあったが、《相手が死んでしまうかも知れない》と言う緊迫感には程遠い表情でもあった。
瑞光璃阿と《他の魔法少女達》が、振り幅のある思考を持っていたならここでその意味に気が付けていたかも知れなかった。
樹理亜は心配をしていない。
つまり・・・。
「流転認識(るてんにんしき)を破る相手は、本当に久しぶりですね・・・。でもそれだけで私めを倒したと思うのは、揣摩臆測(しまおくそく)でしょうに」
スミレの言葉と同時にスミレの周囲を取り巻く煙が霧散したと同時に、一番スミレの近くにいた《魔法少女》が地面に落ちた。
それもただ落ちたのでは無く真上から落とされた。
落とされた魔法少女の真上には、全身から硬度を持った魔力を放つスミレの姿が存在していた。
先程までのただ流転の中を漂う存在から、完全に戦うと言う一点に集中したスミレの姿が存在していた。
「誠心誠意精神一統(せいしんせいいせいしんいっとう)から申し上げます」
この時まで、まだスミレの口元に微笑があったが次の言葉と同時に消えた。
「絶体絶命(ぜったいぜつめい)を経験する覚悟は出来ていますか?」
告げると同時にスミレが全身から魔力を放出させたと同時に目に見えて周囲にいる全ての《魔法少女》の動きが緩慢となった。
風に舞う落ち葉の動きも、足が踏み付けて弾んだ砂の動きも、額を伝う汗の動きも、血管を流れる血液の流れすら、何もかもの動きが同じスピードに変化していた。
決して速くなった訳でも遅くなった訳でもスミレを中心とした一定の空間における全ての動きが一定の速度へと強制的に変化していた。
「流世同速(るせいどうそく)。今、この場に存在する生命や物体に至る全ての動きは強制的に同じ速度にされます。例え動きを速くする魔法や遅くする魔法を使っても無意味です。半径100メートルに限っては、動けますけど遅いですよね。血液や思考、細胞分裂、粒子に至るまで何もかもの動きを同じ速度にしたんですからとても動き辛い筈です。なので」
そこで言葉を切ったスミレは、何も無い空間へと向かって拳を向けた。
「邪魔の無い内にあなた方を縛る緊縛絡身(きんばくからみ)を破壊して差し上げます」
スミレが右腕の人差し指を立てて宙に向けたと同時に何かが壊れる音が響いた。
それは音と言っても魔力が破壊された時に起こる音で《魔法少女》しか感知出来ない音でもあったが・・・。
同時にスミレの魔法が切れたのか、それまで押さえ切れない程の憎しみを向けて来た瑞光璃阿や《他の魔法少女達》は突然、文字通り糸の切れた人形の様に地面に次々と倒れ込み樹理亜は先程まで感じなかった風の動きを肌で感じ取れた。
「やっぱり操られていたのか」
確認する様に問い掛ける樹理亜でも相手の魔法少女が、操られていた様に感じ取れていた。そうでなければ、ここまで憎しみを、ぶつけられる筈が無いとも思っていた。
「そうですね。心理操作(しんりそうさ)されていると言うのは、確かでしょうが、操られていると言うのとは、ちょっと違うのかも知れません」
「どう言う意味だい?」
スミレが言葉を濁すのも珍しいと感じながら樹理亜は問い掛けていた。
「これは・・・。一種の残留魔法(ざんりゅうまほう)なのは、確かだと感じられます。けれど・・・。これはもう魔法では無く別な物に変異変質(へんいへんしつ)している様にも感じられます」
難しい顔をしたスミレは既に魔力で《他の魔法少女達》を調べていた。
流転認識を使わなくてもスミレにとって相手の状態を調べる事は容易い事でもあった。
「強いて言うなら呪詛拘束(じゅそこうそく)されていたのでは無いでしょうか?」
