サモンナイト2
真実暴露後・トリスモノローグ。暗いです。

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クムイウタ

 あたしは、何も知らない子供だった。

 

 蜘蛛の巣のように自分を取り巻く運命の糸も、生まれ落ちた時から背負わされた宿業も、なにひとつ。

 そして、彼を縛り上げる忌わしい記憶の連鎖と、永劫の業苦の始まりを造ってしまったのが、自分の血族であるということも。

 

 

   罪人は、あたし。

 

      なにも知らなかったことが、罪。

 

 

    ◆

 

 

 

 どうやって、あの森から帰ってきたのか、覚えていなかった。

 

 頭の中がぐるぐる回るようで、何も考えられなくて。

 出迎えてくれたミモザ先輩は、あたしたちの顔を見て酷く驚いた様子だったけど、ろくに話もせず、あたしは自分の部屋に閉じこもった。

 覚えているのは、あたしに呼びかけるミモザ先輩の声と、それを引き止める、ネスの声。

 言葉は聞き取れなかったけど、その低いトーンが耳に残っている。

 

 ネスの声が、好きだった。

 叱られている時は別として、言葉数は決して多くないけど、その落ち着いた低い声を聞くと、不思議と安心できた。

 でも、今は、彼の声を聞くことが、苦痛だった。

 

  「君は、クレスメント家の、末裔なんだ」

 

 繰り返し耳に蘇る、苦しそうなネスの声。

 

 絶大な魔力を持ち、召喚兵器を生み出した、調律者の一族。

 ライルの一族の知識を利用し、天使アルミネを輪廻の輪から引きずり下ろした、傲慢な背徳者。

 その『力』への貪欲な野心は、リィンバウムを守護する者たちに怒りと絶望を、悪魔たちには攻め入る絶好の機会を与えた。

 『神』を失い、滅亡寸前まで突き落とされたリィンバウム。

 無謀な望みの代償は、絶大な魔力の消滅と、果てのない彷徨。  

 それが、あたしが家もなく、親の顔も知らずに育った理由。

 でも、それがなんだっていうの。

 リィンバウムを護っていてくれたはずのアルミネから、天使たる資格を奪ったのは、あたしたち。

 戦を逃れてこの世界へやってきたライル家を、救いようのない罪業へと堕としたのも。

「悪いのは、みんなクレスメントじゃない……」

 還るところを失い、あの森で彷徨い続けていたアルミネの、アメルの魂。

 保護なんて名目で、屈辱的な監視の生活を強いられ続けるネス。

『君を、殺さなくてはならなくなる』

 あたしが機密に触れることになったら。

 それは、ネスが受けていた厳命。 

 あれはこのことだったんだ。

「殺せばよかったのよ……」

 厳しくても本当は優しいネスに、そんなことができるはずもないのに。

「ライルの一族は、知識を持っていただけじゃない。悪用したのはクレスメントでしょう?」

 何も知らずに派閥に連れてこられたあたしを見て、彼はどう思ったんだろう。

 全ての記憶を受け継ぐライルの血。

 なにひとつ教えられず生きてきたあたし。

 憎くなかったはずがない。

 幼い頃、時折ネスが見せた冷たい表情。

 振り払われた手。

 あのとき、彼がどんな気持ちでいたかなんて、その時のあたしには想像もつかなかった。

「あたしを殺せば、楽になれたかもしれないのに……っ」

 嗚咽が漏れる口元を、両手で覆う。後から後から零れる涙が、冷えきった指先に熱い。

『あたしにも、教えられないことなの?』

 なんて残酷な言葉。

 あたしだから、教えられなかった。あたしが行こうなんていわなければ、ネスにあんな辛そうな顔をさせることもなかったんだ。

 二度と訪れたくなんかなかったはずの、禁忌の地。

 そこへ無理矢理踏み込ませたのも、クレスメントのあたし。

 ネスにとって、ライルにとって最大の災厄は、あたしたちクレスメントなんだ。

『きっと、特別なのよ』

 前に、ミモザ先輩に言われた言葉。

『複雑ですね』

 そう答えたあたし。

 なにが複雑なの。あたしに、ネスのなにがわかってたっていうの。

 彼の厳しさの裏に隠されていた感情を、あたしは何ひとつ知らなかった。いや、知ろうとなんてしなかったんだ。

「あたしに、ネスの傍にいる資格なんて、あるわけないよ……」

 苦しい。

 息ができないほど胸が苦しくて、涙が止まらない。

「ネス……ネス、ネス……ッ!!」

  傍にいたいの。

  いつだって、声を聞いていたいの。

  手の届くところに、あたしの傍にいて欲しいの。

 言葉にできない感情が渦巻いて、爆発しそうになる。

 特別なんだって、ミモザ先輩に言われた時は、嬉しかった。

 あたしだけが、ネスにとって特別。

 そう思ったら、わけもなく嬉しかった。

 でもその『特別』は、こんな意味だったの?

「あたしは、どうしたらいいの? どう償えばいいの……」

 寒いよ。

 心に、大きな穴があいたみたい。

 今までのこと、嬉しかったこと、哀しかったこと。

 ネスの怒った顔、笑った顔、困った顔。

 全部が砂時計の砂みたいに、形もなく崩れ落ちていって、後に何も残らない。

「どうしたら、いいの……」

 このまま、消えてしまえたらいいのに。

 そうしたら、悩みも苦しみも消えるかもしれないのに。

 

 

  扉をあけたのは、あたし。

 

  縛鎖は、永遠にあたしたちを苦しめるの?

  罰せられるべきは、あたしだけなのに。

 

  誰か、助けて。 

  彼を、彼女を、この闇から救い上げて。

 

  あたしの命で、あがなえるのなら。

 

  それでも構わないから。

 

 

  彼を、永劫の煉獄から解き放って。


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