真実暴露後・トリスモノローグ。暗いです。
あたしは、何も知らない子供だった。
蜘蛛の巣のように自分を取り巻く運命の糸も、生まれ落ちた時から背負わされた宿業も、なにひとつ。
そして、彼を縛り上げる忌わしい記憶の連鎖と、永劫の業苦の始まりを造ってしまったのが、自分の血族であるということも。
罪人は、あたし。
なにも知らなかったことが、罪。
◆
どうやって、あの森から帰ってきたのか、覚えていなかった。
頭の中がぐるぐる回るようで、何も考えられなくて。
出迎えてくれたミモザ先輩は、あたしたちの顔を見て酷く驚いた様子だったけど、ろくに話もせず、あたしは自分の部屋に閉じこもった。
覚えているのは、あたしに呼びかけるミモザ先輩の声と、それを引き止める、ネスの声。
言葉は聞き取れなかったけど、その低いトーンが耳に残っている。
ネスの声が、好きだった。
叱られている時は別として、言葉数は決して多くないけど、その落ち着いた低い声を聞くと、不思議と安心できた。
でも、今は、彼の声を聞くことが、苦痛だった。
「君は、クレスメント家の、末裔なんだ」
繰り返し耳に蘇る、苦しそうなネスの声。
絶大な魔力を持ち、召喚兵器を生み出した、調律者の一族。
ライルの一族の知識を利用し、天使アルミネを輪廻の輪から引きずり下ろした、傲慢な背徳者。
その『力』への貪欲な野心は、リィンバウムを守護する者たちに怒りと絶望を、悪魔たちには攻め入る絶好の機会を与えた。
『神』を失い、滅亡寸前まで突き落とされたリィンバウム。
無謀な望みの代償は、絶大な魔力の消滅と、果てのない彷徨。
それが、あたしが家もなく、親の顔も知らずに育った理由。
でも、それがなんだっていうの。
リィンバウムを護っていてくれたはずのアルミネから、天使たる資格を奪ったのは、あたしたち。
戦を逃れてこの世界へやってきたライル家を、救いようのない罪業へと堕としたのも。
「悪いのは、みんなクレスメントじゃない……」
還るところを失い、あの森で彷徨い続けていたアルミネの、アメルの魂。
保護なんて名目で、屈辱的な監視の生活を強いられ続けるネス。
『君を、殺さなくてはならなくなる』
あたしが機密に触れることになったら。
それは、ネスが受けていた厳命。
あれはこのことだったんだ。
「殺せばよかったのよ……」
厳しくても本当は優しいネスに、そんなことができるはずもないのに。
「ライルの一族は、知識を持っていただけじゃない。悪用したのはクレスメントでしょう?」
何も知らずに派閥に連れてこられたあたしを見て、彼はどう思ったんだろう。
全ての記憶を受け継ぐライルの血。
なにひとつ教えられず生きてきたあたし。
憎くなかったはずがない。
幼い頃、時折ネスが見せた冷たい表情。
振り払われた手。
あのとき、彼がどんな気持ちでいたかなんて、その時のあたしには想像もつかなかった。
「あたしを殺せば、楽になれたかもしれないのに……っ」
嗚咽が漏れる口元を、両手で覆う。後から後から零れる涙が、冷えきった指先に熱い。
『あたしにも、教えられないことなの?』
なんて残酷な言葉。
あたしだから、教えられなかった。あたしが行こうなんていわなければ、ネスにあんな辛そうな顔をさせることもなかったんだ。
二度と訪れたくなんかなかったはずの、禁忌の地。
そこへ無理矢理踏み込ませたのも、クレスメントのあたし。
ネスにとって、ライルにとって最大の災厄は、あたしたちクレスメントなんだ。
『きっと、特別なのよ』
前に、ミモザ先輩に言われた言葉。
『複雑ですね』
そう答えたあたし。
なにが複雑なの。あたしに、ネスのなにがわかってたっていうの。
彼の厳しさの裏に隠されていた感情を、あたしは何ひとつ知らなかった。いや、知ろうとなんてしなかったんだ。
「あたしに、ネスの傍にいる資格なんて、あるわけないよ……」
苦しい。
息ができないほど胸が苦しくて、涙が止まらない。
「ネス……ネス、ネス……ッ!!」
傍にいたいの。
いつだって、声を聞いていたいの。
手の届くところに、あたしの傍にいて欲しいの。
言葉にできない感情が渦巻いて、爆発しそうになる。
特別なんだって、ミモザ先輩に言われた時は、嬉しかった。
あたしだけが、ネスにとって特別。
そう思ったら、わけもなく嬉しかった。
でもその『特別』は、こんな意味だったの?
「あたしは、どうしたらいいの? どう償えばいいの……」
寒いよ。
心に、大きな穴があいたみたい。
今までのこと、嬉しかったこと、哀しかったこと。
ネスの怒った顔、笑った顔、困った顔。
全部が砂時計の砂みたいに、形もなく崩れ落ちていって、後に何も残らない。
「どうしたら、いいの……」
このまま、消えてしまえたらいいのに。
そうしたら、悩みも苦しみも消えるかもしれないのに。
扉をあけたのは、あたし。
縛鎖は、永遠にあたしたちを苦しめるの?
罰せられるべきは、あたしだけなのに。
誰か、助けて。
彼を、彼女を、この闇から救い上げて。
あたしの命で、あがなえるのなら。
それでも構わないから。
彼を、永劫の煉獄から解き放って。