「呪詛?呪われていたって言うのかい?」
「魔法が存在するのなら反証存在(はんしょうそんざい)として呪いが存在しても可笑しくは、ありません」
その時、うめき声を上げながら倒れて行った《他の魔法少女達》が、意識を取り戻した様でもあった。
「どうする?」
正直な所、樹理亜はこれ以上、《他の魔法少女達》に関わりたくは無かった。
「敵対行為(てきたいこうい)を行わないのならば助けてもよろしいのでは?」
「そう言うだろうと思ったよ」
呆れ気味に答えた樹理亜に対してスミレは薄い笑みを浮かべながら《他の魔法少女達》の1人に声を掛けた。
「もうあなた達を縛っていた呪詛拘束(じゅそこうそく)は、分解消失(ぶんかいしょうしつ)致しました。ですから・・・。もう私めと戦おうとは、思わないと思いますが?」
言いながらも、スミレと樹理亜は戦闘態勢を解かなかった。
相手でもある《他の魔法少女達》が解かなかった事もそうだが、もし戦闘になるのであれば、先手を防ぐと言う意味でも戦闘体制を解く事はあり得なかった。
《他の魔法少女達》は周囲を見渡したが全員が、まるで混乱しているかの様な様子で目配せをしており意を決したのか1人が、スミレと樹理亜に向き直ると言葉を発した。
「ここは何処なのですか?私達は、《魔法少女隊グロリオーサ》の一員だった。瑞光璃阿にスカウトされて・・・。何故だか分からないけれど、家族や友達も捨てて瑞光璃阿に仕えた。でも《ワルプルギスの夜》と戦っている最中に、私達は壊滅した。でも・・・。そうだ。誰なのかは分からないけれど、私達は気付いたら、そこにいる瑞光璃阿と一緒に誰かに仕えていた。違う。仕えていたんじゃ無くて使われていた・・・。そして気が付いたら私達は《魔法少女》だけを憎んで殺し回っていた・・・。どうしてなの瑞光璃阿!」
相手の話を聞く間、樹理亜とスミレは黙って話を聞き続けていた。
一人が言葉を切ったと同時に《他の魔法少女達》は瑞光璃阿の存在に気が付いた様でもあった。
当の瑞光璃阿は、ショックで困惑しているのか放心状態の様にも見えた。
「瑞光璃阿!アンタは、私達に何をした!?私達はどうしてあんたに従っているんだ!」
《他の魔法少女達》は、次々と瑞光璃阿へと詰め寄って行く。
口々に激しい言葉を吐きながら詰め寄る様子に瑞光璃阿が両手で耳を塞ごうとした様子に1人が怒りを滲ませて殴った。
「ふざけんな!リーダーらしく責任を見せたらどうだ!?じゃなきゃアンタに生きている価値なんか無い!」
その時、瑞光璃阿の表情が一変した。
放心状態だった表情が一気に歪みと捩れを見せて笑みを浮かべた残虐な表情を浮かべていた。周囲にいた《他の魔法少女達》が驚いて後退する。
「アンタ、一体!?」
「アタクシに価値が無いぃ!?違うぅ!無為に生きてぇ、他人に嫉妬してるぅ、アンタ等にこそ価値はぁ無いぃ!」
瞬間、山吹色の魔力が輝くと同時に怪物の意匠を施された剣を出現させると同時に、目の前にいる《魔法少女》のソウルジェムを切り砕いた。
余りの早業に樹理亜とスミレも《残された他の魔法少女達》もギョッとした表情を見せていた。
「クァッハハハハハァ!久しぶりにぃ花火を見たぁ・・・。次はお前達を花火にしてやるぅ!」
笑みを浮かべた悪鬼羅刹が次々と《他の魔法少女達》のソウルジェムを砕くのは、5分も関わらなかった。
7人いた《他の魔法少女達》を殺して瑞光璃阿はこちらに向き直った。
事象に呑まれている事に気付いた樹理亜が身構えた時、瑞光璃阿が怪物の意匠が施された剣を振り下ろそうとして来た。
(間に合わない!?)
樹理亜ですらそう思った時、樹理亜に向けられた怪物の剣を魔力の篭った右手で受け止めたのはスミレだった。
驚きながらも樹理亜はスミレの行動に違和感を覚えていた。
「スミレ!」
樹理亜が思わず声を掛けたが、スミレは珍しく表情を強張らせていた。
「・・・。他気操発(たきそうはつ)」
スミレが絞る様に呟いた同時に瑞光璃阿は吹き飛ばされ始めた。
けれど吹き飛ばされる寸前に瑞光璃阿は怪物の剣を振り下ろし終えていた。
その時、放たれた一撃をスミレは、防御出来なかった。
未だ流転認識を封じられて反応が遅れた事も合ったが、その一撃は、正に神速の域に達していた。
お互いの魔力がぶつかった事によって生じた共振による一撃。
認識力を超える一撃を前にスミレは防御する事も出来なかったが何のダメージも感じなかった。
再度、自らの身体を精査するが異常は無かった。
そう。この時は、まだ何も感じる事は無かったのだ。
「スミレ。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。ようやく流転認識が使える様に戻りましたね」
その言葉で樹理亜はようやく、スミレが先程まで流転認識を使う事が出来ない状態だったと知る事が出来た。
恐らく《他の魔法少女達》がスミレに施した流転認識を塞ぐ魔法は彼女達が殺されても直ぐには解けなかった様でもあった。
見るとスミレは、殺されてしまった《他の魔法少女達》に目を向けていた。
「可哀想ですが、出来る事は何もありません。このまま警察機構(けいさつきこう)に任せるのが妥当でしょう。だから、行きましょう・・・」
「そうだな・・・」
スミレに促されて樹理亜は河川敷を後にする事にした。
後味の悪い出来事ゆえに樹理亜もスミレも気が付く事は無かったが、ある事に気が付いていれば運命はまた変わったかも知れなかった。
○
グロリオーサ残党との遭遇から数ヶ月が過ぎて、樹理亜とスミレは相変わらずとも言える日常を過ごしていた。
そんな中、強敵となる《魔女》が現れる。
何時もと同じ様に流転認識を使えば勝利出来る。
スミレはそう思い戦いの中で流転認識を使おうとしていた。
けれど次の瞬間には《魔女》の攻撃は次々とスミレに命中して遂にスミレは《魔法少女》としての姿を維持する事が出来ずに倒れ込んでしまった。
「なっスミレ!?」
《使い魔》を倒して行った樹理亜だったが、スミレの異変に驚くと同時に直ぐにスミレの傍に駆け寄った。
「どうしたんだ!?」
驚いた表情を見せたスミレだったが直ぐに落ち着いた表情に戻って行った。
これから起こる事を既に受け入れるかの様に・・・。
「まさか今、こんな事が起こるとは・・・。邯鄲之夢(かんたんのゆめ)と覚悟しておりましたが、こんな事に・・・」
樹理亜がスミレのソウルジェムを見るとそのソウルジェムはヒビが入っていた。
けれどそのヒビは、真一文字の傷から生じてソウルジェム本体全てに及んでいた。
魔力感知が苦手な樹理亜でも魔力がヒビから失われて行くのが分かった。
同時にこの傷を生じさせたのが、グロリオーサの残党との戦いが原因だとも、嫌な程、スムーズに樹理亜の頭の中で繋がっていた。
「あの時、あたしゃが、動ければ・・・」
悔やみながらも不意に魔力を感じ取り見上げると《魔女》が、樹理亜とスミレに向かって魔力の光線を撃とうとしていた。
「スミレは死なせない!」
咄嗟に樹理亜は、《魔女》が放とうとする光線の発射口に向かって飛び上がった。
殆ど衝動的だったが、発射する前に破壊すればと目算はあった。
そんな奇跡は、容易く起こる事は無い。
《魔女》の発射した光線に呑まれて樹理亜を見た瞬間にスミレは咄嗟に腕で自分を庇おうとした。
未練も後悔もあるが、全てを受け入れるつもりだった。
その時、突如として光線は消失し疑念を抱いたスミレが視線を塞いでいた腕をどかすとそこには硬直する《魔女》の姿が写った。
同時にオレンジ色のソウルジェムがスミレの眼前に落花して来た。
手にする前からその意味をスミレは知る事になってしまったが、手にしない事は出来なかった。
「何とか・・・。間に合ったのかしらね」
聞き覚えのある声が《魔女》のいる方向からしたのでスミレが目を向けるとそこにはスミレと顔なじみの《魔法少女》が佇んでいた。
赤と青、二色のカラーリングに左右非対称な服装と髪型。
消滅する《魔女》の背後からスミレと顔なじみでもある《魔法少女・筒地綾女》が姿を現してスミレは綾女が《魔女》を倒した事を悟っていた。
同時に結界は消滅してその場所は夜の路地裏へと変化していた。
「綾女さん。救出救助(きゅうしゅつきゅうじょ)してくれた事には謹んでお礼を申し上げます。でも・・・。お別れなのかも知れませんね」
そう言ってスミレは自身のソウルジェムを綾女に掲げて見せた。
「それは・・・」
スミレのソウルジェムを見たと同時に綾女は絶句した。
ここまでボロボロとなったソウルジェムを綾女は見た事が無い。
だからこそスミレの言うお別れと言う言葉には重い説得力が存在していた。
「もう私めの精神魔力(せいしんまりょく)も消え去ろうとしているのです。それに・・・。樹理亜の身体は、破壊されて魂だけとなってしまった・・・」
スミレは樹理亜のソウルジェムを綾女に見せる事である程度の状況認識を促していた。
「身体を失った《魔法少女》と言う事ね」
綾女は珍しそうに樹理亜のソウルジェムを見ていたが、興味を抱くのも無理は無かった。
《魔法少女達》は、戦いの中で死を意識した瞬間にソウルジェムは、隠しきれない程の穢れを爆発させある程度の時間を置いてグリーフシードへと変化する。
ソウルジェムが残ったと言う事は、《樹理亜は、自分が死んだと思っていないと言う》事の証明材料でもあった。
それからスミレが掻い摘んで事情を説明すると綾女はこう切り出した。
「事情は分かったわ。でも生憎、私にも別の身体を作る事は出来ないわ。出来るとしたら他者の肉体を奪う手伝いだけね・・・」
難しい表情を見せる綾女の言葉にスミレは、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。無理難題(むりなんだい)と言う訳ではありません。身体ならここにあります」
静かに冷静な表情を見せたスミレは自分の方を指で差した。
「私めの身体を樹理亜に差し上げて下さい。彼女の人生行路(じんせいこうろ)は、まだ道半ばなのですから・・・」
そう告げるスミレの目には、綾女にも分かる程に覆せない決意の色が広がっていた。
○
「じゃあスミレは・・・。死んじまったんだな」
「ええ。そうよ」
綾女は樹理亜=《スミレの肉体を得た樹理亜》から目を逸らしながら答えた。
2人は式部学園にある飼育小屋の一室で向かい合って座っていた。
今、綾女は意識を取り戻した樹理亜にスミレの頼みを含めて全てを説明していた。
「樹理亜さんのソウルジェムが放出する魔力をスミレさんの肉体に馴染ませて繋がりを持たせるのは難しい事じゃ無かったわ。幸い、私の魔力の助けがあれば、あなたの・・・。樹理亜さんが使っていた元の肉体を再現する事は可能よ・・・。スミレさんの肉体を整形する事は可能よ。直ぐに行う事も出来るわ。でもまずは、あなたにスミレさんの事を説明するのが大切だと思ったのよ」
暫く樹理亜は何かを考え込む様子を見せていた。
「答えを急がなくても良いわ。私はまだこの街にいるから」
「どうしてあたしゃにそんな事をしてくれるんだ?」
樹理亜の問い掛けを受けて綾女は改めてスミレと視線を向き合わせると明確な答えを告げていた。
「スミレさんには借りがあるから。彼女自身には返せなくなったけど、スミレさんの最後の願いを叶えると言う事で借りを返していると言えば信じてくれるかしら?」
綾女の返答には迷いを感じさせる要素は無く樹理亜は、項垂れながら言葉を返した。
「そうだな。あたしゃも多くの借りがあるからな・・・」
「それじゃあ、また明日・・・」
「ああ」
そう言って樹理亜と綾女はその日は分かれる事にした。
時は経ち夜になった。
綾女は再び飼育小屋に顔を出していた。
所が、その場所にいると思われた樹理亜は、その場にいなかった。
「待たせて貰いましょうか」
少し驚いた綾女だったが、この場で椅子に座って待つ事を選んだ。
もし綾女の助けが必要ならば必ずここに来る事を確信していたからだ。
暫くすると物音がして樹理亜、正確には《スミレの肉体で動く樹理亜》が飼育小屋に戻って来た。
「お出かけかしら?」
声を掛けた綾女の存在に驚いた様子も見せない樹理亜は、自分も椅子に座った。
暫くの間、黙っていたが、直ぐに口を開いた。
「スミレって凄いな」
「そうね。確かに常人とは違う人だとは思うわ」
「そうだよな・・・。今日、あたしゃは、スミレが死んだのに寄宿舎にあるスミレの部屋へ行ったんだ。スミレの死をもっと実感出来るのかなと思って・・・。そうしたらさ、部屋の中には必要最低限な私物があるだけで何の生活感も無いんだ・・・。あの部屋を見てあたしゃは一瞬、スミレが実在したのかを疑っちまったよ・・・。それで物凄く眠くなったからスミレのベッドで寝ていたんだ。そして起きたら寄宿舎のおばさんがあたしゃの顔を覗き込んでたんだ。おばちゃんが言うにはスミレが寝坊をするのは、珍しくていつも手伝いをしてくれるスミレが姿を現さないから心配して見に来たって言うんだ。咄嗟にあたしゃは、体調が悪いって言って誤魔化したんだ。そうしたら今日は日曜日だったから次々とスミレの同級生がお見舞いに来るんだ。余りに多く来るからあたしゃは、驚いたよ。でも・・・。今日一日だけで痛い程、分かったんだ。スミレが必要とされている人間だって事に。でもスミレは、もういない。スミレの体だけが残されてあたしゃの魂がその身体を使っている・・・。どうしてこうなっちまったんだろうな・・・。でも馬鹿なあたしゃでも考え続けたんだ。それで気が付いたんだ。このスミレの体には、スミレの記憶が、まだ残っているんじゃ無いのか?あたしゃの言いたい事は分かるだろ?あんたならあたしゃの記憶を消して、あたしゃをスミレにする事も出来るんじゃ無いのか?」
樹理亜の言葉を聞いて綾女は直ぐに回答しなかったが考えを纏めながら答えを聞かせる事にした。
「そうね。出来ないとは言わないわ。それは可能よ。でも幾つか欠点があるわ。まずそこまでの長期的な記憶操作に私は経験が無いと言う事。それに・・・。魔法少女が死んでしまえば魔法は解けてしまうわ。それは記憶操作魔法も同じよ。ただ記憶操作魔法は体と魂に長期間馴染ませれば、魔法が解けたとしても記憶を維持出来る可能性は存在するわ。それと記憶を改竄したからと言ってあなたがスミレの魔法を使う事は出来ない。あなたはスミレの記憶を持ってあなたの魔法で《魔女》と戦わなきゃ行けないのよ。どんな不具合が起こるのか分からないけど、それでも良いと言うの?全力は尽くすけど万全の結果を出せないし何の保証も出来ないわよ」
言葉を選びながらも明確な回答を綾女は告げていた。
綾女は自らの限界を知り適切な能力を適切に使う。
誤魔化しの無い綾女の回答を聞きながらも樹理亜の表情から決意の色は消えなかった。
「それで良いんだ。大体、死んだ人間を生き返らせるなんて不可能だろ?でも人間って以外とそう言う《起こり得ない事》を願ってしまう生物なんじゃないか?だって誰も彼も願わないなら死者が生き返る物語が存在する訳、無いんだから」
奇妙な説得力を持った樹理亜の言葉に綾女は否定し切れない自分を見つけていた。
もし朱奈が死んでしまえば自分は、どんな手段を使ってでも朱奈を生き返らせるだろう。
「良いわ。樹理亜さん。あなたの希望通りにしてあげる。でもそれがあなたの望む結果に繋がるとは限らない。その事は分かっているのよね?」
「ああ。分かっているさ。それでもあたしゃはスミレにならなきゃ行けないんだ」
「じゃあ始めましょう。次に目覚めた時、あなたは、《樹理亜と言う人格》では無く《スミレを再現した人格》になっているわ。きっと私の事も思い出せないでしょう。もし魔法が解けて、あなたの人格が蘇ったなら私が死んで魔法が解けてしまったと言う事。その時、どうするのかはあなた次第よ」
○
それから・・・。
スミレの身体で生きていた樹理亜は魂までも、スミレを写しスミレとして生きていた。
肉体に残る記憶を綾女の魔法によって自身のソウルジェムに上書きした樹理亜は、言動等、違和感の無いスミレとして生活していた。
《魔女》と戦う際には、樹理亜が持っていた二刀流の短刀を使う戦い方に変わったが、違和感無くスミレとして生活していた。
誰しもが、樹理亜をスミレだと認識して疑う事は無かった。
訪れるべき時までは・・・。
唐突にそれは訪れた。
朝、眠りから目覚めた時、樹理亜は思い出していた。
ぼんやりとした意識で鏡を見た時、思わず叫んでいた。
「スミレ?違う!?どうしてあたしゃの記憶が戻ってんだ!?」
混乱した樹理亜は直ぐに寄宿舎の部屋から飛び出すと、その足で式部学園内にある放棄された飼育小屋へと入った。
「キュウべえ!いるんだろ!出て来い!」
「やあ。君が僕を呼び出すなんて珍しいね」
そう言いながらキュウべえは、樹理亜の前に姿を現したが、不意に立ち止まった。
「君は・・・。スミレじゃ無くて樹理亜なのかい?」
「ああ。何故だか知んないけど、あたしゃの意思が戻っちまった。どう言う訳なんだ?」
「それは・・・。きっと綾女が死んでしまったからかも知れないね」
表情を変える事無く答えたキュウべえに、樹理亜は同様を隠せなくなっていた。
「ああ・・・。そうだよな。やっぱそうなんだよな。そう上手く行く筈が無いんだよな・・・。綾女さんが、死んだんなら確かにそうなっちまうよな・・・。それが・・・。あたしゃはそれを分かっていた筈なのに・・・」
その場に座り込んだ樹理亜の目には絶望の色が広がっていた。
キュウべえは、そんな樹理亜を観察していた。
その間、樹理亜は動く事は無かったが、やがてふらふらと飼育小屋を出ると校門へと向かった。
ふらふらと歩いている樹理亜の姿は異質であり、その姿はスミレでもある。
気付いた生徒達が樹理亜に声を掛けて来る。
最も彼女や彼等は、樹理亜をスミレと認識していたが・・・。
「雨津木さん。今日は一体何処に行っていたんですか?」
「みんな心配してるよ」
「悩みがあるなら言って下さい」
「私達はいつも雨津木さんに助けて貰ってばかりなんですから」
そうした言葉の一つ一つが、樹理亜の心に刺さって行く。
衝動的に駆け出した樹理亜は、その場を離れた。
「やっぱり予想通りか・・・。それでもこの実験は、非常に興味深い物だったよ。綾女」
キュウべえは、そんな樹理亜を追わなかった。
もう樹理亜は終わりなのかも知れないと計算していたからだ。
樹理亜は何処をどう進み、行き先すら定めずにただひたすらに進み続けた。
自分が何処にいるのか分からないままに、何日も進み続けた樹理亜は、見知らぬ神社の階段に腰を降ろしていた。
「あたしゃは・・・。どうしたら良いんだ・・・」
樹理亜は、進むべき道を見失っていた。
絶望に苛まれたまま、階段に腰を降ろしていると樹理亜の周囲の空間が歪んだ。
「《魔女》か・・・」
絶望した樹理亜の心が《魔女》を呼んだに違いなかった。
結界に飲み込まれ抵抗する意思すら表さない樹理亜の前に《魔女》が具現化する。
肩に熱さを感じると樹理亜は倒れ込んでいた。
(どうでもいい)
《魔女》は、焼けた鉄の棒の様な物を次々と出現させると樹理亜の身体を痛め付けた。
全身が傷だらけとなるも、樹理亜には、まだ《魔女》と戦う為の魔力は残っていた。
けれど樹理亜には抵抗の意思は無かった。
地に這い蹲り良い様に嬲られる。
(死ぬのか・・・。あたしゃが生きていたって何にもならねえ・・・。どうしてスミレが死んで、あたしゃが生き残ったんだ・・・)
ただ後悔だけが樹理亜の頭の中を駆け巡っていた。
不意に体が感じていた痛みが消失した。
(何だ?)
まだ樹理亜の中に残っていた好奇心が不意に起きた現象に対して視線を向けさせていた。
赤と青の二色が樹理亜の目に写った。
徐々にピントが合って行くと、それは赤と青の髪を生やし左右非対称な衣装と髪型をした女性の後ろ姿だと分かった。
「どうして・・・。死んだ筈じゃ・・・」
ハッとして顔を上げた樹理亜の眼前には死んだ筈の筒地綾女が存在していた。
視線だけで無く魔力をも感じ取る事が出来るからこそ目の前にいる筒地綾女が実在していると樹理亜は、確信していた。
かつて記憶操作を受け入れた時に樹理亜は筒地綾女の《魔法少女》としての姿と魔力を見て感じ取っていた。
だからこそ目の前にいる人物が後姿だけとは言え筒地綾女だと確信を得ていた。
結界が崩壊し筒地綾女が《魔女》を倒した事を樹理亜は落ちて来たグリーフシードから察する事が出来た。
その瞬間に筒地綾女は、グリーフシードにも樹理亜にも目も暮れずに跳躍によって飛び去ってしまった。
「待て!待ってくれ!」
樹理亜は叫ぶも筒地綾女は振り返る事無く去って行った。
追い掛ける余力の無い樹理亜だったが、筒地綾女の残したグリーフシードを拾い上げ穢れを落として魔力を回復させた。
(キュウべえ。いるなら来てくれ。キュウべえ!)
テレパシーを周囲へと発すると直ぐにキュウべえは姿を現した。
「やあ。樹理亜。無事だったんだね」
表情を変える事無くキュウべえは、草むらの中から姿を見せた。
「綾女さん、じゃなくて筒地綾女は本当に死んだのか?」
「うん。確かだよ。僕は綾女が死ぬ所を見ていたからね」
「あたしゃはさっき、綾女さんを見た。それに《魔女》を倒したぞ」
「それはあり得ないよ。僕達は契約をした《魔法少女》の姿を短期間の間、見失う事は合っても《魔法少女》の生死に関しては100%の精度で感じ取る事が出来る。綾女は間違いなく死亡しているよ」
「じゃあアレは、一体何だったって言うんだ?」
「僕にも検討は付かないよ。でも《魔女》に関しては、この場にいたのは確かだよ。グリーフシードも落ちている。だから君が《魔女》を倒したんじゃ無いのかい?」
「あたしゃじゃない。じゃあ一体・・・」
混乱する樹理亜と何の感情を見せないキュウべえ。
噛み合う事の無い2人は、一先ずその場を離れて何処に向かうかも分からない道を歩いていた。
「なあキュウべえ。本当に綾女さんは死んだのか?」
「うん。それは間違いないよ」
「なら綾女さんと関わりのある人物の居場所を教えてくれないか?確か綾女さんは《呪いの右目》を持った少女を連れて旅をしているんだろ?」
樹理亜でも知っている位、《魔女》を引き寄せる《呪いの右目》を持った少女の話は有名な事でもあった。
「朱奈の事かい?現状だと僕も何処にいるのかはハッキリと分からないよ。でも朱奈を確保したいなら急いだ方が良いと思うよ。見つければ《他の魔法少女》が黙ってないだろうからね」
「だろうな。まずは綾女さんが死んだ場所を教えてくれないか?そこに行けば何か分かるかも知れないだろ?」
「分かった。その場所は・・・」
こうして樹理亜の筒地綾女を探す旅が始まった。
朱奈の手掛かりを探して街から街へ移動し続けて時には《他の魔法少女》との戦いを行いながらも朱奈の手掛かりを求めて移動し続けた。
その過程で樹理亜の性格は荒んで行った。
遂には樹理亜の話を信じないキュウべえとも必要最低限のやり取りだけを行い接触を拒絶する様にもなった。
やがて樹理亜は阿瀬比栗栖と戦い次いで朱奈を襲撃する事になった。
○
栗栖と樹理亜の戦いは佳境を迎えていた。
粗雑な動きである樹理亜の攻撃を栗栖は押さえ反撃し追い込んで行った。
それでも樹理亜は攻撃を続けていた。
単純な攻撃だがスピードは上がって行く。
皮肉にも栗栖が押さえれば押さえる程、樹理亜の力は増して行った。
樹理亜の意思は戦いに集中すればするほどに研ぎ澄まされていた。
意識に変化を持たない栗栖だったが、変化が無い事により無駄の無い動きで樹理亜の動きに対応して行った。
2人の実力は互角となり直ぐに終わらないと言う事は戦っている間に意識を失ったままの朱奈に近付いた彩月にも分かった。
「どうなってしまうんや・・・」
彩月が不安な声を思わず呟いた時、樹理亜が倒したと思われた《植物の魔女》が再び動き出した。
結界が崩壊していない以上、《魔女》が生存する可能性はあったのだ。
再び動き出した《植物の魔女》が、朱奈に向かって来た時、彩月はリスクを承知で叫ぶしか無かった。
「2人とも!《魔女》が、まだ生きとるでぇ!」
彩月の叫びに反応した樹理亜と栗栖の動きは素早かった。
瞬時に跳躍すると真逆の方向から《植物の魔女》に攻撃を仕掛けて朱奈と彩月の前に降り立った。
「ちぃ。今度こそ終わりだ!」
悲鳴を上げる《植物の魔女》に対して樹理亜が再度、跳躍し《植物の魔女》を、そのまま短刀で叩き切った。
《魔女》の身体は崩れ去り樹理亜は今度こそ倒せたと確信を抱き始めたと同時にいきなり胸を突かれた感覚を感じた。
見ると樹理亜の胸を栗栖が手にした箒で突き飛ばしていた。
「自分は敵でしょう?敵に背を向けるのですか?」
「テメェ・・・」
落花する樹理亜の背後から栗栖が攻撃を仕掛けた事は確かだった。
「秩序を乱す存在を自分は認めません」
そう言って栗栖は倒れた樹理亜に箒を向けていた。
栗栖が樹理亜に止めを刺そうとしているのは明らかだったが、突如として起こった物音に2人は反応せざるを得なかった。
倒した筈の《植物の魔女》を構成する赤色と青色の入り混じった体が崩壊して魔力を迸らせる何かが出て来たのだ。
樹理亜と栗栖は、まだ《魔女》が死んでいないと言う事に気が付いた。
自分達の予想を上回る強度を持った《魔女》は、これから本体を出現させようとしているのかも知れないと2人は考えていた。
だがそこから現れた物に樹理亜と彩月は混乱し栗栖と意識を失っている朱奈は何の反応も示さなかった。
それは赤と青の左右非対称な姿をした人型だった。
人型であるだけなら誰も驚かなかった。
けれどその人型は筒地綾女の姿をしていた。
厳密に言えば、少し姿が違っていた。
両手の指先はかぎ爪となり目の色彩を表す部分は石の様になっていた。
ただし樹理亜の攻撃で怪我を負ったのか足を引きずっていたが・・・。
「こいつは・・・。何だ?筒地綾女?」
「違います。感じ取れる魔力が《魔女》のモノです」
樹理亜の疑問に栗栖が答えたが、栗栖にもいまいち相手の正体が分からなかった。
「どう言う事なんや?」
「それは僕から説明してあげるよ」
筒地綾女の姿を見て混乱していた彩月の声に合わせる様にキュウべえが姿を現した。
無論、キュウべえの声は樹理亜とパペットキュウべえを持つ栗栖にしか届かない。
「それは綾女であって綾女では無い存在だよ」
キュウべえの言葉に合わせる様に筒地綾女は、人間とは、とても思えない、歪んだ笑みを浮かべていた。
今回の話は思ったよりも文章量が多くなりました。
次の話で大体、物語の構成上、半分に達すると思うので楽しみにお待ち下さい。